新年早々、新選組に衝撃が走った!
なんと、参謀の伊東を初めとする面々が島原に居続けをした挙げ句、無断外泊を行ったのだ。
まるで何処ぞの学生寮のような話だが、とにかく新選組の規律は厳しい。そう決めたのは、総司の恋人である土方であり、今回も到底笑って済まされないことはわかりきっていた。
下手すれば切腹ものの話だ。
「でも、まぁ、謹慎ですんでよかったですねー」
呑気にお饅頭をほうばりながら、総司は言った。
斎藤一が謹慎を命じられている自室での発言である。
「こんな事で切腹なんて笑えないし」
「……」
「島原に無断外泊で切腹! 笑えるー」
実際、あははははと無邪気に笑う総司を、謹慎中の斉藤は半目で眺めた。
「笑い事か。おまえ、友の危機なのに知らん顔していただろ」
「え、何で知っているの? だって、そんな大事じゃないと思ったしー」
「これのどこが大事じゃないと!?」
「んー、私、それどころじゃなかったんですよ。土方さんからの誘い断るの大変で」
「……相変わらず焦らし続けている訳」
「失礼ですねー! 焦らしてなんかいませんよ、私、そんな酷い事しないもん」
桜色の唇を尖らせた総司だが、それを斉藤は生ぬるい目で見てしまった。
酷い事も何も、あれは男として可哀想すぎると隊内でも噂になっているのだ。
鬼だ冷血だと言われている土方だが、この一件に関してだけは多大な同情と憐憫が寄せられている。皆、同じ男として思うところがあるのだろう。
あの生殺しは酷い! と。
二人がつきあい始めて二年近くになる。
なのに、土方は全く総司に手を出せていなかったのだ。契りなんてまったく何処の話? という状況だ。
その上、総司が一切他に目をくれないという血判を押させたため、土方は花街にも繰り出せなくなり、この二年、あの百戦錬磨の男が聞くも涙語るも涙の禁欲生活を送り続けていた。
これには、あの伊東さえも「さすがに同情しますよ、土方君」と憐憫の表情で感想を述べたほどで(ある意味、皮肉か嫌がらせか)、その時は、場がパッキンパッキンに凍りついた。
まぁ、それはさておき、いくら総司が好き好きでも、土方も若い男だ。「そろそろ爆発するんじゃね?」とは原田談だが、とにかく隊内は息をひそめて様子を伺っている状況だった。
そこに起こった今回の島原居続け騒ぎだ。女遊びも禁じられている土方にすれば、てめぇら嫌味か!?と激怒して、兼定を振り回しても仕方のない処だったが、近藤あたりが抑えたのか謹慎に収まったという訳だった。
「でも、何で居続けなんかしたんですか?」
「伊東先生が帰らないと言い出してさ、まぁ、それも面白いかなと」
「ふうん」
にっこりと総司が笑った。
「それで切腹になっていたら、面白いなんて笑っていられませんでしたねー」
「……仰せご尤も」
「まぁ、土方さん、私にかまうの必死でそれどころじゃなかったのが幸いしたってことかな。あ、ほら、やっぱり、友のために身を張っているでしょ? 感謝して下さいね」
「マコトニ、アリガトウゴザイマス」
「何、その棒読み! 心がこもってないー」
ぷんぷん怒っている総司を眺めながら、斉藤はため息をついた。
一度目の人生の時も同じような謹慎騒ぎになったが、あの時は総司も同様だったのだ。総司はあの頃、完全に伊東一派のものとなっていて、誰が見ても念兄弟としか思えぬ間柄だった。
土方とも冷え切った関係そのもので、この時も酷い応酬があった記憶がある。
それに比べれば今回は平和そのものだった。総司は土方の恋人だし、痴話喧嘩というか契りをするしないの押し問答に忙しくて、こちらの事どころじゃなかったようだ。
「で、いつ土方さんと契りを結ぶつもりなんだ?」
そう聞くと、総司は半目になった。
「……斎藤さん、そういう繊細な事は口に出してはいけません」
「さんざん聞かされた気がするけど、今まで」
「契りを結ぶとか結ばないとか、それは私の心一つなのです。なにせ、土方さんにも言われましたからね、私の心を手にいれてから契りを結ぶって」
「えっ!? そんな大風呂敷広げたの、あの人!」
思わず叫んでしまった。
まさか、あの総司好き好きでいっぱいの土方が、そんな失言をしちゃうなんて思いもしなかったのだ。
今頃、その風呂敷をちっちゃく畳みたいと切実ッに願っているだろう男を思い、心底同情した。武士に二言はないというのに、勢いとはいえそんな事を言ってしまうとは。
「何でまたそんな事を言ったんだか、呆れるなぁ」
はっきり言ってのけた斉藤に、総司は小首をかしげた。
「そうかなぁ。格好いいし優しいし、誠実だと思いますけど」
「??? それ、土方さんのこと?」
「土方さんの事というより、私の心を手にいれてからという言動ですよ。私を大切にしてくれている証でしょ?」
「まぁ……その、確かに大切にはしてるけど……」
大切にした結果がこの生殺しでは、男としてやりきれないだろう。という言葉はごっくんと飲み込んだ。
それよりも確かめたい事がある。
「けどさ、その約束どおりなら、総司は今も土方さんが好きじゃないってことになるよな」
「え?」
不思議そうに小首をかしげるのに、つづけた。
「だって、契りを結んでいないってことは、土方さんが総司の心を手に入れていないってことに」
「……さぁ、それはどうでしょう」
ちょっと黙った後、総司はつやつやした桜色の唇で笑ってみせた。
二年という月日は意外と長かった。
だが、その間、土方は総司に対して誠実な恋人でありつづけてくれた。
そのため、さすがに、総司も彼からの愛情を信じられるようになっている。もっとも、人の心は移ろいやすいものという認識と、夢の恐怖はまだまだ薄れていなかったが。
むろん、土方を怖がることも随分と減った。必死になって総司があちこち夢と違う行動をしつづけたことで、いろいろと変わってきているし、土方も優しく接してくれるからだ。
そんな彼に対して、総司は仄かな恋心を抱くようになっていた。あくまで、仄かなだ(ここ重要!)。
総司はある意味、自分の気持ちにセーブをかけている状態だった。
土方に依存したり甘えきったりすることがないよう極力気をつけている。もちろん、深入りもしない。
ほんわかした恋を保ちつづけているのだ。
それに土方がどう思っているかはわからないが、身も心も燃やし尽くすような恋は絶対に御免だった。あんな苦しくて辛くて切ない想いは一度で沢山だし、今の総司は不思議とそうした激しさがない。
夢の中の土方への恋心がぱっと咲いてぱっと散る大輪の花なら、今の恋はしぶとく長持ち常緑樹のような恋だと思う。
「長持ちが一番だよね」
総司は刀の手入れをしながら、こっくりと頷いた。
いやいや、刀のことではない。むろん、刀だって長持ちが大切だが、それ以上に人の心持ちの方が大切だ。土方が総司を恋人として想ってくれなければ、あの夢が実現してしまうのだから。
「でも、そろそろ安心してもいいのかなぁ」
ふと考えた。
二年前の宴以来、伊東とはかなり距離が出来ている。伊東一派に加わって脱退などということには間違ってもならないだろうし、今も総司は土方の右腕であり、恋人だと広く公認されている。
そのため、余程不測の事態が起こらない限り、あの最期へはたどり着かないだろう。
何よりも、今、あんなに大切にしてくれる土方が、冷たい瞳で自分を斬り捨てる日がくるなんて、想像もできなかった。いや、夢では見たが。
「まぁ、皆、土方さんが可哀想、可哀想って言うし……」
この間などは、近藤にまで言われてしまったのだ。
美味しい菓子が手に入ったからと言われて行った局長室で、茶をすすりながら言いづらそうに近藤は言った。
「……その、歳が憐れな気がするのだ」
「え?」
きょとんとする総司に、近藤はこほんこほんと咳払いした。
「いや、人の恋路を邪魔するものは馬に蹴られろと言うが、あー、違うか、この場合、邪魔ではないのか」
「……近藤先生、大変申し訳ありませんが、お話はわかりやすく端的にお願い致します」
愛弟子の、丁寧だが、慇懃無礼極まりない冷ややかな口調に、近藤はビクッと肩を跳ね上げた。
「す、すまん! そうだな、つまり、歳が憐れだと思うのだ。総司は恋人だと聞いているが、我慢を強いられているのが気の毒だと、その、噂になっていてな」
「噂……」
可愛らしい顔で細い眉を顰め、小さく呟く総司に、近藤は慌てて身を乗り出した。
「べ、別におまえを非難するつもりはないのだぞ。が、歳も男だ。我慢ばかりでは、そのうち爆発するのではと案じて」
「つまり、切れそうだと? 土方さんが切れちゃいそうだと言っておられるのですね?」
「あー、うむ。なんというかその」
「浮気しそうってことですか」
ずばり言ってのけた総司に、近藤はカッと目を剥いた。見当違いに飛んでいく話の内容に、泡を食ってしまう。
「違う! 違うぞ! 歳はおまえのような恋人がいるのに、他へ目を向けるような男ではない。あれも色々と問題ありまくりの男だが、おまえへの誠実さだけは傍から見ても涙ぐましいものがある! そ、そこだけは認めてやろうではないか!」
「いえ、認めないなどと私は言っていませんが」
「そうだな? そうだな? 総司も歳の誠実さは認めてくれるなッ?」
「まぁ……はい」
こくりと頷いた総司は視線を手元に落とした。
実は、この菓子も土方が用意したものだと先程聞いたのだ。
その彼は総司と一緒に食べるつもり(辛党の彼は傍で茶を飲んでいるだけだが、それでもあの男なりに幸せ)だったが、急用で外出しなければならなくなり、近藤に言伝ていったという事だった。
この場合、誠実というより気遣いの出来る男と言うべきか。
つきあってみると、土方は意外にも(失礼だが)気配りの出来る男だった。
あんな夢を見たこともあるし、何よりも遊び回っていた過去から、つきあっても俺様ぶりを発揮すると思っていたのだ。
が、意外や意外、彼は気配りの人だった。
せっせと菓子や可愛いものを買ってきてくれるし(ある意味、貢ぎものか)、綺麗な場所があると聞けば連れていってくれるし、あれこれと日常も気遣ってくれる。
それはもう涙ぐましいぐらいの尽くしぶりに、彼を敬愛している山崎など「おいたわしい……」と涙を禁じ得ない状況なのだ。
隊士たちの大半は生温い目で見つつ、鬼の副長にあそこまで尽くさせた挙げ句、知らん顔している総司に、真に恐ろしいのは一番隊組長だと畏怖し崇め奉っている。
まぁ、それはともかく。
局長室で、近藤に「もう少しだけ気遣ってやって欲しい」と懇願され、さすがの総司も考え込んでしまったのだ。
私って、そんな酷いことしてる?
自覚のない天然子猫ちゃん総司は、ふむと腕を組んだ。
契りなどしなくても生きていけるし、それに仲良くも出来ている。実際、女性ともした事がないものを男とするなど、かなりハードルが高かった。いや、むろん、総司も内容についてはわかっている。あれから、色々と勉強したのだ。
が、しかし!
いかんせん根本的に初で天然であるため、男の衝動とか欲望など理解できるはずもない。土方がどれだけ焦れているか苛立っているか、そして、自分がどれだけ男を煽りまくっているか、まったく意識にないのだ。
「そんなにしたいものかなぁ」
呟いた総司は、ふと気がついて顔をあげた。
見れば、今考えていた相手である土方がこちらに歩いてくるところだ。総司を見ると、柔らかな笑みをうかべた。それが超格好よくて、どきどきするぐらい魅力的で、頬を染めてしまう。
「土方さん」
「刀の手入れか?」
先日、契りのことでもめた事などおくびにも出さず、土方は訊ねてきた。それに、こくりと頷く。
大きな瞳で彼を見上げた。
「何か御用ですか?」
「いや、あらたまると何だが、明日でも一緒に出かけないかと思ってさ」
「どこにでしょう」
「美味い料理屋を見つけたんだ。椿が綺麗な庭があるらしいし……その、おまえ、そういうの好きかなと思って」
男の言葉に、総司は目を瞬いた。
思わずじっと見つめれば、さり気なく視線をそらされてしまう。
(何考えてるのか、ばればれなんだけど……!)
意外にもだが、何があっても冷徹冷静沈着鉄仮面と評判の鬼の副長は、色恋沙汰になると感情を隠せない不器用極まりない男だった。
今も、料理屋へ連れ込んで契りを結んでしまおうと策略したらしいが、表情がそれを明らかにしてしまっている。視線はこちらに向けられないし、緊張しまくりもバレバレだ。
「椿なら庭園だけがいいです。お食事は屯所でしましょう」
あっさりと躱した総司に、土方は「……」と沈黙した。が、それでも道行きに誘えるならと思ったのか、ちょっと笑う。
「そうか。じゃあ、椿が美しい庭園を探しておく」
「見つかったら、誘って下さいね」
「……あぁ」
心なし肩を落とした土方が去ってゆくのを見送り、総司はため息をついた。
そりゃ今のままじゃだめなのはわかっている。が、土方への想いは、通り一遍のものでない以上、慎重にならざるを得なかった。
むろん、自分の気持ちも彼の行動もセーブしている状態は、なかなか大変なものがあった。しかし、どうしても警戒はしてしまうのだ。いくら二年たっても、それでも。
(あの夢が絶対に実現しないって、確信できたらいいんだけど)
そう思っていた総司が、とんでもない話を聞くことになるのは……数日後。