姉を見捨てるか、彼を殺すのか。
 どちらも、今の総司には出来るはずもなかった。本当にどうしたらいいのかわからず、怖くて不安でたまらなくなる。
 きつく唇を噛みしめた。躰が自然と細かく震えた。
 その震えを感じとったのか、土方が気遣わしげに見つめてきた。その視線を受けることが出来なくて、俯く。

「総司……泣いているのか」
「……っ、ごめん、なさい……」

 思わず謝っていた。


 彼に近づいたこと、彼を殺そうとしたこと。
 ――そして。
 彼を愛してしまったこと。
 すべてが罪だとしか思えなかった。だが、それでも愛さなければよかったとは思わなかった。

 誰かを愛することは、こんなにも幸せなことなのだ。
 彼を思うだけで胸奥があたたかくなり、心満たされる――そんな恋。
 この喜びを幸せを、教えてくれた彼がだい好きだった。


 総司は目を閉じると、彼の肩のくぼみに額を押しあてた。とくりと響く鼓動さえも愛しい。
 そっと、小さな声で呼んだ。

「土方さん……」
「あぁ」
「ずっと、傍にいてくれる……?」

 自分でも思ってもみなかった言葉が零れた。
 こんな縋るような言葉、弱さに震える仔猫のような言葉を、矜持にかけても告げるはずがなかったのに。
 実際、今、それを口にした総司は、微かに唇を噛んだ。羞恥に耳が熱くなる。
 が、そんな総司を、土方はより深く抱きしめた。

「当たり前だ」

 一切の躊躇いもない声音だった。
 土方は世界のすべてから守るように総司を抱きしめた。その腰と小さな頭に手をまわして、己の躰にぴたりと寄り添わせる。
 耳朶に、首筋に、彼の唇がふれた。

「おまえの傍にいる。いつまでも傍に」
「土方さん……」
「おまえが俺を厭うても嫌っても、傍にいるよ。……何があっても離さない」
「……っ」

 なめらかな低い声に、背筋がぞくりとした。
 奇妙な心地だった。
 愛を想いを告げる言葉であるはずなのに、それはまるで呪縛のように響いたのだ。
 総司を彼に繋ぎとめる、二度と逃れられぬ枷であるかのような。

「……」

 言いしれぬ不安にかられ、総司は顔をあげた。彼の表情を見ようとしたのだ。
 が、すぐに吐息がこぼれた。
 土方は静かに総司を見つめていた。だが、それは、激しいほどの切なさがこもった瞳だった。恋に溺れる男の熱っぽい瞳が、総司の心を和らげる。

(この人は私を本当に想ってくれている)

 愛されている。
 その喜びが心を満たした。
 自分が好きになるだけではない、その好きになった相手から愛される喜びは、まるで、甘やかな花びらに包みこまれるようだった。ふわりと心がうきたち、より彼のぬくもりを感じたくなる。

 そうして、総司の身も心も寄りそってくるのを感じたのだろう。
 土方が微かな息をもらし、その小柄な躰をきつく抱きしめた。一瞬だけ息もとまるほど抱きしめてから、するりと背中と膝裏に腕をまわして抱き上げる。

「ひ、土方さ……っ」
「しっかり掴まっていろよ」

 突然の行動に驚いて声をあげれば、土方が耳もとで低く囁いた。それにどきりとする。
 そのまま隣室に運ばれた。土間とつながっている部屋よりは少し広めだ。
 土方は総司の躰を下ろすと、もう一度抱きしめてきた。それに戸惑いながら、彼の背に手をまわす。

「? 土方、さん……?」
「抱いていいか」
「え?」

 一瞬、彼の言葉が理解できなかった。
 子供のように小首をかしげ、彼を見上げてしまう。そのあどけない仕草に、土方は苦笑しながら総司の頬を撫でた。

「そんな顔するなよ……いけない事をしている気になる」
「いけない事?」
「……いや、あぁ、確かにいけない事だな。純粋で初なおまえを、九つも年上の悪い男が好きにしようとしているんだ。傍から見れば当然だろう」
「私、純粋…なんかじゃありません」

 思わず言いつのった。
 彼が見ているのは自分の外面だという思いが、またつぷりと膨れ上がる。が、それが大きくなる前に、土方は笑いかけた。

「そうだな、おまえの本質は純粋なんかじゃねぇな。けど、こと色事に関しては何も知らねぇだろう」
「色事……」
「それを今から、おまえに教えてやるのさ」

 男の言葉に総司は何も答えなかった。ただ黙ったまま大きな瞳で彼を見上げている。
 それに、土方は微笑んだ。何度も、頬や首筋、耳もとに口づけてくる。くすぐったくて身をよじれば、柔らかく抱きすくめられた。
 総司は男からの行為に全く抗わなかった。ゆっくりと畳の上へ横たえられた時も、小柄な躰に彼がのしかかってきた時も。
 むしろ、その瞳に映る男の方が不安げだった。教えてやるなどと傲慢な言い方をしたのに、そのくせ、彼の手は躊躇いがちでとても優しい。

「……土方さん」

 総司は小さな声で彼に呼びかけた。
 それに、土方の手がとまる。そっと覗き込んでくる黒い瞳を見つめながら、言った。

「いいです」
「え?」
「だから、さっきの答え。いいです、私、土方さんなら」

 どこか舌っ足らずな言い方に、土方は少し目を見開いた。が、すぐに安堵したように息を吐くと、きれいな笑みをうかべた。
 まるで少年のような笑顔。
 それを見た総司は、こうして抱きしめてくれる彼の方がずっと純粋だと思った……。









 土方はとても優しかった。
 信じられないぐらいに。
 だが、一方では思うのだ。冷徹な新選組副長として振る舞っている彼もまた一面であれば、こうして優しく恋人として愛してくれる彼も同様なのだ。
 人には幾つもの面があり、そのどれもが真実なのだろう。

「あの……土方さん」

 柔らかく抱きしめてくる彼に、総司はおずおずと呼びかけた。


 あれから結局、土方はすぐには総司を抱こうとしなかった。
 怪訝に思って訊ねれば、「ゆっくり楽しんだ方がいいだろう?」と笑いかけられ、頬を染めた。
 土方は総司を膝上に抱き上げて様々な話をしたり、その合間に口づけたりした。その後、二人は手を繋ぎあって休息所の周りを散策し、途中で買った食材を使い、総司が料理をつくった。土方も手伝うと言ってくれたのだが、総司が一人でつくりたいと望んだのだ。
 出来上がった料理を、土方は喜んで食べてくれた。二人むきあって食事をとり、笑いあいながら話して、その後は一緒に片付けをした。
 贅沢なことに風呂もある家だったので、それぞれ入り、その後は寝着姿でまた話をした。

(まるで、ごっこ遊びをしているみたい……)

 夫婦の真似事をしているようだと思った。
 ただ、そう思った瞬間、総司の胸をちくりと刺したのは、ほろ苦い切なさだった。

 彼とこんなふうに甘い時間を過ごせることは嬉しい。
 一方で、自分は彼を昨夜殺そうとした事は、紛れもない事実だった。そんな自分が彼に愛されるなんて……本当に許されるのか。
 だけど、でも。

 今だけの……幸せだから。
 神様がくれた、ほんの一時の幸せ。


 総司はその幸せが消えてしまうのを恐れるように、土方の胸もとに縋りついた。
 敷かれた布団の上だ。この後、何があるかなんてわかっている。
 それでも、男の腕の中にいたいと願った。
 身も心もとけあわせてしまいたいのだと。

「あの……土方さん」

 呼びかけた総司に、土方が「ん?」というふうに小首をかしげた。その綺麗な黒い瞳を見つめながら、言葉をつづける。

「私、初めてだから、その、な、何もわからなくてっ、面倒かもしれない……」
「総司」

 土方はくすっと笑い、恋人の桜色の唇にふれた。

「おまえが初めてじゃなかったら、俺は嫉妬に狂っちまうよ」
「え、え……っ」
「それに、面倒でなんかあるものか。初で可愛いおまえが誰よりも愛おしい」

 そう囁きながら、土方は総司の手をもちあげ、指さきに口づけを落とした。その流れるような仕草に、ぼうっと見とれてしまう。
 ぼんやりしているうちに、布団の上へ横たえられた。土方がのしかかってきて、何度も口づけられる。
 するりと寝着を脱がされたことに、少し驚いた。こういう処はやはり手慣れているのだろう。

 総司はもともと剣術の天才であるが、かなり世間知らずな処があった。
 闇の世界に身を置いているため、尚のことだ。暗殺という、決して公にできない所業を隠すため、世間との関わりを出来るだけ断っていた。
 そのため、同じ年頃の友人もほとんどなく、かろうじて斉藤がいるぐらいだ。
 そういった状況から、総司は、土方が思っている以上に箱入り娘そのものだった。こうして男と躰を重ねる事になっても何をしたらよいのかわからず、ぼうっと彼を見上げている。

(綺麗で愛らしい人形のようだな……)

 そんな総司を見て、土方は思った。
 だが、否定的な感想ではない。むしろ、より愛しさがこみあげた。
 男に抱かれていても、その綺麗な瞳は澄んでいる。透明感のある表情も、少し不安げなまなざしも、すべてが彼を魅了するのだ。
 総司からの動きはない。だが、その表情や瞳は、彼に想いをつたえてくる。その素直さが可愛かった。

(こういう処が可愛くてたまらねぇよ)

 総司はいつも大人ぶっているし、冷たく装っている処がある。
 だが、その実、意外と子供っぽいし、素直ですぐ顔に感情が出てしまう。あどけなくて甘えただ。そこがたまらなく可愛かった。自分しか知らないと思うから、尚の事だ。
 土方はそんな愛しい総司を、出来るだけ優しく抱いた。今までの遊びとは違うのだ。本気の恋なのだ。
 初な総司は躰を愛撫すれば啜り泣き、怖がり、怯えたように震えた。だが、そのいとけない様も男の保護欲と情欲を煽る。

「……ぁ、あ…こ、怖い…っ」

 とろとろになるまでほぐした蕾に男の猛りをあてがうと、総司は潤んだ目を見開いた。桜色の唇が震える。
 それを見下ろし、土方はゆっくりと腰を進めた。ふのりもかなり使ったし、指で相当慣らしてある。
 それでも、体格の差は大きかった。土方は完成された大人の男であるのに対し、総司は少年のような華奢な躰つきの若者だ。苦痛なしですまされるはずがなかった。

「ひッ、ぃ…やあッ」

 総司は悲鳴をあげ、仰け反った。反射的に上へ逃れようとするが、しっかりと下肢を抱え込まれた状態では男を受け入れる他ない。
 土方は息を整え、慎重に総司の蕾に猛りを突き入れていった。少しずつ男の腰の位置が下がるにつれ、総司の悲鳴が甲高くなる。

「あッあッあッぃ、たぁいッ、やあ…ッ!」
「力を抜け、総司」
「も、や、やめッ…あッあッ…ぅ」

 ぽろぽろと涙をこぼす総司を見れば可哀想になるが、今更やめられるはずがなかった。

「悪いが、今更やめられん」
「ぁ、ぁ…土方、さんっ……ッ」

 肩にしがみついてくる総司を抱きすくめ、一気に最奥まで貫いた。

「ぃぁああーッ!」
「……っ、は……っ」

 土方は泣きじゃくる総司を抱きしめたまま、荒く肩で息をついた。
 凄まじいまでの快感だった。必死に堪えていなければ、今すぐ気が狂ったように腰を打ちつけてしまいそうだ。
 そんな獣じみた衝動を堪え、少しでも苦痛を和らげられるように、総司のものを手のひらで包み込んだ。そっと丁寧にしごいてゆくと、少しずつ芯を取り戻してくる。

「ぁ、あ……」

 甘い吐息がもれ、総司の細い躰が柔らかくなった。それを見て、土方は頬に口づける。
 潤んだ瞳で見上げる恋人に、問いかけた。

「動いても……いいか?」
「……はい」

 少しの躊躇いの後、総司はこくりと頷いた。無理をしているのがわかるので、土方も少しずつ慎重に腰を動かしてゆく。出来るだけ、総司が感じる部分だけを擦り上げ、快楽へ導けるようにした。
 その甲斐あってか、血の気がひいていた頬に赤みがもどり、濡れた声をあげ始める。
 だが、その快感が怖いのか、震えながら身を捩った。

「な、なんか……きちゃう、怖い……っ」
「大丈夫だ、ほら、怖がるな」
「だっ…て、あ、ぁ…んっぁ…土方、さ…っ」
「そのまま感じていろ、もっと良くしてやる」

 土方は辛抱強く囁きかけながら、緩やかに蕾の奥を己の猛りで掻き回すようにした。すると、総司がびくびくっと震え、甘い泣き声をたてる。

「ああぁっん、ん…ぁッ──」
「いい子だ、総司……」

 彼自身も限界だったため、土方は総司の両膝を掴んで押し広げると、力強く腰を打ちつけ始めた。甘く締め付ける蕾の奥を男の猛りで穿つ。
 次第に激しくなる動きに総司も抗わず、素直に快楽へと身をまかせた。

「ぁ、はぁ…ッ、ぁあっ…ぃ…」
「気持ちいいか……?」
「ん、ぅ…ん、ぃ、いいッ…いいのぉ…ッ」

 初めての快感に総司は甘く泣きじゃくった。男の躰にしがみつき、揺さぶられるまま快楽に溺れてゆく。
 淡く灯された行灯の明かりの中、しなやかな細い肢体が男の躰の下で艶かしく悶えた。黒髪が振り乱される。

「ぁあッ、ぁあ…あッひぃああッ」
「総司……最高だ」
「んっ、ぁあっ、私…も…ッ」

 土方はもう容赦なく総司の躰を貪った。膝裏を掴んで押さえつけ、上から何度も男の猛りを蕾に突き入れる。狭い蕾に猛りを抜き差しするたびに、強烈な快感がわき起こった。はぁっと息を吐きつつ、また犯してゆく。
 一度達したが、それでは満足できなかった。今度は四つ這いにして後ろから攻めたてた。
 総司は肘が折れて前に突っ伏してしまい、後ろから穿たれるたびに掠れた悲鳴をあげ続けている。

「ひぃっ、ぁあッすご…ぃ、ぁあッ」
「……はぁ、ぁ…っ」
「ぅ、ぁッぁあ、あ…やぁあぅ――」

 乱暴に揺さぶられ、総司は顔を褥に押しつけて泣きじゃくった。男の太い猛りが蕾の奥をぐちゅりと穿つたび、背筋を貫いてゆく熱い快感がたまらない。
 やがて、土方が二度目の頂きを迎えるのか、息遣いが荒くなった。男の大きな手のひらで扱かれている総司のものも、弾ける寸前だ。

「ぁあッぁあ、土方…さ……ッ」
「……っ、くぅ…っ」
「ひ、ぃあぁあッ、あああーッ!」

 甲高い悲鳴をあげて総司が仰け反った瞬間、その蕾の奥に男の熱が叩きつけられていた。二度目であっても、かなりの量の熱が注ぎこまれる。
 それにさえ感じて、総司は褥に突っ伏し啜り泣いた。

「ぁ、ぁ…ぁあ…ぃ……っ」

 快感に躰を震わせる総司が愛しくて、土方はきつく抱きしめた。後ろから深く繋がったまま抱きしめ、背中に口づける。

「……愛してる」

 男の囁きに、腕の中の恋人は小さく――身を震わせた。