「保健行事の精選を迫られたとき」

 いつからでしょうか、こんなに学校が慌しくなったのは。学校五日制になり、2学期制に移行しつつある今日、授業時数の確保が声高に叫ばれて久しいです。「昔は保健指導の時間がしっかり確保されていて、頑張り甲斐もあったなあ」とぼやきたくなります。私が、拙著「からだの学習・ミニ保健指導(上・下)」を出版したのが大昔のことのように思えてきます。そんな時代ですから、学校行事の精選が考えられるのは当然といえるでしょう。そして、その矛先は必ず保健行事に向けられます。
 愚痴りたいのは、時間確保の厳しさだけでなく、教職員集団の力量低下という状況もあります。私より少し年上で力のある一般教諭が早期退職していきます。健康教育の大切さを理解し、協力してくれた頼りになる教師達がまわりから次々といなくなっていきます。若い教師達は、子どもを惹きつける魅力をもっています。しかし、ややもすると普通授業をこなすだけで精一杯、学力の土台となる生活習慣にまで頭を回す余力のないことが少なくありません。子ども達だけでなく、教師にも健康教育の大切さを教えなければならない時代になったといえるでしょう。でも、そういう時代だからこそ、保健行事について養護教諭個々が自分自身に問い返す必要があるのかもしれませんね。
1何のために行うの?
 一番に槍玉にあがるのが、身体計測の回数でしょう。健康診断は学校保健法によって、実施しなければなりません。しかし、身体計測の実施回数は各校に任せられているから削減しやすいのでしょう。では、身体計測は何のために行っているのでしょうか?健康教育の機会確保のためですか?従来から行われてきたからですか?目的を整理すればおのずと答えは出てきます。私は、小学校の身体計測については、最低でも年3回は実施する必要があると考えています。なぜなら、身体計測を継続的に行うことによって、養護教諭しか知ることができない非常に多くの情報を手に入れることができるからです。事例を通して考えてみましょう。
2こんなケースあんなケース
 小学生児童にとって、身長や体重の増加は健やかな成長の証だからです。
<A君の場合>
 A君は母子家庭でした。非常に若い母親は薬物依存がうかがわれ、昼夜逆転の生活を送っていました。給食で彼の命が繋がっているといっても過言ではない状態でした。身体計測は隔月に行っていましたが、計測するたびにA君の担任と「身長が伸びないね。家を見てくるわ。」「今月は伸びたわ。よかった。」「1年間で4p伸びたけど、少ないよねえ。」といった会話を常に交わしていました。担任だけでなく、管理職にも情報は必ず報告していました。やがて、家庭裁判所のお世話になる事になったのですが、発育状況について、担任が適切な情報を提供したことは言うまでもありません。
<Bさんの場合>
 何のトラブルもなく通学していたBさんが急に学校に来なくなりました。確かな原因はわかりませんが、自宅ではずっとインターネットとメールをしているとのこと。両親は働いているので、昼間はどんなふうにすごしているのかわからない状況です。カウンセラーの指導も受けているとのことで、担任の家庭訪問に対しては協力的ではありません。担任とBさんとを繋ぐのは、携帯メールだけでした。そんなBさんが、たった1日だけ登校してきました。長い間休んでいると課題がたくさん残っているものです。焦ったらいけないのですが、身長と体重だけは測ることにしました。すると、3ヶ月前とほぼ同じ数値であることがわかりました。Bさんは5年生女子で、体つきはやややせ型で中くらいの背の高さでした。不登校になるまでは、1p2pと身長が着実に伸びていたというのに、一体?担任にこの情報をすぐに伝え、「ちゃんと食事をとっているのだろうか」「昼夜逆転していないだろうか」と話し合いました。校内の不登校対策委員会でも話題にしました。その後、担任はしばらく止めていた家庭訪問を再開することにしました。
<Cさんの場合>
 Cさんは学年で最も身長の高い児童です。背の高い女の子は、どうしても前屈みの姿勢になるので、胸を張るように言っていました。9月夏休みあけの計測が終わりました。夏休みが終わると、どの児童も身長が大きく伸びているものです。中でも、Cさんは6月の計測と比べて5pも伸びているので驚きました。気になって、Cさんと話すと「側わん症で検査に行った」とのこと。背中を見れば、確かに背部隆起があります。6月の側わん検査・内科検診では気にならなかったのに…。その後、保護者から「コルセット装着」のことで相談を受け、卒業するまで保健室で対応を続けました。「側わん症は身長がグンと伸びるときに、少しの歪みがその程度を強くする」とはCさんから学んだことです。それと同時に、年数回の側わん症検査だけでなく、日常的に家庭で子どもの背中を見ることの大切さを学びました。
 肥満とやせについては、定期的に計測をして、適切な声かけをしていくことが有効なのはご存知のことですね。以前、肥満児童だけ抽出して計測していたこともありました。しかし、測定する時間帯が一定でなく、数値に信頼性がないように感じましたので、結局、翌年から全部の児童の発育状況を把握するために隔月の身体計測をしました。
 身体計測値を見て、気になる子どもはいませんか?知り得た情報は、養護教諭と担任とで共有するだけでなく、専門的な考察をしてに伝えていくことが必要だと思います。学校全体で配慮している児童については特に意識をして、担任と管理職にデータを返していきましょう。

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