楽しく学べる保健指導をめざして〜ビデオ放送を使った試み〜
随分前の原稿が出てきました。今となってはお恥ずかしいような内容ですが、これが原点かなあとも思います。
◇ はじめに
本校は児童数520名、教職員数26名の中規模校です。京都市の東北部に位置し、周辺には修学院離宮・詩仙堂等の名所があります。
子どもたちは明るくたくましいのですが、生活リズムの乱れから体の不調を訴える子どもが少なくありません。来室する子どもたちの対応に追い回される毎日です。
◇ プリントだけの保健指導では・・・
私が5年前に本校に着任した頃は、毎週1/2単位時間が学級指導として設定され、その内の月1回が保健指導とされていました。保健指導の時間には、月目標に即した内容で「学級担任用指導略案・指導資料」「児童用プリント」を配っていました。児童用のプリントは低・中・高学年に分けて、書き込みをしながら自分自身の生活が振り返れるような作業プリントを作成していました。自分なりに工夫を凝らしていたつもりでしたが、学級担任の反応が気になりました。そこで、昭和63年度末に保健についての年間反省の中で保健指導に対する意見を求めてみました。
その結果は、
・低学年:「指導案・プリント等があり、指導しやすかった」という意見が大半でした。
・高学年:「指導の時間がとれなかった」「プリントは家に持って帰らせた」等。
保健指導の時間が設定してあっても、教科指導や生徒指導に追われて保健指導が行われていないという実態が浮かび上がってきました。年々忙しくなり、余裕のなくなる学校現場を目の当たりに見る思いがし、「学級担任を責められないな」「養護教諭として自分にできることは何だろう」と考えさせられました。
一方、児童からは「先生が保健のプリントを配って、家でお母さんが言うてるのと同じことを言うたはる」という声が聞かれました。例えば、『テレビは近くで見てはいけない』『むし歯にならないように歯をみがきなさい』等の数見隆先生が言われる”しつけられ知”が保健指導の内容であったからだと思います。「わかっているんだけれど、おもしろくないし、やる気が出ない」というイメージでとらえていたのではないかと思いました。
◇ 手作りビデオを使った保健指導へ
月1回の1/2時間とはいえ、貴重な保健指導の時間です。それを「児童にも教師にも楽しく学べる時間に変えることができないだろうか」と思案した末、平成元年度から手作りビデオを制作し全校一斉放送で保健指導を行うことにしました。
ちょうどその頃、子どもたちがけんかによって互いの体を傷つけることが多発していたので、内容を”からだの話”としてシリーズで制作しました。性教育で扱えばよいのかも知れませんが、正直なところ性教育を待っていられないような状況であり、緊急に体の大切さを教える必要に迫られたのです。
平成元年度の年間反省では「よくわかった。子どもたちが保健のビデオを楽しみにしていた。」等の声を聞くことができ、けんかを原因とするけがはほとんど見られなくなりました。
折しも、新学習指導要領の改訂を翌年に控え、「児童の心に届く保健指導をしておかねば時間確保さえ危ぶまれる」という気負いが私の中にあったような気がします。
◇ ビデオの中にわかる楽しさを
平成元年度のビデオ放送は、保健指導に対する児童のイメージを変え、体に対する関心を高める上では役だったと思います。しかし、内容を考えてみると、映像を見る楽しさはあるが、画面から一方的に情報を与えられるという点で、子どもたちは受け身にならざるを得ません。子どもたちなりに思考した結果、「わかる」という楽しさを経験させるのためにはどうしたらよいかと悩みながら制作を続けました。
1 ビデオ制作について
・絵コンテ(台本)の製作:養護教諭
・撮影・編集:養護教諭
・出演・アナウンス:保健委員会を中心とした高学年児童
・その他諸準備:保健委員会を中心とした高学年児童・養護教諭
保健指導の教材を作るのですから、養護教諭が主体であり、児童には協力を依頼するという形をとっています。
2 平成2・3年度の指導内容
3 指導の実践例:平成3年7月「手洗い」
@主題 手洗い(ビデオ放送時間15分)
A主題設定の理由
手洗いの大切さは生活経験の中で知っているはずであるが、正しい手洗いを実践している子どもはほとんどいない。手の汚れ、細菌のようす、石けんの効果等、動作化を交えながら視覚的に教えたいと思った。
Bねらい
手洗いの効果を科学的に知ることによって正しい手洗いが実践できるようになる。
C留意点
・あらかじめ、児童には低・高学年別のプリントを配っておく。
・児童はビデオの発問にそってプリントに記入する。
D展開(以下、アナウンスの部分のみ掲載する。)
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毎日暑いですね。みなさん、元気にすごしていますか。さて、今日のお話は「手洗い」です。給食の時やトイレの後などに手を洗いなさい!って言われるし、手を洗っているんだけれど、どれほどきれいになっているのかを考えてみたいと思います。
最初にこの写真を見て下さい。何だかわかりますか。これは、手に着いているばい菌、正しい名前は細菌です。白いところが細菌の集まりです。手の形になっていますね。どのようにして作ったのかお話しします。
大きなシャーレの寒天培地というゼリーのようなものを入れます。そこに洗っていない手の平をのせます。
その後、10日間たつと・・・・。
洗っていない手の平にはこんなにたくさんの細菌が着いていたことがわかりました。きれいに見える手ですが、実はこんなに汚れていたのですね。
これに比べて、石けんで洗った手は随分きれいですね。あまり細菌はついていません。それでは、ここで問題です。これから5秒間、水だけで手を洗います。本当に水道の水で洗うわけにはいかないので、テレビに写っている人と同じようにして下さい。みなさんの前に水道の蛇口があるとします。さあ蛇口をひねって下さい。水が出ました。それでは手を洗います。1.2.3.4.5。はい、やめて下さい。
5秒間洗った手をさっきの大きなシャーレに置きました。
そして、10日間たちました。さて、5秒間洗った手の細菌はどうなったでしょうか?
@5秒間洗ったら細菌がものすごくへった。 A少し減った。 B少しふえた。 Cものすごくふえた。プリンとの思うところに○をつけて下さい。高学年の人は理由も書いて下さい。・・・・書けましたか?答えは、ABです。
では、細菌はどんなふうになってでしょう。手の形にはなっていませんが、ボトンボトンと筆の先からしずくが落ちたように細菌の集まりがありますね。すごくふえているところもあります。
水でぬらすことによって、指の細かなしわに入りこんでいた細菌が手の表面に出てきて広がったのです。それで、細菌のかたまりになって出てきたのです。
「それやったら、手を洗わへん方がきれいやんか。」「ほんまやわ。」
いえいえ、手は病気のもとです。梅雨から夏の頃は食べ物が腐りやすくなるし、食中毒という病気がはやります。食中毒とは、おなかが痛くなり、急に吐いて、ピーピーの水のような大便をしたり、高い熱が出たりする大変こわい病気です。
食べ物の中や料理する人の手についている菌がそんな病気をおこすことがあります。それで、給食調理員さんや料理を作ってくれるお家の人などは、みんな一番初めにきれいに手を洗うのです。
さあ、それではどのくらい手を洗えばよいでしょうか?
「そりゃ、長い方がいいよ。」「そうね。でも、そんなに長く洗っていないわ。」
じゃあ、手洗いのまねをしながら予想してみましょう。1分間、60まで数えます。テレビに映っている人のまねをして、自分がいつも洗っているように洗って下さい。やめたところで、その時の数をプリントに書いて下さい。それが、あなたが手を洗っていた時間になります。
さあ、石けんをつけました。水道の栓をひねりました。一緒に手を洗いましょう。1.2.3・・・・60。はい、やめてください。あなたは何秒と書きましたか?
答えは、20秒くらいです。石けんのぬるぬるが消えるまでを目安にして、手を洗いましょう。正しい手の洗い方をしてみましょう。
まず、水を手でぬらします。石けんをつけます。水はとめましょう。手の平手の平123。手の甲手の甲123。指の間指の間123。指先指先123。手首手首123。後はぬるぬるが消えるまで水で流しておしまいです。とっても簡単ですね。
手洗いのことについて勉強してきました。最後にまとめの問題をします。1.2年生の人は少し難しいかもしれませんが、思ったところに○をつけて下さい。では、問題です。
若い女の人の手を調べてみました。洗わない手を調べてみると、100この細菌がついていました。同じ女の人が石けんでぬるぬるが消えるまで手を洗いました。その後、寒天培地というゼリーのようなものの上に手を置いて細菌を調べました。
10日たって、細菌の数を調べてみると、なんと10万個というたいへんたくさんの数にふえていました。きちんと手を洗っていたのに細菌がふえていたのはなぜでしょうか?思うところに○をつけて下さい。時間は30秒です。<BGM>
書けましたか?答えは、A指輪とC長い爪です。
長い間指輪をはめっぱなしだったので、指と指輪の間に細菌がたまっていたのでしょうね。爪の中がとても汚いことはよく知っていますね。
今日のお話はこれで終わります。自分の手はどれくらいきれいでしたか。食事の前、トイレの後には手をきれいに洗いましょう。
担当は5年3組○○、△△でお送りしました。
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4 指導後の感想
@学級担任から
*内容について
・1年生はビデオの発問の意味がわからない子がいた。放送後、プリントにそって再度説明すると理解できた。
・2年生は少し説明を加えると十分ついていけた。動作化を楽しんでいた。
・3年生以上は難しい内容であるにもかかわらず内容が工夫されていて大変わかりやすかった。
・6年生でもしらけずにしっかりと考えて答えていた。
*児童の反応について
・2年生以上は集中して見ていた。
・クイズをとても楽しんでいた。いつものことだが、答えが出る度に歓声が上がる。
・まとめの問題に人気があった。(高学年)。
・まとめの問題が理解できない子がいた(低学年)。
・出演、アナウンスが本校児童なので、親しみが持て喜んでいた。
・爪かみの児童が多くて気になっていたが、爪が不潔であることも合わせて指導で きてよかった。
・自分の手洗いについて振り返るよい機会になった。
・指導後、給食前には子どもたちが一生懸命に手を洗っていた。
A児童から
指導時に配布したプリントの中に感想の欄を設けました。
その結果をまとめてみると(グラフ省略)、児童が最も驚いたのが「まとめの問題で細菌が100個から10万個にふえていたこと」であり、「手にはいっぱい細菌がついている」「手を洗うことは大切だ」ということを再認識したようでした。この他、「今までの手洗いではだめだ」「中途半端な洗い方だと、細菌がふえる」「お母さんも指輪を長い間はめているから注意してあげよう」等、子どもたちはさまざまな表現で新鮮な驚きを伝えてくれました。
5 反省と今後の課題
@反省
ビデオは1〜6年生まで共通の内容なので、1年生には難しすぎる内容でした。予想していたこととはいえ、1年生の1学期の時点では少々無理があるように思います。
ビデオという一方通行で決められた流れにうまく乗れるかどうかで、子どもたちの受け止めは大きく違ってきます。指導前に学級担任と連絡を十分にとり、その学年にふさわしい補足説明の内容を検討しておく必要があるように思います。また指導プリントも学年ごとに作成した方が望ましいと思います。
A自分自身の課題
・児童の実態をふまえた保健指導をするために、子どもたちとの日常の関わりを大切にする。
・指導の展開について検討し、資料の収集に努める。
・ビデオ撮影・編集技術について技術研修を続ける。
・実践記録を残す。
◇ おわりに
ビデオ制作をされた方ならわかると思いますが、わずか15分のビデオを1本作り上げるのさえ、たいへんな労力が必要です。協力してくれる児童は、校内中に名前を知られた男子、塾でスケジュール一杯な女子、「卒業までに一度出演したい」と飛び入りで参加した男子・・・とバラエティに富んでいます。彼らの力を信じて撮影すること数時間。苦しみ(?)を共にしたからか、終わってみると何ともいえない連帯感が彼らと私の間に生まれたような気がします。その後、数時間の編集を経てようやくビデオが完成します。
とはいえ、保健指導が終わると、そんな苦労を忘れさせてくれるような反応を子どもたちが返してくれます。・・・小学校には難しいかなと思いながら”骨粗鬆症”をとりあげたのは1月。「ばあちゃんに骨粗鬆症のこと教えてやったで」とA君が言ってくれたのは7月のことでした。生徒指導でいつも名前が出てくるA君には、母親がいません。食事の支度をしてくれる祖母とも滅多に話さないと聞いていましたので、よけいに胸が熱くなりました。2月の”かぜクイズ”では、「作文の時間には何も書かないのに2行書いたよ」と2年生のB君の感想文を学級担任が見せてくれました。−しらなかったことがあったけど、1つだけかけたことがあった。おもしろかったです。−たどたどしい文字が並んでいました。「保健のビデオはどんな子どもでも参加できるから楽しいのよ」と、初任者研修指導教員に言われたことがあります。
保健指導の内容を試行錯誤の中から作り上げていく時、私自身が驚き、初めて知ることがらに出会います。その感動を少しでも子どもたちに伝えられたらいいなと思っています。