「あなたが土方さんのことを好いている事は、わかります」
 静かな声で、総司は言った。
 それを美月は黙ったまま聞いている。
「でも、それは……命をかける程の恋ですか? あの人は確かにそれだけの価値がある男の人です。でも、私にとって、あの人は価値とかそんなことより……命、そのものなのです」
「命、そのもの……」
「えぇ。私は、土方さんを愛しています。この命よりも」
「……」
 美月の目が見開かれた。それに、総司はきっぱりと言い切った。
「それほどの想いで私が愛している土方さんに、生半可な気持ちでは近づいて欲しくないのです。むろん、命がけの恋だとおっしゃられるのなら、お相手します」
「相手って、まさか剣術……」
「そんなことしませんよ」
 総司はくすっと笑った。
「それじゃ不公平すぎるでしょう? 色恋沙汰らしい闘い方をするだけです。まぁ、私が勝つのは必然ですから、こっちでも不公平かもしれませんが」
「何やそれ」
 美月は思わず笑った。
「あんさん、自信ありすぎな」
「自信がなくちゃ、やってられませんよ。あの人の恋人なんて」
 肩をすくめると、美月は猫のように目を細めた。
「苦労しいやそやね」
「さんざん女遊びしまくってきた人が相手ですから、けっこう手綱の引き具合が難しくて」
 ころころと笑う総司を、美月は眺めた。それから、「あーあ」と大きな声で言った。
「……敵いまへんわ。あんさんの勝ちな」
「美月さん」
「うちかて、土方はんのこと好きやったやけど、あんさんの想いの強さには敵いまへん。それに」
 くすっと笑った。
「どやい、芸妓がおとこしん人に本気で惚れへんなんてあかんから。惚れさせても惚れへんなが信条どす」
「ですよね」
 二人でくすくすと笑いあった。
 話をしている間に、一人の男を取り合った共感が生まれたのかも知れない。
 後はもう、お菓子やお茶を頂きながら、色々とお喋りした。勝ち気で元気いっぱいのところは、よく似ているのだ。そのためか、やたらと話があいまくる。
 すっかり意気投合して仲良くなってしまった二人だった。


 そんな二人に、そろそろいいかと様子を見に来た男たちが呆気にとられるのは、もう少し後。












 本気になっちゃいけない恋だった。
 程々に、少しだけ一歩も二歩も引いて、加減をしてきたつもりの恋。
 なのに、いつの間に、こんなにも愛していたのだろう。
 気がつくと、必死に彼を求めていた。彼を奪われたくないと、あんな言葉を口にした。
 命そのもの、なんて。
 あれでは、夢の中の総司そのままではないか。あんな愚かな事には絶対ならないと誓ったはずなのに。


(ううん、違うかな)


 総司は隣を歩く土方を見ながら、思った。


 愚かなことは、彼を愛しているのに逃げることだ。
 愛してるという気持ちを、伝えないことだ。
 むろん、わかっている。恋が必ず成就する訳ではない。あの夢の中でも、彼に拒否されたかもしれない、失恋して泣いたかもしれない。
 それでも、しっかりと勇気を出してぶつかっていたなら、あんな結果にはならなかったはずだ。自分の中でけじめをつけ、道をちゃんと歩んでいけたはずだから。
 彼への想いを抱いたまま、彼と反する道を流されるまま歩んでいった。それは決して自分の足で歩いたとは言えない。自分で選んだことではなかったから。
 だから、間違わない。
 彼を愛することは、愚かなことでも、間違いでもないから。
 心のままに、いっぱい愛すればいい。
 好きになればいい。


「土方さん」
 不意に呼びかけた総司に、土方は足をとめた。
 ん? と小首をかしげるようにして、見下ろしてくる。その綺麗に澄んだ黒い瞳を、じっと見つめた。
 そして、言った。
「好きです」
「……え」
「愛しています、土方さん。あなただけを誰よりも愛しています」
「そ、総司……?」
 戸惑ったように名を呼ぶ土方に、総司は微笑んだ。
「土方さんは我慢強く、私を待っててくれました。さっきの美月さんみたいな綺麗な人に言い寄られても、断って、本当に誠実な人だなぁと思います」
「いや、その」
「私、ちゃんとわかりましたから」
 大きな瞳で彼を見上げ、告げた。
「自分の気持ちも、あなたが私を想ってくれる気持ちの深さも強さも、全部わかったのです。だから、好きと、今までごめんなさいなのです}
「……っ」
 土方は思わず手をのばした。総司の頬にふれ、さらりと滑らせて顎をもちあげる。
 甘えるように長い睫毛を瞬いた恋人に、そっと顔を傾けた。唇を重ねようとする。
 その瞬間だった。 
「ちょーっと待ちましょうか」
 傍から入った無粋な声に、土方はびくりと眉を顰めた。憮然として振り向けば、呆れた顔で斎藤が立っている。
 思わず呟いた。
「おまえ、いたのか」
「いたのかじゃありません。ずっと初めからいましたよ、総司が告白した時から」
「総司の可愛い告白を、聞いたのか、見たのか。聞くな見るな、さっさと去れ」
「はいはい、言われなくても去りますがね、その前に一言だけ」
「何だ」
 斎藤は半目になった。
「ここ、往来です。時と場所を考えましょう」
「……」
「いちゃつくのは結構ですが、人目をちょっと考えた方がいいんじゃないですか。新選組副長」
「…………」
 嫌味ったらしく付け加えられた名称に、斎藤の近くを通っていた人々はぎょっとした顔になった。
 皆、「えええー、この人が新選組副長はん? 思ってたんと違うわー」という顔で、眺めていく。しかも、その男は可愛らしい若者を腕の中におさめているのだ。ぐさぐさ視線が突き刺さりまくった。
 その視線の痛さに、土方はますます仏頂面になる。
「おまえ……覚えてろよ」
「私は一隊士として諫言申し上げただけですが。何か」
「本当に口のへらねぇ奴だな。わかった、とりあえず場所を移せばいいのだろう。わかったから、去れ」
「了解」
 にやっと笑ってから、斎藤はさっさと歩み去っていた。それを見送った土方は、はあとため息をつき、腕の中の総司を見下ろした。
「すまん。とりあえず場所をかえていいか」
「はい」
「屯所じゃ出来る話じゃねぇし……あそこの料理屋にするか」
「料理屋さん! いいですねー。私、お腹すいちゃいました」
「いや、食事が目的じゃねぇんだが……あー、いや、そうだな。料理屋は食事するところだな」
 男の下心だだ漏れの言葉を慌てて訂正したのは、道ゆく人々の視線が痛かったからだ。これ以上ここにいるのは、立場がない。
 土方は総司の手を掴むと、さっさと料理屋にむかって歩き出した。それに、総司が「何が美味しいですか?」(「おまえだ」土方の心の声)などと訊ねながら、ついてくる。
 料理屋に入ると、奥にある離れの部屋を希望した。たぶん、あるだろうと思ったが、やはりあってしかも空いていた。話の後、色々すぐにでも致したい彼にすれば、離れでなければ色々と困るのだ。
 が、すぐにがっつくような事はしない。ようやく手にいれた恋人が油断も隙もない逃げの上手だと知っているからだ。
 土方は総司を部屋の奥側に坐らせると(つまり上席)、自分は出口側に腰を下ろした。これで逃走経路は防いだつもりだったが、離れなので庭がある事にハッと気づく。その上、彼が気づいた時には遅く、総司はにこにこ笑いながら縁側に立っていた。
「とっても綺麗なお庭ですね。あ、ここから裏手の方へ出られるんだ」(逃走経路の確認か)
「そうだな……」
 土方が力無く頷いた時、仲居が料理を運んできた。昼時なので、総司が好みそうな料理を頼んでおいたのだ。それに、総司が嬉しそうに席へ戻り、茶碗のフタを開けたりしている。
 後はこちらでやると仲居を追い払ってから、土方は食事を始めた。むろん、いつもどおり総司の世話をせっせと焼いてしまう。
 二人がつきあうようになってから、土方はやたら総司の世話をしたがった。あれこれ優しく甘やかすのが楽しくて仕方ないのだ。総司も恥ずかしそうにしつつも許してくれるので、それが二人の常となってしまっている。
「で、さっきの話だが」
 食事の後、さぁ帰りましょうなどと言われないうちに、土方は切り出した。
「おまえは俺のことが好きだと、その、言ってくれたよな? あれは幻聴じゃねぇよな?」
「何で幻聴なんて思うんですか」
 総司はツンと桜色の唇を尖らせた。
「まぁ、今までの私の行動からそう思っちゃうのも仕方ないですけどね。でも、絶対に幻聴なんかじゃありません」
「……」
「信用できないなら、もう一度言いますね。私は土方さんが好きです、愛しています」
「総司」
 土方は濡れたような黒い瞳で、総司を見つめた。それに、総司は立ち上がり、彼の傍に歩み寄った。坐れば、すぐさま抱き寄せられる。それを心地よく感じながら、言葉をつづけた。
「土方さん、あのね」
「ん?」
「あなたと本当の意味で恋人同士になる前に……話しておきたい事があるのです」
「え」
 とたん、土方は強張った顔で総司を覗き込んだ。
「もしかして、別に好きな男がいるとか」
「……どうして、そうやばい方に考えがいっちゃうの」
「いや、それは……その、習慣というか何というか」
「違いますから。他に好きな人とかいませんから。そうじゃなくて、夢の話なのです」
 そう言った総司に、土方は眉を顰めた。
「夢?」
「そう……私が二年前、毎晩見続けていた夢です。まるで時をなぞるように、私が土方さんと対立して苦しむ夢を見ていたのです」
「……」
 驚いた顔で黙り込む土方の前で、総司は言葉をつづけた。
「その夢の中で、山南さんの事がきっかけとなり、私は土方さんと対立します。険悪な関係になって、挙げ句、その……伊東先生の一派に入るのです」
「伊東の?」
「えぇ。二人の関係は修復不可能な状態になって、結果、私は路地裏で斬り殺されました。……あなたの手によって」
「――」
 土方の目が見開かれた。愕然とした顔で総司を見つめている。
 その端正な顔を見上げ、総司は微笑んだ。
「ただの夢だと、あなたは笑う? でも、私はそう出来なかった。あまりにもはっきりとした夢で、しかも、夢を見た後、夢の中と同じ出来事が起こったから……」
「同じ出来事とは何だ」
「山南さんが亡くなった翌朝ですよ。打ち合わせの時に永倉さんと言い争いになったでしょう? あの時のやり取りが同じだったのです。土方さんの言葉を遮った事で、夢は変わったけど」
「おまえは、だから……あの時、俺の言葉を遮ったのか。どうなるかわかっていたから」
「そうです。私はあなたに殺されたくなかった……あんな惨めな最期を迎えたくなかった。だから、あなたと良好な関係を築こうと思ったのです」
「いや、ちょっと待ってくれよ」
 土方はまだ混乱した様子で、総司の言葉を押し留めた。しばらく考えていたが、やがて、訊ねてくる。
「つまり、おまえは俺に殺されたくないから、俺と良好な関係を築こうと思った。そう努力してきた。なら、どうして俺の求めに応じなかったんだ? 俺を焦らして関係が悪化したらまずかっただろ」
「夢の中の私は、あなたを深く愛していたから」
 総司の言葉に土方は息を呑んだ。それに、小さく笑った。
「あのね、夢の中の私は、あなたのことをそれこそ気が狂うぐらい愛していたのです。深く激しく愛して。だから、斬り殺される前、抱きしめられて嬉しかった……泣きたくなるぐらい嬉しかった。そして、殺されたことが辛くて哀しかったのです……」
「……」
「私の想いを利用されたと思ったんですよね。油断させて殺すなんて酷いと。だから、そんな愚かな事にはなりたくなかった。あなたを愛することを自分で抑えていたのです。深入りしないように気をつけていたのです」
「なら、尚更……聞きたい」
 土方は低い声で問いかけた。黒い瞳がまっすぐ総司を見つめてくる。
「そんなふうに思っていたのなら、どうして今、俺を愛していると言ったんだ」
「だって、わかったから。愚かなのは、あなたを愛することじゃない。愛してるって告げないで逃げることだと、わかったのです」
 総司はそっと彼の胸もとに頭を凭せかけた。柔らかく抱きよせてくれる男の腕の中が、どこよりも心地よい。
「私はあなたを心から愛しています。今の私なら……たとえ、あなたに殺されても構わない。だって、あなたは私の命そのものだから。土方さん、あなただけを愛してる」
「総司……!」
 きつく抱きすくめられた。男がその髪に頬を擦り寄せ、額に、頬に、唇に、口づけの雨を降らせてくる。
 熱っぽく掠れた声が耳もとで囁いた。
「俺もだ。俺もおまえを愛してる……誰よりも愛しているんだ」
「土方さん……」
「ただ、夢の中の俺のために、一つだけ言わせてくれ」
 土方は小さく微笑んだ。どこか切なげに。
「夢の中の気持ちが、俺にはわかる。夢の中の俺は、きっと、おまえを愛していた……」
「え」
「だから、抱きしめたし、そして……殺したのだろう。他の男に奪われたおまえを許せなかったんだ。己のものにするため殺した、嫉妬に狂って」
 土方は身を起こすと、総司の顔を覗き込んだ。その頬を両手でつつみこみ、仰向かせる。
 柔らかく、幸せそうに微笑んだ。
「だが、今、おまえはここにいてくれる。俺の傍にいて、俺を愛してると言ってくれる。ありがとう……総司」
「土方さん……」
 総司の目が見開かれた。その頬に優しく口づけた。
「俺にあんな苦痛の道を選ばせないでくれて、本当にありがとう。おまえを愛することができて、俺は幸せだ」
「土方さん、私、私……っ」
 思わず熱いものがこみあげた。涙がぽろぽろとこぼれていく。
 それに土方は唇で優しく拭ってくれた。その優しさに、愛情のこもった仕草に、より泣いてしまう。
 もちろん、嬉し泣きだったけれど。


 長い道のりだった。
 夢の中で愛する人に殺されて、苦しんで、絶望して。
 そんな辛い最期に辿りつかない為、戦ってきた。
 でも、だからこそ、わかる。
 今、この瞬間の大切さを。
 二人一緒にいられる、愛しあうことが出来る。
 それは決して、当たり前の事ではなかった。とてもとても大切で、星の数ほどあった可能性の一つでしかない。
 だから……大切にしていこう。
 この手の中にあるぬくもりを、愛する人といられる喜びを。
 いつまでも……。


 総司は目を開くと、自分を抱きしめてくれる男を見つめた。
 そして、囁いたのだった。





 私を殺したあなたを愛してる。















同時2話upなので、このまま終章へお願いします。