もしかして、この人は知っている?
私が真実を知ってしまったことを、知っているの……?
総司は伺うように、土方を見上げた。
それに、土方は深く澄んだ黒い瞳で見つめ返す。男の表情からは、何も感じとれなかった。
怒りも憎しみも、そして、優しさも。
ただ、静かに総司を見つめているだけだ。
「……」
総司は唇を震わせ、俯いた。しばらく黙ってから、小さな声で答える。
「……何に対して、でもありません」
「……」
「ただ、こんな処で抱かれたくなかったから、だから……」
沈黙が落ちた。
無言のまま、土方は総司を見つめているようだった。鋭い視線を感じる。
それに堪えきれなくなり、総司は躊躇いがちに彼を見上げた。そのとたんだった。
不意に、天井がぐるりと回った。気が付けば、男の両腕に抱きあげられてしまっている。
「あっ」
慌てて男の肩に手をまわしてしがみついた総司に、土方は微かに笑った。
その表情は情事の時に見せるいつものもので、少し冷ややかだが甘い。
「おまえの望みどおり、奥で抱いてやるよ」
「土方…さん」
「そのかわり、手加減しねぇからな。覚悟しろよ」
「……っ」
男の言葉に、総司はぶるりと躯を震わせた。
だが、それは恐れとともに、どこか甘い疼きをともなっていて───
(この人に、抱かれたい……)
黙ったまま素直に身をよせてくる総司に、土方は満足げに目を細めた。
「……いい子だ」
低い囁きが耳もとに落とされる。
それにさえ感じながら、総司は男を誘うように目を閉じた。
褥の上、髪が柔らかく揺れていた。
男が動くたび、華奢な躯が悶え、甘いすすり泣きがもれる。
「……すげぇ綺麗だ」
白い胸や首筋に咲いた花を、土方は満足げに眺めた。ぺろりと舐めあげる。
それに、ふるりと身を震わせた総司を抱きしめた。
深く繋がったまま、ゆっくりと左足を己の肩に上げさせた。角度が変わって、より深く男を受け入れる事になった総司が小さく悲鳴をあげたが、そんなこと知った事ではない。
もう片方の膝を掴んで丸く円を描くように回してやりながら、優しく笑いかけた。
「……気持ちいいだろう?」
「んッんッ、ひ…あッ、とけちゃ…っ」
「もっと奥をかき回してやるよ……ほら」
「ぁ、あッあッ、ぁあーッ…っ!」
男の猛りの先端が最奥に押しつけられ、ぐりぐりと淫らに擦りあげた。とたん、総司の唇から甲高い悲鳴がもれた。男の手の中で総司のものが弾け、白い蜜が指の間からこぼれ落ちる。
「…ふ、ぁ…あ、ぁ……」
「まったく……勝手にいくなといつも云っているだろう」
土方は小首をかしげるようにして総司を覗き込み、小さく笑ってみせた。だが、その男の笑みに、総司は怯えて目を見ひらく。
「……や……」
「どうやら、もう一度躾けなおさねぇと駄目なようだな」
「っ、ぃ…い、や、やあッ!」
慌てて逃れようとしたが、すぐさま男の手で引き戻された。深く腰を抱え込まれたかと思うと、激しい抽挿が始まる。
「ひぃーッ」とか細い悲鳴をあげ、総司が仰け反った。達したばかりで痺れている蕾に男の太い楔を何度も打ち込まれ、気が狂いそうになる。
ぐちゅぐちゅと奥を捏ねまわされ、肉襞が灼かれた。快感と呼ぶにはあまりに強烈な感覚に、総司の視界が何度もまっ白になった。
「ッひぅ、ぅあッ…ぁああッ」
「すげぇ締め付けだ、最高だぜ」
「んっ、ぃやあっ、ぁあっ、ぁう───」
総司の細い指さきが彼の着物の襟を掴み、引き寄せた。何とかして堪えようとするが、それも出来なくなっている。
土方はそんな総司を見下ろし、唇の端をつりあげた。
総司がお光との真実を知った事など、とうの昔に気づいていた。
嘘もつけぬ若者なのだ。
だが、土方は総司を逃がしてやる気など全くなかった。
真実を知った以上、総司が彼に復讐することはない。憎む理由もなくなれば、彼の傍にいる理由さえ消え失せるのだ。
だが、そんな事今更許せるはずがなかった。我慢できるはずがなかった。
(手放すなど、できるものか)
いっそ手加減する事なく追いつめ、身も心もすべて征服してやりたかった。他のものが何一つ入る隙間もないぐらい、己だけで満たしたい。
彼を裏切った、あのお光の弟。
その弟である総司を己だけのものにする事を思うと、欲など及びもつかぬほどの強烈な快感が腹の底から突き上げた。愉悦感に躯中が熱く痺れてしまいそうな悦楽だ。
総司を自分のものとする事で、こんなにも快楽を覚えるとは。
これは、お光に裏切られた故の復讐なのか。
だが、たとえそうであったとしても、総司だからこそなのだ。
他の誰でもない、総司だからこそ手にいれたい。
───この美しい生き物は、俺だけのものだ。
土方は愉悦に満ちた笑みをうかべると、今、己の楔を深く咥えこませている白い躯を見下ろした。唇の端が残酷につりあがるのが、己自身でもわかる。
恐らく、獰猛な獣じみた嗤いだったのだろう。
総司が怯えた顔で、小さく悲鳴をあげた。
身をすくみあがらせ、「お願い、許して……」と啜り泣いている。
だが、土方はそれに憐憫を覚えるどころか、より激しく欲情した。たまらず舌なめずりすると、細い躯を乱暴に組み伏せ、のしかかってゆく。
「ぃ、や…やめ…っ、ひッ───」
悲鳴をあげて逃れようとする総司の口を手でふさぎ、ぐっと最奥を乱暴に突き上げた。そのまま片足を肩にあげさせ、激しい抽挿をはじめる。
己の欲望のまま、柔らかな蕾を太い猛りで穿ち、抉り捏ねまわした。
「ぅーッ! く…ぅ、ぅあッ、くっ」
総司は身を仰け反らせ、必死に歯を食いしばった。華奢な躯で、男の欲望をけなげに受けとめつづける。
だが、しかし、その白い手が男の背にまわされる事も、縋る事もなかった。
真実を総司が知っても尚、その心が開かれる事はない。
憎しみが消えた後、残るのはいったい何なのか。
どれほど抱いても愛しても、その心は遠い処にあるのだ。
(……総司……っ)
腕の中で泣きじゃくる総司を感じながら、土方は燻る苛立ちを押し殺すように唇を噛みしめた。
「……拷問?」
思わず問いかけた。
それに、永倉がどこか青ざめた表情で頷いた。微かに頬が引き攣っている。
先程、蔵から出てきたばかりだった。蔵から響いてくるのは、何とも表現し難い獣のような悲鳴だ。
それを問いかけた総司に、永倉が答えたのだ。
「あそこまで残酷な事をするとは、思わなかったよ。というか、あぁいう事を思いつくあたりが信じられねぇ」
「……そう、ですか」
小さく呟いた総司を、永倉は訝しげに眺めやった。
「総司はあまり驚かないんだな」
「え」
「あれだけ土方さんに懐いているんだ。驚くと思ったが」
「……」
永倉の言葉に、微かに笑う他なかった。
彼と自分はあそこまで抜き差しならぬ関係になっているのに、他から見れば未だ懐いている程度なのかと、笑いがこみあげたのだ。
黙った目を伏せた総司を一瞥してから、隣にいた山南が低い声で問いかけた。
「それで、今状況は……?」
「そろそろ吐くんじゃねぇのか。いい加減、あの男も限界だろう」
「なら、これから忙しくなるな」
永倉が立ち去った後、総司は山南に向き直った。
何か考えこむような表情で腕組みする山南を、じっと見つめた。
「山南さんは……驚かないのですか」
「何が」
訝しげに山南が視線を返した。
「土方さんの所業にです。あんな事をするとは、と思わないのですか」
「まさか」
山南は小さく笑い、ゆるく首をふった。
「そんな事で、今更驚く事もないだろう。彼には彼の思惑がある。思いつきだけでは決して行動しない男だから、私もいちいち驚いたりしないよ」
「……山南さんは」
何故か、声が喉にからんだ。
「土方さんのことを……随分と理解しているのですね」
押し殺したような声で云った総司を、山南は静かに一瞥した。微かに、口角をつりあげる。
「それは、嫉妬かな」
「え」
思わず目を瞬いた総司に、山南はゆるく首をふった。
「いや……何でもない。それより、もうすぐ集合がかかるだろう。総司も準備しておきなさい」
山南は淡々とした口調で告げると、踵を返した。ゆっくりと歩み去ってゆく。
それを見送り、総司はきつく両手を握りしめた。
(……嫉妬……?)
山南に云われた言葉を、反芻した。
だが、それは不思議と心の奥にぽつりと落ち、大きな波紋をひろげた。
あの芹沢の暗殺の時にも、感じたものだった。
山南も絡んでいたのだと知った時、云うに云われぬ感情に襲われたのだ。それは、一言で云うのなら嫉妬だった。
土方から事前にすべてを知らされていた山南。それだけ信頼されているという事だった。
土方にとって、自分はただの駒だが、山南は恐らくそうではないのだろう。
彼に、友誼という人らしい感情がある事を喜ぶべきなのに、どうしても、山南に羨望と嫉妬を感じてしまう自分は醜いと、総司は思った。
本当は、彼に心の内を明かされ、支えとなるのは、自分でありたかった。
一番近くに寄りそい、誰よりも見つめていきたかったのに。
だが、しかし、そんな事を望むこと自体が誤りであることもわかっていた。烏滸がましい限りなのだ。
姉の仇として憎んでおきながら、今頃、何を云っているのか。
こんな事を今更望んでしまう自分が、あまりに身勝手でたまらなく嫌だった……。
暗闇が広がっていた。
目の前にあるのは闇ばかりで、人も物も何もわからない。
ただ聞こえるのは、はぁっはぁっという荒い息使いばかりで、総司は煩いと思った。だが、すぐにそれが、己自身の息使いだと知り、愕然となる。
まだそれ程斬り合ってもいないのに。
どうして、なぜ。
こんなにも躯が重く、息使いが荒くなってしまうのか。
「……ッ!」
横合いから斬りかかってきた闇を、片手で薙いだ。鈍い手応えがあり、呻きと共に崩れ落ちる。
それをもう、総司は見向きもしなかった。
……祇園の宵山の夜だった。
池田屋に僅かな手数だけ連れて斬り込んだ近藤に、総司は従っていた。そして、今、池田屋の暗闇の中で戦いつづけている。
その総司にとって、敵は、人ではなく闇だった。
そうでも思わなければやっていられないのだ。知らず、自嘲の笑みが唇にうかんだ。
池田屋に斬りこむ自体に疑念を覚えた訳ではない。ただ、こういう場所で剣を振るうため、江戸からはるばるやってきたのかと、妙に滑稽に思えたのだ。
(あの人は、人を斬らせる駒として、私を手に入れたいのかな……)
ふと、そんな事を思った。
であるのなら、お光の「支えて欲しい」という言葉は、ひどく切なかった。
弟に殺人者であることを強いているも同然なのだ。だが、新撰組という集団に身を置いている以上、それは致し方ないとも云えた。人を斬るのが仕事なのだ。土方を支えるという事は、そういう現実に直結するだろう。
「……」
総司は己の中に渦巻く矛盾を抱えたまま、剣を振るいつづけた。
斬ることだけに集中する、一個の生き物として。
だが、やはり、どうしてだか妙に躯が重い。着込んだ鎖がたまらなく重くきつく感じる。
息があがり、視界がぐにゃりと歪んだ。
それは、突然だった。
何とも云えぬ衝動が喉奥からせりあがり、瞬く間に、突き上げてきたのだ。
慌てて片手で口許を覆ったが、もう遅かった。なま温かいものが唇から迸り、床に滴り落ちてゆく。
「!?」
総司は口の中に広がる鉄の味に、それが血であることを知った。躯中の力が抜け、膝から崩れるようにその場へ倒れこむ。
己の吐き出した血が頬に、手につき、それがぬるぬると滑った。
必死にもがくが、もう声さえまともに出なかった。
「っ…ぅ…ぁ……」
目の前に、闇が広がっていた。
深い深い──沼のような、底知れぬ闇だった。
やがて、その暗闇が、どろりと総司の意識を呑み込んだ……。
