総司は、彼を愛していた。
 ずっとずっと、幼い頃から土方だけを見つめ、愛してきたのだ。
 一途に、純粋に。
 その総司が、他の男に身をゆだねられるはずがなかった。
 実際、斉藤と契りを交わそうと決意した時、躯が激しく拒絶した。震え、挙げ句、発作まで起してしまい、到底受け入れられる状況ではなかったのだ。
 斉藤の言葉どおりだった。
 心が欲しいのだと。そして、それは総司も同じだった。
 躯だけの繋がりなど、総司にできるはずがなかった。出来るのは、念兄弟であるふりをしつづける事ぐらいだった。












「……わかった」
 不意に、柔らかく抱きすくめられた。
 低い声に耳もとで囁かれ、目を見開く。
 土方は信じられないほど優しさで、そっと総司の躯を抱きしめてくれた。
「もういい……わかったよ。だから、泣くな」
「土方…さん……」
「おまえが斉藤のものだろうが、どうでもいい。今は、俺の腕の中にいてくれる……それだけでいいんだ」
「ぁ……」
 総司は潤んだ瞳で、土方を見上げた。それを、土方もじっと見下ろす。
 頬を男の大きな掌が包みこみ、土方が顔を傾けてきた。目を閉じれば、そっと口づけられる。
 甘く優しい口づけだった。
 まるで、恋人同士のような接吻。
 総司は思わず土方の背に両手をまわした。もっと……と求めるように、強く抱きつく。
 それに、土方は嬉しそうに微笑った。
「……総司」
 愛しくてたまらぬと云いたげに、頬に、首筋に、唇に、口づけの雨を降らせてくる。
 再び下肢が開かれ、濡れた指を押しあてられた。ゆっくりと丁寧に差し入れられる。
「ん……っ」
 息をつめると、優しく頬を撫でられた。総司のものも愛撫され、次第に躯が柔らかく開かされてゆく。
 やがて、土方は身を起すと、己の着物を脱ぎ捨て始めた。露にされてゆく男の体躯に、総司は息を呑む。


(……綺麗……)


 しなやかな美しい獣のようだった。
 引き締まった躯は逞しく、雄の匂いを色濃く纏っていた。ぞくりとするような男の色気がある。
 この腕に、女たちが何度も抱かれていたと思えば、胸が痛んだが、今はもう何も考えたくなかった。
 ただ、彼に求められたい。愛されたい。
 今は何もかも忘れて、苦しみも悲しみも思わず、ただ彼を愛し、愛されたかった。
「……土方さん」
 求めるように両手をさしのべた総司を、土方は深く澄んだ瞳で見つめ返した。身をかがめ、そっと口づけてくれる。
 そうしながら、総司の下肢を押し広げた。熱いものがそこにふれる。
「!」
 思わず目を瞑ってしまった総司に、土方が低い声で囁いた。
「大丈夫だ……躯の力を抜いて」
「ぁ……土方さん……」
「いい子だ」
 優しい口づけを落としてから、土方はゆっくりと腰を沈めた。蕾が押し開かれ、男の猛りが挿し込まれてくる。
「……ッ!」
 総司は目を見開いた。
 覚悟はしていたが、凄い苦痛だった。躯が裂かれているようだ。
「ッ…ひ、ぅ…ッ」
 反射的に躯が逃げを打った。必死に上へ逃れようとするが、すぐさま男の手が肩を掴み、引き戻した。
 震えながら見上げると、土方が苦しげに眉を顰めていた。
「躯の力を抜け」
「ぁ……いた、痛ぁ、ぃ…ッ」
「総司、息を吐くんだ」
 土方の掌がさするように、総司の胸や背を撫でた。あちこちに口づけてくれる。
 萎れてしまった総司のものも男の掌に包まれ、ゆっくりと扱きあげられた。それにより、ほんの少しだけ苦痛が和らぐ。
「っ、ふ…っ…く…ぅ」
 そうして、息を吐き出した瞬間だった。
 土方が総司の躯を強く抱きしめ、一気に最奥まで貫いた。
「ぁああー…ッ!」
 悲鳴をあげ、総司は仰け反った。あまりの苦痛に、涙がぽろぽろとこぼれる。
 その細い躯を、土方は両腕で抱きすくめた。震える首筋に顔をうずめ、はぁっと息を吐く。
 正直な話、あまりの締め付けに彼も痛い程だった。
 だが、総司の方がずっと苦しいのだ。それを思うと、堪らない罪悪感が込みあげたが、愛する者を抱いているという歓喜がそれを凌駕してしまう。


(男の身勝手さだな)


 そんな事を思いつつ、土方はゆっくりと身を起した。そのため角度がついたのか、総司がまた悲鳴をあげる。
「ぃ、やぁ……ッ」
 泣きじゃくる総司は、いとけないほど可憐だった。だが、その姿は逆に男を欲情させる。
 土方は総司の躯を撫でてやりながら、囁きかけた。
「悪いが……今更やめられん」
「だ、だって……痛いの、苦し……」
「よくしてやるから……ほら、動くぞ」
 土方は怯える総司に構わず、その両膝を抱え込んだ。ぎりぎりまで引き抜き、ゆっくりとまた突き入れてゆく。
 たちまち、総司は子どものように泣き出した。
「やだッ、う、動かないで……っ」
「大丈夫だ……俺にまかせろ」
「…ッ…いや…やぁ……っ」
 泣きじゃくっている総司を可哀相に思ったが、それでも抽挿をくり返した。
 すると、次第に総司の蕾がほぐれ、締め付けも和らいできた。そればかりか、奥の方が熱くとろけ始める。
「っ……」
 きゅぅっと締め付けられ、土方は思わず喉奥で息を殺した。
 見れば、総司の頬も仄かに上気し始めている。総司のものも少しずつ勃ちあがっていた。
「総司……」
 髪を撫でてやり、額に頬に、口づける。
 すると、総司はまだ怯えたような表情だったが、それでも、おずおずと両手をのばしてきた。土方の背に手をまわし、ぎゅっとしがみつく。
「総司……俺の総司」
 甘く掠れた声で囁く土方に、総司は僅かに目を見開いた。だが、頬を染めたまま、こくりと頷く。
 裸の胸もとに、猫がじゃれるように頭を擦りつけてくる総司が、たまらなく可愛かった。深く繋がったまま、二人は抱きあい、何度も口づけをかわす。
 やがて、ゆっくりと動き始めた土方に、総司も抵抗しなかった。彼に呼吸をあわせようとしてくる。
「いい子だ……」
 土方の黒い瞳が、とけるように優しくなった。微笑み、その細い躯を抱きすくめる。
 快感だけを覚えさせるように、出来るだけ優しく抱いた。奥の感じやすい部分だけを何度も擦りあげてやれば、総司が甘い声で泣きはじめる。
「っ、ぁあッ…ぁ、んっ…あ」
「総司……すげぇ熱いな」
「んっ、ん…ぁ、ぁ…土方…さん……ッ」
 総司の声が上ずり、高くなった。腹の間で擦れる総司のものも、震えながら蜜をこぼしている。
 土方は総司の膝裏に手をかけ、押し広げた。そのまま激しく腰を打ちつけ始める。
「ひっ、ぃああッ」
 総司は悲鳴をあげ、脱ぎ捨てられた着物を縋るように掴んだ。
 だが、土方がその細い躯を抱えこむようにしてやると、すぐさま男の肩にしがみついてきた。激しく揺さぶられ、泣きじゃくる。
「ぃッ、くっ…は、ぁ…っ」
「……総司……っ」
「ぁあっ、やッ、も…だめ…ぁあああッ」
 甲高い悲鳴をあげた瞬間、総司のものが弾けた。白い蜜が男の腹に飛び散る。
 それと同時に、総司の躯の奥にも男の熱が叩きつけられていた。土方はのしかかるようにして、最後の一滴まで注ぎこむように腰を打ちつけ続ける。
「ッ…ぁ、あつ…ぃの、ぁ……っ」
 感じているのか、総司が啜り泣きながら土方に縋りついた。その肩に顔を押しつけ、泣きじゃくっている。
 それが可愛くて愛しくて、土方は項を掴んで仰向かせた。そのまま、貪るように深く唇を重ねる。
 繋がったままの濃厚な口づけに、総司は身も心もとろけてしまいそうだった。初めて男から教えられた快楽に、躯の芯が甘く痺れている。
「ぁ…ぁ、ん……っ」
 何度も角度をかえて口づけてくる土方に、総司は幼い仕草ながらも懸命に応えた。
 もっと口づけられたい、もっと抱きしめて、もっと愛されたい。
 そんな総司の願いが伝わったのか、土方は何度も口づけてくれた。
「総司……可愛いな」
「…ぁ、土方…さん……」
 総司は、彼の胸もとに身を寄せた。甘えるように凭れかかれば、土方が優しく抱きしめてくれる。
 うっとりと目を閉じた。
 ここが自分の居場所なのだと感じた。ここにいれば、もう何も不安な事はない。
 陽だまりのような幸せの中に、いられる。
 苦しい事も、辛い事も、皆忘れて。


(土方さん、愛してる……)


 総司は土方の背に手をまわすと、少しでもそのぬくもりを感じられるように、きつく抱きしめた。












 朝方だった。
 目を開いた総司は、しばらくの間、ぼんやりと天井を見上げていた。
 初め、そこが何処かわからなかったのだ。やがて、自分が誰かの腕の中にいると気づいたとたん、息を呑んだ。
「え……っ?」
 慌てて身を起そうとしたが、とたん、腕の中に引き戻される。
 あっと思った時には躯が反転させられ、男にのしかかられていた。見上げると、悪戯っぽい目をした土方が笑いかけている。
「おはよう」
「……お、おはようございます」
 反射的に挨拶した総司は、昨日の事を思いだしたとたん、首筋まで真っ赤になってしまった。あまりの恥ずかしさに、男の顔をまともに見る事さえ出来ない。
 そんな総司に、土方はくっくっと喉を鳴らした。
「その様子なら、昨日の事、ちゃんと覚えているみたいだな」
「あ、あたり前です! 忘れるなんて……」
「そうか? 俺はおまえが忘れた、いや……忘れたいと云い出しそうで怖かったよ」
 総司は思わず男の顔を見つめてしまった。
 そんなふうに、怖いと口にする土方を、初めて見た気がした。だが、考えてみれば、彼はいつも真摯だったのだ。嘘偽りない気持ちを晒した上で総司にむきあい、真剣に愛してくれていた。
 なのに。


(私は……ずっと逃げてばかりだった。忘れたいなんて、そう思っていると云われても仕方がない……)


 総司自身、わかっていた。
 本当ならば忘れるべきなのだ。あってはならない事だったのだ。
 二人は、間違いを犯してしまった……。
「……」
 固い表情でのろのろと身を起す総司を、土方は褥に片肘をついたまま眺めた。それから、僅かに吐息をもらすと、彼自身も身を起した。脱ぎ捨ててあった小袖を纏い、手早く帯を締める。
 褥の上に再び腰を下ろすと、静かな声で話しかけた。
「昨日、俺が云った事……覚えているか」
「え?」
 総司は着物を身に纏いながら、ふり返った。
「何ですか……?」
 怪訝そうに訊ねた総司を、土方は深く澄んだ黒い瞳で見つめた。
 一瞬だけ唇を噛むと、低い声で告げてくる。
「……共に堕ちろ」
「!」

 目を見開いた総司に、土方はゆっくりと手をのばした。白い手を掴むと、己の方へ引寄せ、その華奢な躯を腕の中におさめてしまう。
 昨日のように抱きしめられ、息を呑んだ総司の耳もとに、土方が囁いた。
「一緒に……堕ちてくれねぇか」
「……っ」
「俺と共に……総司」
「……土方さん……」
 総司は男の胸もとに手をあて、彼を見上げた。震える声で、言葉をつづける。
「あなた……何を云っているのか、わかっているのですか?」
「わかっている」
「堕ちるって、そんな……」
 言葉を途切らせた。
 二人ともにあろうとすれば、煉獄へ堕ちることは確かだった。土方は覚悟を決めてくれと告げているのだ。
 それが、泣きたいぐらい嬉しかった。
 一緒に煉獄へ堕ちても構わないと、そこまで思ってくれるほど愛されているのだ。愛してくれているのだ。
 それを実感できた事が、本当に嬉しかった。


(でも……)


 総司はそっと目を伏せた。
 嬉しいと思う気持ちの一方で、冷ややかな声が囁いた。
 共に堕ちることはできない、と。
 自分だけならともかく、この人を堕落させる事はできなかった。
 病もちの──それも死の病に侵された自分が、彼にふさわしいはずがないのだ。病であること、男であること、そのどれか一つをとっても、彼には全く相応しくない。
 土方の隣にならぶべきなのは、彼に愛されるべきなのは、こんな病もちで男の自分ではなく、もっと美しく優しくすこやかな女性であるべきだった。
 それに、総司には今──斉藤がいた。
 愛している訳ではない。そこに恋とか愛は全くない。
 だが、総司にとって、斉藤は今も変わらず大切な存在だった。土方への恋に苦しむ自分を、優しく受け入れてくれた彼なのだ。今更、裏切ることなど出来るはずもなかった。
 これ以上、誰も傷つけたくない……。


 そんな思いで唇を噛んだ総司は、ゆっくりと顔をあげた。大きな瞳で、愛しい土方を見つめる。
 そして、応えた。
「……ごめんなさい」
「……」
「私は、あなたと共に堕ちる事はできません」
「──」
 土方の目が僅かに細められた。
 だが、その端正な顔に、怒りも失望もなかった。落ち着いた目の色だ。
 それに戸惑う総司の前で、土方はふっと笑った。総司の白い手をとりあげると、かるく弄びはじめる。
「……そうだな」
 低い声で、呟いた。
「おまえはそう応える他ねぇだろうな」
「え……?」
「俺は、おまえが拒絶すると思っていたよ。昨夜の事も成り行きだとよくわかっているし、おまえが俺を好いてくれての事だと思う程、自惚れちゃいねぇよ」
「土方さん、それは……」
「それに、おまえは優しいから、斉藤を裏切ることができないのだろう。事実はどうあれ、周囲からは念兄弟だと思われている。その斉藤を裏切ることがおまえに出来るはずねぇものな。斉藤自身がおまえを深く愛している事は、確かな真実だろうし……」
「……」
 思わず目を伏せてしまった総司を、土方は黒い瞳でじっと見つめた。そして、ゆっくりとつづけた。
「だが、その斉藤から、おまえを奪う」
「!」
 総司は弾かれたように顔をあげた。驚きに、大きく目を瞠っている。
 その小さな顔を愛しげに見つめ、土方は低めた声で囁いた。
「俺は、おまえを必ず奪い取る」
「……」
「今だから云うが、おまえが手に入らんなら、殺してやろうと思っていた。斉藤ともども、いつか殺してやろうと考えていたのさ」
「ッ、土方…さん……っ」
「驚いたか? だが、これが本当の俺だ」
 くっくっと喉を鳴らし、土方は笑った。そして、不意に笑いをおさめると、身をかがめ、総司の手をもちあげた。
 そっと唇を押しあてる。
 まるで──誓いの証のように。
「土方さん、私は……」
 何か云いかけた総司だったが、それを遮るように土方は首をふった。
 強い光を宿した瞳が、最愛の恋人を見つめる。
「俺は、おまえが誰を愛していようが構わない。ただ、己の想いを貫くだけだ」
「……」
「無理やりにでも、おまえを奪いとってやる」
「……ぁ……」
 不意にきつく抱きすくめられ、総司の唇から小さな声がもれた。髪に、首筋に、熱い唇を押しあてられ、身も心も震えてしまう。
 すぐさま熱い接吻があたえられた。息もできぬほど抱きしめられ、何度も激しく口づけられる。
 まるで──嵐のようだと思った。
 激しく力強く、狂おしい。
「……総司、愛してる……っ」
 耳もとにふれる低い声に、総司は固く目を閉じた。