気が付いた瞬間、総司は戸惑いを覚えた。
今、自分がいったい何処にいるのか、わからなかったのだ。
見覚えのない天井に、目を瞬かせる。
(ここ…は……?)
巡察に出たはずだったのに、不意に己を襲った昏い闇。
まるで引きずりこまれるように、その闇に呑まれた事だけは覚えていた。後は全くわからない。
みっともない話だが、気絶したのなら、屯所か医者のもとへ連れてゆかれるだろう。なのに、その部屋はどちらでもなかった。
美しく彫り上げられた欄間が鮮やかで、ふわりとした上質の褥にその身は包まれている。
総司はそろそろと手を動かし、身を起そうとした。とたん、隣室への襖がすっと開いた。
「……気がついたか」
入ってきたのは、土方だった。
その事に驚きを隠せず目を見開く総司をよそに、土方はごく当然のように枕元に腰を下ろした。手をのばし、総司の額にあててくる。
「熱は下がったようだな……ここに来た時、少しあって心配した」
「どうして」
「何だ」
「どうして、ここに」
掠れた声で、総司は問いかけた。
いったい何故、彼がここにいるのか。ここは何処なのか。
何もかもわからぬまま思ったことは、一刻も早く彼の前から姿を消してしまいたい、だった。
土方から役にたたぬ不要な存在と思われる事は当然であっても、少しでもそれを払拭する事ができるよう必死に戦ってきたのだ。
病である事を押し隠し、気をはって過ごしてきた。
なのに、どうして、彼が現われるのか。
よりによって、みっともなく倒れてしまった時などに。
弱さをさらけだしてしまった時に。
どうして。
「どうして、か」
土方は、そっと総司の頬を撫でた。すぐさま顔をそむける若者に苦笑しながらも、言葉をつづける。
「たまたま通りかかったから、とでも云っておこうか」
「……」
「それとも、おまえが気になってつけたとでも云えば、喜ぶか」
「そんなの……!」
総司はかっと頬に血をのぼらせた。
「喜ぶはずがありません。それに、あなたがそんな事するはずもない」
「そうだな、するはずねぇな」
くっくっと喉を鳴らして嗤い、土方は膝の上に片肘をついた。斜めから眺めながら、目を細める。
「だが、実際、おまえをここに運んだのは俺なんだぜ」
「ここは……」
総司は周囲を見回し、呟いた。
あらためて見てみれば、そこはあの例の宿の離れだった。
中庭にある桜樹木はむろん秋のため花をつけていなかったが、周囲を囲むように植えられた紅葉が色鮮やかな朱に庭を染め上げていた。
はらはらと零れおちる紅葉が、緑濃い苔の上に舞い散ってゆく。
それが夢幻のように美しかった。
「……綺麗」
そう呟いた総司に、土方は頷いた。
「あぁ、見事なものだ」
「この宿は、桜だけでなく紅葉も美しいのですね」
「気にいったか」
「えぇ」
こくりと頷いた総司に、土方が云った。
「なら、いつでも来ればいい」
「え」
驚いて見上げると、土方は優しい笑顔でこちらを見つめていた。そっと髪を撫でられる。
「この離れは俺がおさえておく。おまえの気がむいた時に来ればいい」
「で、でも……そんな」
「永倉に云われたよ、おまえを休ませた方がいいと。池田屋の後から、無理ばかりしてきたのだろう」
「それは……」
「少しは休め。無理ばかりするな」
「……」
男の言葉に、総司は俯いてしまった。
優しい言葉をかけられても、素直には受け取れなかった。むしろ、そうして自分を遠ざけるためかと思ってしまうのだ。
総司の脳裏には、あの姉に似た女の顔がちらついた。
「……私、見たのです」
小さな声で云った。
「何を」
問いかける土方に、素直に答えた。
「女の人といるあなたを……菖蒲屋の前で」
「菖蒲屋の前? あまり俺は行かない処だな」
「でも、見たのです。花街の人のようで……とても」
総司の声音が沈んだ。
「とても……私の姉に似ていました」
「……」
土方は僅かに眉を顰めた。しばらく考えていたようだが、不意に「あぁ」と頷いた。
くすっと笑う。
何がおかしいのかと見返した総司に、土方は云った。
「あれは、明里という女だ」
「そう、ですか……」
「山南さんの恋人さ」
「え」
思いがけない言葉に、総司は目を見開いた。驚きのあまり、かるく身をひいて、土方を見つめてしまう。
そんな総司に、土方はくっくっと喉を鳴らした。
「あの時は、その菖蒲屋の中に山南さんがいて、通りかかった処に声をかけられたのさ。一緒に飲もうとな」
「……」
「しかし、そんなに似ているか? 俺はそうは思わねぇが」
土方は淡々とした口調で、そう云いきった。
まるで、その面影さえ忘れてしまったような口ぶりだった。
穿ちすぎだと思いはするが、あくまで、お光の名を出さぬあたりに、こだわりを感じてしまう。
総司は何も云えず、俯いてしまった。
きっと……彼は今も姉に情を残しているのだろう。
でなければ、自分など傍らにおくはずもないのだから。
だが、それも、こんな病もちになってしまった以上は───
押し黙ってしまった総司に、土方は僅かに嘆息した。片膝をたてると、総司の華奢な躯に手をまわす。
驚いたように見上げる若者を抱きよせ、その耳もとに囁きかけた。
「……捨てないよ」
「──」
彼の腕に抱かれたまま、総司は大きく目を瞠った。
土方は静かな声でつづけた。
「捨てたりするものか。おまえは……俺の恋人だ」
それに、総司はふるりと首をふった。
彼の言葉は嬉しかったが、到底信じることはできなかった。
死の病に罹った自分が、恋人として彼の傍に置いてもらえると思うほど、自惚れていない。そんな価値などありえるはずもないのだ。
自分はもう、何もあげられるものがないのだから。
「私は病に……」
そう云いかけた総司の言葉を、土方はさえぎった。
深く澄んだ瞳で見つめ、囁きかけた。
「病になって、おまえはより綺麗になったさ」
「……う、そ」
「嘘なものか。こんなにも美しいおまえを、俺が手放すはずないだろう」
「……」
男の言葉の意味がわからず、総司は身を捩った。
からかわれているのか、と思った。鈍い怒りと哀しみがこみあげる。
綺麗、だなんて。
病になって衰えてゆくだけの私が、そんな事あるはずもないのに。
「あなたに、病がうつります」
そう云った総司に、土方は喉奥で笑った。
「気づかってくれるのか」
「そう…ではありませんけど」
「素直じゃねぇな」
くすっと笑いながら、指さきで白い首筋を撫であげた。とたん、びくりと震える華奢な躯が可愛らしい。
「躯は素直だ」
「……っ」
「俺が欲しくてたまらなかったんだろ……?」
そう耳もとで、声をおとして囁かれ、総司はきつく両手を握りしめた。自分でも、頬が上気しているのがわかる。
「私は……あなたなんて……」
「欲しいって云えよ。云えば、いつでもくれてやる。おまえは俺無しでは生きてゆけないんだ。俺がおまえを失えないのと同じように」
その言葉に、総司は思わず彼を見上げた。縋るような瞳になっている事には、気づかない。
「失えないって……本当に?」
「あぁ」
「じゃあ、土方さんは……あなたは、今でも私を欲しいと思ってくれているの?」
「当たり前だろう」
その白い手をもちあげ、指さきにそっと口づけた。そのまま接吻の雨を降らしてやると、総司の唇から「あぁ……」という甘い吐息がもれる。
「おまえの心も、躯も、今でも俺は欲しいと思っているよ。手にいれたいと思っている」
「土方…さん……」
「まさか、諦めたと思っていたのか?」
土方はふっと口角をつりあげた。
「生憎だな、俺はすげぇ執念深い男なのさ。そう簡単におまえを逃がしたりしねぇよ」
(逃がさないで)
その言葉が口にのぼる事はなかった。
だが、総司はそれを心の中で何度も願いながら、土方の胸もとに凭れかかった。
久しぶりの男の腕の中だった。
その逞しい両腕ですっぽり抱きしめられると、すぐさま身も心もぐずぐずと溶けてしまいそうだ。
いっそ、躯の芯まで征服されてしまいたい。
独占されたい。
今すぐ、自分が誰のものなのか思い知らせるためにも、この躯に彼の楔を打ち込んで欲しかった。
どこか遠くへ流されてしまわぬうちに。
「……抱いて」
そう囁いた総司を、土方は深く澄んだ黒い瞳で見つめた。その形のよい唇が、微かな笑みをうかべる。
「いいのか」
「えぇ」
「病み上がりだが、手加減しねぇぞ。久しぶりだからな」
土方はそっけない口調で云った。だが、その黒い瞳が熱っぽい。
彼が自分に欲情している事はあきらかで、それを感じとった総司はぞくりとするほどの喜びを覚えた。
「いいです」
総司は長い睫毛を瞬かせ、しっとり潤んだ瞳で男を見上げた。
濡れた桜色の唇が、そっと囁く。
「お願い……めちゃくちゃにして」
「……総司」
純白の褥に、艶やかな黒髪が波うったのは、そのすぐ後の事だった。
手加減できないと云ったくせに、彼の行為はとろけそうなほど優しかった。
甘やかな優しさで躯を愛撫し、総司の快楽を導いてくれる。
だが、その事に総司は反発を覚えた。
病だからと手心をくわえられている気がした。否、実際そうなのだろう。
土方とは何度も躯を重ねてきたが、一度だって、こんなふうに優しく抱かれた事などなかったのだから。
「手加減しない…って、云ったくせに」
そう呟いた総司に、土方は苦笑した。
総司を酷く抱こうとは思わなかった。そんな事できるはずもないのだ。
久しぶりに抱いた躯は驚くほど華奢で、今にも壊れてしまいそうだった。怖くなってしまう程だった。
そんな総司を酷く抱く事などできるはずがなかった。
愛しいと思っているのなら、尚のことだ。
「おまえが大事だからな」
そう答えた土方に、総司は目を見ひらいた。が、すぐ哀しそうな顔できゅっと唇を噛んでしまう。
長い睫毛が震えた。
「……嘘ばっかり」
「嘘じゃねぇよ」
「うそ……」
拗ねたように口ごもる総司が、とても愛らしかった。思わず喉を鳴らして笑い、軽く口づけてやる。
驚いたように見上げるのに、そっとのしかかった。深く唇を重ねてやる。舌さきで唇をなぞると、素直に口を開いた。それに微笑み、舌をさしいれてやる。
「……んッ、ふ…ぅ、ん…っ」
逃げをうつ甘い舌を吸いあげ、絡めた。
とたん、びくびくっと震える躯が可愛い。
相変わらずの敏感さに満足を覚えながら、総司の下肢を膝で割った。先程何度かいかせてやった総司のものから蜜をすくいとり、蕾へと塗りこめる。
「ぁ…は、ぁ…ぁ、ぁ…っ」
総司がいやいやと首をふったが、構わず指をさしいれた。
久しぶりのそこは狭くて熱い。
土方は少し眉を顰めたが、焦らずゆっくりと指で解していった。くちゅくちゅと鳴る卑猥な音に、総司の頬が桜色に染め上げられる。
「や、ぁ…ぁ、そこ…んっ、ぁや」
「嫌どころか、好きなとこじゃねぇか」
「う…そっ、やっ…ぃ、ぁあっ」
「俺の指に吸いつくようだぜ?」
くすくすと笑いながら、指の抜き挿しをくり返した。もう三本も受け入れている蕾は、柔らかく綻んでいる。
頃合いである事は確かだった。
これなら、久しぶりでも、総司を傷つけずに済むだろう。
土方は指を抜くと、総司の両膝を抱え上げた。そのまま押し広げ、濡れそぼった蕾に己の猛りをあてがう。
見下ろすと、恥ずかしそうに顔をそらず総司の表情に、ぞくりとするほどの欲情を覚えた。より堅さを増した猛りで、割広げるように蕾を貫いてゆく。
「ぃッ、ぁ…ぁあッ!」
総司の唇から悲鳴があがり、その躯が思わず逃げをうった。だが、それをすぐさま引き戻し、のしかかる。
腰を捩るようにしてより深く受け入れさせた土方に、総司は泣きじゃくった。涙がぽろぽろこぼれ落ちる。
「ゃ、ぁあっやっ、ぃ…やっ」
「……いや、か?」
「こ、怖い…ぁ、ぁあ…ぁ、怖い……」
総司の泣き声の意味が、わからなかった。
久しぶりに男に抱かれることが怖いのか。それとも、快楽に溺れることか。
苦痛はあるようだったが、探った蕾は柔らかく男の猛りを咥えこんでいた。
土方は微かに目を伏せると、言葉を返した。
「怖くねぇよ、大丈夫だ」
しっかりと抱きしめてやり、優しい声で囁きかける。
それに、総司が両手をのばし、縋りついてきた。男の肩に手をまわし、ぎゅっと抱きつく。
珍しい行為に目を瞠った。だが、すぐ微かに笑うと、柔らかく抱き返してやる。互いの躯が密着し、より交わりは深まった。
身も心もとけ出して、一つになってしまいそうな心地よさだ。
「すげぇ……気持ちいい」
男の言葉に、総司は恥ずかしげに首をふった。耳朶まで桜色に染め上げている様が、可愛らしい。
「おまえの中、熱くてとろけそうだ……」
「……そんな…ふうに、云わないで」
「何故? 本当の事だろうが」
くすっと笑い、土方はその白い胸に口づけを落とした。ぺろりと尖った乳首を舐めあげてやれば、蕾の内部が男のものをきゅぅっと締め上げる。
「……っ」
思わず低く呻いた土方は、それ以上我慢できず若者の両膝を抱え上げた。すらりとした白い足を左右に押し広げ、露になった蕾へ己の猛りを抜き挿し始める。
「ッあっ、ぁあッ、あッ」
総司は褥の上で身を反らせ、泣き叫んだ。
土方はそれを見下ろしながら、抽挿を早めてゆく。ずんっと最奥を突き上げるたび、総司の唇から甘い悲鳴がもれた。
感じる部分にあたっているのだろう。総司のものも勃ちあがり、ふるふると蜜をこぼしていた。まるで瑞々しい果実のようだ。
それを掌で握りこんでやると、より嬌声が甲高くなった。まるで淫靡な遊女のように褥の上で悶え、泣きじゃくっている。
だが、それを、土方は綺麗だと心から思った。
遊女たちは、演技であれ本気であれ、褥の上で媚態をみせた。それに、身勝手な事だが、土方はいつも嫌悪感を覚えたのだ。何かやりきれぬ煩わしさがついてまわった。
だが、総司は違った。
どんなに媚態を見せても、淫らに喘いでも、それでも尚──美しい。
甘く掠れた喘ぎ声も、泣きじゃくるその可愛らしい顔も。男を咥えこんで揺れる細い腰も、時折宙を蹴る桜貝のような爪のある足先も。
何もかも、見惚れてしまうほど美しかった。
「……綺麗だ」
そう囁いた土方に、総司は潤んだ瞳をむけた。
快楽に溺れたその表情に微笑み、そっと口づけてやる。
「おまえが……誰よりも綺麗だ」
「う…そ……」
「本当だ」
土方は総司の片膝を折り曲げ、ゆっくりと円を描くように回してやった。くちゅっくちゅっと淫らな音が鳴り、蕾の奥を男の太い猛りで掻き回される快感に、総司が泣き声をあげる。
「っ、ぁ…ぁあ…っんっ、ぁあん」
「俺に抱かれている時のおまえが、一番綺麗だな」
「やっぁ、う、そ……っ」
素直な躯で、素直でない言葉を吐く総司が、愛おしくも憎らしい。
土方は唇の端をつりあげた。
「嘘なら、嘘と思えばいいさ」
そう告げざま、土方は総司の躯を褥の上に這わせた。躯を反転させ、獣の体位をとらせる。
総司がもっとも嫌がる体位だとわかっていて、そのまま後ろから犯した。
「ィッ、ひいィ…ッ!」
ぐっと奥まで貫かれ、総司が泣き叫ぶ。必死になって上へずり上がろうとするのを、腰を掴んで引き戻した。それでも、手荒な事はしない。
深く突き入れ捏ね回し、ぎりぎりまで引き抜き、また奥までずんっと貫いて。
際限なく繰り返される抽挿に、総司はとうとう大声で泣き出した。いくら離れであっても、他に聞こえるかもしれない。
だが、そんな事、今更気にならなかった。
「ほら……気持ちいいだろ」
「ぁっ、ぅぁあッ、ぁあっ、やっ…許し…っ」
「何を許すんだ。おまえも楽しめよ」
「やっ、ぃ、やぁ…っぁあっ、ぅ、ぁあぅ───」
指さきに掴まれた褥がぐちゃぐちゃになった。そこに顔を突っ伏し、腰だけを高くあげて後ろから揺さぶられている若者。白い背中はしみ一つなく、彼がつけた花びらばかりだった。
咲き誇る花のように美しい若者。
それを組み伏せ、快楽をあたえているのだと思えば、表現しようのない愉悦が土方を痺れさせた。
(……総司……)
彼自身の奥から燻り出る、もはや泥沼に呑まれるような凄まじい執着と独占欲に、土方はきつく目を閉じた……。
