土方に手をとられたまま、総司は、頭を何度もぽかすか叩きながら(あくまで比喩)熟考した。
 それこそ、一生分ぐらい頭を使いまくった。
 そして、長い長い沈黙の後、息をつめるようにして答えを待っている土方に(彼もずっと無言で待っていてくれたのだ)、言った。
「……一つ、条件があります」
「何だ」
 首をかしげるようにして訊ねる土方を、総司は見上げた。相手の気持ちを知るように、真っ直ぐ見つめる。
「土方さんがこの先、私とのつきあいを決してやめない、他の人に目を向けないと約束す」
「約束する」
「……」
 即答ですか!
 思わず怯んでしまったが、ここ重要だから! と、念押しした。
「本当に、いいんですね? 絶対だめだめなのですよ」
「わかっている。俺の命にかけて、おまえ以外は見ない」
「……わかりました」
 総司はこくりと頷いた。
 まだ、いろいろと不安な所も多いが、とりあえず良しとするべきだろう。
 土方に手を握られたまま、ぺこりと頭を下げた。
「これから、よろしくお願い致します」
 そう言った瞬間、土方の目が大きく見開かれた。


 ……え?何この反応。
 なんか間違えちゃった?













 信じられなかった。
 目の前で頭を下げる総司を呆然と見つめた。
 ダメ元というか勢いで申し込んだ相手だった。
 長年恋してきた相手が恋する経験がしたいなんて理由だけで、他の男とくっつくかと思った瞬間、頭のどこか(つまり理性)が吹っ飛んでいってしまったのだ。気がつけば、総司の手を固く握りしめ(逃さないように)必死になってかき口説いていた。
 が、まさかまさか、受け入れて貰えるとは思わなかったのだ。
 お試しの恋であっても、その相手に自分を選んでくれたことが飛び上がるぐらい嬉しい!
 こんなに舞い上がったのは初めてだと思いつつ、土方は、じっとこちらを見ている総司に気づき、慌てて答えた。
「こちらこそ、よろしく頼む」
 何を頼むのか自分でもわからなかったが、口に出たのはそんな言葉だった。
 もう少し艶っぽいこと言えねぇのかよっと自分で自分に突っ込んでいると、総司はきょとんとした後、にっこり笑った。それに息を呑む。


(か、可愛い……!)


 何だよこの可愛さ、凶悪すぎるだろ。
 それこそ花のような可憐で愛らしくて甘い笑顔。それに、くらくら目眩さえ覚えた。
 慌てて顔を背けると、総司が不思議そうにこてんと小首をかしげた。その仕草もまた可愛い。


 あーもう! 何をしても可愛いすぎる、こいつ。


 まだつきあい出したとこに、その可愛さ可憐さにノックアウトされぎみの土方は、どこかにこのベリーキュートな恋人を隠したい! そこで思いっきり撫で回して舐めて可愛がりまくりたい! と、男の欲望丸出しになりそうになったが、慌ててそれを押さえ込んだ。
 総司は初で素直で純真だ。少しずつ馴らしていかないと、逃げられてしまうだろう。焦りは禁物だった。
 それに、いろいろと確認しておくことがある。何しろ、相手は総司なのだ。今まで土方がさんざん遊んできた女たちとは違う。
 土方はこほんと咳払いしてから、総司を見下ろした。
「その……俺からは条件じゃないが、二、三、聞きたいというか確認事項があるのだが」
「はい、何でしょう」
 緊張しているからか、どうしても仕事の時のような口調になってしまう自分に嫌気がさしながら、言葉をつづけた。
「まず、一つめだ。おまえ、男とつきあう意味はわかっているか」
「意味……えーと、その、つまり?」
「あー、何だ、いや、同性相手だから婚姻できないだろう?」
「ですよねー」
 軽く流した総司に、土方はため息をついた。
「つまりだな、二人の仲を深めるためには、念兄弟としての契りを結ぶしかないというか……俺としては精神的なだけでなく、その、躰の方でも契りを結びたいんだが」
「躰で契りですか? あ、こうして手を繋ぐとかですね」
「う」
 思わず呻いてしまった。


 ソコか!
 まさかの、ソコからなのか!?


 あまりにお子様チックなスタートラインに、ぐらりと目眩を覚えた。
 この分じゃ、いつになったら男が熱望する色ごとに辿り着けるか、わかったものではない。が、焦りは禁物なのだ。
 土方は必死に己を落ち着かせ、微かに笑ってみせた。
「……わかった。とりあえずこの問題はおいおい考えてゆく。二つ目だ」
「はい」
「俺たちがつきあうこと、公にしてもよいか? それとも隠した方がいいか?」
「土方さんはどう思われますか?」
「俺は公にしたい」
 きっぱり言い切った土方に、総司は小首をかしげた。が、すぐに、こくりと頷いた。
「そうですね。でなきゃ意味がありませんものね」
「? そうか? あぁ、俺が他の者に目をむける事を牽制するためか」
「それもありますけど……いえ、いいのです」
 ふむふむと一人頷いて納得している総司を訝しく思ったが、追求はしなかった。土方は総司を深く深く愛しているが、その考えや想いはつかめぬ事の方が多かったのだ。謎が多すぎる存在だ。
 ここ最近は尚更のことだった。総司の奇妙な言動に振り回され続けている。
 突然近づいてきたかと思えば、怖がる様子を見せたり、彼のことを気遣ったり、挙句、恋したいと伊庭に声までかけたりして……
「……」
 あの時のことを思い出し、ぐぐっと眉間に皺が寄った。
 可愛い総司が別の男に言いよっている様など、見たくもないし思い出したくもないのだ。今は、その心を掴めていないが、誠心誠意尽くしていけば、愛していけば、いつか必ずこちらを向いてくれるはず。そのためにも一生懸命頑張ろうと、心の中で決意した。
 つまり、その時の土方は、総司がなぜ彼とつきあう事にしたか、まったく理解していなかったのだ……。












 二人の交際が始まった。
 と言っても、たいして何かが変わった訳でもなかった。相変わらず新撰組の中で、土方は冷徹な副長として振る舞い、総司はそれに従って一番隊組長の責を果たしていた。
 総司にすれば、その状況は少し戸惑うものだった。いきなり隊の中で手をつなげとか言われたらどうしようと(初な総司の想像ではその程度)思っていたのだ。
 だが、よくよく考えてみれば、恋愛関係だとか精神的な繋がりで始まった関係ではない。つまりは、この関係は政略結婚のようなものなのだ。
 土方は総司を隊士として手放したくなく、あの夢の中のように伊東派に組み込まれたらまずいため、つきあいを提案した。
 総司は彼と良好な関係をつづけていくため、敵視された挙句殺されるという未来を回避するため、その提案を受け入れた。そういう事なのだ。
 土方が聞けば、何莫迦を言っているんだー! と絶叫しそうな事を、総司は真面目に信じ込んでいた。


 殺されないため彼の手をとった。


 それはとても狡い行為なのだろうが、総司にとってある意味仕方のない事だった。
 もっとも、彼に気持ちの揺れがあったからということも、また事実だ。幾らなんでも、何とも思っていない、ましてや嫌いな相手などとつきあう気にはなれなかった。


(でも、それは、私が土方さんを好きってこと?)


 小首をかしげた。
 愛だとか恋だとか、そういう気持ちはよくわからない。が、彼がいると見つめてしまうし、声を聞けばもっと聞きたいと願う。それは恋に似ている気もした。
 だが、彼を愛してしまったら、後先引けなくなる。だから、必死に気持ちを押さえ込んできたのだ。
 その努力はもういらないのかもしれない。つきあっている以上、好きになってもかまわないだろう。
 しかも、土方はこのつきあいを公にすると断言してくれたのだ、誰に咎められることなく好きになればいい。
 それは、ちょっとほっとする事だった。
 気持ちを抑えることは誰でも苦痛だ。
 総司にとって、土方はとても魅力的な男だった。
 昔から格好いいなぁと思ったりもしていたが、最近視線をかわしたり話をしたりするようになって、気持ちがどんどん大きくなった。それを抑えることなく、思いっきり好きになっていいということは、素直な総司にとってとても心地よい事だった。


(うん、好きになっちゃおう)


 そう思ったが、一方で利口な総司はわかってもいる。
 度が過ぎることはないように、なのだ。相手は何しろ冷徹で策士の土方だ。総司が土方を夢の中のように溺れこむほど愛すれば、すぐさま気づかれるし、その気持をまた利用され、傷つくことになってしまうだろう。殺されるのも嫌だが、利用されて傷つくのもいやだった。
 だから、程々に、だ。
 お酒と同じ。どんなに魅力的なものでも、溺れこんではだめ。適量を守って飲みましょう! なのだ。
「気をつけようっと」
 一人拳を固めて決意していると、「何に気をつけるって?」と後ろから声をかけられた。
 まぁ縁側で突っ立って思考していたのだから仕方がない。
 振り返ると、斉藤が佇んでいた。
「いろいろな事に気をつけようってことですよ。……? 斎藤さん、なにかありました?」
 問いかけてしまったのは、斉藤の複雑な表情に気づいたからだ。ちょっと躊躇ってから、視線をおとす。
「……いや、さっきものすごい話を聞いて」
「ものすごい話って、何ですか?」
 思わずワクワクしてしまった。斉藤の口調からすれば、仕事のことではないだろう。世の中のことでもない。
「あー、その、えっと、土方さんと……総司が、その、念兄弟になったという話で」
「なぁーんだ、その話ですか」
「知っていたんだ。けど、嘘にきまっ」
「本当ですよ。先日からおつきあいを始めました」
「……え」
 固まる斉藤の前で、総司はにこにこと話をつづけた。
「あ、土方さんにも公にしていいって許可貰っていますから、大丈夫です、はい。私沖田総司は、新選組副長土方さんの念弟になりました」
「うそ……まじ?」
「はい」
 こっくり頷くと、斉藤が急に慌て始めた。
「ままま、ま、まじで!? いや、それ、まずいだろ、やばいだろ。そんなの知らないし」
「? 斎藤さんが知っている必要がどこに?」
「違うんだ、そういう事じゃなくて! えーと、その、それって半永久的なもの? 今だけの話?」
「どちらかと言えば、半永久的ですね」
 総司は愛らしく小首を傾げながら、答えた。
「土方さんにもきっちり約束してもらいましたから。心変わりしないって」
「え、あの人、それ了承したの。……あー、いや、するよなー。当然だよなぁ、考えてみりゃ当たり前か」
 一人ぶつぶつ呟いていた斉藤は、ちょっと真面目な顔で総司を眺めた。
「聞きたいんだけど、総司はそれで安心できたわけ? 大丈夫って思ったからつきあい始めたのか?」
「大丈夫って思ったんですけど……甘かったでしょうか?」
 総司は思わず訊ねてしまった。


 よくよく考えてみれば、相手は百戦錬磨、色恋沙汰にかけては並ぶ者のないモテまくりの男だ。初で素直で可愛い純真な(自分でそう思っている)総司など、簡単に騙せてしまうだろう。
 いや、別に気持ちがなくても構わない。好きでなくてもいい。
 ただ、心変わりされた挙げ句、ばっさり殺されるのが嫌なのだ。
 それだけは断固として避けたい!
 目指せ、破滅回避!


「うーん、総司が安心なら別に、その……」
「今から対処してきます!」
 そう叫ぶなり、総司は身をひるがえした。後ろで斉藤が慌てて何か叫んでいたが、まったく気にしない。
 大急ぎで副長室へ向かって、障子を開け放ち、叫んだ。


「土方さん、約定に血判して下さい!!!」


「…………は?」
 部屋の中には、土方の他に、監察の山崎もいた。呆気にとられた顔で、突然飛び込んできた総司を見ている。
 が、土方以外眼中にない総司は、物凄い勢いで彼の前に坐った。
「約定に血判してほしいのです。それだと安心できるから、お願いします」
「……話が全くわからんのだが」
「私と土方さんの念兄弟の件です。絶対心がわりしないと、血判して欲しいのです」
「血判って……そこまでやるのか?」
「やります。私の心の安寧と安眠のためには絶対に必要なのです」
「……」
 土方は思わず目を細めてしまった。


 心の安寧と安眠ってなんなんだ、そこまで俺が信用できねぇのか?


 黙り込んでいると、状況を察した山崎が部屋を出ていった。それを見送ってから口に出す。
「おまえ、そんなに俺が信用できねぇのかよ」
「出来ません」
「即答か! けど、何でだ? 俺、そんな節操のない男か?」
 言ってから自分で思い出し、慌てて付け加えた。
「遊んでいたことは別だぞ。というか、おまえは違う、特別だ」
「特別……」
 総司はちょっと目を見開いた。それから、澄んだ瞳でじっと見つめてくる。それに土方は柄もなく狼狽えてしまった。
 何と言っても可愛すぎるのだ。
 特別と言われて喜んでいるのか、本当? と不安に思っているのか。その辺りは全くわからないが、とにかく、男を上目遣いに見てくるその表情は可憐そのものだった。


(あー、可愛い。早く食っちまいてぇ)


 冷徹な副長らしからぬ言葉を内心つぶやきつつ、言った。
「そうだ、おまえは俺にとって特別なんだ。だから、絶対心変わりなんてしない」
「絶対……」
「もしそれでも不安だと思うなら、というか、それでおまえが安心してくれるなら俺は血判でもなんでもしてやるぞ」
 きっぱり言い切ると、とたん、総司はほっとした顔になった。これで話は終わりかと思えば、膝をすすめて文机に手をのばす。
 そして紙を取り上げ、土方にむかって差し出した。
「こちらにお願いします」
「……」
 思わず無言で見下ろしてしまった。