入門ビジュアルサイエンス
【ヒト遺伝子のしくみ】


■著書名:【ヒト遺伝子のしくみ】
■ジャンル:医学
■著者名:生田 哲
■出版社:日本実業出版社
   発行年:1999年   定価:1400円
■ISBN4-534-02396-0
■おすすめ度:★★★

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 最近,遺伝子に関わるSFを2冊読んだ。ひとつはロバート・J・ソウヤー
になる「フレームシフト」,もうひとつはマイクル・コーディになる「イエス
の遺伝子」である。「フレームシフト」は,ハンチントン舞踏病に侵された一
人の化学者の話で,「イエスの遺伝子」は,一人娘が脳腫瘍に侵されたベンチ
ャー企業家の物語である。どちらも物語としては非常に興味深く,夜寝るのを
惜しみながら,眠い目をこすりつつ読んでしまった小説である。それらの中に
は何やら判らぬ [AGCTAAGT・・・] とかいった遺伝子配列が何度も出てくる。

 さてこの遺伝子の塩基配列とは一体何なのであろうか。「う〜ん,よく判ら
んなあ」としばらく思っていたのであるが,ある時本屋に寄ってみると,「入
門ビジュアルサイエンス:ヒト遺伝子のしくみ」という本が横積みにされてい
た。「ああこれなら入門と書いてあるんだから比較的簡単で,きっと素人にも
遺伝子のことが理解できるんだろう」と思い,ついつい買ってみた。

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 遺伝子とは何であろうか。DNAという言葉をよく耳にするし,DNAが遺
伝子と思っている人が多そうであるが,実はDNAの一部が遺伝子に相当する
らしい。(5%〜10%程度だという)

 DNAは塩基,糖,リン酸という3つのパーツからできていて,この3つの
パーツが1つのユニットとして何度も繰り返されるのがDNAであるという。
糖とリン酸はどのユニットにも同じものがついているので,遺伝情報は各ユニ
ットで異なっている塩基にある。
 DNAを構成する塩基は4種類あって,A(アデニン),G(グアニン),
C(シトシン),T(チミン)がそれだという。A・G・C・Tの4つの塩基
が長いDNAの上に並んでいて,その並び方が遺伝情報を決定しているのであ
る。これらの塩基(AGCT)の並び方に時として欠陥が起こったり,分裂複
製するときに,この並びを読み間違ったり(フレームシフト)したりすると,
遺伝疾病が生じることとなる。

 この本の構成は以下のようになっている。まあそれなりに判りやすくはある
が,やはり難しいところがあるのは,しょうがないのであろう。

   ・遺伝子,DNA,ゲノムとは何か
   ・生物の複製,遺伝物質,DNAの基礎知識
   ・DNAの構造,遺伝暗号(コドン),複製・転写
   ・ヒト遺伝学の基礎
   ・遺伝性疾患と遺伝子疾患
   ・遺伝子治療とヒト遺伝子の未来

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 1953年にワトソンとクリックがDNA(Deoxyribonucleic Asid)の立体構造
のモデルを作り,DNAが遺伝子(Gene)であることが判った。DNAは遺伝
に関わるものだけではなくて,例えばガンはDNAに障害が起こることから発
生する病気であることも判った。では病気が遺伝子の障害によって起こるもの
であるのなら,染色体の中に正常な遺伝子を導入することにより治療しようと
するのはリーズナブルで,現在ではこのような遺伝子治療というものが始まり
出している。

 遺伝子に欠陥が起こることでいろいろな病気が発生することは,最近の医学
の研究成果により,かなり相関付けられている。この本に紹介されているとこ
ろで,馴染みのある病気としては,「糖尿病」「高血圧症」「ぜんそく」「ガ
ン」「精神分裂症」などがあり,またあまり知らない病名として,「フェニル
ケトン尿症」「鎌状赤血球貧血」などが挙げられている。

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 優性遺伝と劣勢遺伝というものがある。遺伝子は父親と母親から受け継ぐの
で2つで1対になっているが,この1対のうち片方だけでも変異遺伝子があれ
ば発症するのが優性遺伝病で,両方ともが変異遺伝子であれば発症するのが劣
勢遺伝病である。こんなことはおそらくみんなも知っていることであろう。さ
て常染色体優性遺伝病の例としては,「高脂血症」「高コレステロール症」
「ハンチントン舞踏病」「ポルフィリン症」などがあるが,これらの優性遺伝
病の特徴としては,症状が現れるのがかなり遅いということである。すなわち
症状が現れる時には,患者はすでに家庭や子どもを持っている年齢になってい
ることが多いらしい。

 常染色体劣勢遺伝病は,かなり珍しいようであるが,この種の例としては,
「嚢胞性繊維症」「フェニルケトン尿症」「鎌状赤血球貧血」などがある。
さらに通常男性だけが影響を受ける遺伝性疾患として,X染色体劣勢遺伝とい
うのがあって,性染色体「X,Y」のうちX染色体にある遺伝子に欠陥がある
場合に発生する。「血友病」と「筋ジストロフィー」がこの種の病気の代表例
であるという。

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 さて遺伝子に関わる病気を直すためには,「遺伝子治療」という手段を用い
る。遺伝子に異常が起こったために発生する疾患は,それを根本的に治そうと
思うと,やはり遺伝子治療しか方法がない。では遺伝子治療とはどうするので
あろうか。

 まず欠陥のある遺伝子を見つける。正常な遺伝子を健康な人から採取し,こ
の遺伝子を組替えDNA技術で増やす。こうして増やした遺伝子をレトロウィ
ルスに入れる。レトロウィルスというのは,エイズで馴染みの極めて怖そうな
ウィルスであるが,これは遺伝子を運ぶ役目を果たしてくれるので,無毒化し
ておいて,その役割を担わせるのである。人の身体から取り出した細胞の染色
体の中にレトロウィルスを感染させて正常遺伝子を運び,その細胞を患者の体
内に注入する。こういった方法が現在の遺伝子治療では使われている。

 ただ現在では,欠陥遺伝子と正常遺伝子を完全に交換できるような技術はま
だなく,また注入した遺伝子が,はたして正確に染色体のどの位置に入ったか
も判らないので,この遺伝子治療というのも,まだまだ試行錯誤といったとこ
ろのようである。

 将来的には,我らが生きている間かどうかは判らないが,どちらにしてもそ
う遠くない将来には,遺伝子に関わる病気はかなりの確率で治療されるように
なるのであろう。ただそういうときに,持って生まれた性質を人為的に操作し
ていいものかどうかといった議論がおそらく生まれてくるであろう。
 
 あまり宗教的にならずに,まずは治療ということを前提にみんながとりくん
で欲しいものと思う。技術が進めば,人工受精の際に,希望の遺伝子を組み込
み,例えば第二のアインシュタインを生むこともできるようになるかもしれな
いが,おそらく普通の親ならば,そんなことは考えなくて,やはり自分の血を
ひく子どもを産みたいと思うのではなかろうか。

 またもし,筋ジストロフィーとかの可能性がある場合,それを避けられるも
のなら避けてやりたいと思うのは,おそらくどんな親でもそうであろうし,そ
れは決して忌むものではないと思う。

(2000.6.1)

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