斎藤の言葉を聞いた時、思ったのは、
(やっぱり、夢とは違うのかな)
だった。
夢の中で斎藤はいつも傍観者的な立場だったし、総司を遠くから冷たく眺めていた。
だが、現の斎藤はとても身近だし、その上、「総司が大切」とまで言ってくれる。いい友人関係を保ちつづけられたらいいなと、思った。
総司にとって、斎藤は唯一と言ってもよい友人だ。心おきなく話せるし、年頃も近いので気楽だった。そのため、あの夢を見た後、斎藤も自分から離れるのかと思い、とても淋しくなったのだ。
だが、現ではいい友人関係を継続することができそうだ。
何よりも大切と言ってくれたのだから。
何番目だったか忘れたが、とにかく大切と言ってくれたからには、総司の死に尽力するような事はないだろう。総司自身が土方を裏切らない限り。
「あ、でも、土方さんのこと好きじゃないって、言ってた」
うーんと腕組みをした。
ここでもやっぱり夢とは違うようだ。
夢の中で、斎藤は土方に心酔しているように見えた。腹心となり、彼のために動いていたのだ。恋敵だとか、好きじゃないとかには到底見えなかった。
少しずつ夢と違っているのなら、それに応じた行動をすべきだと、総司は思った。
が、しかし。
「問題は解決していないんだよねー」
斎藤のことはまぁいいとして(処理済み)、総司自身の土方への気持ちが全く整理できていないし、解決もしていない。
恋だとかなんとか、斎藤はとんでもない事を言っていたが、それは断じてない!
いや、それないから。
自分を殺す相手を好きになるなんて、不毛すぎるでしょ。
この世の誰よりも好きになってはいけない相手がいるとしたら、それは土方だ。
彼を好きになることは破滅の道へ繋がっている。だから、その破滅への道標を叩き壊すべきである以上、やることは一つだった。
「他の誰かを好きになればいいんじゃない?」
つまりは念兄をつくっちゃえばいいのだ。
いや、この場合、別に娘さんでもいいが、それはそれで問題がありまくりだろう。何しろ、娘さんが相手だとなると、婚姻だとかそういうのが絡んでくるため、相手にも非常に申し訳ない。
そもそも、恋人になる動機が不純だから、ここは婚姻に結びつかない、あくまで恋人どまりで終わる同性を相手にすべきだと、総司は作戦をたてた。
じゃあ、誰を相手に選ぶべきか。
総司は宙に視線を飛ばした。
エントリーNo.1 斎藤一。
新撰組三番隊組長で年頃も近いし、一番身近な存在だ。が、土方と恋敵だと言っていたということは、好きな人がいるということになる。幾らなんでも他に恋する人がいる男を、この計画に引きずりこむのは申し訳ないであろう。それに、正直な話、斎藤と恋人なんて想像すらできない。無理でしょ、無理。
「うん、斎藤さんは無し。じゃ、次」
エントリーNo.2 伊東甲子太郎。
新撰組参謀で年上の友人。いつも穏やかで総司の気持ちにそってくれる人。ただ、彼を選んだ場合、土方との関係が急降下で悪化するのは目に見えている。それは対立→脱退→破滅への道標をたてることにもなるだろう。
「あー、一番選んじゃ駄目な人かも。次いこ次」
エントリーNo.3 ……誰?
「う、誰も思い浮かばない。意外と私って交流関係少ない? それとも、めぼしい男の人が少ない? あ、隊内で考えるから駄目なんだ、じゃあ……」
エントリーNo.3 伊庭八郎。
新撰組の隊士じゃない人というか、幕臣。さばけた性格で、総司とも仲が良く友人関係。あまり問題点は少ない、問題があるとしたらなんでも面白がるところと、土方とはあまり仲が良くないという点。
「試衛館に来てはよく喧嘩していた覚えがあるんだよね。でも」
積極的に選ぶ相手ではないが、消去法的にやっていくと、伊庭以外選択肢がなくなってくる。
あのおちゃらけた性格なら意外とノリで了承してくれるだろう。
ただ、まぁ、伊庭相手に恋心を抱けるかというと、ものすっごく微妙なところがあるのだが。
「私、あの人のこと、面白い人、変わった人としか思ってないし」
だが、まぁ恋人っぽくやっていれが、そのうち恋心を抱くこともあるかもしれない。
総司は一人納得すると、よし! と両手を握りしめて決めた。
きみに決めた! である。後は猛兎突進で頑張るだけであろう。さっそく伊庭のもとへ駆け込んで、交渉しなければならない。
頷き、総司はきらりと瞳を光らせた。
「頑張れ! 私」
……この場合、ロックオンされた相手に拒否権はない。
状況はいい方に転んでいる。
なんと、総司が決意したその翌日、向こうからカモ、もとい、伊庭がやってきてくれたのだ。
「えっ、伊庭さんが来てるの?」
思わず弾んだ声になった総司に、斎藤は訝しげな顔をした。
「そうだけど……仲良かったっけ」
「まぁ、そこそこですね。でも、今から仲良くなるのです」
「? よく意味が」
「どんな人とでも親交を深めることはとても良いことでしょ?」
「……なんだろう、正論なのに、この微妙に感じる違和感は」
ぶつぶつ呟く斎藤を放置して、総司はさっさと伊庭がいるらしい部屋に向かった。
伊庭は、近藤に用事があってきたのだが、あいにく留守だったので帰るまで待つことにしたらしい。
いつ帰ってくるかわからないのに待つなんて、幕臣やってる人って暇なんだなぁーと失礼なことを思いつつ、総司は部屋の前で声をかけた。
「こんにちは、伊庭さん」
「おう、総司じゃねぇの」
軽い口調で答えた伊庭は、手にしていた湯呑みを置いた。
にこやかな笑顔でこちらを見てくる。
「珍しいね、元気にしていたかい?」
「はい。伊庭さんもお元気そうで何よりです」
恋人さん候補には、頑健であることも必須条件なのだ。病がうつっては困るから、百叩きにあっても死にそうにない男がいい。
総司は部屋に入ると、きちんと端座した。大きな瞳でまっすぐ伊庭を見つめる。
「今日はお願いがあってきました」
「? おれに?」
「はい。伊庭さんにしか出来ないことです。他に頼む人が見つからなくて(副音声:消去法で選択肢が他にないのです)」
「へぇ、おれに出来ることならなんでもするけど」
「あ、本当ですか? ありがとうございます! じゃあ、私の恋人になって下さい」
「……ッ!?」
伊庭は飲みかけていた茶を、思いっきり吹いた。幸いにして総司にはかからなかったが、畳が茶だらけになる。
「わー、汚いっ。何やっているんですか、伊庭さん」
「そ、そそそ総司がとんでもない事言うからだろッ」
「あらら、伊庭さんでもびっくりするんですね。不思議―」
「不思議なのはこっちだよ! 何でおれがいきなり総司の恋人になる訳? どういう展開で!?」
「私の事情です」
きっぱり言ってから、総司はこてんと可愛らしく小首をかしげた。
「でも、意外。伊庭さんなら面白がって、あっさり了承してくれる気がしていたのに」
「いや、おれも命が惜しいから。総司は可愛くて好きだけどね」
「ありがとうございます。だけど、命が惜しいって何で? 私と恋人になると命が危なくなるの?」
そう言ってから、総司はちょっと顔を曇らせた。
「もしかして……私が病もちだから? でも、伊庭さんって頑強ですよね、だから選んだんですけど」
「頑強だからって、働き手募集と間違えてねぇ?」
「そうかなぁ。旦那様に選ぶのは、誰だって健康で真面目で働き者でしょう? 同じことじゃないですか」
「いやいや、絶対同じじゃねぇから。選ぶ基準に重要なものが欠けてるから」
「重要なもの? なんですか?」
不思議そうに首をかしげた総司に、伊庭は重々しく答えた。
「それは……愛だよ」
「つまり、私と伊庭さんの間には愛がないと。なーんだ、がっかりですね」
「……むしろ、聞きてぇんだが、いつ愛が育ったんだ?」
「江戸の頃からの知り合いでしょ。だったら愛も育つはずですよね。でも、大丈夫!」
総司はにっこり笑って、伊庭に手をのばした。すりっと身を寄せて、大きな瞳で見上げる。
「恋人になって、その愛を育てていけばいいんですから。ね? 伊庭さん」
「ちょっ、総司、おれは……っ」
「……何をしている」
突然、上から降ってきた低い声に、二人は驚いて顔をあげた。
「土方さん……ッ!」
そこには、いつのまにか、土方が佇んでいた。切れの長い目に冴え冴えとした光をうかべている。
眉間に皺が寄り、とんでもなく不機嫌そうだ。
いや、どう見ても怒っている。剣呑なまなざしを二人にむけ、ぐっと唇を引き結んだ様子はもとが端正な顔だちだけに、物凄い迫力だ。
総司はそれに息を呑んだ。そして、はっと気がついた。
(もしかして、伊庭さんも駄目だったってこと? 伊庭さんなら幕臣だし大丈夫って思ったけど、やっぱり仲が悪いから? うわー、やばい、どうしよう)
大急ぎで伊庭から離れ、かしこまった。
きちんと端座して両手を膝の上にのせ、頭を深々と下げる。
「申し訳ありません、副長」
「謝罪を求めているのではない。何をしているのかと聞いた」
冷えた声で訊ねる土方に、総司は尚更やばいものを感じた。が、ここで挫けたら破滅一直線だ。
びくびくしつつも答えた。
「ふざけていただけです。久しぶりにあった友人に、大人気なくはしゃいでしまいました。申し訳ありません」
「……恋とか、聞こえたが」
「戯言です。私が伊庭さんにそのような感情を抱くことは、絶対にありえません」
きっぱり言い切った。いや、これは嘘ではない。
伊庭ならいけるかもと思ったが、実際言いよってみて無理かもと内心思っていたのだ。
何しろ全然どきどきしないのだ。
ときめかないし、わくわくもどきどきもしない。緊張さえしなくて、ただじゃれあう友達という感じだった。
正直な話、後半は言葉どおり巫山戯気分だったのだ。
隣を見ると、伊庭は疲れきった表情でため息をついていた。
ちょっと悪かったなぁとは思うが、こっちも焦っていたのだから許してもらおう。
そのまま押し黙ると、土方もしばらくの間、黙り込んでいた。が、やがて、低い声で言った。
「伊庭、近藤さんが帰ってきた。局長室だ」
「そ、そうかい! ありがとう」
伊庭は土方の言葉に喜々として立ち上がった。珍しく土方に対して笑顔を見せ、そそくさと部屋を出ていった。
それをぼうっと見送っていると、土方が、はぁっとため息をついた。びくりとして見上げれば、目の前で腰を下ろす。
てっきり彼も部屋をでていくと思っていた総司は、固まってしまった。
(ど、どうしよう! 私もここから去りたいんだけど……)
だが、しかし。
副長が声をかけてきたのに、それを置いて勝手に部屋を出るなど、尚更怒りを買いそうで怖かった。
そのため、おずおずと言葉を紡いだ。
「……あの……本当に申し訳ありません。土方さんが伊庭さんを嫌っているの、知っていましたのに」
「……」
「幕臣なので大丈夫かと思ったのですが、仲良くするの駄目、ですか。申し訳あり」
「……おまえは伊庭と恋仲になりたいのか」
突然、土方が総司の言葉を遮った。
驚いて見れば、剣呑な色を湛えた黒い瞳がこちらを真っ直ぐ見据えている。それに震え上がってしまった。
怒っている。
完全に怒っているのだ、彼は。
敵視されないよう気をつけてきたのに、どうして失敗してしまったのか。
総司はびくびくしながら答えた。
「さっきも言いましたように、恋とか、そういう感情を伊庭さんに持っていません。だから、その、違います」
「……」
「土方さんに誤解させるような行動をした事は謝ります。だから、許して頂けませんか?」
「……許す?」
訝しげに、土方が眉を顰めた。それに、こくこくと頷く。
「土方さんは、私が伊庭さんと仲良くしていたことを、不快に思われたのでしょう? 私の行動が不愉快だったのでしょう? でも、私、土方さんの意に逆らうつもりはないのです。これからも一番隊組長として誠実に務めますので」
「おまえはいったい何を言っているんだ」
「え、だから、一番隊組長として誠実に……」
「総司」
土方は切れの長い目でまっすぐ総司を見つめた。どこか探るような表情だ。
しばらく黙っていたが、やがて、静かな声で言った。
「……おまえ、何でそんなに俺を怖がるんだ」
「!」
びくりと肩が跳ねてしまった。
見抜かれたと思ったのだ。
いや、当然かもしれない。本当に、彼が怖くて怖くてたまらないのだから。
だが、それは以前とは少し違ってきていた。
むろん、夢の中で彼に殺されたあの絶望と悲しみは今も忘れていない。否、忘れていないからこそ、彼が心底怖かった。
いつか殺されるという事だけではない。
あんな酷い事をする男なのに、どんどん惹かれてしまう。見ないようにしても見てしまう、気になって気になって仕方がない。
必死に想いを押し殺しても否定しても、あふれ出してきてしまう気持ちが怖かった。
そんな混乱をもたらす彼が、誰よりも怖かった……。
総司は何も言えず、ぎゅっと唇を噛んで俯いた。膝上に置いた手も爪が食いこむほど握りしめてしまう。
重苦しい沈黙が落ちた。
やがて、土方がぽつりと呟いた。
「そうか」
「……」
「そんなに……俺が怖いか」
「……っ」
怒らせたと思った。怖がられていると知って腹がたたない人はいないだろう。
だが、どうすることも出来ない。何と言って弁明すればいいのかさえ、わからなかった。
身を竦ませている総司の前で、ゆっくりと土方が立ち上がった。低い声が言った。
「おまえの気持ちはよくわかった」
「……」
「悪かった。おまえの気持ちに気づいてやれなくて……本当にすまなかった」
「え」
驚いて顔をあげたが、もう土方は背をむけて部屋を出るところだった。そのまま去っていってしまう。
総司はそれを呆然と見送った。