長江文明の発見


■著書名:【長江文明の発見】
■ジャンル:考古学
■著者名:徐 朝龍
■出版社:角川文庫
   発行年:2000年  定価:648円
■ISBN4-04-355201-7
■おすすめ度:★★★

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 昔々(と言っても日本昔話のような時代ではない!)中学生だった頃,中国
の文明(王朝)は殷・周・秦・漢・・・と教えられた。もう少し大きくなって
殷の前に夏という王朝があったらしいということを何かの本で読んだ。地理の
勉強では長江(揚子江)と黄河という非常に大きな川があることを教えてもら
った。先に挙げた殷・周・・・の文明はこのうちの黄河流域で栄えたものであ
る。長江も黄河もどちらも大河なのに,何故黄河には文明が栄えて長江では発
展しなかったのか。当時は何の疑問も抱かなかったが,よくよく考えてみれば
長江に文明があっても何の不思議もないような気もする。

                                   *

 この本の著者も長年,長江のような大河が文明の発生と無縁であるはずがな
いとの素朴な疑念を抱かえていた。そして国際日本文化研究センターに在籍中
(1996〜1998)に,「長江文明学術調査団」の一員として流域の発掘調査にあ
たり,ついに『長江文明』というものを明らかにした。

 本書は考古学教授が記しているだけあって,ある程度専門的な言葉が出てく
るが,まあそれはいたしかたない。しかも中国のことでもあるから,振り仮名
が打ってないと読めない漢字も多く出てくる。しかも一度出てきた漢字にはも
う打ってないため,読みを忘れてしまえばそれっきりなのであるが,まあそれ
は諦めて,読めないものは読めないとして,こんな漢字の名前が前にも出てき
たなあと,軽く飛ばしていけばそれなりに読み進めていける。

 発掘された青銅器などについても,結構詳しく叙述してあるが,文字だけで
はなかなかイメージも掴めにくいので,そのあたりもやはり読み飛ばしてしま
えばいいと思う。それよりも,全体としてどんな文化・文明があったのだろう
かとか,黄河流域文明との関わりや歴史的な変動についての見解に触れるのが
興味深い。

 とくに最後の方では,日本の弥生文化との類似性などもほのめかしてあり,
長江が最後に会稽に注ぐところから考えて,「魏志倭人伝」に『日本は会稽の
東にある』と記してあったのも頷けるのではないだろうかと思ってしまう。

                                 * * *

 エジプト,メソポタミア,インダス,黄河の古代文明が「世界四大文明」と
言われている。『文明が大河のほとりに起こる』と言われるように,それぞれ
の文明は大河のもとに花開いた。またエジプト,メソポタミア,インダスの3
地点はほぼ同じくらいの緯度にあるが,黄河だけは少し北にずれていて,気候
的にも比較的寒冷であるとされている。

 中国には黄河よりも大きい世界第3の長江(揚子江)があり,しかも緯度的
には先の3文明と同じあたりに位置している。黄河よりも温暖湿潤で緑豊かな
長江流域にも文明が発達していてしかるべきではないかと当然発想されるが,
長江流域は過去より未開地,『文明不妊症の地』と歴史学者・考古学者達にと
らえられてきた。

 しかし20世紀半ば以降になって長江流域の発掘が進み,その成果として長
江流域には,かの伝説の「夏王朝」以前の時代に既に文明が栄えていたことが
明らかにされた。

 時代が下るに連れて,長江文明は黄河文明に征服され,やがて秦の時代にな
って中国の統一がなされ,これにより長江文明も途絶えてしまう。秦・漢以降
の勝ち組みの歴史書からは,当然のように長江文明(長江流域の王朝)の名は
消されていった。

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 長江の上流・中流・下流域のそれぞれについての遺跡発掘成果と発掘物につ
いて(とくに青銅器について)詳しく述べている。写真も随所に散りばめられ
ており,古代の芸術・技術の粋に興味もそそられる。

 全体として,もっと物語風になっていると素人としても読みやすいのである
が,それは仕方ないとして,歴史や考古学好きの読者にとっては,結構お勧め
の一冊である。

 今後ともさらに遺跡調査が進んでいけば,もっともっといろんなことが明ら
かにされていくのであろう。近年日本でも,とみに調査が進められているが,
やはり5千年も前に文明があろうとは思われず,そこはさすがに広大な中国で
ある。

 日本の歴史や考古学にとっては,少なくとも,今は禁止されている天皇陵の
発掘調査が早く解禁されてほしいと,考古学ファンの一人としては願うばかり
である。

(2000.10.15)

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