伊東とは言葉を交わしただけだった。
年長の友人であるだけなのだ。
だが、今の云い方では、まるで、総司が伊東と情を交わしているようではないか。
総司は思わず身をのりだし、強い口調で訊ねた。
「私は土方さんの恋人でしょう?」
「……」
「あなたは私を愛してくれて、私もあなたを愛している。その私がどうして、伊東先生に心を開くの?」
「総司……」
苦しげに、土方はその名を呼んだ。
不意に手をのばすと、総司の躯を引き寄せた。両腕で、その小柄な躯を背が撓る程きつく抱きしめる。
頬に、額に、髪に、何度も口づけられた。
「総司……総司、総司……っ」
「土方さん……?」
「愛している、おまえを愛しているんだ。誰にも奪われたくない……!」
切なく掠れた声に、総司は息を呑んだ。
土方の腕の中は温かかったが、その鼓動は速かった。まるで縋りつくように抱きしめてくる男に、驚く。
「……どうして? 私はあなただけのものなのに」
総司は懸命に心からの言葉を告げた。
だが、それに、応えは返らなかった。ただ黙ったまま、土方は総司の躯を抱きしめているだけだ。
その力の強さに、その鼓動の速さに、不安を覚えずにはいられなかった。
何が彼をこんなにも動揺させているのか知りたくて、瞳を見つめようとするが、それさえ許されない。
総司はおずおずと土方の背中に手をまわした。少しでも彼の不安を消し去れるよう、ぎゅっとしがみつく。
愛している、と。
心からの想いをつたえたくて。
抱きしめあう二人を、窓の隙間から月明かりだけが静かに見つめていた。
楽しそうに、総司が笑っていた。
花のような愛らしい笑顔だ。
だが、その笑みは、彼に向けられているのではなかった。
守るように寄りそう男──伊東に、向けられているのだ。
伊東に肩を抱かれた総司は、何か綺麗な花でも見つけたらしい。それに声をあげ、伊東の方をふり返った。
視線をあわせ、二人だけでわかる秘め事のように、楽しげに微笑みあう。
時折、伊東が人目もはばからず、その額や頬に口づけを落とした。総司はそれを心地よげに受ける。
目を閉じ、幸せそうに伊東の胸もとへ凭れかかった。
至福の恋人たち。
他の誰も立ち入る事のできない、二人だけの幸せな────
目が覚めた。
大きく息を呑み、天井を見上げる。
呼吸が荒く、全身に汗をかいていた。
「……っ」
のろのろと両手をあげ、顔をおった。固く瞼を閉じる。
(……総司……)
今見たものは、夢ではなかった。夢ではない事を、誰よりも土方自身がよく知っていたのだ。
あの二人を見た時の苦悶と、怒り、嫉妬も。
いっそ、この手で殺してやりたいと思った、激しい狂気も何もかも、痛いほど胸に残っていた。覚えていた。
だからこそ、許せなかったのだ。先日の総司の行動を、どうしても許せなかった。
恥も外聞もなく、叫んでしまいそうだった。
やはり、駄目なのか。
定めは変えられぬのか。
たった一つ望んだことさえ、この手から零れ落ちていってしまうのか?
その時だった。
「……土方さん?」
傍らで、小さな声が彼を呼んだ。
はっとして目を開き、ふり向いた。薄闇の中、誰かが身を起している。
細い指が、彼の頬にふれた。
「大丈夫ですか? ひどく魘されていたけれど……」
愛らしい顔が土方を覗き込んでいた。
「……総司」
全身の力が抜けるような気がした。
だが、それでも、愛しい存在を確かめるように名を呼んだ。それに、総司は素直に「はい」と答えてくれる。
手をのばして引き寄せれば、総司は従順に彼の腕に抱かれた。そっと凭れかかってくる。
腕の中に感じる小柄な躯に、土方はすべてが救われた気がした。悪夢も、定めも何もかも、消し去られてゆく。
「……総司、頼む」
「土方さん……?」
「俺の傍に、ずっと……一緒にいてくれ」
掠れた声でそう囁いた土方に、総司は目を瞬いた。しばらく黙ってから、彼の背に手をまわした。
「……一緒にいます」
「総司」
「土方さん、あなたが望んでくれる限り、私はいつまでもあなたの傍にいます」
「約束……してくれるか」
そう訊ねられ、総司はこくりと頷いた。男の腕の中、大きな瞳で彼を見上げる。
「約束します。私こそ……あなたの傍にいたいから、ずっといつまでも一緒にいたいから」
「総司……」
不意に、土方が総司を抱えたまま、躯を反転させた。褥に組み伏せ、深く唇を重ねてくる。
それを総司は素直に受け、白い両腕で彼の首をかき抱いた。
大坂の宿だった。
結局、総司は土方と共に大坂へ旅したのだ。そして、今夜が大坂で二日目の夜だった。
旅の間は他の隊士たちと相部屋や、近くであったので、二人だけで眠ることなど到底できなかった。
それに、土方も例のことで総司を怖がらせた故か、ひどく気づかっているようだった。優しく接してはくれるが、あまり恋人めいた事はしてこなかったのだ。
そのため、大坂の定宿である京屋に着いて、土方が躊躇いがちに総司との同室を云ってきた時、逆に、総司は安堵した。
土方が自分に恋人としての想いをなくしつつあるのではと、不安になっていたのだ。
だが、それは杞憂だったようで、昨夜も、土方は総司を腕の中に抱きしめ、何度も口づけをあたえてくれた。
それに、総司は夢心地になり、そのまま行き着く処まで行くのかと思った。だが、土方はそこで手を引いてしまい、ひどく物足りない思いを味わったのだ。
総司は今夜こそ聞きたいと思っていた。何故、自分を抱いてくれないのかと。そんな事口にするのも恥ずかしかったが、もう我慢できなかったのだ。
だが、そんな総司に対し、土方は何か考え事をしているようだった。眉を顰め、言葉数も少なく、とてもそんな事を聞ける状況ではなかった。
それで仕方なく、総司も床に入ったのだが……。
(土方さん……)
角度をかえ、何度も深く唇を重ねてくる土方に、総司は目を閉じた。
このまま、いっそ抱かれてしまいたい。
今夜こそ、彼だけのものにして欲しかった。
むろん、総司も怖い。
不安なのだ。
何もかも初めての事でわからないし、今まで兄のように慕い、憧れていた彼を男として感じる行為は、何かが決定的に変わってしまいそうで、不安を覚えずにいられなかった。
だが、それでも、恋人となった以上、身も心も、彼のものになりたいと思うのは当然だった。
土方自身に、様々な疑いや不安を抱いているからこそ、抱かれることで、彼への愛情をより強く己に云いきかせたかったのかもしれない。
「……総司」
低い声で、土方が囁いた。それに、大きな瞳で見つめる。
なめらかな頬を、男の掌が撫でた。そうしながら、静かな声で問いかける。
「総司……今夜、おまえを俺のものにしてもいいか?」
「……はい」
こくりと頷いた総司に、土方は一瞬きつく唇を噛みしめた。まるで、断って欲しかったかのように。
だが、不安になった総司が見つめると、安堵の吐息をもらした。思わず見惚れてしまう、少年めいた笑顔になった。
「良かった……断られたらどうしようかと思っていた」
「土方さん」
「この間、あんな事をしたからな。けど……乱暴な事は決してしない。誓って優しくする」
「わかっています」
総司は土方の胸もとに身を寄せながら、云った。
「土方さんが、私を傷つけるはずはないと……ちゃんとわかっているから」
「総司」
「だから、愛して……私を躯ごと愛して下さい」
そう囁いた総司の躯が、きつく抱きしめられた。男の大きな掌が、あの日のように躯を撫でてくる。
だが、それに怖さは感じなかった。ただ、気持ちよいだけだった。
初めての総司を、土方は信じられないぐらい優しく抱いてくれた。
あまりに丁寧に躯を愛撫し、準備をほどこしてくる彼に、総司は逆に気恥ずかしさを覚えてしまった程だった。
「や……っ」
身を捩り、火照った頬を褥に押しつけた。
「い…ぃから、も……やめて……」
彼のしなやかな指で躯の奥をまさぐられ、挙げ句、感じてしまい、あまりの羞恥に逃げ出したくなった。思わずいやいやと首をふれば、火照った頬に口づけられる。
「すげぇ可愛い……」
「ぁ、土方さ……大丈夫だから、もう……」
彼を受け入れられるはずと伝えたのだが、土方は首をふった。
「駄目だ。もう少し……ほぐしてからでないと」
「だって……っ」
「初めてなんだ。優しくしてやりたい」
そう云ってから、土方は微かに苦笑した。瞳を覗き込み、笑いかける。
「理性ぎりぎりなんだよ。こうしねぇと、おまえを獣みたいに犯して、壊しちまいそうで怖い」
「……っ」
男の情欲を感じさせる掠れた声と、熱っぽく濡れた黒い瞳に、息を呑んだ。
のしかかってくる男の躯は、しなやかで若い獰猛な獣のようだ。男の体温、匂いに、胸の鼓動が速くなる。
壊されてもいい、とさえ思ってしまった。
だが、そんな事を云えば、彼はきっと困惑してしまうだろう。困ったように笑う彼が目にうかぶようだった。
「総司、愛している……」
土方はそのなめらかな頬や首筋に口づけ、より丁寧な準備を施した。総司の感じる部分だけを指の腹で何度も擦りあげてくる。
そのたびに、総司は小さな悲鳴をあげ、男の背に必死になってしがみついた。
やがて、土方は総司の膝裏に手をかけ、大きく押し広げた。羞恥に顔が真っ赤になったが、それを両手でおおうことで堪える。
蕾に熱いものがあてがわれ、びくりと躯中がすくみあがった。
怖い。
だが、彼と一つになりたいという願いの方が強かった。
「お願い……」
潤んだ瞳で、土方だけを見つめた。
「私を……あなたのものにして」
「……っ」
土方の喉が鳴った。突然、乱暴に総司の両膝を抱え込み、一気に腰を進めた。
熱い猛りが蕾に突き入れられる。
「ッ! ひ、ぃ……っ」
総司は目を見開いた。視界が涙で霞む。
無意識のうちに、躯が上へずりあがった。
だが、それを土方は荒い息を吐きながら、乱暴に引き戻した。体重をかけ、最奥まで貫く。
「…ぃ、ッぁあーッ……」
悲鳴をあげ、総司が仰け反った。必死になって褥を掴んでいる。
見開かれた瞳からぽろぽろ涙がこぼれた。
「ぁ…ぃ、たぁ…ぃっ、痛い……」
「すまん。総司……すまねぇ」
あまりの苦痛に泣く総司に、土方は掠れた声で謝った。だが、一方で、男の楔から逃れられぬよう、小柄な躯をしっかりと抱きしめている。
己の身勝手さを自嘲しつつ、柔らかな髪を撫で、その頬に何度も口づけた。片手で総司のものを優しく揉みこんでやる。
「ずっと欲しかった……欲しくてたまらなかったんだ」
「…ぁ、ぁあ……ぅ……」
「少しだけ我慢していてくれ、よくしてやるから。酷くはしねぇから」
そう云った土方に、総司は怯えたように目を見開いた。泣きながら、男の腕に縋りついてくる。
「や…っ、土方さん…っ」
「よくしてやるから」
「いやあっ、動かな……ッ」
声が途切れた。
土方が深く唇を重ねたまま、ゆっくりと動き始めたのだ。総司のいい処だけを擦りあげるような動きだったが、まだ苦痛しかない。
総司はくぐもった悲鳴をあげ、男の腕に爪をたてた。
「ぐっ、ぅぅ…っ…ぁあ…ッ」
土方は形のよい眉を顰めた。
だが、今更やめられるはずがない。
総司の白い肌のあちこちに口づけを落しながら、緩やかに揺さぶった。それと一緒に、総司のものも優しく撫で、快感を引き出してやる。
それでも、まだ苦痛にすすり泣く総司に困惑し、怪我をさせてしまったのかと不安になった。手をのばし、自分を受けいれている蕾にふれてみる。
幸い、怪我はさせていなかったようだが、そこにふれたとたん、総司がびくりと肩をすくめた。
大きく目を見開いている。
「総司……?」
「っ、そ、れ……やっ……」
「え?」
土方は、云われている意味がわからず、首をかしげた。やはり怪我しているのかと、指でさぐってみると、総司が顔を真っ赤にして本気で嫌がりはじめる。
「だ…めっ……そこ、いやぁ……」
「総司……」
ようやく、土方は総司の反応の意味を理解した。思わず喉奥で笑ってしまう。
今度は意志をもち、指で柔らかく蕾を撫でてやった。男の太い楔を咥えこんでいるため、ぎりぎりまで押し開かれている。
その震える蕾を、そっと何度も何度も指の腹で撫でてゆくと、総司が仔猫のような甘い泣き声をたて始めた。
「ぃ…やぁっ、ぁ、んっ…んんぅっ…」
「可愛い、総司」
「だ、めぇ…ぁ、ぁんっ、ぁんっ」
なめらかな頬は紅潮し、気が付けば、総司の躯も柔らかくほぐれている。
土方は思わず喉を鳴らし、総司の両膝を抱え上げた。ゆっくりと奥をかき回すように、腰を動かしてゆく。
「ぁっ…ぁあっ、んっぁあっ」
総司は声をあげ、仰け反った。だが、その頬は紅潮しているし、総司のものも勃ちあがり、びくびく震えている。
艶っぽく愛らしい様子にたまらず、土方は総司の右足を抱え込み、斜めから激しく腰を打ちつけた。男の太い楔が蕾を穿ち、甘い快感をもたらす。
「ぃっ、ぃひっあッ、ぁっ…ぁあっ」
総司は褥に爪をたて、泣きながら首をふった。だが、蕾は男の猛りを受け入れ、柔らかく締めつけてくれる。目も眩みそうな快感に、土方は思わず息をつめた。
込みあげる愛しさにたまらず、首筋や頬に、むしゃぶりつくように口づけた。薔薇色の花びらが白い肌に散らされてゆく。
「ぁ、ぁあ…んっ、土方さ……っ」
総司が可愛らしい声で彼の名を呼び、白い両腕でその背を抱きしめた。それが土方の理性の決壊を突き破った。
後はもう、あまり覚えていない。
土方は小柄な躯を組み伏せ、狂ったように腰を打ちつけた。四つ這いにされた総司が褥に顔を押しつけ、甘い悲鳴をあげていたのは覚えている。
後ろから、その手に手を重ね、指を絡めあわせた事も。
手加減など出来なかった。
出来るはずがなかった。
この愛しい若者に抱いてきた想いも愛も欲も、通り一遍のものではありえなかった。狂気と紙一重と云ってもよい激しさで、総司だけを欲し、求め、愛してきたのだ。
土方は、総司の細い躯を獣のように貪り、溺れ込んだ。
男に組み敷かれた総司が、甘い泣き声をたてる。それを聞くと、尚更欲情した。
「総司……っ」
「っ、ぃっちゃ…ぁ、ゃぁあっ……っ」
「は…ぁ……総…司……」
「も、だめッ…ぃ、ぁああ──ッ!」
総司が甲高い悲鳴をあげた瞬間、土方はその腰奥に激しく熱を叩きつけていた。ちょうど、感じる部分に注がれたため、総司が悲鳴をあげて仰け反る。
男の手の中で、総司のものも達し、白い蜜をとろとろと吐き出していた。
「ぁ、ぁあ……ぁ……っ」
褥に突っ伏した総司が、呆然とした表情で喘ぐ。だが、一度で終るつもりなどなかった。終えられるはずがない。
土方は総司の背中に口づけ、もう一度、腰を抱え込んだ。
それに、総司が「ひっ」と喉を鳴らす。蕾を深々と穿った猛りがまた硬度を取り戻すのに、信じられないという顔でふり返った。
欲情に濡れた瞳で見下ろす土方に、喘ぎ、上へ必死になって這いあがろうとする。
だが、乱暴に引き戻され、今度は男の膝上に抱え上げられた。後ろから強引に受け入れさせられる。
「ゃ、ゃ……ひぃッ!」
真下から剛直に貫かれ、総司は悲鳴をあげた。だが、すぐさま激しく揺さぶられ、甘い快楽に呑み込まれてゆく。
自分を抱きしめる男の熱い腕、頬や首筋に感じる唇、荒い吐息。
何もかもが愛しかった。
好きで好きでたまらなかった。
このまま乱暴に抱かれ、壊されてしまってもよかった。
自分は、彼のものだから。彼だけのものなのだから。
(土方さん、愛してる……)
激しく貪るように求めてくる男を感じながら、総司はうっとりと目を閉じた。
少しずつ土方さんの秘密、明らかになっていきます。
