夜になっても雨はつづいた。
それ程激しくはないが、しとしとといつまでも降りつづける秋の長雨だ。
彼らがいる茶屋の屋根にも雨が降り、雫を軒先から滴らせた。庭に植えられた蓮の葉を雨が弾く。
「……」
ゆっくりと目を開いた。
いつのまにか、少し微睡んでいたのだろう。
土方は僅かに吐息をもらすと、肘をついて褥の上に腹ばいになった。手をのばし、枕元の水差しをとって喉を潤す。
ふと気がついて見れば、傍らで総司は気を失ったように眠っていた。いや、実際、気を失っているのだろう。
先程まで褥の中、さんざん彼に可愛がられ快楽の彼方へ追い上げられた総司は、もう受け止めきれぬ男の欲望に、最後の方は息もたえだえだった。啜り泣きながら何度も「……もう、許して…っ」と懇願していた事を思い出す。
それがまた男を煽ると知らぬ潤んだ瞳は、たまらぬほどの艶めかしさだった。
彼自身がその手で拾い上げ、磨きあげてきた極上の珠だ。
まさに、掌中の珠だった。
(掌中の珠、か……)
土方は目を細め、彼に身を寄りそわせるようにして眠る総司を見つめた。
唇の端に、微かな苦い笑みがうかべられる。
彼自身の手で、この若者を磨きあげたのだ。愛しいと思わぬはずがなかった。
そう。
彼は、この残酷なまでに美しい生き物を、愛していた。
……たとえ。
総司があのお光の弟であったとしても。
総司の姉であるお光は以前、彼の恋人だった。
だが、妻にとまで望んだ女に、彼は裏切られたのだ。
お光は歴とした武家の娘だった。そんな彼女に、いくら豪農の出とはいえ歳三がつりあうはずもなかった。それ故、お光は歳三に別れを告げ、背をむけたのだ。
「──あなたの事はお慕いしております。でも、あなたのご身分ゆえに、添うことはできません」
そう告げられた時、二重の意味で裏切られた。
わかってはいる。
お光にはお光の立場もあっただろう、親に強いられた事は明らかだった。
だが、恋を失ったばかりでなく、己の分不相応さを見せつけられた惨めさは、矜持の高い歳三には到底耐えられなかった。
自分と別れた後、同じ武家出身である男の妻となったお光に、腹の底がふつふつと滾るような怒りを覚えた。だが、それを何処にぶつける訳にもいかなかった。
そんな彼の前に現われたのが、お光の弟である宗次郎だった。
お光の弟だと知らされ、当初は無関心を装おうか冷たくあしらうか、どちらかのつもりだった。もともと子ども好きではない彼だ。九つも離れた少年など、相手にしてやるつもりもなかった。
だが、道場を訪れるたび、宗次郎に逢うたび、己の心に感じるぬくもりに戸惑った。
飛びついてくる小さな躯を抱きとめる時。
「歳三さん、あのね」と可愛らしく笑いかけてくる時。
その何もかもが愛らしかった。手許におきたいと想った。
気がつけば、お光の弟であるとかそんな些細な事は、どうでもよくなっていた。
歳三にとって、今やお光よりも宗次郎の方が大切な存在となっていたのだ。もしかすると、お光の身代わりにしているのかと考えもしたが、二人はまるで似ていなかった。その容姿も気質も全く違った。
他の誰でもない、宗次郎自身を愛した。
常に己を偽り、明るく優しい男を演じつづけてきた歳三にとって、宗次郎は無垢と真摯の象徴だった。
ある日を境に、微妙に態度を変えられたが、その後も、彼の気持ちは変らなかった。
おそらくお光から何か聞いたのだろう。
二人の関係を誤解しているようだったが、それを否定しようとは思わなかった。
憎しみであれ何であれ、己に執着しているのならそれでいいのだ。どんな歪んだ形であれ、総司が自分に繋がれるのならば構わぬ。
俺らしくもないと、ほろ苦く自嘲したが、それも、この若者を征服する甘い疼きに消えた。
総司を手にいれる。定めなのだと思った。
あれは……俺のものだ。
総司を抱こうと決意したのは、京にのぼってからだった。
新撰組というものが発足し、それを己の手で動かしてみたくなった。退屈で鬱屈した日々、江戸の片隅にある道場で朽ち果ててゆくのかと思っていた彼の前に、突然、情熱のすべてを傾ける対象が現われたのだ。
この仕事をやり遂げるためなら、命も賭けてやる。
そう決意した土方は、まず芹沢一派を一掃する事に熱中した。
だが、むろん、それで終わりではない。より新撰組を巨大に強固にしてゆくためには、様々な困難が待ち受けているだろう。それに立ち向かう為には、多くの手駒が必要だった。
その最もたるものが総司だったのだ。
まだ二十歳にもならぬ若さでありながら、天才的な剣術の腕をもち、しかも類い希なほど見目麗しい若者。
隊士たちの憧憬の的となるのは間違いなかった。
だからこそ、完全に己のものにしなければならなかった。
新撰組を彼が望む最強の組織に仕上げるためには、すべてを己の掌中に収めるためには、総司がどうしても必要だった……。
初めて抱いた時、彼の腕の中で小さく震えていた。
それに、憐憫を覚えた。
土方という男の偽りしか知らず、ただ幼い感情と衝動だけで身をゆだねた総司を、憐れんだ。だが、すぐそれは消え去り、若者の細い躯を割るようにこじ開けた。
そして、男を受け入れさせた。
とても──優しく。
本当は、もっと乱暴にしてやりたいと舌なめずりした。
めちゃくちゃに犯し、あの綺麗な顔を涙で汚してやりたい──と、歪んだ欲情が腹の底から突き上げた。
だが、男の欲望のまま汚すには、あまりにも総司は綺麗だった。
手駒にするために抱いたのは確かだが、それはただの理由づけではなかったのかと、思っている。
ただ、総司を抱く理由が欲しかったのだ。
愛してるがゆえに。
心の底から欲していたが故に。
その美しい躯も凜とした気高い魂も、すべて己だけのものにしてしまいたかった……。
「……まぁ、なかなか手強いがな」
くすっと笑い、土方は指さきでそっと総司の頬を撫でた。
あの庭での一件以来、総司の心は閉ざされていた。
もともと開かれていなかったが、より固く閉ざされてしまったのだ。
心を開かせるには、愛を囁けばいいのかもしれない。
こんなにも愛してる──と吐露し、その前に跪けば、総司はあの可愛らしい笑顔を見せてくれるだろう。
だが、それは終わりを意味するのだ
お光の復讐のため、彼の傍にいる総司。
姉のために、身を震わせつつも憎い男に抱かれるという屈辱に堪えている。
彼を溺れこませ堕しめる事が目的である以上、ここで愛を告げてしまえば総司は復讐は終わったと満足し、彼の元から立ち去るに違いなかった。
とうの昔に、狂わされている。
出逢った時から、この愛らしく無邪気で優しい若者だけに、執着してきたのだ。
憎まれていてもいい。愛されなくてもいい。
それでも、自分の傍にいてくれるのなら良かった。それがどんなに歪んだ愛であれ、総司をこうして抱きしめていられる至福に比べれば、どんな地獄でも耐えられる気がした。
だからこそ、狂おしく歪んだ愛を、胸の奥に沈めたのだ。
凶暴なまでの愛を、総司にだけは知られてはならなかった。
そして、深く激しい愛を胸に秘めたまま、土方は総司の心の代わりに躯を割り開き、抱いた。
だが、濃厚で執拗なそれには、秘めたはずの熱情が既にあふれ出していた。
愛を押し殺すのならば、もっと冷たくしなければならない。だが、本性を見せてしまった以上、土方は己の気持ちを、欲情を隠せなかった。
そして、一方ではこうも思うのだ。
もしかすると、己が総司に抱くのは、愛とは逆の感情かもしれぬ──と。
愛されなくてもいいと云い聞かせながら、そのくせ、本当は、心の奥底で総司の愛を狂おしいほど渇望している。
闇にある身を救って欲しい、その優しい光に包まれたいと願い、だが、それが叶えられぬが故にもがき苦しむのだ。
応えてくれぬ総司に、憎しみさえ覚えてしまう程に。
一縷の望みもない恋に、身を投じた男の苦痛なのか。
土方自身にもわからない激情だったが、そんな時はいつも───
微かに総司が身じろぎ、乱れた髪がさらりと揺れた。
白い首筋に黒髪が一筋まとわりつく様が、ぞくりとするほど妖艶だった。
土方は目を細め、ゆっくりと手をのばした。総司の躯の上へのしかかり、その肌けた胸もとに唇を押しあててゆく。
下肢を押し広げ、未だ濡れて綻んでいる蕾を指の腹で撫であげた。
とたん、総司がびくりと目を見開いた。
「……な…何?」
一瞬、状況が掴めないようだった。
周囲を見回し、土方の顔を見たとたん、身を竦み上がらせる。
その怯えた様に、鈍い怒りを覚えた。
「まだ宵の口だ」
「え、土方…さん……?」
戸惑う総司へ酷薄に嗤いかけ、土方はその膝を抱え上げた。片方だけ己の肩に押し上げ、柔らかな蕾に己の猛りをあてがう。
押しあてられた熱い欲望に、総司は鋭く息を呑んだ。
「ッ、や、いやだ……っ」
「俺はおまえが欲しい」
「やめて……お願い、許してっ」
「いやだね」
とりつく島もない答を返し、土方はゆっくりと腰を沈めた。逃げようとする総司を引き戻し、捩るようにして突き入れてゆく。
先程までさんざん男を咥えこまされていた蕾は、悦んで猛りを深く受け入れた。
だが、それは総司自身にとって望まぬ行為だ。
「やだッ、や、いやっ…やめ…てッ」
往生際悪く、男を押しのけようとした。彼の逞しい胸や肩を必死に両手で叩く。
土方は短く舌打ちすると、その手を片手で掴み、頭上へ乱暴に押しつけた。総司の手首など片手で一掴みできるか細さだ。
そのまま、華奢な躯の奥深くを、己の猛りで激しく穿った。
「ッひ、ぁ───ッ!」
総司の目から涙がぽろぽろこぼれ落ちた。
それを満足げに眺め、土方は乱暴な抽挿を始めた。片膝を抱え込み、激しく前後に揺さぶった。
抽挿のたびに、細い悲鳴が宙を裂いた。
「ぁあっ、ぁ…やっ、ひどぃ…いやあっ」
「酷いか」
「きら…いっ、土方さんなんて…ぁ、ぁあっ、あ」
可愛げのない言葉を吐きながら、その小さなものは勃ちあがり、ふるふると震えていた。まるで、たっぷり汁気のある果蜜のようだ。
土方はそれを片手で掴みあげ、ぐっと親指を食い込ませてやった。
とたん、総司が「ひゃ、ぅッ」と喉を鳴らす。
鈴口に食い込ませた親指をぐりっぐりっと動かしながら、蕾の奥を太い猛りでゆるやかに掻き回してやると、甘く淫らな声で啜り泣いた。
「ぁああーッ……」
もともと、総司は快楽に弱いのだ。
その華奢な躯はどこもかしこも、男にふれられれば悶えた。ましてや、男の楔を打ち込まれては抗いようもない。
蕾が熱くとろけ、男のものを甘やかに締めつけ始めた。
「ひぃ…ぃッ、ぃぁああッ…ぁっ」
「……いい子だ」
土方は満足げに目を細め、嗤った。
「もう感じ始めたか」
「ぅ、ぁあんっ…ぁ、ぁぁあっ」
「可愛いな」
身をかがめ、頬に唇に接吻をおとしてやった。
それに、総司が長い睫毛を瞬かせ、うっとりと夢見るような瞳で見上げてくる。
なめらかな頬は上気し、桜色の甘い唇は接吻を求めるかのようだった。黒目がちな瞳は、押し寄せる快楽の波に潤んでいる。
息を呑むほどの凄艶さ。
どんな男でも抗いきれぬだろう蠱惑的な肢体に、可憐な──だが、妖しいほどの色香を漂わせる顔だち。
己が組み伏せた美しい若者を見下ろし、土方は僅かに目を細めた。
愛しているのか、憎んでいるのか。
この残酷で美しい生き物を。
二人が抱きあう部屋の外、秋の雨がしめやかに降りつづけていた……。