……殺してやりたかった。
 総司が伊東の腕に抱かれているのを見た瞬間、今まで感じた事もないほどの強い殺意を覚えた。
 いっそ殺してやってもよかった。あの場で、伊東を斬り斃していたのなら、どれほど気持ちが晴れただろう。
 一度は、総司を奪った男だ。幼い頃から大切に育て、愛してきた彼の手の中から、傲然と奪い取っていった男なのだ。
 だが、寸前で、土方の矜持と理性が押しとどめた。
 何よりも……総司を傷つけたくなかった。


「土方…さん……」
 怯えたように自分を見つめ呼んだ総司に、歯ぎしりしたい程の怒りを覚えたが、それを押し殺した。
 他の男の腕に抱かれている様に気も狂いそうになり、矢も楯もたまらず手をのばし、奪い取った。
 腕の中に取り戻した小柄な躯が、何よりも愛おしい。
 立ち去る伊東に安堵し、思わず抱きしめたその瞬間、総司が声をあげた。
「伊東先生……!」
 土方の躯が強ばった事に、総司は気づかなかったのだろうか。いや、気づいてないのだろう。
 だからこそ、総司は無邪気に、あどけなく伊東と言葉を交わした。それに、伊東は微かに笑うと、去っていった。


 何故なのか、と思った。
 何故、こんなにも、この愛しい恋人は残酷なのか。無邪気に笑いながら、平気で彼の心を傷つけるのか。
 遊び馴れた女の手練れなら、幾らでも知りつくしていた。容易にかわす事が出来た。
 だが、総司は違う。意識してやっている事ではないのだ。
 あの潤んだ綺麗な瞳で、じっと男を見つめる。
 無邪気に微笑みかける。
 ただ、それだけの事なのだ。虜にされ溺れ、狂ってゆく男のことなど、知ろうともせぬままに。
 否、総司を愛した時から、俺は狂っていたのだろう。
 これは、狂気故の夢なのか。
 いっそ夢であれば救われた。
 だが、これが現であることを、己自身がいやというほど知っているのだ。
 ……そう。
 定めから逃れえぬことも───












「本当に?」
 総司は驚いたように、土方を見上げた。
 それから、ぱっと頬を染めると、嬉しそうに笑いかける。
「嬉しい!」
 腕に抱きついてくる総司に、安堵しつつ、土方は言葉をつづけた。
「紅葉が見頃らしいからな。おまえと一緒に見たいと思ったんだ」
「私もです。私も……土方さんと行きたかったの」
 可愛い事を云ってくれた総司は、でも、と、小さく首をかしげた。大きな瞳が彼を見つめる。
「お仕事……大丈夫なのですか。それに、非番をあわせるのも」
「おまえが心配する事じゃねぇよ」
 そう答えた土方に、総司は素直に頷いた。可愛い笑顔で、どこに行こうかなぁとあれこれ考えている。
 その愛らしい様を眺め、土方は思わず頬を綻ばせた。












 翌日、二人は外出した。
 総司の言葉どおり、確かに仕事のやりくりは大変だったが、それでも、この可愛い恋人と一緒にいられる時を少しでも多くもちたかった。心から、そう願っていたのだ。
 京に、紅葉の名所は数多い。
 中でも、総司のお気にいりは南禅寺だった。そこにある小さな庵の紅葉がとても美しく艶やかで、一度土方に連れていって貰ってから、毎年通っていた。
 庵の庭を、二人は散策した。錦絵のように艶やかな黄金色と朱の光景の中を、ゆっくりと歩いてゆく。
 時折、はらりと肩に舞い散る紅葉が、夢のように美しかった。
「……綺麗ですね」
 うっとりと呟いた総司に、土方は微笑んだ。そっと肩を抱きよせながら、答える。
「あぁ、綺麗だな」
「今年も、こうして土方さんと紅葉を見る事が出来て良かった。来年もまた来ましょうね」
「……」
「それに……」
 総司はなめらかな頬を火照らせた。長い睫毛が伏せられる。
「土方さんの恋人になれて、一緒に紅葉を見られて……本当に幸せです」
「総司……」
「こんな幸せでいいのかな?って、ちょっと不安になってしまうぐらい」
 肩をすくめるようにして笑った総司に、土方は黙ったまま顔をそむけた。目は伏せられ、唇は固く引き結ばれている。
 とても、甘い睦言を云われた男の表情ではなかった。それに、総司も気づき、訝しげに小首をかしげる。
「? 土方さん……?」
「……」
「どうかした? 私、何かいけない事を云いましたか?」
「……いや」
 土方は一瞬固く目を閉じてから、総司の方へ向き直った。そっと、華奢な躯を抱き寄せながら、答える。
「何でもない。少し考え事をしていただけだ」
「もう! またお仕事のことですか? こんな時ぐらい、私のことだけ考えて下さい」
「いつでも、おまえの事を想っているよ」
「本当に?」
 そう問いかける総司に微笑みかけながら、土方はまたゆっくりと歩き出した。
 紅葉の庵を出た後、食事をとるために、二人は料亭に入った。こんな処に来た事のない総司は緊張してしまい、通された離れでも、まるで借りてきた猫のように身をすくませている。
 それがまた可愛らしく、土方はくっくっと喉を震わせ笑ってしまった。
 とたん、総司は、子どものように、ぷうっと頬をふくらませた。
「笑う事ないでしょう? こんな処、初めてなのですから」
「本当に初めてなのか」
「私は、京に来てからも、土方さんみたいに遊んでいませんから」
「俺だって遊んでないさ。近藤さんにつきあっての接待で、来ただけだ」
「そういう事にしておいてあげます」
 つんとした表情で云った総司に、土方は苦笑した。確かに、あれだけ遊んできた彼が云っても、信じてもらえるはずがない。
 二人は食事をしながら、様々な事を話した。綺麗でおいしい料理を前に、総司の緊張もほどけてゆく。
 食事を終えた後、総司は持ち前の好奇心が起きてきたらしく、周囲を見回し始めた。
 庭先に出てみたり、部屋の中のものをさわってみたりしていたが、やがて、隣につづく襖に手をかけた。土方がとめる間もなく、からりと開いてしまう。
「……あ」
 たちまち、総司は耳まで真っ赤になってしまった。
 呆然とそこに立ちつくしている。
 それに、土方は苦笑しながら立ち上がると、ゆっくりと後ろからその細い躯を抱きすくめた。びくんと、腕の中の総司が震える。
「まったく……俺の恋人はせっかちだな」
「せ、せっかちって……私……っ」
「ここは、料理目的もあるが、こういう事もある店なのさ。まぁ、出会い茶屋ほど露骨ではねぇが」
 部屋奥に敷かれた褥に、総司が身を竦ませていると、土方はその肩を押すようにして中へ促した。よろめくように入ったとたん、後ろで襖の閉じられる音がする。
「! 土方さ……」
 はっとしてふり返った総司は、次の瞬間、ふわりと抱きあげられていた。そのまま褥にはこばれ、ゆっくりと下ろされる。
 のしかかってくる男に、総司は思わず手を突っぱね、抗ってしまった。
「や……!」
「総司」
「ぃ、やだ、怖いっ……」
「酷くしねぇよ」
 そう云った土方に、総司は首をふった。もう泣き出しそうになっている。
「だって……っ」
「あれから、ずっと我慢していたんだ。俺はおまえが欲しい」
「……っ、土方…さん」
 ずるいと思った。そんなふうに云われてしまったら、抗えるはずもない。
 総司は大きな瞳で、端正な顔を見上げた。小さな声で問いかける。
「本当に……酷くしない?」
「約束する。この間みたいな無茶はしねぇよ」
 土方は総司の髪を撫で、苦笑した。
「だいたい、そんな事したら、屯所へ連れて帰れなくなっちまうだろうが」
「うん……」
 まだ不安そうだったが、総司は細い両腕をのばすと、男の首をかき抱いた。身を寄せながら、囁きかける。
「優しくしてね」
 可愛いおねだりに、土方は微笑んだ。頷き、そのなめらかな頬に口づけを落とす。
 襟元を下ろし、剥き出しになった白い肩にも、唇を押しあてた。細い肩がいたいけな印象をあたえ、たまらなく大事にしてやりたくなる。
 前回と違い、土方は、総司の快感を引き出す事だけに専念した。丹念に愛撫をくり返し、甘い蜜のような快感をあたえてゆく。
 優しく撫でる男の指に、包みこむ掌に、総司は甘い声をあげた。怖いと泣いていたが、前回とは違う男の様子に、少しずつ躯も心も開いてゆく。そのためか、交わりも余程楽なものだった。
 確かに苦痛はあったが、前回程ではない。それも、土方の優しい口づけや愛撫を受けるうちに、快感の中へとけ消えていった。
 後はもう、夢中で男の背にしがみつき、甘く疼くような感覚だけを追い求める。
「ッ、は…ぁあっ…ぁ」
 激しく揺さぶりをかけられ、総司は甘い声で泣きじゃくった。
 気持ちよくて、どうにかなってしまいそうだった。男の太い猛りが蕾に抜き挿しされるたび、強烈な快感美が背筋を突き抜ける。
「ぁ、ぁあっ、んっ…やあッ……」
 いやいやと首をふった総司に、土方は眉を顰めた。辛いのかと思い、背中に腕をまわして抱き寄せる。
「苦しいのか……?」
「……ちがっ……」
 総司は耳朶まで真っ赤にし、首をふった。大きな瞳が潤み、桜色の唇が震えるさまは、幼くも艶めかしい。
「こわい、の……」
「怖い?」
「どうにか…なっちゃい、そうで……」
 恥ずかしそうに告げる総司に、土方は思わず微笑んだ。
 可愛くて可愛くてたまらない。どうして、この世に、こんなにも可愛くて愛おしいものがいるのか。
「すげぇ可愛い……」
「んっ、ぁっ…ぁあっ……」
「おまえが愛しくて、たまらねぇよ」
 土方は、火照った頬に、涙に濡れた睫毛に、唇を押しあてた。それに、総司が白い両腕でしがみついてくる。
 その細い躯を抱え込むようにして、土方はまた腰を打ちつけ始めた。次第に、その動きは激しさを増してゆく。
 男の猛りが蕾に突き入れられ、奥を何度も穿った。そのたびに、総司が甘い泣き声をあげる。
「ひっ、ああッ……ぁあっ」
「総司……」
「や…ぁあっ、ぁあんっ…ぅっ」
 汗に濡れた黒髪をかきあげ、深く唇を重ねた。くぐもった悲鳴をあげる総司を揺さぶりながら、片手で総司のものを掴みしごきあげる。
 とたん、総司がびくびくっと体を震わせた。
「ぅ…くぅ、ぃ、っちゃ…ぁああッ」
 頤を突き上げた瞬間、男の掌の中に白い蜜がとろりとあふれた。きゅうっと握りしめてやると、顔を真っ赤にして泣き叫ぶ。
「や…だぁッ、放し……っ」
「気持ちいいだろ? もっとよくしてやるよ」
 優しい声で囁きかけ、土方は総司のすらりとした両足を肩に担ぎあげた。のしかかり、己の猛りを一気に突き入れてゆく。
 総司の目が見開かれた。
 達したばかりで敏感になった蕾を、男の太い猛りで穿たれ、激しく擦りあげられるのだ。目の前がまっ白になるほど強烈な快感に、気が狂いそうになった。
「や! やっ…許し……ッ」
 喘ぎながら上へ逃れようとしたが、駄目だった。のしかかられ、躯を二つ折りにされた状態では逃げようがない。
 ぐりぐりっと最奥を男の猛りで抉られ、鋭い悲鳴をあげた。
「ぁあっ、ぃやッ、土方さ──ッぁあッ」
「すげぇ熱……っ」
「ひっ、ぃああっ、も、だ、め…だめぇっ……」
 泣きじゃくる総司を抱きしめ、土方は激しく腰を打ちつけた。男の猛りが蕾に抜き挿しされるたび、淫らな音が鳴る。
 次第に、総司も快楽を追いはじめ、男の背にしがみついた。甘い仔猫のような泣き声をたてる。
「……総司……っ」
 可愛かった。
 なめらかな頬を染めて羞じらいつつも、どこまでも彼を受けいれてくれる総司が、愛しかった。
 この世の誰よりも、何よりも、己の命よりも大切だった。
 決して失いたくない存在。


 二度と離したくなかった。
 いつまでも、こうして繋がり感じていたい。
 許されぬ事だと、わかっていながら。


 その細い躯を抱きしめ、土方はきつく目を閉じた……。












 結局、外泊届けを出すことになってしまった。
 さんざん愛された総司が目を覚ました時には、もう夕暮れであり、とても今から屯所に帰れる状況ではなかったのだ。
 土方を怒る気にはなれなかった。
 確かに、前と変わらぬ激しい情事だったが、途中からは総司自身も望んだのだ。むしろ、総司を気づかう土方に、もっと……などとねだった覚えさえある。
 思い出すだけで、恥ずかしくて顔から火が出そうな記憶だった。
 それに、土方があれこれ優しく世話をやいてくれるのが、嬉しかった。いつも優しい彼だが、こういう情事の後は、尚更甘く優しくなる。
 今夜も、運ばせた食事を総司に食べさせ、着替えも何もかも優しい手つきで手伝ってくれた。
 まるでお人形さんか、子ども相手のような扱いだが、こういう時ぐらい甘えていいのかなと、つい思ってしまう。
「もう少し、食べるか?」
 甘い水菓子をすすめられ、総司はこくりと頷いた。この季節にとれる果物は、どれもおいしい。
 土方は器用に箸で小さく切り分け、総司の口にはこんでくれた。おいしそうに総司が食べると、嬉しそうに笑う。
 その優しい笑顔も、総司の世話を甲斐甲斐しくやいている様も、普段の冷徹な副長である土方しか知らない人々が見れば、目を疑ってしまう光景だった。
 総司しか知らない、優しくて甘い恋人の顔だ。
 いつも冷たく澄んだ黒い瞳が、愛しさに濡れ、形のよい唇も甘い笑みをうかべる。
 それは、他の誰に見せるのももったいない程で、なのに、自慢したいぐらい恰好よくて……。


(私って、本当に、土方さんが好き……)


 そうしみじみ思いながら見返すと、土方がまた優しく笑いかけてくれた。頬にも、甘い口づけを落としてくれる。
 恋人になった当初はあまりの甘やかしぶりに戸惑ったが、今は、彼に愛されている事を実感できる瞬間だ。そのたびに、総司は幸せを噛みしめた。
 様々な不安は今もあるが、それでも、最近は彼の傍にいられるなら……と思っている。
 新撰組副長して、総司に明かせない事もあるだろう。彼の立場では、時には非情とも思える判断も下さなければならないのだ。
 自分に出来る事は、傷つき苦しむ彼を心から愛し、支え、寄りそってゆく事だと思った。
「あのね、土方さん」
 食事の後、二人して褥に横たわり、他愛もない話や、指を絡めあったり、口づけあったりした。
 蜜月の恋人らしい甘い一時。
 総司は男の胸もとに頬を寄せながら、云った。
「私……とても幸せなのです」
 小さな声でつづけた。
「子どもの頃からずっと憧れつづけていた、あなたの恋人になれただけでも幸せなのに、こんなにも優しく大切にしてもらって……まるで夢みたいです」
 そう告げた総司に、しばらくの間、土方は押し黙っていた。やがて、華奢な背に手をまわして抱きよせながら、呟いた。
「夢みたい、か」
「えぇ。本当に……夢みたいに幸せです」
「それは、俺の台詞だ」
 土方は愛おしげに目を細め、総司の小さな顔を見つめた。ゆっくりと髪を撫でつつ、囁いた。
「おまえとこうして過ごせるなど、思ってもいなかった。おまえを愛することができて、幸せだ。夢みたいだ」
「土方さん……」
「だが、夢も……」
 土方は目を伏せた。
「いつかは終る。夢の終わりが……告げられる」
「土方…さん?」
 訝しげに問いかけた総司の前で、土方はゆっくりと身を起した。褥の上に胡座をかき、庭先の方へ視線をやる。
 男の厳しく引き締まった横顔に、総司は思わず息を呑んだ。
 土方は低い声で呟いた。
「終らなければいいと、思った。おまえと愛しあうようになってからは、何度も焦がれるように願った。だが、定めは決して変えられんのだ。それを、俺は、様々な出来事で思い知らされた……」
「土方さん……? 何の話をしているの?」
 云いしれぬ不安と恐れを感じ、総司も起き上がった。寄りそい、土方の膝もとに手を置いた。
「いったい、何を云って……」
「総司、俺はまもなく死ぬ」
 男の言葉に、総司は目を見開いた。
 いったい、何を云われたのかさえ、わからない。
 まもなく死ぬとは、どういう事なのか。
「……土方…さん……?」
 呆然と見上げる総司の前で、土方は静かに微笑んでみせた。
 きれいな笑顔だった。
 透きとおるような、きれいな笑顔。
 そして、彼は告げたのだ。


「あと一月後に、俺は死ぬんだ」
 と……。 




















謎の詳細は次回に。