(だから! 何で、そこでどきっとするの、私)


 一生懸命自分を落ち着かせながら近づき、頭を下げた。
「すみません、お待たせしました」
「いや、約束どおりだ。俺が先に来ただけだから、気にしないでくれ」
 そう言って微笑みながら、片手で風に吹き乱される黒髪をかきあげる仕草が色っぽくて、思わずぼうっと見惚れた。が、すぐに、はっと我に返り、こくこくと頷く。
 挙動不審の総司に気づいているのかいないのか、土方は「行こう」と歩き出した。どこか決まった場所があるらしく、迷うことなく歩いてゆく。
 その傍に従いながら、総司は時折ちらちらと土方の横顔を見上げた。


(本当に格好いい人。私が恋しちゃうのも当然なのかなぁ……)


 見目のよい男など幾らでもいる。だが、土方はそれらの男達とは一線を画していた。
 端正な顔だち、しなやかな長身だけではない。鋼のような力強さと、大人の男らしい落ち着き、そして、人目を惹きつける華やかさを備えているのだ。
 中身が外見にともなっているというか。
 むしろ、それは当然の事だろうと思った。新撰組副長という地位は生半可な男で務められるものではない。荒れくれ者も多い男たちを纏めあげ率いていくには、相当な力量が必要になってくるのだ。
 夢の中で、そんな彼に総司が恋したのも仕方ないことかもしれなかった。


(でも、現ではだめ。だめだめ、それじゃ夢の中と一緒になっちゃうよ)


 総司は自分に何度も言い聞かせた。
 その後は極力土方の方を見ないようにする。
 が、やはり、挙動不審だったのだろう。土方が訝しげに眉を顰め、総司を見下ろしていたが、そのことに気づくこともなく料理屋についた。
「ここだ」
「え、あー……すっごく高そうですね」
 思わず言ってしまってから慌てた。正直すぎたし、たぶん、奢ってもらうのに今のはないだろう。
「す、すみませんっ」
 謝る総司に、土方は意外にも怒らなかった。それどころか、くっくっと喉を鳴らして笑う。
「高そう、か。おまえらしいな」
「? 私らしい、ですか」
「まぁ心配するな。意外と手頃なんだぞ、この店」
 そう言って土方はさっさっと暖簾をくぐった。どうやら常連らしく店の女将と軽口を叩きつつ、部屋に案内してもらう。
 小さな部屋だったが、綺麗に整えられ明るい雰囲気だ。窓から見える庭の光景がきれいで、総司は、わぁっと声をあげた。
「きれいなお庭ですね」
「この庭は満天星がきれいなんだ。春は白い花が咲いて可愛らしいし、秋は見事に紅葉する」
 土方は総司を見下ろし、微笑んだ。
「まるで、おまえみたいだな」
「…………へ?」
「白い花の可愛らしさと、紅葉も美しさが、似ているんだよ」
「私、ですか? え、えーと……?」
 意味がまったくわからず、総司はきょとんとしてしまった。花に例えられたのなんて初めてすぎて、対応できない。
 しかし、ここはたぶんお礼を言うところだと思い、頭を下げた。
「ありがとうございます」
「……そこは、礼を言うとこじゃねぇんだがな」
「え、あ、ごめんなさいっ。間違えましたか」
「いや、いい。謝ることでもない」
 機嫌を悪くしてしまったのかと表情を伺ったが、土方は全く怒っていないようだった。軽く肩をすくめただけで、卓の前に腰を下ろす。
 総司が向かい合って坐ってしばらくすると、仲居が料理を運んできた。彩りも綺麗で、とても美味しそうだ。思わず、いそいそと箸をとり、口に運ぶ。
「美味しい……!」
 歓声をあげた総司に、土方は満足気に頷いた。
「気にいったのなら、よかった」
「本当に美味しいです、これ。私、京の料理って好みなんですけど、このお店の料理はとくに好きです」
「おまえの好みだろうと思っていたが、よかった。安堵したよ」
 柔らかく微笑みかけてくれる土方に、目を瞬いた。
 それではまるで、総司のためにこの店を探したようではないか。だが、すぐに理解した。遊び馴れた土方にとって、これは社交辞令なのだ。
「土方さん、ここにはよく来るのですか?」
「まぁ、程々にな」
 ふうんと頷いてから、総司は胸奥がつきりと痛むのを感じた。


 誰と来たのだろう?
 一人のはずがないから……当然、女の人と?
 きっと彼が連れてくるのだから、綺麗な女性だよね。
 この人と並んだら絵みたいで、皆、ふりかえってしまうぐらいで。
 私なんかと比べ物にならないぐらい綺麗な……


 そこまで思ってから、はっと我に返った。
 思わず呆然としてしまう。


(な、なななな何っ、今の!)


 まるで嫉妬しているようではないか。
 彼が連れ歩く女性が綺麗で当然だし、それをあれこれ思うなんておかしいし、ましてや自分と比べるなんて。


 私が土方さんに恋……


 かぁぁあっと頬に血がのぼった。耳朶まで赤くなってしまう。
 そんな総司の様子に、土方も気づいた。不思議そうにこちらを覗き込んでくる。
「どうした」
「い、いえ……」
「顔が赤いぞ。気分でも悪くなったのか」
「そ、そうじゃなくて……っ」
 わたわた慌てる総司を訝しく思ったのか、土方が卓ごしに身をのりだした。手をのばす。
 え? と思った時には、しなやかな指さきが頬にふれていた。
「熱はな……」
「あ、あああありませんっ、熱なんてありませんっ」
 思いっきり後ろへ仰け反りながら叫んだ総司に、土方は眉を顰めた。一瞬、その黒い瞳に翳りが落ちる。
 が、すぐにさり気なく手をひきながら、言葉をつづけた。
「そうだな、熱はねぇようだな」
「はいっ」
「元気そうだし、なら……まぁ、食事を続けるか」
 それ以上の追求がなかった事に安堵し、総司は再び箸をとった。今度は余計な事を考えないように気をつけ、せっせと食べる。
 しばらく沈黙が落ちた。そっと見てみれば、土方も視線を落として食事をつづけている。


(私、どうすればいいの)


 彼と一緒にいて、今までのようにいられる自信がなかった。
 夢のことを思えば、これまでと同じ距離感を保つべきだった。それは理性でわかっている。が、何故かわからないが、彼の言動に一喜一憂してしまうのだ。
 どう考えても、これは仕事のみの関係である副長に抱く感情ではないだろう。
 明らかに、総司は彼に惹かれているのだ。


(だけど、その一方で……)


 怖いのだ。
 この世の誰よりも彼が怖い。
 夢の中でとはいえ、このままいけば未来で自分を殺すだろう彼。それも隊のために、総司の心など考えず手を下す男なのだ。
 そんな彼に惹かれてどうするのか。いったい、どうするつもりなのか。
 恋してはいけない、惹かれてはいけない。
 この人は。


(この人は、私を殺すのだから)


 そう心で呟いたとたん、胸奥が刺し貫かれたように痛んだ。
 憎まれていたのなら、いい。恨まれてもいい。
 だが、土方は何の感情もないまま総司を殺したのだ。大義のために裏切り者を処断する、そこに一片の感情もなかった。
 土方にとって、総司はその程度の存在だったということだ。
 あんなにも、総司は彼を愛していたのに。
 一縷の望みもない恋。
 決して報われぬ想いに泣いただろう、夢の中の総司が……かなしかった。












 日々は過ぎていった。
 総司は出来るだけ夢の通りにならないよう、気をつけていた。伊東との仲も深めないようにしたし、隊に反するような事もしなかった。
 ただ、すべてが上手くいった訳ではない。
 それは、土方との関係だった。
 険悪な仲になった訳ではない、敵視されたわけでもないし、総司が反抗的な態度をとった訳でもない。問題は、総司自身の気持ちにあったのだ。
 土方に会うと、挙動不審になってしまう自分を持て余していた。どうしても、わたわた慌ててしまうし、緊張するし、どきどきしてしまう。
 格好いいなぁ、綺麗だなぁと見惚れる一方、ふとした瞬間に見せる彼の冷徹さに、夢のことを思い出し、ぞっと身が竦んでしまう。その繰り返しに疲れ果てていた。


(何なの、もう。私って、わからない……っ)


 怖いなら近づかなければいい。公のことでの最小限にとどめ、なるべく彼を視界に入れないようにすればいいのだ。
 が、それがどうしても出来なかった。ついつい彼の事が気になってしまうし、見てしまうし、声を聞けばそちらの方を振り返ってしまう。
 そのたび、こちらに視線を向ける土方に、どきりと心の臓を跳ね上げるのだ。


(な、何で、こっち見てるのっ!)


 それで声をかけてくる訳ではない。
 慌てて背を向ける総司に、何を言うわけでもないのだ。だが、見つめれば、視線を返してくる土方に、戸惑うばかりだった。
 人の気配に敏感なのかなと思うが、他の者に対しては違うようだ。
 先日も、何度も後ろから近藤に呼ばれているのに、完全無視して出かけていく彼を見たのだから(いや、あれはわざとか)。
 とにかく、土方との距離感に戸惑いまくった。
 今までと同じ距離感を保ちたいのに、自分自身の気持ちがついてゆかないのだ。気にしない気にしないと、念仏のように唱えても気にしてしまう自分が哀しい。


「気にしない方法って、ないのかなぁ」
 そう呟いた総司に、斎藤が不思議そうな視線を向けた。
「? 何の話」
「ある人のことが気になって仕方がないって話ですよ」
 ちょっとため息をつきながら、答えた。
 斎藤とはなんだかんだいっても、友人づきあいを続けている。
 夢の中では仲違い(?)していたが、今はまだ友人だし、あの夢の中でも本当に仲が悪かったのかよくわからないのだ。
 直接、斎藤に何か言われたり酷い事をされた記憶はない。対立していたのは、土方のみだ。何度も口論して抗ったし、脱退した挙句――殺された。


(その殺した相手が気になるって、私、絶対おかしいでしょ)


 いや、気になるのは構わない。そうじゃなく、問題なのはその気に仕方なのだ。
 自分を殺した相手に見惚れたり、どきどきしたりするってどうなんだ。
 もしかして、私は自分に酷い事をする男が好きになる性質だったのー!? と、思わず青くなってしまったが。


(違うよね、絶対違うよね! 私、叩かれて嬉しい、なんて思わないし)


 むしろどっちかと言うと、叩きのめす方がいいかもしれない……い、いや、それはそれで困るが。
 隠れ女王様タイプである総司は、大きな瞳で斎藤を見つめた。
「どうしたらいいと思いますか」
「……話の意味が全然見えない」
「え? よくわかる話だと思うのですが」
 はぁっとため息をついてから、言葉をつづけた。
「つまりね、私はある人のことが気になって仕方ないのです。でも、それをやめたいのです」
「何で」
「心の平穏と将来の安全確保のためです」
「??? ますます意味がわからないけど」
 困ったように斎藤は首をかしげた。
「もしかして……総司、恋をしているってこと?」
「……はぁあああッ!?」
 思わず叫んでしまった。立ち上がり、拳を握りしめる。
「何で、私があの人に恋しなくちゃいけないのですッ! 絶対絶対いやだからッ!!!」
「いや……そんな力いっぱい否定しなくても」
「だって、斎藤さん、とんでもない事言うから」
「けど、気になる人がいるって、それって恋だろ? 恋してるから気になる……」
「違いますよ、絶対! そんなの絶対だめ」


 必死になって否定した、自分の気持ちごと。
 それだけは絶対に駄目なのだ。
 彼を好きになったら恋したら、その後にあるのは悪夢だ。破滅だ。
 あの悪夢を回避するために頑張っている総司にとって、彼に恋心を抱くということは、破滅一直線だった。
 冗談ではない。


「じゃあ、何で気になるの」
「それは……まぁ、何となく目をひいてしまうというか、気になっちゃうというか」
「だから、それはこ」
「二度と云わないで下さい。もうッ、斎藤さんに相談したのが間違いでした!」
 ぷんぷん怒りながら言う総司に、斎藤はやれやれと肩をすくめた。年頃の可愛い娘――失礼、可愛い若者は難しいのである。
 が、一言いわずにいられなかった。
「オレも総司のこと、気になっているから」
「は?」
「おまえが誰を見ていたとしても、オレはおまえを見ているよ」
「……」
 しばらく黙った後、総司は不気味そうに若干身を引きながら問いかけた。
「それは……私をいつも見張っているということ? うわー、怖い」
「な、何でそうなるんだッ」
「だって、そうでしょ。やだなぁ、怖いですよ、ほんと」
 ぶるぶると震える真似をする総司に、斎藤は半目になった。
「総司、おまえ、オレのこと面白がってる?」
「そうじゃないけどー、でも、意味わかんないんだもの」
「大切ってことだよ。おまえのこと大切だから、見守っているんだ。これでもわからないか?」
「大切?」
 不思議そうに小首をかしげてから、総司はじっと大きな瞳で斎藤を見つめた。
「私が大切、なの?」
「そう」
「どれぐらい?」
「一番、二番、三番、それとも百番めとか……色々あるでしょ」
「百番ってそこまでいったら大切って意味も薄れるだろ。まぁ、その、一番目かな」
「……」
 総司は黙り込んでしまった。それから、しばらくして、小さな声で言った。
「例えば、ですよ」
「? 何?」
「私がもしも新撰組を出たり、土方さんを裏切ったりしても……それでも大切?」
「え、おまえ、脱退するつもり……」
「毛頭ございませんけどッ。例えばの話ですよ、私が土方さんを裏切っても大切なの?」
「前提がおかしいだろ、それ」
 斎藤は呆気にとられ、総司を見た。
「そこに何で土方さんが出てくるんだ」
「だって、斎藤さん、土方さんに心酔しているでしょ?」
「……イミガワカリマセンガ」
 思わず棒読みになってしまった斎藤に、総司はこてんと小首をかしげた。
「わからないって、斎藤さん、土方さんのこと好き好き大好きじゃ……」
「わぁあああっ、何だそれッ、気持ち悪いー!」
 ぞわわわーとして、鳥肌を擦りまくった。
「そこまで嫌がらなくても」
「だって、そうだろ!? 何がどうなってオレが土方さんに心酔したり、す、す、す…き…だったりするんだ。そんな事ある訳ないだろーッ」
「ふうん」
「この世のどこに、恋敵に好意を抱く男がいるんだよっ!」
「あらら、そうなんだー」
 総司はにこやかに微笑んだ。
「土方さんと斎藤さんって、恋敵なんですね。でも、隊では私闘禁ずるですよ、下手すれば切腹になっちゃう」
「オレ、そこまで莫迦じゃないし……って、総司、この会話の意味わかってる?」
「うんうん、わかっていますよ。斎藤さんは土方さんのこと恋敵だと思って敵視していて、全然好きじゃないってことでしょ」
「……あってるような、びみょーに間違ってるような」
 複雑な表情で立ち尽くす斎藤に、総司は「あ」と鐘の音に耳をすませた。
「お昼ごはんだ、じゃあ、また後で」
 ぱたぱたと歩みさっていく総司を見送りながら、斎藤はため息をついた。
「絶対、あれ、わかっていない……」
 伝わらない思いって切ないなぁと、空を見上げた。
 この会話の後、総司がとんでもない行動に出るなど、考えもしないまま。



 天然子猫ちゃんの行動は予測不能なのである。