![]() ■著書名:【フラッシュフォワード】 ■ジャンル:SF ■著者名:ロバート・J・ソウヤー ■出版社:ハヤカワ文庫SF 発行年:2001年 定価:840円 ■ISBN4-15-011342-4 ■おすすめ度:★★★★ ====================================================================== 未来の一コマを覗くことができたら・・・。人は誰しも未来を覗いて見たい という気持ちを持っているのかもしれない。でももしかしたら決して未来なん て見たくはないと思っている人達もいるかもしれない。 未来を一時でも覗くことができたら,一体人々はどうするのだろう。作家を 目指して日夜原稿を書いている自分が数十年経ってもものにならなくて,レス トランでアルバイトをしていた。ノーベル賞を目指して日々研究に励んでいて も結局何の賞も取れなかった。何故か今の妻とは違う女性とベッドを共にして いた。そして未来に自分は存在していなかった。・・・・・。 ある企業の株が上がっていて,それを今から買えば大金持ちになれるかもし れない。新たな技術が確立されていて,今からその方面の研究をまたは仕事を していれば,これも大成功者あるいは大金持ちになれるかもしれない。 だけど自分が既に死んでしまっているとか,結局は成功しなかったとか,思 いもかけず殺人者になっているとか,そういった未来を見てしまったら,その 人達はどうするだろう。 こんな未来は耐えられないと言って自らの命を絶ってしまう。そうはならな いために何とか今とは違う生き方を選ぼうとする。希望と絶望の狭間,もしく は野心の固まりになるのかも・・・。 * 未来は固定されているのだろうか。過去は固定されている。そして現在も, 今我らが知覚している限りにおいて固定されている。それでは未来はどうなの だろう。撮影済みの映画のフィルムのように,そのストーリーは最後までもう 決まっているのかもしれないし,はたまた未来はあらゆる可能性世界を創り出 すのかもしれない。 個人的には,集団としての未来はある程度は固定されているのではないかと 思うが,個々人の未来はかなりの揺らぎを持っているのではないだろうか。気 体の分子運動のように,個々の分子はランダムに動くが気体全体としてはある 方向に動いていくように・・・。統計的な動きがあって,未来は総論的にはあ る程度固定されているような気もする。 しかし科学は,そして物理学はそのあたりを解明するまでには発展してはい ない。このあたりの思考はまだまだ哲学の領域でありそうである。ただやがて はそのあたりも解き明かされ,哲学の滅びるときがくるのかもしれない。 * 前置きがやたらと長くなってしまった。本書の話題に入ろう。 時は2009年,ヨーロッパ素粒子研究所(CERN:セルンと読む)でヒ ッグス粒子(質量の元となる粒子)を発見するため,大型ハドロン衝突型加速 器(注)を用いて鉛の原子核を衝突させる実験が始められていた。 (注)LHC:Large Hadron Collider (2005年運転開始予定) これまでの陽子同士の衝突で得られるエネルギーは14兆電子ボルト。しか し鉛同士の衝突エネルギーは1150兆電子ボルトで,これは宇宙のビッグバ ンから僅か10億分の1秒後のエネルギーレベルに達する。ここまでエネルギ ーレベルを上げれば,幻のヒッグス粒子がおそらく見つけられると考えられて いる。 -------------------------------------------------------------------- 大学や高エネルギー研究所のページで調べると,1兆電子ボルトで大体 10兆分の1秒後になる。この著書では3桁ほど違っているのだが,作者 は事前にあちこちの研究所に行って調べていたはずだから,この差はもし かしたら訳者の勘違いだろうか・・・? -------------------------------------------------------------------- 超大型の粒子加速器実験は順調に準備を進められ,全てコンピュータ制御に より運命の(これでヒッグス粒子が発見できれば,ノーベル賞の受賞も夢では ない)実験に向けてカウントダウンが始められている。 カウント「0」の瞬間,どうしたことか,ヒッグス粒子のヒの字もなく,そ ればかりか,何故か人々の意識が突然21年未来へと飛んでしまう。研究所の スタッフだけでなく,全世界の地球上の全ての人間の意識が未来へと飛んでし まった。その時間はほんの2分弱。しかしほんの2分弱といっても,その間の 人々は現在の世界では気を失った状態となり,そのため地球上のあらゆる場所 で飛行機の墜落,自動車の衝突,階段からの転落,煮えたぎる鍋での大やけど 等の様々な災厄にみまわれる。 * 純粋な目的のためになされた実験による大災害。悲観的な自分の未来を見た ために自殺を企てる人々。 研究所のスタッフのうちの一人は時間転移の際に,自分の未来を見ることが できなかった。それは何を意味しているのだろうか。つまりその未来において 自分が存在していなかった,ようするにその時点では既に死んでいた。 自らの未来を見られなかったスタッフは,必死で情報を集めているうちに, 実は何者かに殺されたということを発見する。自分が死ぬのは嫌である。だか ら何とか未来を変えたい。何とかして自分が殺される原因と殺す相手を見つけ たい。ここからスタッフの必死の努力が始まる。はたして自分の死を防ぐこと ができるのか。 ただ,ある一つの解釈によると,出来事というのは過去から未来まで既成の ものであって,現在というのはまるで撮影済みの映画のフィルの途中の一コマ に過ぎないという説がある。これだと未来は変えようがない。 またこれとは別に,未来は定まってはおらず,現時点からあらゆる方向に枝 分かれしていくといった多世界解釈もある。 * なぜ「時間転移」が起こったのか,自分を殺したのは誰か,未来は定まって いるのか,それとも不確定性を秘めているのか。自分の未来を意識的に変える ことは可能なのか。 全世界に大災害を引き起こした責任をどうとるのか。原因の解明は。一般市 民の反応は。もう一度,この再現はできるのか。 * * * ソウヤーは面白い。というか私好みの作者である。これまでに読んだ(文庫 で出版されているもの)ものは全て気に入っている。「ターミナル・エクスペ リメント」「さよならダイノサウルス」「スタープレックス」「フレームシフ ト」。どれも寝る間を惜しんで読んでしまった。 どれがいいかと言われても,どれも気にいっていて決めるのは難しいが,本 書も含めた5冊のうちでは,「ターミナル・エクスペリメント」が一番気に入 っているといってよさそうである。まあそれはさておき,他の著作も早く翻訳 されて欲しいものである。 物理科学的な解釈が少ないためにSFとしての醍醐味は少ない。しかしスト ーリー展開がうまい。今回の時間転移にしても,なるほどそうだったのか,と 思ってしまうような理論展開はなされておらず,現象は現象として,深く解析 しようとはせずに物語りを進めている。 そういうところが読みやすくて,また寝る間を惜しんで一気に読まされてし まう所以なのかもしれない。 (2001.8.2) |
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