総合的な学習から、保健室経営を捉え直す
PS:この原稿が文部省発表会の健康教育分科会での元になっています。
1 はじめに…総合的な学習に巻き込まれて 私と総合的な学習との出会いは、ちょうど1年ほど前にかかってきた1本の電話からでした。他社の取材で「総合的な学習に関する実践を紹介してもらえないか」との依頼があり、それに応じたことから始まります。総合的な学習とはいっても国語科でほんの一部分を関わったに過ぎないことを紹介しただけでした。ところが、実に上手に(センセーショナルに?)まとめてくださったおかげで、その反響は驚くほどでした。それは、総合的な学習に対する全国各地の養護教諭の方々の関心の高さを知るきっかけになっただけでなく、自分自身が総合的な学習についてもっと学ばねばならないことを痛感した時でもありました。
その後1年間、私なりに総合的な学習にこだわって学んだことや保健室経営について再考したことについて記してみたいと思います。
2 総合的な学習って何だろう?
(1)研究発表会にできるだけ参加しよう。 京都市では、総合的な学習の研究発表会がたくさん行われました。最近の研究発表会は著名な先生方の講演がセットで計画されることがよくあります。それらを絶好の勉強の機会と考え、できるかぎり多く参加するようにしました。そして、学んだことは記録し、自分なりに咀嚼して相手(複数配置校なのでペアの先生)に伝えることを繰り返しました。子どもたちは、メモを取り、調べたり学んだりしたことを整理して、自分の思いを伝えることを学習していますが、私たちも同じことをしていたように思います。これらのことを何度か繰り返す内に、講演の大事なところをつかみ取る力や自分の思いを込めて相手に伝える力が身についたような気がします。また、これらのプロセスを経ることで、自分自身の知識として残っていくことがよくわかりました。
(2)特に印象に残ったことから
(あらかじめ、お断りしておきますが、紙面の都合で詳しく伝えることができず、私なりの解釈として紹介させていただきます。ご了承下さい。)
まず、京都市立山王小学校の研究発表会で、北尾倫彦先生(大阪教育大学名誉教授・文学博士・京都女子大学教授)の講演「自己実現を支援するための総合的な学習はどうあるべきか」を聞きました。自己実現を可能にするためには、自分の良さに気づく必要があり、そのための学習条件として、次の5つの多様性をあげられました。@空間、A人、B情報、C表現技法、D時間。つまり、画一的な一斉授業では、子どもたちが自分の好きなことやよいところに気づきにくいそうです。年々増加している学校の荒れや不登校は、学校で自己実現しにくいことが一因として考えられるのではないかと言われ、なるほどと思いました。子どもたちが自己実現するために、学校ができることは何かを考えていくことが大切で、そのためには、総合的な学習だけでは不十分であり、基礎基本(規範・挨拶・話す力・約束、等)の土台をしっかり築き、その上に個性や総合的な学習を生かしていかねばならないとも言われました。また、総合的な学習の鍵となるのは適切な支援であり、「受容(子どものつぶやきを教師が受けとめる)→子どもの自尊心が育つ→子どもの学習意欲が向上する」を指導者が意識しておく必要があるとのことでした。基礎基本が土台であることと、自己実現のために自尊感情を育てるような支援を大切に考えられていることがわかり、とても感動しました。
次に、本校の同和研修から、「ひと・もの・こと」との出会いを教えてもらいました。
これは、京都市集会の基調提案に明記されており、京都市で人権教育を軸にした総合的な学習を行っている学校の取組をもとにして考え出されたフレーズだそうです。魅力的な「ひと・もの・こと」と出会い、そこから生き方を学ぶことが何より大切であり、生きて働く力を育てるという考え方は、とてもわかりやすく私の心に響きました。
さて、二つの研修会で学んだことを養護教諭や保健室に置き換えて考えてみると、新たに気づいたことがありました。それは、養護教諭が魅力的な出会いを提供できる「ひと」や多様な「情報」を持つ「人」になる可能性を持っていることと、「多様な空間」として保健室も機能することができるかも知れないということでした。
3 保健室でやっていることを捉え直す。
自己実現を支援するための総合的な学習であるという考え方に出会ったことによって、また、保健室を多様な空間の一つであると捉えることによって、多くのことが見えてきました。
自己実現のためには、自尊感情を育てることも必要ですし、共に生きる共存力の大切さに気づかせる必要もあります。これは、京都市養護教育研究会主催の研修会で服部祥子先生(大阪看護大学教授)の講演「保健室は出会いの場〜今、養護教諭に望まれるもの〜」から学んだことです。生きる力を構成するものとして、自立心(ひとりで生きる力。自尊感情、等)と共存力(人と共に生きる力。他者への信頼感、他の人を愛すること、等)とを教えていただきました。往々にして、生きる力というと、自立心ばかりを考えてしまいがちでしたが、社会生活では共存力がとても大切だと認識させられました。
これらの学んだことをもとにして、保健の取組を捉え直してみました。(表参照)
(1)来室時の対応
一人一人の子どもたちをていねいにみていくことが基本だと思っています。それは、 日々の対応の中で費やされる時間が絶対的 に多いことと直接的に働きかける絶好の指 導時間と考えられるからです。表の中に記したように、日々の対応を意図的に行うことによって、子どもたちの生きる力を育てるための支援ができるのではないかと考えています。
例えば、けがをした1年生児童を連れてきた3年生児童に対して「よくつれてきて あげたね。」とほめることによって、自尊感情を高めたり、共存力に気づいたり、継続的な行動化に繋げたりすることができるのではないかと考えています。
すり傷の際、上手に傷口を洗って来室した児童に対しては、「上手に洗えたね。よくお話(けがの手当の保健指導)を聞いていたのだね。」とほめ、今後の行動への意識づけをはかるようにしています。
(2)からだの学習の場としての保健室
@調べ学習のコーナー(写真1)
本校は図書館教育を校内研究の重要な柱の一つとしており、学校中どこでも図書館という取組をしています。保健室もその一つに含まれていて、 現在150冊ほどのからだや心に関する図書を用意しています。体に関する調べ学習をする際には、子どもたちは一番最初に保健室にやってきます。
また、テレビデオも設置しました。当初は、身体計測前のミニ保健指導の際に使用するだけのつもりだったのですが、現在では子どもたちの調べ学 習を支援するために使用することが多くなりました。
A保健指導
学校保健計画の目標として、「保健指導を通して、自尊感情を育てる。」を平成11年度から加えました。
それは、保健指導が、自分のからだの素晴 らしい仕組みに気づき、自尊感情を育てる取組だと思ったからです。からだの学習を積み重ねることで、自分のからだを好きになり、自分の生活の中 で気をつけていくことを見つけていって欲しいと思っています。
保健指導の内、身体計測前ミニ指導・
肥満児指導・掲示板について簡単にふれます。
@身体計測ミニ保健指導(詳細は「からだの学習・ミニ保健指導(上)」を参照。)
総合的な学習で基礎基本が土台だと言われるように、からだの学習でも基礎基本が大切だと考えています。本校では、それを身体計測前に5分 程度で行うミニ保健指導(以下、ミニ指導と記します)で、発達段階をふまえて学習するようにしています。教具を使ったり、子どもたちの体を使ったり して、感性に訴えかけるような教材作りを心がけています。
また、ミニ指導は、直接子どもたちに指導し、学級担任も一緒に見てくれる数少ない場です。どのような教具(「もの」)を使い、どのような指導方法(「 こと」)で、指導するのか(「ひと」)をアピールするよい機会だと捉えるようにしています。総合的な学習に限らず、からだに関する学習を進める際に学 級担任が気軽に来室し、いろいろな相談をしに来てくれます。そんな協力体制が自然にとれるのは、保健室経営で大事にしているところを理解してく れているからではないかと思っています。
さて、実際の身体計測の場面では、「○○ちゃん、△pも伸びはった。」「私は▽pやで。」「これから、伸びるし楽しみやね。」と実ににぎやかにお互 いの成長を喜び合っています。近頃は、プライバシー保護の観点から、計測した数値を声に出さない(体重はデリケートに扱っています)とか、カーテ ン越しに個別に計測するとか聞くことがあります。しかし、一人一人の違いを認め合い、一人一人の良さを伸ばすような学級経営や授業の様子を見る うちに、身体計測は個人差を学習するよい機会ではないかと考えるようになりました。
A肥満児指導(ヘルシー教室)
肥満度を減らすことよりも、「自分の体を好きになって欲しい」という願いを込めて学期末に1回、学年ごとに開催しています。
放課後の時間を使いますので、できるだけ楽しいこと、来て良かったと思えるような活動を計画しています。
そして、自分のからだの様子についてはできるだけ時間をとって話をすることができるように心がけています。親子でも成長の様子については、語り 合うことが少ないのが現状です。「これから、背が伸びるよ。体重は減らさなくてもいいから、増やさないように気をつけようね。」という具合に自分の体 を常に見守ってくれている人がいることを伝えておきたいと思います。ヘルシー教室をきっかけにして、廊下で会った時に「この頃、頑張っているんだ ってね?」という声かけも生きてくると思うのです。
子どもたちの話し合いの中で、「私は毎日なわとびしてるし、からだの様子がよくなったと思う」等の意見が出て、拍手が起こったこともあります。小 集団の中で自尊感情が高められ、自信を持ち、よりよい生活習慣へと繋がっていくことも少なくありません。
B掲示板・・・ハンズオンの発想を。
掲示板は、いろいろな角度から、直接子どもたちに訴えられる空間です。養護教諭の意図的な空間作りによって、子どもたちは様々なことを学んで いきます。
昨年度まで、ペアだった熊井先生から教えてもらった「ハンズ・オン」という考え方を紹介します。
〜「ハンズ・オン」とは、「ハンズ・オフ=触るな!」ではなく、どんどん触って自分で確かめてみようという意味である。触れたり、匂いを嗅いだり、動か したり、試したり、何より遊んでみることで発見していくということ。つまり、身体いっぱい感じることである。内容の特徴は、まず子どもの日常生活をベ ースにしているということ。身のまわりにあるものをとりあげることで、こどもの興味から出発できるように考えられている。(こどものための博物館、染 川香澄、岩波ブックレット362、より)〜
博物館を新しい視点から捉えた理論ですが、掲示板にも通じるところがあります。特に、総合的な学習を視野に入れた保健室経営においては、是 非取り入れていきたい考え方だと思います。
具体的な掲示板の様子は、私のホームページに掲載させていただきましたので、ご関心のある方はアクセスして下さい。 (http://www1.ocn.ne.jp/~hoken)
忙しいと、つい後回しになるのが、掲示板ではないでしょうか。残念ながら、私自身もそんな感覚からまだ抜け出せていませんが、掲示板の限りな い可能性は実感しています。子どもたちの何とも言えないうれしそうな表情に応えられるような掲示板でありたいと考えています。手始めに、子どもた ちと一緒に掲示板を作ってみようかな…。(写真2)
5 一斉指導の保健指導は総合的な学習になじまないのか?〜保健指導って古い?〜
実はもう一つ、総合的な学習にこだわって学習する必要性に迫られた理由がありました。それは、「総合的な学習は、児童が主体的に学習していくものだから、今までの一斉指導で行う保健指導はもう古い。」という声です。本当にそうなのだろうか。納得のできる答えを探さなくてはいけないと、この1年間ずっと私の頭の片隅にこの言葉が残っていました。
しかし、今、確かに言えることは、からだの学習にも基礎基本が必要であることと保健指導の中身が問い直されているのではないかということです。
身体計測前のミニ保健指導を例にとってみましょう。もし、お説教調に一方的に話だけをする指導であったならば、それは早急に発想の転換が必要でしょう。しかし、からだで感じ、具体的な教具を使った指導であれば、それは総合的な学習として広がりを持つものと考えられるのではないかと思います。
例えば、3年生の1月のミニ指導では、保健室で一人一人の児童が自分の口蓋扁桃を見るという体験をさせ、からだを守る仕組みが備わっていることを指導しています。4年生では、口蓋扁桃の奥の繊毛についてのミニ指導を行います。ちょうどその頃、4年生は、国語「からだを守るしくみ」の学習が始まります。後半は、身体に関する調べ学習を行いますが、からだに関する基礎的な知識ををふまえて、個々の課題を見つけ意欲的に学習に取り組んでいきます。
同じ体験をさせ、その中から子どもたちの疑問や興味関心を拾い上げ、探求心を導き出し、総合的な学習へと繋げていくことを「出会いを仕組む」と言うそうですが、保健指導での共通の体験も長い目で見れば、そういうものなのかも知れないなあと最近になって感じるようになりました。
よく「5分間で十分な指導ができますか?」と尋ねられることがあります。私が指導時間が短くても構わないと思う理由は、ミニ指導がからだの学習の入り口に過ぎず、からだの学習の基礎基本の知識を持ってくれれば、十分ではないかと考えているからです。子どもたちが調べ学習をしている姿をよく見かけますが、その意欲的な態度と完成した時の満足気な様子に、いつも元気をもらっているような気がします。基本的な知識を手がかりにして、子どもたちが自ら学んでいった時、生きて働く力になるのではないかと思います。
各校が総合的な学習で、何をテーマに選び、どんな展開をしていくかは異なります。しかし、どんな総合的な学習が行われようと、保健室がからだの学習をする空間であり、その空間の管理者としての養護教諭がどんな出会いを仕組んでいこうとするのかを明らかにしていけば、自ずと今後大事にしていきたいことが見えてくると思います。
5 おわりに
この1年間をふりかえって感じるのは、養護教諭の力量が問われているのではないかという緊張感です。養護教諭自身が新しいものを作りだし、新しいことを創造していける、魅力ある人になれるのか。魅力ある空間としての保健室を生み出していけるのか。その問いかけがされているような気がします。
反面、総合的な学習が入ってきたからといって、慌てる必要はないとも感じています。教材教具の整理をする傍ら、従来の保健室経営をもう少していねいに見直し、「この取組は何のためにしているのか」「どんな子どもを育てていきたいのか」と、日常の実践をかえりみる機会を与えられたようにも受けとめています。
最後になりますが、たくさんの研修会に参加して、思いもかけず、よかったことを紹介します。それは、研究発表会に参加するときに、教務主任や研究主任や学級担任等と一緒に行く機会が持てたことです。養護教諭二人が一緒に研修することで、より多くのことを学べる良さはあります。しかし、違う職種・分掌の人と同じ研究発表会に参加できるというのは総合的な学習ならではのことだと感じました。何よりの利点は、校内研究を通して育てようとしている子ども像がよくわかることです。日常的に総合的な学習について話すことで、校内研究で育てたい子ども像と保健室で育てたい子ども像と重ね合わせておくことはとても大切なことだと思います。
「総合的な学習が始まっても、保健室には声がかからない」と言う声をよく聞きますが、
日常の会話の中で、総合的な学習に関する話題をどれだけしているか、振り返ってみることが必要かも知れません。
先日、校内の総合プロジェクトが発足され、保健室からも参加することにしました。一緒に学習する機会が増え、喜んでいます。
今後とも、各学年が取り組んでいることに目を向け、子どもたちの姿から多くのことを学んでいきたいと思っています。