「……!」
総司は勢いよく腕を振り下ろした。ざくっと音がなり、重い感触がかかる。
目の前で鮮血が飛び散ったが、薄闇の中ではそれも定かではなかった。ただ、自分がまた一人斃した事はわかる。
祇園祭の宵山だった。
新撰組は池田屋に斬り込んだ。
と云っても、近藤以下、総司を入れても僅か数名。
大勢の浪士たちを相手に激闘となったのは、当然のことだった。隊の半ばは土方に率いられ、四国屋へ向っていたのだ。彼らが戻ってくるまで、持ちこたえなければならなかった。
「……っ」
総司は躯を反転させ、刀を一閃させた。悲鳴があがるが、気にはしない。
この戦いも彼のためのものだった。これが残酷だと指弾されても、一向に構わない。
だが、土方が云った言葉は、違った意味なのだろう。無意識であっても、傷つけてしまう。それが意識しての事なら、尚更だ。
(私は自分の弱さ故に、あの人を傷つけた)
一瞬、目を閉じた。
何故だか、躯が異常なほど熱かった。息が苦しい。もう楽になりたい、戸外へ出てしまいたい。
それでも──戦わなければならなかった。
あの人のために。
でなければ、彼の傍にいられる資格さえ失ってしまう。
始まらぬ恋を求めた故、土方を拒絶した。そして、以降、皮肉な事に前よりも尚、彼を支える立場だけを拠り所とするようになっていた。
それはもう、総司にとって生きるための術なのだ。
「!」
不意に、喉奥に違和感を覚えた。
総司は思わず片手を口許にやった。
その瞬間だった。
「っ、ぐ……っ」
鮮血が目の前で飛び散った。吐血したのだ。否、血だとわかったのは、もっと後になってからの事だった。
息さえ出来ぬ苦しみに、総司は目を見開いた。気がつけば、夥しい血を吐きながら、床へ倒れ込んでいた。
「……っ、ぅ…ぁ……っ」
躯中が重く、起き上がる事さえできない。息をするのさえ苦しい、痛い。
遠くで近藤の気合いや、斬り合う音が聞こえていたが、それさえも総司には別の世界の出来事のようだった。
死ぬのか、と思った。自分はここで、息絶えてしまうのだろうか。
そう思った瞬間、泣き叫びたい程の衝動がこみあげた。
(土方さん)
助けて欲しいと、願った。
幼い頃からずっと傍にいてくれた彼。
死を前にして、彼のことしか思わなかった。
あの腕に抱きしめられれば、怖くなくなる。
死も、痛みも、苦しみも。
何もかも皆、消え去ってしまうだろう。
だから、お願い。
「……土方…さん……っ」
掠れた声で、その名を呼んだ。
何故──告げなかったのだろう。
死を前にして、こんなにも逢いたいと願うのなら。あの人の事しか想わぬのなら。
素直に、自分の気持ちを告げていればよかった。なのに、頑なであったがために、彼を信じられなかったがために、何もかも失ってしまったのだ。
たった一言。
好きです──と告げていれば……。
不意に、その腕が掴まれた。
ぐいっと引き起こされ、抱きすくめられる。
「!」
総司は大きく目を見開いた。
意識が朦朧としているためか、よく見えない、よく聞こえない。
それでも、相手が誰なのかわかったのだ。
ずっとずっと求めつづけた、愛しい彼なのだと。
「……ぁ……っ」
信じられぬ想いに、総司は震える両手をのばした。何とか、男の広い胸もとへ縋りつく。
土方は総司の躯をきつく抱きしめてくれた。大きな掌が背を、肩を撫でさする。
それが泣きたくなるほど、嬉しかった。信じられないほどの歓びだった。
(土方さん……)
愛しい男の名を呼んだ。
だが、声は闇にとけ消えてゆく。
総司は自分を抱きしめる男のぬくもりだけを感じながら、その闇の中へと落ちていったのだった……。
池田屋事件から数日後、総司は床上げした。
幸い、血を吐いた事は誰にも気づかれていなかったため、反対する者もなかった。土方自身も気づいてないらしく、床上げした総司に「無理するなよ」と声をかけたのみだった。
むろん、己の腕の中で昏倒した事は気にしているようで、忙しい合間をぬい、時折部屋を覗いてくれた。そのたびに、儚げな様子の総司に、形のいい眉を顰めた。
「……透きとおるようだな」
そう云った土方に、総司は「え?」と小首をかしげた。外出の後のため、まだ頬が仄かに上気していた。
細い肩にさらりと髪がかかる様が愛らしくも、儚い。
「まるで透きとおるようだと、云ったのさ。目を離したら最期、どこかへいっちまいそうだ」
「……」
土方の言葉に、どきりとした。一瞬、何もかも知られてしまっている気がしたのだ。
だが、総司はさり気なく視線をそらすと、そっけない口調で答えた。
「そういう事は、女の人に云って下さい」
「総司」
「私などに云っても、仕方ない事でしょう」
「……おまえだからだ」
不意に、その手を握られた。驚いて見上げれば、土方が濡れたような黒い瞳で見つめている。
深く澄んだ、黒曜石のような瞳だ。男にしては長い睫毛も、切れの長い目も、すべてが愛おしい。
「おまえだから、云っている」
「……」
目を瞠り、彼を見つめ返した。それに、土方が微かに笑いかけてくる。
どきりとして、総司は慌てて彼の手をふり払った。いつもどおり冷たく顔を背ける。
胸の内のすべてを暴かれてしまいそうだった。
病も、自分の恋も。
何もかも、彼に知られてしまいそうで……。
ふり払われた事に、一瞬、土方は傷ついた表情になった。
だが、すぐ気をとりなおすと、何か云いかける。その時、廊下の方から遠慮がちな声がかけられた。
「──副長」
ふり向けば、山崎がそこに膝をついていた。
「局長がお呼びです」
「……わかった」
土方は吐息をもらし、答えた。
山崎は一礼し、立ち去った。ゆっくりと、土方も立ち上がった。それに、思わずふり向いてしまう。
土方が去ってしまう事が、辛かったのだ。いつもそっけない態度をとっているが、彼の訪れを本当は心待ちにしていた。恋しくて愛しくて、たまらないのだから。
それが顔に出たのだろう。見下ろした土方の目が僅かに見開かれた。思わず身をかがめ、手をのばした。
そっと頬を撫でながら、苦笑した。
「そんな顔をするな。出ていけなくなる」
「……」
「とにかく、無理はするな。しばらく気をつけろよ」
そう云ってから、土方は今度こそ身を起した、踵を返し、部屋を出てゆく。
遠ざかる彼の足音を聞きながら、総司はきつく唇を噛みしめた。
無理をするなと、優しい彼は云ってくれた。
だが、今更なのだ。もう……どうしようもないのだ。この身は、不治の病に侵されてしまっているのだから。
「……っ」
思わず両手で己の肩を抱いた。
今朝、秘かに医者を訪れていた。
血を吐いたことはよくわかっていたが、まさかという思いもあったのだ。だが、それは見事に打ち砕かれてしまった。
「……労咳だなんて……」
不治の病、だった。治る手だてはなく、ただ死を待つばかりの病だ。
そんな病に侵されるなど、思ってもいなかった。剣術で躯を鍛えてきたはずの自分が病に斃れるなど、ありえぬ事だと思いこんでいたのだ。
「……土方さん」
彼の名を口にし、固く瞼を閉ざした。
本当は、縋りつきたい。
自分の想いも病のことも何もかも話し、縋りついてしまいたかった。
だが、そんな甘えが許されるはずもない。
土方がこの事を知れば、療養のため江戸へ帰れと云うだろう。
このまま京にいても、徐々に弱ってゆくだけ。いずれは剣も振るえなくなってしまう。新撰組隊士として役にたたない以上、江戸へ帰るべきだった。彼の傍から去るべきだった。
だが、それが出来ない。どうしても出来ない。
土方と、もう逢えないと思うだけで、身を斬られるような痛みが総司を襲った。いっそ死んだ方がましだった。
こんなにも……気がおかしくなってしまいそうなほど、彼の事が好きなのだ。好きで好きでたまらないのだ。
だが、この気持ちを告げる事など……許されるはずもない。
総司はのろのろと畳の上に蹲った。幼い子どものように身を丸め、目を閉じる。
昔に戻りたいと思った。
せめてもう一度、健やかだったあの頃に戻ることができたなら。
「……土方さん……」
涙が、頬をつたい落ちていった。
「え……?」
斉藤は驚いたように、ふり返った。
巡察の帰りだった。
不意に現われた総司は、巡察が終った事を知ると云った。
「少しだけつきあって貰えませんか?」
気まぐれのようでありながら、その口調は酷く張り詰めていた。それを感じ、見つめると、長い睫毛を伏せてしまう。
だが、問い詰める事なく、斉藤は頷いた。いつものように友人を促し、歩き出してゆく。
総司が斉藤と共に入ったのは、小さな料理屋だった。二階奥の部屋に通されると、料理だけ運ばせてから人払いをしてしまう。
「こみいった話なのか?」
その様子に思わず問いかけた斉藤に、総司は小さく頷いた。
しばらく躊躇っていたようだが、やがて静かな声で話しはじめた。
「斉藤さん……お願いがあるのです」
「願い?」
「えぇ」
総司は僅かに目を伏せた。一瞬両手を握りしめてから、言葉をつづける。
「私の……念者になって貰えませんか」
「……え?」
一瞬、斉藤は言葉の意味が掴めなかった。
あまりに思いがけない事を云われたので、聞き返してしまったのだ。
それに、総司はますます躯を固くした。細い肩が震えている。
「私の念者になって欲しいと、云ったのです」
「念者って……おい、総司」
「斉藤さん」
総司は不意に顔をあげた。澄んだ瞳で斉藤を見つめ、はっきりと云った。
「黙っているのは卑怯なので云います。私は……労咳にかかっているのです」
「……」
「ですが、それでも……斉藤さんが私を望んでくれるなら……」
「望むよ」
即座に、斉藤は答えた。
斉藤にとって、総司が労咳だろうが何だろうが、構わなかった。
うつされてもいい。総司が手に入るのなら、死んでもかまわない。
それ程までに愛しているのだ。
ずっと長い間、見つめてきたのだ。手にいれたいと願ってきたのだ。
だが、それは総司の身も心も──だった。
「おまえが労咳でも何でも、オレは構わない。おまえを心から望んでいる」
「斉藤さん、では……」
「けれど、おまえの念者にはなれない」
「え……?」
目を見開く総司を、斉藤は鳶色の瞳でまっすぐ見つめた。
「オレは、おまえの全部が欲しいから。心が欲しいから」
「斉藤、さん」
「他の男を……土方さんを想っているおまえは、望まない」
「……」
総司が息を呑んだ。
驚いた表情で、斉藤を見ている。それに、笑いだしたくなった。
周囲に気づかれていないと思っていたのか。
自分では隠しとおせていると、信じていたのか。
土方も総司も、互いを死ぬほど愛しているくせに、肝心の所でわかりあっていない。すれ違いつづけている。
まるで、ほつれた糸のような関係だと思った。否、そのものか。
「土方さんには……願わないのか」
斉藤は静かに問いかけた。
「自分を望んでほしいと、なぜ願わないんだ?」
「そんなの……」
総司は小さく首をふった。
「できるはずがない。あの人に念者になって欲しいなんて……」
「けど、好きなのだろう?」
斉藤の言葉に、総司は目を見開いた。
「ずっと知っていたのですか? 私の想いを」
「薄々」
「……矛盾していますよね」
総司は目を伏せ、呟いた。
「私は、土方さんがいないと生きてゆけないのです。あの人を支えることが生き甲斐で、そのために剣も強くなりたかったし、頑張ってきた。でも、あの人に好きだと云われて、断ってしまったのです。池田屋の前ですけれど」
「そんな事があったのか」
斉藤は驚いた。まさか、あの土方が総司に気持ちを告げていたとは、思わなかったのだ。しかも、総司が断るとは。
「何故、断ったんだ。好きなのに、どうして」
「土方さんを信じる事ができなかったから」
静かな声で、総司は答えた。
「あの人の言葉を、どうしても信じられなかった。それに怖かった。信じて愛して、愛されて……それで、その後、厭きられ捨てられたら、もう私には何も残らない。あの人の傍にいる事さえできなくなる。だから、始まらない恋ならば、終る事もないからと……」
「断った訳か」
斉藤は深く嘆息した。
総司の気持ちもわかるが、土方はさぞ傷ついただろうと思った。だが、それでも諦めきる事が出来ぬから、池田屋でも総司を自らの腕に抱き、運んだのだろう。
「私は男です」
淡々とした口調で、総司は云った。
「男だし、こんな可愛げのない性格だし、昔から土方さんには生意気ばかり云ってきて……そんな私が、あの人に相応しいはずがない。ずっと引き留められるはずがない。すぐに飽きられてしまうに決まっています。それに……」
一瞬、唇を噛んだ。
「新撰組副長であるあの人にとって、醜聞沙汰は身の破滅に繋がります。だから、どうしても受ける訳にはいかなかった。どんなに求められても、断るしかなかった」
「……」
「でも……そのせいで、あの人を傷つけた。苦しめ、傷つけて、挙げ句、こんな病になって何の役もたてなくなって……なのに、あの人は今も優しいのです。私を求めてくれる、優しく愛してくれる。それが辛くて、いつか自分の気持ちを知られてしまいそうで怖くて……」
「だから、突き放そうと思ったのか?」
「……」
「オレを利用して迄も?」
静かな声で、斉藤は問いかけた。それに、はっとして総司は顔をあげた。
斉藤は、鳶色の瞳で総司だけを見つめている。その表情に、微かな怒りを感じ、息を呑んだ。
慌てて膝をすすめ、手をついた。
「すみません……斉藤さんまで傷つけるつもりはなかったのに」
「……」
「でも、斉藤さんの念弟になれば、土方さんにはっきり断ることができると思って……そうでなければ、いつまでもあの人を苦しめつづけるから」
懸命に言葉をつづける総司に、斉藤は唇を引き結んだ。
本当に、男がわかっていないのだ。自分の行為がどれ程、男を惑わし傷つけるか、まったく理解していない。
その証に、総司は澄んだ声で告げた。
「私は、斉藤さんの事が好きです」
「……」
「それは……愛しているとか、とは違いますけれど……」
小さな声で呟く総司から、斉藤は僅かに視線をそらした。
総司は彼を友人として思っているが、斉藤自身は総司を深く愛していた。
だが、それは、奪いとるような激しさに欠けたものだった。彼自身の性質故なのだろうが。
一方、土方は違っていた。彼は気も狂いそうなほど総司に執着し、溺愛している。文字どおり溺れこんでいる。
あれ程の男が夢中で愛する様など、斉藤は初めて見た。
何しろ、土方も昔の歳三とは違う。新撰組副長という重責を担い、男として誰もが一目置く存在なのだ。くわえて、あの水際だった容姿。
そんな何もかもに優れた男が、我を忘れるほど愛している存在。それが、総司だった。
だが、確かにそこまで溺れ込ませ愛させる何かが、総司にはある。
甘い声、澄んだ瞳。
たまにしか見せてくれる、花のような笑顔。
可憐で愛らしい花菫のようでありながら、総司は誰よりも残酷だった。傷つけてしまったと総司は悔いているが、それは今後もくり返されるだろう。
愛すれば愛するほど、土方を残酷に傷つけ、狂わせていくのだ。
その、甘く激しい愛ゆえに。
そこまで考えた斉藤は、ふと、ほろ苦い笑みを口許にうかべた。
傷つけられるのは──狂わされるのは、己も同じだと思ったのだ。
総司が残酷に傷つけるのは、土方のみではない。総司を愛しているからこそ、斉藤も傷つかずにはいられなかった。
こんな取引を持ちかけた総司に。
愛している訳でもないくせに、ただ土方を拒絶するためだけに、契りをかわそうとしている総司。そこに、斉藤自身の気持ちはないのだ。
こんな取引を持ちかけられて、男が怒りを覚えないと、本気で思っているのか。
深く激しく、狂おしく。
この残酷で愛らしい生き物を愛しているからこそ、傷つけられる……。
「斉藤さん……?」
黙り込んでしまった斉藤に、総司が不安げに身じろぎした。
「あの……」
躊躇いがちに呼びかける総司に、斉藤は顔をあげた。鳶色の瞳で、じっと見つめる。
総司は何もわかっていないようだった。自分の言葉が、男の心にどんな昏い波紋を広げたか、全く気づいていない。
冷たく残酷で、愛らしい総司。
「……わかったよ」
斉藤の言葉に、総司は、え?と小首をかしげた。
それに、淡々とした口調で答えてやる。
「念者のことだ」
「……」
「おまえの念者になる。それで……いいのだろう」
はっと息を呑んだ総司に、斉藤は薄く嗤った。
それは、自分でもわかる程、歪んだ──昏い笑みだった。
「……斉藤、さん」
怯えたように彼の名を呼ぶ総司に、斉藤の腹の底が熱く疼いた。どす黒い衝動が込みあげてくる。
斉藤はゆっくりと手をのばした。総司の腕を掴み、その華奢な躯を引き寄せる。
総司の躯が細かく震えだした。無意識のうちか、逃げようとしている。
むろん、それに気づいたが、斉藤は構わずその躯を押え込んだ。着物の袷を押しひろげ、白い首筋に顔をうずめる。
びくんっと総司の躯が大きく震えた。思わず彼を押しのけようとする。
「……ゃ……っ」
手首がつかまれ、抱きすくめられた。熱い唇が首筋から、胸もとへ降りてゆく。
総司は固く目を閉じた。
もう──戻れない。
戻れるはずがないのだ。
これは、自分自身が選んだことなのだから。
何度も、そう自分に云い聞かせた。きつく手を握りしめる。
まるで何かに縋るように。
(……土方さん……)
なめらかな頬を、涙がこぼれ落ちていった───。
その日の夕刻の事だった。
茜色の光が屯所の玄関に射し込んでいた。白っぽい砂の上に、影がさす。
門番たちの礼を受け、斉藤と総司は門をくぐった。ゆっくりと歩み、玄関へ入る。
「……」
一瞬、総司はきつく唇を噛んだようだった。だが、すぐに下駄を脱ぎ、框をあがろうとする。
とたん、その躯がぐらりと傾いた。
「! 総司」
慌てて、斉藤は傍らから手をさしのべた。腕の中に、細い躯は従順におさまる。
胸もとに凭れかかっている総司を、斉藤は眉を顰め、見下ろした。
彼の腕の中、総司は青ざめた顔で、唇を噛みしめていた。白い首筋に散った痕が、色香を匂いたたせる。
「……総司」
小さく呼びかけると、総司が吐息をもらした。まだ躯が気怠いのか、彼の胸もとに顔をうずめた。
その時、背後に足音が鳴った。
何気なくふり返った斉藤は、とたん、息を呑んだ。
「……」
土方だった。
端正な顔を僅かに青ざめさせ、こちらを睨みすえている。
黒い瞳に、殺気だった強い光が湛えられていた。今にも斬りつけられそうだ。
新撰組副長としての構えも何もなかった。獰猛な獣じみた男の本性が、剥き出しとなっている。
「──」
凄まじいまでの激情に、斉藤は片手を握りしめた。思わず、きつい目で見返す。
夕暮れの光景の中、二人の男は対峙した。
