あなたを産んでよかった


■著書名:【あなたを産んでよかった】
■ジャンル:障害
■著者名:マーサ・ベック
■出版社:扶桑社
   発行年:2000年   定価:1500円
■ISBN4-594-02990-6
■おすすめ度:★★★

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 ハーバード大学で博士号取得を目指し,勉学と講師業に励んでいる若い夫婦
に子どもが授かった。ふとしたことで実施した妊娠中の羊水検査で「あなた方
の子どもはダウン症です」と宣告される。この本はその母親が多くの葛藤を経
て子どもを産み,そして育てていった手記である。

 表紙の写真がいい。母親が息子を抱いてそして二人して楽しそうに笑ってい
る。写真に惹かれて買ってしまったという感もする。

 もしも障害のある子どもができたらまよわず処置しようと話し合っていた。
しかし妊娠してお腹に胎動を感じて,しかもボコボコと足で蹴り上げ始めたり
すると,決して処置しようなどとは思えなくなるのであろう。母親である著者
もそうであった。男の私には決して判りはしないのであろうが,自分の妻が身
ごもり出産してきたときのことを思うと,何となく判るような気はする。

 勉学を進め,修士号そして博士号をとっていくのは,我が日本の大学とは違
って非常に大変なことらしい。とくに著者のような田舎の高校から進学してき
た人間達にとっては絶対に成功してみせるという執念と,皆とうまく打ち解け
あうという強い願望を持って猛勉強するという。

 この書評を書いている私もかつて修士課程まで通っていたのだが,6年間の
大学生活は最後の1年間こそ忙しかったが,総じて言うとやはりノンビリとし
たものだった。
(というか初めの3年間くらいは殆ど大学には行っていなかった)ただ試験だ
けは落とすとまずいので,それなりにやったものではあるが・・・。

                                 *

 子どもが産まれるまでの経過に殆どのページがさかれている。(90%くら
いか) 妊娠中の不安感,イライラ,ひどいつわりによる体調不調,そして夫
との度重なる喧嘩が実感を込めて描かれている。

 障害をもって産まれてくる赤ん坊に対する不安感,そして産まれ出て現実に
赤ん坊を見たときの安堵感と愛おしさ。

 産まれてからは母親の生活もペースダウン。ハーバードの中で成功を目指し
てキイキイしていた自分とは卒業し,目の前の物事をありのままに捉えていく
ようになっていく。

 やがて子どもは成長し優しい子どもに育っていく。普通の子どもに比べれば
その成長は遅いものではあるけれど,優しさ,世界観,個性,それぞれが新鮮
で自分がこれまでそうだと思っていたこととは全然違ったもので,自分に新た
な人生を開いてくれたと語っている。

 子どもを育てていく過程で自身の優しさを認識し,そして周囲の人達の暖か
さを認識し心豊かに暮らしていく。産まれるまでの葛藤,苦しみ,挫折とは全
く違って,その後の生活は明るく優しく楽しげである。

 たいがいの障害児関係の本(手記)を読んでみてもそうなのだが,とても明
るい生活を営んでいる。おそらくそれは心から本当なのだろう。極く素直に読
んでみて,みなさんも暖かな心を持って欲しいと思う。

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<本の中にあるひとつのエピソード>
 価値というものを考えるにあたって,いいヒントになりそうである。

 ジョギングで走っている最中,芝生の中にキラキラ光るものを見つけた。
「あっ水晶だ!」と思い,喜びドキドキしながら拾い上げる。しかし手にした
途端に実は発泡スチロールのクズだと判り,即座に投げ捨ててしまう。

 落ち着いて考えてみると,最初に見つけてその美しさに魅せられた瞬間から
気分を害して捨てるまでの間に,発泡スチロールは姿を変えたわけではなく,
変わったのは自分の頭の中だけである。一つの物体を美しいと醜いの二種類に
識別したのは自分自身で,それは自分の勝手な偏見だったと思い至った。

(2001.4.28)

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