「効果的な保健学習で生活習慣を整えて、心の健康を促そう」

1はじめに
 
本校は,京都市の中心部にあたる五条通りを境として北半分を通学圏とする附属小学校である。そのため,通学時間に1時間を要する児童もいる。各学年3学級と障害児学級1学級の合計19学級で,現在約630人の児童が在籍している。1週間の大半をお稽古やスポーツクラブや学習塾に費やしている児童も珍しいことではない。入学前から小学校受験のための塾に通っていたり,家庭学習をしていたりする児童も少なくないようである。そのためか,学校の休み時間や許された下校時間までの放課後は,徹底的に汗を流して遊んでいる姿をよく見かける。その分,外科的な処置件数が他校に比べて非常に多く,休み時間には処置を求めて保健室に訪れる児童の行列ができる。
 さて,私は現在で3年目を迎えた。公立校に長く勤務していた私は,学校保健は学校全体に対して働きかけるものだと思っていたが,そんな考えはひとまず横に置かねばならなかった。健康診断を予定通りに行うことの困難さを感じながら,来室児童の多さに圧倒された1年目。しかし,2つのことだけは継続して取り組むことにした。
 一つは,継続的にほけんだよりを出していくこと。幸い保護者の関心も高く,家庭でも話題にして下さっている。もう一つは,年間3回の身体計測時に体で覚えなければならないことを直接指導しておくことである。たとえば「鼻血の手当の方法」「脳貧血って何?」「熱中症の予防」「毛虫にはさわらない」など,何回繰り返して指導しても徹底しすぎることはない。頭の中の知識として知っていても,実際に使える力となっているかどうかは別である。鼻血を廊下にポタポタ落としながら保健室に駆け込んでくる姿を見ると,指導力不足を感じてしまう毎日である。

2継続的に学級で授業していこう
 2年目を迎えて,研究発表会で公開する授業とは別に,もっと体と生活を結びつけるような基本的な学習をする必要があるのではないかと考えた。
 3年生の保健学習「毎日の生活と健康」の単元は,健康な生活をする実践的な能力を育成するための基礎的な内容を取り上げるように構成されている。そこで,3年生のA学級に対して,学級担任とともにTTで継続的に保健学習の授業を行うことにした。A学級との関わりは4月当初にさかのぼる。塾通いで就寝時刻が遅く,排便習慣が身に付いていない児童が多いという理由で,毎朝始業前に時間をとり,学級担任がトイレ指導を行っている姿を私が偶然に目撃したことから始まった。児童の実態は,健康保健に関する知識は非常に豊富に持っており(医師の家庭も少なくない),難しい知識を吸収しようとする関心・意欲も高いものを持っている。しかし,それらの知識を自分自身の生活に生かす力は豊かであるとは言い難い。おけいこや塾通いをはじめとして,児童は非常に多忙な生活をし,睡眠時間の確保のため起床後に歯磨きをする時間すらとりにくい状況があるように感じた。そのため,児童一人一人が持っている知識の整理と共通理解を行い,保健学習や保健指導の回を重ねることによって,学習したことを日常生活の中に生かすことが出来たり,健康の価値を感じたりすることにつながっていかないかと考えた。


3指導計画
 あえて保健指導的な内容を保健学習の中に取り入れ,その時々に応じた内容を継続的に指導していった。授業に際しては,私が作った教具やビデオ教材を活用して関心を高めるようにこころがけた。また,授業の最後には「質問コーナー」を設け,学級全員で知識を共有した。なお,評価については学級担任に一任した。*指導案写真添付
第1時:7月「排便が教えてくれるもの」
第2時:7月「睡眠の働きと生活リズム」 
第3時:9月「なぜ3年生にむし歯が多いのだろう(歯科検診の結果から)」 
第4時:10月「給食から栄養の働きを見直そう」
○11月脊柱側わん症検査時保健指導
 「背骨の仕組みと姿勢の関係」
第5時:12月「風邪の予防と環境…手洗い・換気・衣服の調節・汗の始末」
○1月身体計測時保健指導
「かぜウイルスから体を守る仕組み:自分の扁桃を探してみよう」
第6時:2月「わたしたちの健康を保ちささえ合うために:ヘルスプロモーションの視点から」

4学習効果は如何に?
 知識は多く持っているが,それを生活に生かすことが出来にくいという担任から見た実態をもとに,「科学的な知識理解」「生活への実践化」に重点を置いて学習をすすめてきた。そこで,今までの学習効果の有無を客観的に把握するために,A学級と他のB学級(保健は体育科の教諭が担当し養護教諭は全く関わっていない)の児童を対象に1月に調査した。質問用紙に記入する方法で実施し,結果をオッズ比を用いて統計分析してみた。
 オッズ比を用いたのは,オッズ比の本とCD(石黒幸司・武井典子著「生活習慣病予防・調査票づくり」東山書房)を安価で購入でき,使用方法が簡単だったからである。いろいろな学会に参加すると,研究者がSPSS等の統計分析ソフトを用いて研究報告をされることが多い。しかし,現場の養護教諭にとっては高価なソフトを入手することは不可能である。厳密に学習効果を分析調査するためには,授業開始する前と授業後で同様の調査を実施し分析しなければ意味がないことも承知している。そこで,今回は,学校現場で働く養護教諭が自分の実践を振り返るために試みに調査した結果を参考までに報告するということでご理解いただきたい。
*添付資料「質問用紙1」
 学習を続けたA学級と学習をしなかったB学級を比べて,有意差が認められた項目を有意差の高い順に紹介する。「朝すっきり目が覚める」「健康なのも病気になるのも自分の心がけ次第だと思う」「学校ではみんなと外で遊ぶのが好きだ」「睡眠を10時間とっている」「学校に行くのは楽しい」であった。また,有意差は認められなかったが,他の生活習慣項目においてもA学級の実数が上回っていることがわかった。保健に関する学習は生活に密着した内容を扱うので,学習する回数が多ければ多いほど,生活習慣の改善に繋がるのではないかと常々考えているが,そのような傾向がうかがわれた。余談になるが,着任1年目は鳴門教育大学教授山崎先生が開発された「給食モジュール」を実施させていただく機会を得た。給食時間ごとに教室を訪れ,5分間くらいの栄養指導を10日間継続したところ,指導前は多かった残菜が指導を重ねる毎に減り,特に野菜を残す児童が激減したと担任から報告を受けたことを思い出した。
 また,心の健康との比較も行ってみた。質問用紙2は,第9回JKYB健康教育ワークショップ報告書の中で紹介されていたハーターの尺度から抜粋したものである。正確な自尊感情尺度を測定するためには全項目を調査しなければならないと,神戸大学教授川畑先生から既にご指導をいただいている。こちらの結果も,私個人が関係性の有無を見るために試みたもので参考例としてご理解いただきたい。*資料「質問用紙2」
 A学級とB学級では「私はクラスの中で大切な一人である」「友達を作ることは簡単な方だ」の2点について有意性が見られた。
 また,A学級とB学級を分けずに,自尊感情に関わる部分だけを得点化し,平均をとってみた。平均以上の児童群と平均未満の児童群を生活習慣項目についてオッズ比を用いて比較してみたところ次のような結果が得られた。「夜寝る時間」「10時までに寝ている」「朝すっきり目覚める」「排便はほとんど毎日ある」「10時間睡眠をとっている」「外遊びが好き」「何でもおいしく食べられる」について有意性がみられた。生活リズムの要と考えられる点について差が見られるように感じた。
 いいかえれば「生活習慣がきちんとできている子は自尊感情が高い(かもしれない)」「生活習慣について家庭で気をつけてもらっている子は自分自身を大切にすることができやすい(かもしれない)」と考えた。養護教諭がずっと言い続けてきた「規則正しい生活習慣の確立が児童の心身の健やかな成長にとって大切である」という言葉は間違いではなかったと自分自身が納得した次第である。

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