宿で抱いた夜から、土方は時折、総司に関わるようになった。
 むろん、公でのそっけない態度は変わらないが、そのくせ、副長室に時折呼びつけられた。それも何も知らぬ小姓を介して、呼びつけてくるのだ。
 まるで遊女を買うように。
 その度に、行ってはいけないとわかっていながら、総司は結局彼の呼びつけに従ってしまった。重い足取りながらも副長室へむかい、その白くたてられた障子を開くのだ。
「総司です」
 そう断り、身を滑り込ませた。
 部屋に入ると、むろんの事ながら、土方以外の姿はない。
 しんと静まり返った部屋の中、彼は文机にむかって書き物をしていた。その端正な横顔を見つめながら、総司は静かに腰をおろす。
「お呼びだと聞きましたが」
「あぁ」
 そう土方は答えた。だが、それきりだ。
 まるで総司などそこにいないかのように、土方は仕事をつづけた。さらさらと筆を走らせてゆく手元に、総司は唇を噛みしめる。


 いつも、こうだった。
 副長室までわざわざ呼びつけるくせに、何もしないのだ。
 別に何をされる事を望んでいる訳ではないが、それにしても、まったく言葉一つかけられず放っておかれるというのは、あまり嬉しいものではなかった。
 いったい、何のために呼ぶのか。


 ふつふつとわきおこる怒りに、気がつけば口に出して問うていた。
「どうして」
 きつく大きな瞳で睨みつけた。
「ここへ、私を呼ぶのですか」
「……」
 それに、土方は何も答えなかった。黙ったまま、筆を走らせる。
 総司は構わず言葉をつづけた。
「これは監視ですか」
「……」
「いつまでもあなたの意のままにならぬ邪魔な存在を、手元において自由を奪うためなのですか」
「邪魔とは、また」
 くすっと土方は笑った。
 だが、その視線は総司にむけられない。
「とんだ思い違いだな。おまえを邪魔だなどと思うものか」
「邪魔でなければ、目障りですか」
「そんな事あるはずがないだろう」
 不意に、土方がふり返った。
 深く澄んだ黒い瞳で総司を見つめると、そっと柔らかく微笑んだ。
 冬の陽だまりの中、たとえようもないほど綺麗で優しい笑顔だった。
 奥にある冷たい炎さえ知らなければ──否、知っていても尚、虜にされてしまいそうな……
「……」
 男の微笑みを見つめたまま、総司はきつく唇を噛みしめた。


 どうしようもないのだ。
 いけないと思えば思うほど、惹かれていってしまう。
 本当に底なし沼のようだった。それとも、人の感情とはそういったものなのか。
 その感情も憎しみだと信じていたはずなのに、いつのまに違ってしまったのだろう。否、本当に違ってしまったのか、自分の心の行く末さえもうわからない。


 己の感情に戸惑い、総司は俯いてしまった。
 そんな総司の頬に、男の手がのばされた。しなやかな指さきが頬にふれ、優しくつつみこんでくれる。
 それだけで躯中が熱く火照る気がした。
 もう片方の手で腰をさらわれ、無理のない強さで抱き寄せられる。
「あ」
 男の胸もとに引き込まれた総司は、そのまま倒れこみそうになってしまった。慌てて畳に手をついた処を、より深く抱きすくめられる。
 頬に彼が身につけている小袖が擦れ、体温がつたわってきた。彼の匂い、ぬくもりを感じて、くらりと酩酊する。
 それをわかっているのかいないのか、土方は耳元に唇を寄せ、かるく甘咬みした。
 ぴくんっと躯を震わせた総司に、低い声で囁きかける。
「おまえは俺のものだ」
「……」
 それに、総司の肩が跳ねた。信じられぬ事を聞いたような顔で、土方を凝視する。
 土方は薄く嗤ってみせた。
「何を今更驚いているんだ。俺は、おまえの恋人だろう?」
「……恋人ではありません」
 そう答えた総司に、土方の眉が顰められた。黒い瞳が昏く翳る。
 部屋の空気がぴんと張り詰めた。怒ったのかと、思わず息をつめた。怯えたように身をすくめてしまう。
 そんな総司を、土方は、しばらくの間、黙ったまま見つめていた。だが、やがて、ふっと唇の端をつりあげた。
「そうなのか?」
 揶揄するような口調だった。
「俺は、てっきり恋人だと思っていたがな」
「……っ」
 総司はぎゅっと両手を握りしめた。
「恋人……というのは」
 声が掠れた。
「愛しあう二人のことを云うのでしょう。土方さんと私の場合は、違います。私たちの間に……」
 愛などないと、云いたかった。だが、それを口にするのは何故だか怖くて、深く俯いてしまう。
 そんな総司を、土方は冷たく澄んだ黒い瞳で見つめた。
 ゆっくりと、低い声で呟いた。
「俺たちの間に、愛などないか」
「……」
「確かに…ねぇな」
「……っ」
 弾かれたように、顔をあげた。息がつまる。
 そんな総司の前で、土方はくっくっと喉奥で嗤った。愉悦にみちた笑い声。彼の言葉に、嗤いに、突きつけた総司自身が傷ついてしまう。
 知らず桜色の唇を噛みしめた総司を、土方は薄い笑みをうかべながら眺めた。しなやかな指さきで、そっと頬を撫でられる。
「だが…な、愛なんざなくとも俺たちは繋がっているのさ」
「……」
「云っただろう? 俺にとって、おまえはかけがえのない存在だ」
「土方…さん」
「そして、それはおまえも同様のはずだ」
 男の吐息が、髪が、首筋にふれて、熱い官能の記憶を呼び覚ます。躯の奥がじんっと疼いた。
「おまえは……俺を失えない」
「……」
 総司は黙ったまま、長い睫毛をふせた。


 それはもうよくわかっている事だった。
 何度も抱かれ、身も心も征服され、いつかすべてを捧げてしまいそうな自分。
 彼から逃れる手段などもう何処にもないのだと、わかっている。
 だが、それでも、私は───


 そっと男の胸に手をつき、ふるりと首をふった。
 強い意志を宿した瞳で、自分をゆるく抱きしめる男を見上げる。
 それに、土方が苦笑した。
「……強情だな」
「……」
「それでこそ、おとし甲斐があるというものだが」
「おちたりなど……しません」
「どうかな」
 低く喉奥で笑い、土方は不意に総司の躯を己の膝上へ乱暴に引き倒した。そのまま後ろ髪を掴み寄せ、深く唇を重ねてくる。
「んんッ、ぅ……っ」
 微かな呻き声が唇からもれたが、それにも構わず口づけた。舌をさし入れ、甘く小さな舌を舐めてやる。
 そのたびに、ぴくんっと震える華奢な躯がぞくぞくするほど官能的だった。唇を擦りあわせ、舌を絡め、何度も角度をかえて深く唇を重ねてゆく。
「っ、ぁ…は、ぁ…ぅ……っ」
 甘い吐息にも似た喘ぎが、副長室に響いた。
 まるで、男を誘うような淫らさで。
 それに、土方は無言のまま、ゆっくりと目を細めた。











 総司は土方の肩に顔を埋め、必死に声を殺していた。
 何しろ、屯所の中だ。それも副長室だ。
 こんな処で抱き合っているのが見つかってしまえば、二人とも指弾の的となるだろう。
 だが、土方はそんな事など全く気にする様子もなく、手加減もせぬまま総司の躯を甘くきつく責めたててくる。
「ぁ…ぁあ、んっ」
 男の膝上に坐らされ、真下から太い楔を打ち込まれていた。かるく腰を掴んで持ち上げられ、そこへ何度も猛りを突きたてられる。
 そのたびに、男の腕の中で、華奢な躯が艶めかしく踊った。
「ひっ、ぃあッ…ぁ、はぁッ」
「相変わらず、いい躯だ……」
 土方は囁きざま、首筋に唇を寄せた。甘く吸いつき、花びらを散らす。
「っ、ぁやっ、だ…めっ、痕つけちゃ…っ」
 総司が啜り泣きながら首をふった。それに薄く嗤う。
「見られたら困る相手でもいるのか」
「ぁ、ぁあ…そんなの…いな…っ」
「嘘つけ」
 土方はくっと喉を鳴らした。
 後ろ髪を掴んで引き寄せ、深々と顔を覗き込んだ。
 総司は涙に濡れた長い睫毛を瞬かせ、朦朧とした表情で視線を返す。
「この間、斉藤とはどうしたんだ」
「……え」
 突然の問いかけに、総司は意味がわからないようだった。
 それよりも、中断されてしまった快楽の方がもどかしくて堪らない。
「ん、ふ…ぁ、や…ッ」
「宿に泊まった翌朝の事だ。迎えにやっただろう、斉藤を」
「ぁ……」
 ようやく理解できた総司は、こくりと頷いた。


 でも、それがどうしたと云うのだろう。
 斉藤を迎えに寄越したのは、彼自身ではないか。


 土方は、冷ややかな嘲りにみちた笑みをうかべた。
「淫乱なおまえの事だ。我慢できず、あの後、斉藤に抱かれたんじゃねぇのか」
「!」
 いくら快楽に酔っていても、総司は総司だった。
 一瞬にしてかっと怒りの炎が頬にのぼり、目が強い意志を取り戻す。
「どうして、そんな……っ」
 思わず手をあげ、彼の頬に平手打ちをくらわそうとした。だが、その細い手は難なく捕えられ、逆にねじり上げられる。
 総司は小さな悲鳴をあげた。
「っ、いた…ぃッ…離して……!」
「抱いてやってる男に手をあげるとはな」
「だって、あんな酷い事……っ」
「本当の事を云われたから、腹がたつんじゃねぇのか」
「ちが……っ」
 首をふる総司の手を離してやりながら、土方はくっくっと喉奥で嗤った。
「なら、斉藤は堪えたという訳か。おまえを目の前にして」
「……」
「知っているか? 俺に抱かれた後、おまえ、すげぇ色香だぞ。この俺でさえ息を呑むほどだ。そんなおまえを前にして、斉藤もよく我慢していられるものだな」
 そう嘲りざま、土方はゆっくりと突き上げた。総司の細い腰を鷲掴みにして浮かせ、緩やかな抜き挿しをくり返してやる。
 総司はもどかしい責めに、小さく首をふった。
「ッ…あの人は…土方さんと違い、ます……っ」
 喘ぎながらも、云いきってみせる。
 それに、土方は目を細めた。
「俺とは違って、優しく誠実か。なら、おまえは俺より斉藤の方がいいと云うのか」
「そ…う……」
「……おまえもよく云う」
 ふっと口許を歪めた。
「誰に抱かれているのか、わかっていながらの台詞か」
 低く押し殺された声に、一瞬、総司は怯えた表情になった。大きな瞳が瞠られる。
 見上げた黒い瞳に、燻る昏い焔を見た気がした。
 それが怒りなのか、嫉妬なのか、独占欲なのか──わからなかったけれど。
 もっと彼の心の内を知りたくて見つめた総司から、土方はすっと視線をそらせた。そのまま畳の上に押し倒され、男の肩に両脚をあげられる。
「……ぃ、やッ、嫌ッ」
 思わず逃れようとした処を引き戻され、より深く咥えこまされた。最奥の感じる部分をぐりぐりと擦りあげられる。
「ゃッ…あぁあ──ッ!」
 息づまるような快感に、総司は泣き叫んだ。蕾の奥を擦られ、穿たれるたび、たまらない快楽に腰奥がじんっと痺れる。
「ぁあ、ぁっ、ぁあんっ、んっ」
「いいか? ……気持ちいいか」
「ふっ、ぁあ、は…ぃ、いいぃ…っ」
 甘い声で鳴く総司に嗤い、土方はより激しく揺さぶりはじめた。濡れそぼった蕾に、男の太い猛りが抜き挿しされ、ぐちゅぐちゅと淫らな音が鳴る。 
 男の容赦ない揺さぶりに、白い両脚が突っ張った。指が折り曲がる。
「ぁ、ん──ぅ、んッんッぁあっ」
「総司、おまえを今抱いているのは誰だ……?」
「っやぁ、ぁんっ、あ…っ」
「誰だ、答えろ」
 そう云いざま、ぐっと奥を抉った男に、総司は悲鳴をあげた。強烈な快楽が背筋を突き抜け、もう何がどうなっても構わなくなる。
 必死になって土方の躯に縋りつき、その背に手をまわした。
「ぁ、ぁあ…っ、ぁ…土方、さ…っ」
「総司」
「土方…さ、ん…ぅ、ぁあっ、ぁあっ」
 総司は何度も何度も彼の名を呼び、身を捩るようにして泣きじゃくった。
 それに、土方は薄く嗤った。


 そう、俺だ。
 おまえを抱いているのは、この俺だ。
 他の誰でもない、おまえがこの世の何よりも嫌い憎んでいる男だ。
 だが、その男に抱かれて、悦んでいるおまえは美しい。とろけそうなほど魅惑的で、艶やかだ。
 もっと美しくなれ。艶やかになれ。
、もっと……快楽に溺れてしまえばいい。
 この快楽に、狂気じみた執着に、愛とも憎しみとも知れぬ激情に。
 もう何もわからなくなるまで。


 土方は目を伏せると、総司の華奢な躯を両腕に抱きすくめた。


 この手をとれば堕ちてしまえば、楽になるとわかっているのに、それでも強情をはって逃げようとする総司が、たまらなく愛おしかった。
 どんな状況下にあっても自らを律しようとする、清廉さ。
 見た目は風にも堪えられぬような、たおやかな躯つきでありながら、その内に秘めた芯の強さは、土方の目を瞠らせるものがあった。
 ここまで強情をはるとは、思ってもいなかった。もっと簡単にこの手に堕ちると思っていたのだ。
 だが、だからこそ、より欲しくなった。
 何としてでも、手に入れたい。この腕の中に引き入れ、そして、この美しい躯も、清らかな心も、何もかも支配してしまいたい。
 他の男など目にも入らぬように。
 何一つ、他のことは考えられぬように。



「総司……」
 低い声で囁きかけると、総司はうっすらと目を開いた。
 涙に濡れた睫毛が瞬き、まるで恋人を見るような表情で彼を見上げてくる。それに、土方も甘く優しい口づけを返してやった。
 唇を重ねたまま、また深く激しく交わってゆく。


 狂おしいほど愛おしい。
 愛憎という言葉の意味さえ知らぬ、この美しい若者を手にいれるために……。












 姉のお光から文が届いたのは、初夏を迎える頃だった。
 京は大きな祭りである祇園祭りの準備にどこか浮き立つようで、それに総司も心を弾ませた。
 やはり、若いのだ。
 いくら土方から男に抱かれる快楽を教え込まれ、泥沼のような闇へ引き込まれそうになっていても、それでも、総司は瑞々しく美しかった。
 翔びたつように軽やかな足どりも、華奢な躯も、生き生きとした表情も──そのすべてが、見る者の心を惹きつけ虜にした。その上、土方に抱かれるようになってから、あどけない表情にふとした瞬間、えもいわれぬ艶が匂いたつ。
 今も、総司に文を手渡した隊士が、その長い睫毛を伏せた表情に、見惚れるような視線をむけた。だが、すぐ、近くにいた斉藤が冷ややかな目で見ているのに気づくと、慌ててその場から立ち去った。
「姉君から、か?」
 そう訊ねられ、総司は「えぇ」と頷いた。
 それから、不意に周囲を見回して、ほっとしたような表情になる。
「? どうしたんだ」
「いえ……土方さんがいないか、と思って」
「何で」
「あの人には、あまり知られたくないのです……」
 総司の答えに、斉藤は小首をかしげた。
 意味がわからないのだ。だが、総司の様子に追究するべきではないと思った。
 俯いた白い項に黒髪が揺れ、たおやかで艶めかしい。
 この若者がこうなった理由を、斉藤は今や知っていたが──否、土方によって思い知らされていたが、それでも、斉藤が総司に対して抱く気持ちは変わる事はなかった。
 恋愛というにはあまりに儚い。
 ただ、純粋で美しいものを愛でるような気持ちで、斉藤は総司をいつも見ていた。
「……」
 黙ったまま肩に手を置き、それから、斉藤は踵を返した。ゆっくりと歩み去ってゆく友の背を見送り、総司はそっと吐息をもらした。
 大切な友人だった。
 だからこそ、出来るだけ巻き込みたくないのだ。
 総司のためなら何でもしてくれる、優しく誠実な男だとわかっているからこそ……。


(ごめんなさい、斉藤さん)


 心の中でそっと詫びてから、総司は自分もその場から立ち去った。自室に戻り、きちんと端座してから文を開ける。
 いつもの綺麗で優しい文字が、総司にそっと語りかけてきた。
 最近は、お光たち夫婦の仲も少し落ち着いてきたようだった。やはり、子が出来た事が良かったのだろう。
 それに安堵しながら読んでいた総司は、不意に顔を強ばらせた。
 文の中に、土方の名が出てきたのだ。
「……っ」
 まったく初めての事だった。
 今まで、姉は彼について全く言及した事がなかったのだ。ある意味、お光と総司の間で、土方の名は禁忌となっていた。
 なのに、どうして急に。
 総司はきつく唇を噛みしめてから、再び文へ視線を落とした。気持ちを落ち着かせ、読み進めてゆく。
 だが、すぐさま、その目が大きく見開かれた。
「……え……?」
 信じられぬものを見た思いで、何度もその部分を読み返してしまった。
 だが、何度読み返しても同じことだった。そこには、はっきりと書かれてあったのだ。


 歳三さまに別れを切り出したのは、私の方なのです──と。


「う…そ……っ」
 総司は躯中が瘧のように震え出すのを感じた。すうっと指さきが冷たくなり、耳奥ががんがんと鳴り始める。


 お光は文の中で、はっきりと告げていた。
 別れを切り出したのは、自分の方であったこと。
 しかも、それは身分違いゆえに添えぬという形であり、親に云われたゆえでもあったと。だが、自分の気持ちは未だ歳三にあり、身を裂かれるような思いだった。
 今、総司が歳三の傍にあり、彼を支えてあげられるのなら、少しでも償いになるかもしれない。
 自分の罪を負わせるようで申し訳ないが、傷つけてしまった歳三を癒し、支えてあげて欲しいと……。


 それらが切切と書かれてあったのだ。
「……そんな……」
 いつのまにか、総司の手から文は畳の上へ滑り落ちていた。
 呆然とその場に坐り込んだまま、宙を見つめる。
 何をどう考えていいのか、まったくわからなかった。今まで信じていたすべてが、崩れ落ちてゆくような気持ちだった。


 傷つけたのは、姉の方だったのだ。
 なのに、復讐だと思っていたなんて。
 憎しみをむけた相手は、本当は向けられるべき相手だったなんて。
 姉のお光に傷つけられた土方は、その弟である総司と逢った時、どんなに疎ましく感じた事だろう。
 優しい笑顔の裏で、いったい何を考えていたのか。


 想像するだけで、冷や水を浴びせられるようだった。背筋がぞっと寒くなった。
「……っ」
 思わずぶるっと身震いし、両手で己の肩を抱きしめた。何かを堪えるようにきつく唇を噛みしめ、俯く。
 その時だった。
 不意に落ちた畳上の影に、気がついた。
 はっとして見上げたとたん、鼓動が跳ね上がった。
「!?ッ…土方…さん……っ」
 呻くような声は動揺を隠せず、僅かに震えた。
 いつから、そこにいたのか。
 縁側へと開かれた障子の前に土方が佇み、総司を見下ろしていた───。