心に湿布を貼る

 Aちゃんとは,彼女が5年生の時に出会った。大きな瞳が可愛らしい小柄な女の子だったが,突然やって来て「湿布貼って」と言って私を困らせた。「どうしたの?」と尋ねても返答しない。「どこも腫れてないけど,どうしたの?」と繰り返すと,『いいから貼ってよ。タダでしょ。』と攻撃的である。「タダじゃないよ。理由も聞かずに貼れないよ。」という気まずいやり取りを何度かすると,『もういいわ。ケチ!』と言ってAちゃんは保健室を出て行くのが常だった。何が彼女をそんな行動にさせるのか気になっていたが,来室児童が多くて他の児童の処置に追われている内に時間が過ぎていった。
 ある時,誰もいない保健室にAちゃんがやって来た。処置台に並んで座り,ゆっくり話を聞いてみると,驚いたことにAちゃんの父親は整形外科医だった。「じゃあ,パパにみてもらったらいいやんか」と言うと,『パパは忙しくて帰ってこないし,朝も早いから言う時間がない。ママに言っても大丈夫しか言わない。でも,痛いんやもん。』とのこと。忙しい親に気を遣って,自分のささやかな痛みを訴えられずにいるわけだ。Aちゃんが執拗に湿布を要求するのは,きっと「大丈夫だよ」というお守りが欲しいからなのだろう。それ以来,「大丈夫だと思うよ。でも,痛みが続くようならパパに言ってね。大事な娘なんだから。」と声をかけるようにした。Aちゃんは笑顔で頷いて教室に戻るようになった。
 思えばAちゃんのような子はたくさんいる。親の忙しさを前にして我慢する子,痛みを訴えても「大丈夫」としか言われず気持ちを受けとめてもらえない子。そんな子どもたちが,朝一番から保健室で待っている。
 この頃,心に湿布を貼ることが多くなったような気がする。
        
 

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