その日、土方は久しぶりに島原へ足を踏み入れていた。
江戸の吉原とはまた違う艶やかさが、男たちの胸をわきたたせる。夜の闇に明かりが灯され、そこはまさに不夜城だった。
大勢の賑わいで、通りは人で溢れかえっている。
だが、その中を縫うように歩く土方の表情は、ひどく物憂げなものだった。
むろん、島原へ仕事に来た訳ではなく、他の男たちと同様、遊びに訪れたのだ。だが、これ程の賑わい、美しい女たちを見ても、土方の心は全く浮立たなかった。そればかりか、ますます暗く沈んでゆくばかりだ。
ふっとため息をもらし、土方は足をとめた。
とたん、当然のように大勢の女たちが格子越しに彼に声をかけてきた。何しろ、水際だった男ぶりなのだ。
艶やかに結いあげた黒髪や、切れの長い目、形のよい唇も、人目をそばたたせるのに十分だった。すらりとした長身に黒い小袖を着流した姿は、大人の男の色香を纏いつかせている。
格子越しに女たちが嬌声をあげるのも、無理はなかった。
むろん、彼女たちは、この男が、京にその名を響かせる新撰組副長だとは知らない。知ったとしても、浮き世の事は……と笑い捨てるだろう。花街とはそういう場所なのだ。
───特別な夢を見る場所。
土方は、以前、聞いた言葉を思いだし、目を伏せた。
(夢、か)
今の自分は、夢を見る事さえできなかった。
あの可憐な若者を愛しいと──この世の何よりも愛しいのだと、思い定めてから、夢見ることさえできなくなった。
己の命と引き替えにしても構わぬほど渇望しつつ、取り繕った兄代りを演じつづけなければならない。
物わかりのいい兄代りを。
それが永遠に続くのだと知った時、己の胸をかき毟りそうになった。一生、秘めていかなければならないと、そう己に云い聞かせ、気取られぬよう仮面をかぶりつづける苦痛。
「……まるで生き地獄だな」
苦々しげに呟き、土方は再び歩きだそうとした。
その時、だった。
踵を返す瞬間、目の端にあるものがすっと掠めた。
「──ッ!?」
とたん、心臓が跳ね上がった。
幻でも見たのかと我が目を疑い、激しい勢いでふり返る。
「……ッ」
声にも出せぬ驚きのまま、誘い込まれるように近寄った。格子を掴み、中を覗きこむ。
とたん、女たちが手をのばし声をかけてきたが、土方は、奥に坐るたった一人の存在しか見ていなかった。
儚げな横顔を見せている一人の少女しか。
「……」
狂おしいほどの凝視をむける土方に、やがて、少女は気がついたようだった。ゆっくりと頭をめぐらし、彼を見上げてくる。
仄かな明かりの中で。
長い睫毛が瞬き、潤んだような瞳が土方を見つめた。
ふっくらした桜色の唇が、微かに開かれる。
それを見た瞬間、土方は己の血が逆流するような感覚に襲われた。気が狂いそうだと思った。
否、もはや狂っているのか。それ故に見る、夢なのか。
そうだ。
ここは島原、浮き世とかけ離れた夢の世界。
「……総…司……っ」
呻くように呼んだ土方の前で、少女は嫣然と微笑った……。
新撰組が発足してから、一年の時が過ぎていた。
京へのぼってきた頃と同じ春を迎え、隊自体も遙かに大所帯となりつつあった。
その大勢の男たちを表上率いているのは、むろん、局長の近藤だったが、実権を握っているのが副長の土方である事は、誰の目にも明らかだった。そのため、土方自身は休む暇もない多忙な日々に身を置いている。
「……」
白っぽい朝の光にみたされる空気の中、土方は屯所の門をくぐった。慌てて一礼する隊士たちに頷き、框をあがる。
途中、すれ違った原田が揶揄するように声をかけてきたが、口角をあげる事で返した。
最近では、土方が花街で遊んだ挙げ句、朝帰りをするなど珍しい事だった。だからこそ、原田もからかったのだろう。
江戸での頃ならともかく、京にのぼってから、まるで人が変わったようにぱたりと女遊びをやめてしまっていたのだ。
もっとも、土方は人が変わったようだ──と、多々噂されている事だった。
試衛館で居候を決め込みつつ、夏の青空のように朗らかだった男は、もはや何処にもいなかった。
例えるようならば、凍えた冬の樹氷か。
一片の感情も見せず、隊士たちを容赦なく処断してゆく冷徹さに、誰もが震え上がった。
もっとも、その奥にある純粋さや激しい情熱は、変わらずに在ることを、ごく親しい者たちは理解していた。そのため、変わらぬ態度で接してくる。
「土方さん」
不意に、後ろから声をかけられ、土方は足を止めた。
ふり返る前の一瞬、その端正な顔に、苦痛に似た表情がよぎる。
だが、ふり返った時には、その欠片もなかった。この若者にだけ見せる静かな表情で、歩み寄ってくる相手をむかえる。
「総司か」
「えぇ、私です。おはようございます」
綺麗に澄んだ声で挨拶した総司は、土方を見上げた。柔らかな黒髪が細い肩さきでゆれ、大きな瞳が男を見つめる。
華奢な躯に、質素だが清潔な着物を纏ったその姿は、可憐な少女のようだった。だが、実は、新撰組一番隊を率いる、隊でも随一の剣士だ。
可憐な花菫のようだと評される愛らしさでありながら、あまり笑顔を見せた事がなかった。その性質も常に気高く、人にも己自身にも厳しい。
そのため、隊内では秘かに、雪に凍え咲かぬ花菫だと囁かれていた。だが、むろんのこと、総司自身は知らない。
「朝から、お出かけだったのですか」
静かな声で問いかけられ、土方の顔が一瞬、強ばった。黒い瞳に、奇妙な表情がうかぶ。
だが、すぐに視線をそらした。
「野暮用さ」
細い眉が顰められるのを知りつつ、云ってしまう。
「島原で泊まってきた」
「……それは珍しいですね」
総司は淡々とした口調で答え、すぐ何でもない事のように話題をかえた。微かに首をかしげる。
「朝餉、一緒にとりますか? 今すぐ用意した方が宜しいでしょうか?」
「そうだな……頼むよ」
毎朝、土方は総司と朝餉を共にしつづけていた。昼飯や夕飯は別々になる事が多いが、朝餉だけはいつも二人でなのだ。それは、昔からの習慣であり、今も変わらない。
兄弟のように育った彼らの、唯一の繋がりと云ってもよかった。
総司は一礼すると、静かに離れていった。朝餉の支度をするつもりなのだろう。
それを見送っていた土方だったが、不意に、目を細めた。
廊下の向こうで、総司が一人の男に話しかけていた。親しげな様子で言葉をかわしている。
斉藤一、だった。
隊の中で、総司の念兄ではないかと噂されている男だ。
「……」
土方はその光景をしばらく見据えた後、静かに顔を背けた。
「……島原、だなんて」
小さく呟いた。
朝餉の用意をしながら、総司はきつく唇を噛みしめた。ともすれば、手がとまってしまいそうになる。
本当は、彼が一晩、帰ってこなかった事も知っていたのだ。朝帰りした事も、みんな。
だが、それでも、素直に問いかけることができなかった。どうして、帰ってこなかったの? などと、聞けるはずもない。
自分は彼の恋人でも何でも、ないのだから。
「……」
総司は、土方のための朝餉の膳を整えつつ、長い睫毛を伏せた。
その愛らしい横顔に憂いの翳りがおち、他の隊士たちが心配そうに様子を伺っているのにも気づかぬまま、想いに沈んでゆく。
片思いだった。
それこそ初めて逢った時から、総司は土方だけを見つめてきたのだ。
憧れ、恋し、身も焦がれるほどに愛して。だが、それは叶わぬ恋だった。
何もかもに優れ、女にも──それも美しい女にも事欠かない土方が、男の自分など相手にしてくれるはずもなかった。恋愛感情を抱いてくれるはずもないのだ。
幼くして道場に預けられたためか、総司は人と親しくする事が苦手だった。殻の中に閉じこもりがちで、喜んだり怒ったり、感情を素直にあらわす事が怖かった。そうした時の、相手の反応に怯えてしまうのだ。そのため、自然と笑顔もあまりなく、言葉数も少ないので友人もほとんどない。
もう少しかわいげのある性格だったらなぁと、思い悩んだ事もあるが、自分でもどうしようもなかった。
そのため、こんな自分を、彼が愛してくれるはずがないと思いこんでいた。弟として可愛がられているだけでも幸せだと、己に云い聞かせている。
その上、土方には想う人がいた。京にのぼってから、恋仲になったらしいのだ。
一年前、原田と話している彼自身の口から、それを立ち聞きしてしまった総司は、愕然となった。必死に両手で唇をおさえなければ、泣き出してしまいそうだった。
初めからわかっていたのに。
叶うはずのない恋だとわかっていたのに。
でも……こんなにも辛いなんて。
土方はその恋人のために、女遊びもすべてやめたようだった。
あれ程、江戸で遊んでいた彼がきっぱり花街へ通うのもやめたのだ。どれ程、愛しているか、大切に想っているか、それで知れるというものだった。
総司は嫉妬に狂いそうになりながら、それでも、土方の傍にあり続けた。隊士として支えていかなければならなかったし、彼への恋が絶望的になったからと云って、仕事を疎かにする事は総司の矜持が許さなかった。
総司は土方の傍で、懸命に戦いつづけた。それに対し、土方は総司を公私ともに大切にしてくれた。
徐々に、二人の関係は均衡の保たれたものになっていった。
疲れた時や苛立った時、土方はよく総司の部屋を訪れた。総司と話をする事で、寛いでいるようだった。本当の彼自身を見せ、心の内を明かしてくれた。それが、たまらなく嬉しかった。
誇り高い彼の心に踏みいる事が許されるのは、自分だけなのだ。そう思えば、片恋の切なさもまぎれる気がした。
一生、弟のような存在でもいい。
それでも、この人の心の一番近くにいられるのなら、他に何も望まなくていい。
この想いは、死ぬまで胸に秘めていくつもりだった。
だから──縁談も受けようと思ったのだ。
叶わぬ恋だとわかっているのだから、支えてゆけるだけでいいと納得しているのなら、自分も所帯をもった方がいい。これは諦める為でも、思いきるためでもなく、自分の中でけじめをつけるためだと、そう思っていた。
だが、それでもだった。
島原へ泊まったという彼の言葉を聞いた時は、やはり胸が痛んだ……。
「莫迦みたい……」
総司は膳を運びながら、小さく自嘲した。
結局、一年の時が過ぎたが、土方は所帯をもっていなかった。あんなにも大切にしている恋人だ、すぐさま妻にするのだろうと秘かに恐れていたのだが、何か弊害があるようだった。
それに、総司は、土方から女の匂いを感じた事はなかった。いつも噂だけだったのだ。そのため、どこか総司は記憶の片隅に追いやっている処があった。この人に恋人がいるという事を、考えたくなかったのだ。
だが、昨夜、土方は島原で女を抱いた。その事は紛れもない真実で、それを思うと胸奥が激しく痛んだ。泣き出したくなった。
そんな風に感じること自体、身勝手だとよくわかっている。土方も男なのだ。それも、あれ程極上の男、女遊びをするのは当然だろうし、やはり、いずれあの恋人を妻に迎えるのだろう。
こんな恋慕や嫉妬をむけられる事自体、彼にとって迷惑に違いないのに。
総司は板間に膝をつき、声をかけた。
「……土方さん、宜しいですか?」
「あぁ、総司か。入ってくれ」
応えに障子を開き、中へ入る。とたん、どきりとした。
土方は着替えの最中だったのだ。僅かに目を伏せ、袴の紐を締めている。襟元はまだ整えられていなかったらしく、少し緩み、鎖骨が覗いていた。逞しい褐色の肌に男の色気を感じ、息を呑む。
「……」
慌てて目をそらした総司は、微かに震える手で膳を置いた。
「お食事、持ってきました」
「ありがとう。おまえも食うだろう?」
「はい」
頷いた総司に、土方は襟元を整えながら、小さく笑ってみせた。
「遅くなっちまって、悪かったな。待っていてくれたのか」
「そういう訳ではありませんが」
いつもの癖で、総司はそっけなく答えてしまった。それに、土方がかるく肩をすくめる。
腰をおろしながら手をのばし、総司の髪をくしゃりとかき上げた。驚いて見上げると、悪戯っぽく笑う瞳に覗き込まれる。
「そんな拗ねるなよ。おまえはいつまでたっても子どもだな」
「な……っ」
総司の頬がかっと火照った。
こんなふうに、総司の事を子ども扱いするのは、この土方ぐらいだ。今や、新撰組一番隊組長となった総司を、局長である近藤も大人として扱うのに。
その事を思わず云ってしまうと、土方は僅かに苦笑した。
「それは、仕事の事だろう。俺は普段のおまえを云ったのさ」
「普段の私が、子どもっぽいと云う事ですか」
「あぁ」
「どこが」
「そうして、突っ込んでくる処も含めて」
くっくっと喉奥で笑っている土方が憎らしい。
総司は箸を手にしたまま、きつく睨んでみせた。だが、土方はまったく動じない。
「せっかくの可愛い顔が、台無しだぞ」
「世辞は結構です」
ぴしゃりと云い返した総司に、土方は苦笑した。そのまま、椀をとりあげ、食事を始める。
彼の前で箸を動かしつづける総司の首筋が、仄かに赤く染まっていた。
朝餉の後、玄関へ向っていた総司に、後ろから声をかけられた。
ふり返った総司に、一人の若者が歩みよってくる。
「斉藤さん」
誰に対しても丁寧な口調の総司は、かるく目礼した。
「外出するのか」
「えぇ、少し散歩に」
「なら、途中まで同行してもいいか」
「はい」
総司はこくりと頷いた。
鳶色の瞳でそれを見つめてから、ふっと視線をそらした。さっさと歩き出してゆく。
とたん、後ろから云われた。
「斉藤さんは、いつも立ち姿が綺麗ですね」
突然の言葉に、斉藤は驚いた。
え?とふり返ると、総司は微かに笑みをふくんだ表情で、斉藤を見つめていた。
「道場で稽古している時、よくそう思うのです」
「なるほど」
斉藤は思わず笑いだした。それに、総司が訝しげに見やる。
「どうして笑うのですか」
「いや、まさか、総司に云われるとは思ってもいなかったから」
「でも……本当の事じゃないですか」
「うん、ありがとう」
斉藤はくすくす笑い、それから、云った。
「オレは、おまえの方が綺麗だと思うけどな。凜として品があると、評判だ」
「私なんて……」
総司は長い睫毛を伏せた。
「修行が足りないと、常々思っているのです。ことに京に来てから、凄い使い手を大勢見ましたし」
「つまり、もっと鍛錬したい訳か」
「強くなりたいです。でないと、守りたいと思うものも守れないでしょう?」
そう云った総司に、斉藤は首をかしげた。ちょっと黙ってから、問いかける。
「守りたいものって……総司には、あるのか」
「えぇ」
「それは何なんだ?」
「……」
総司は何も応えなかった。黙ったまま、ただ頬を染めている。
その様が、まるで初恋に揺れる少女のようで、ふと可愛らしいと思った。まさに、隊中の噂どおり、可憐な花菫そのものだ。もっとも、こんな事を云えば、この若者は怒るだろうが。
斉藤は複雑な気持ちで、隣を歩く総司を眺めた。
羞じらっているのは、恋故の事だろう。
守りたいものが何なのか、本当は、聞かずともわかっていた。
総司の想いの先に、誰がいるのかも……。
隊内で、自分たちが念兄弟だと噂されている事は知っていた。
だが、それは偽りだった。
斉藤はともかく、総司にとって彼はただの友人だ。それが以上でも以下でもない事は確かだったが、斉藤は噂を否定しようとしなかった。
実際、総司に片恋していた。
初めて逢った時から、好きだった。
愛らしい姿形だけではない。その凜とはりつめた心も、清らかで自分にも人にも厳しい処も、そのくせ、本当は誰よりも優しく素直な心根をもっている処も、何もかもが愛しかった。
だからこそ、念兄弟と噂されても、斉藤はそれを否定しなかったのだ。
もっとも、それを、総司が恋慕している相手──土方が、どう思っているかはわからない。快くおもってない事は確かだった。
土方は、この若者を傍にいつも置いていた。
総司がどれ程、逆らうような態度をとっても同じ事だった。それは周囲が驚く程だった。
大抵の者は、冷徹で容赦ない土方を恐れる。だが、総司は違った。間違っていると思えば、はっきりと申し出た。己が納得するまで引き下がらないため、公の場で土方と激しい口論になった事もある。
その後、二人は数日言葉を交わさなかったが、驚いた事に、結局、折れたのは土方の方だった。何があっても、許してしまうのだ。むしろ、総司の気性の激しさ、きつい程の真っ直ぐさを、愛しく思っているようだった。
斉藤から見れば、土方の想いは明らかだったが、総司に伝わっていない事も同じくだった。
また、最近、土方は総司への恋を諦めた観がある。
兄代りである事を己に云い聞かせ、恋を封じようとしているとしか見えなかった。
それが何に起因しているかも、斉藤は知っていた。
「縁談があるんだって?」
そう問いかけられ、総司は小さく息を呑んだ。
ちょっと戸惑ったような表情で、顔を伏せる。
「えぇ……」
「局長からの話なのだろう?」
「商家の娘さんらしいです。とても気だてがいいと……」
そう云ってから、総司は言葉をつづけた。
「逢うだけ……逢ってみようと思うのです。逢わずに断るのも失礼だし……近藤先生の薦めだし」
「まぁ、確かに。逢ってから決めればいいんじゃないのか」
斉藤は淡々とした口調で云った。
それから、傍で俯いている総司を眺めた。
……ずっと片恋だと思っていた。
彼自身、この想いが報われるなど考えてもいない。
総司の良き友人として、傍にいられればよかった。それが自分なりの想いの形だった。
(オレって、淡泊なのかも)
苦笑し、春の空を見上げた。
総司を愛しいと思っている。守ってやりたい、出来ることなら愛したい、愛されたいと、むろん願ってもいた。
だが、無理強いはしたくなかった。何も知らない無邪気な総司の心を、無理やりこじ開けるような強引な事もできない。
(もっとも、土方さんは違うだろうが……)
斉藤は、ふと朝方に見た光景を思い出した。
島原からの朝帰りだったという。珍しい事もあるものだと思ったが、総司の縁談に思い至ったとたん、合点がいった。
土方自身、己を抑えきれなかったのだろう。
少し前から近藤は総司の縁談を持ち込まれていたという話だから、土方も知っていたに違いない。
隣を眺めやると、総司は何を思っているのか、黙り込んでいた。長い睫毛を伏せている様が、花のように儚く愛らしい。
もっていきようのない恋を思い、斉藤はそっとため息をついた。
土方が島原へ頻繁に通っているという事は、当然、噂になった。
男なのだから、何も非難される謂れはない。だが、今まで全く女気のなかった男が、それも一人の女郎に入れ込んでいるらしいとあっては、噂にもなろうものだった。
「小紫…さんですか」
呟いた総司に、近藤は頷いた。
仕事のことで局長室へ呼ばれ、その後他愛もない話をしているうちに、土方の話となったのだ。
「相当入れこんでいるらしいがな。小紫という天神だ。どうやら、最近、島原へ入ったらしくてな……小間物屋の一人娘で、評判の小町娘だったそうだ」
「それがどうして……」
「母親が病で亡くなったのだ。その上、博打好きだった父親が莫大な借金を残して逃走。借金の方に売られてしまったのだろう」
「気の毒な人ですね」
総司は思わずそう云った。土方の相手なのだから嫉妬はあるが、それとこれとは話が別である。
「まぁ、歳もそのあたりに心惹かれたのかもしれんな。あいつは案外、情にもろい処がある」
「そう…ですね」
小さく頷いた総司を眺め、近藤は微笑んだ。
「総司も、構ってもらえず淋しいだろうが、許してやれよ」
「え、えっ……」
総司は顔をあげた。首筋を赤くし、慌てて首をふる。
「私は別に……」
「淋しいと顔に書いてあるぞ。最近、歳はおれともつきあいが悪いからな」
「そう…なのですか」
本当は淋しい。
だが、いつまでも甘えていてはいけない事も、わかっていた。
ここは勝手気ままに過していられた試衛館ではないし、彼は副長であり、自分は一番隊隊長という立場なのだ。前のままであるはずがなかった。
それでも淋しい、彼を恋しいと思ってしまう気持ちは、とめられないのだが……。
俯いてしまった総司に、近藤が何か云いかけた時だった。
不意に、からりと障子が開き、一人の男が入ってきた。だが、部屋に足を踏み入れたとたん、微かに息を呑んだのがわかる。
「……」
顔をあげた総司は、目を見開いた。
