土方は何も答えなかった。
 黙ったまま、目を伏せている。それが答えだった。否定も肯定もしないこと自体が答えなのだ。
 それを知った瞬間、総司は思わず叫んでいた。
「何を考えているの……!?」
「総司」
「こんなの、おかしいじゃない! 襲われるってわかっていて、それで、どうして出かけるの。何で、自分をもっと大切にしないの……っ」
「総司、声を押さえろ」
 土方は眉を顰め、宥めようと手をのばした。だが、それをふり払い、総司は激しく云いつのった。
「私は土方さんを失ったら、生きてゆけない。なのに、土方さんは平気なんだ。私が一人残されても、泣いても苦しんでも、何も思わないの……っ」
「そんな事あるはずねぇだろう」
 土方は深く嘆息した。
「おまえの苦しみに、平気でいられるものか。おまえは俺を何だと思っているんだ」
「何とも思っていないのは、土方さんの方でしょう?」
 そう鋭く返した後、しばらくの間、総司は黙り込んでいた。俯き、じっと手許を見つめている。
 やがて、顔を背けたまま、小さな声で云った。
「私……もう勝手にするから」
「総司」
「土方さんがいなくなった後、あなたの事を愛しつづけたりしない。他の誰かを好きになって、一緒になります」
「何……だと」
 土方の顔色が変わった。怪我も構わず起き上がろうとしたが、痛みに顔を歪める。布団に突っ伏し、呻いた。
「……っ……」
「土方さん!」
 思わず声をあげ、総司は慌てて手をさし出した。土方の肩をおさえ、休むように云う。
 だが、土方はそれを手荒くふり払った。布団に片肘をついたまま、鋭い瞳で睨みつけてくる。
「おまえ、今、何と云った」
「……ごめんなさい。怪我人のあなたにする話ではありませんでした」
「俺は」
 土方は引き下がろうとしなかった。
「今、何と云ったかと聞いている。答えろ、総司」
 高圧的ともいえる口調に、総司はきゅっと唇を噛みしめた。なめらかな頬に朱がさす。
 もともと総司は勝ち気であるし、公の事以外で土方に命令されることに馴れていなかった。とくに恋人になってからは、とことん甘やかされてきたので、尚更だ。
「……ですから、私も勝手にすると云ったのです」
 拗ねたような口調で、云った。
「あなたがいなくなった後の事だもの。縛られる理由もないでしょう?」
「……」
「私は、土方さんの事なんか忘れて、他の誰かのものになります。あなたは、私の気持ちなんか全然考えないで、無茶な事ばかりしているし」
「だから? だから、勝手にすると云うのか」
 土方は怒りを押し殺した声で、訊ねた。
「俺が死んだ後、俺を忘れ、他の誰か……伊東と一緒になると云うのか」
「……そんな事、云っていません」
「云っただろうが! 他の誰かと一緒になると」
「じゃあ、わかりました!」
 思わず叫んだ。
 売り言葉に買い言葉だとわかっていたが、どうしてもとまらなかった。
「一緒になります。あなたの事なんか忘れて、伊東先生と一緒になって幸せに……っ」
 言葉が途切れた。
 不意に、土方が総司の手を掴んで引き寄せたかと思うと、己の躯の下に組み敷いたのだ。獣のように目をぎらつかせ、総司の手首を掴んだまま、睨みつけてくる。
「や……!」
 思わず反射的に抗いかけ、総司は呆然と彼を見上げた。
 抵抗できない。傷を負っていると思えぬ程の、凄まじい力だった。もともと、圧倒的な体格の差なのだ。叶うはずがない。
 怯えたように見上げる総司に、土方は噛みつくように口づけた。深く唇を重ねてくる。
「んっ…ゃッ……っ」
 いやいやと首をふったが、逃れられなかった。
 土方は総司の顎を掴み、貪るように口づけた。ねっとりと舌で舐めまわされ、濃厚な口づけをあたえられる。
 躯の芯までとろかすような口づけに、初な総司が抗えるはずもなかった。たちまち、頭がぼうっと霞み、躯中が熱くとろけてゆく。
「…ぅ……ぁ…ん…っ」
 のけぞった首筋や、胸もとにも唇を押しあてられた。それが心地よくて、総司は思わず土方の頭を胸もとに抱きしめた。


 そこが何処なのかわかっていた。
 屯所の中である事も、また、土方が傷を負っていることも。
 だが、彼から引き離される事が怖いほど辛かった。こうして、彼のぬくもりを鼓動を熱を感じていたかった。
 彼が確かに生きている、その証を全身で感じたかったのだ。


 二人は喘ぎ、声を殺しつつ、獣のように互いを求めあった。着物を纏いつかせたまま、屯所の一室で抱きあう。
 やがて、二人は交わったが、いつものように激しい責めに、総司はたちまち快楽の頂きへと追いやられた。
「……あッ、ぁ…ゃッ、ぁッ」
 総司は泣きじゃくった。
 両膝の裏に男の手がかかり、大きく押し広げられていた。蕾の奥には男の猛りを突きたてられている。
 太い猛りが抜き挿しされるたび、淫らな音が鳴り、総司は耳朶まで真っ赤になった。
「ぁ、や…も、許してっ…ぁっ、ひぃィッ」
「……まだだ…まだ、俺は満足してねぇ」
「だって…やッ、ぁッ、おかしくなっちゃ…っ」
 土方は総司の躯を二つ折りにし、のしかかるようにして激しく揺さぶった。腰を使って責めたて、蕾の奥に太い楔を打ち込んでやる。
 そのたびに、総司は悲鳴をあげ、身を捩った。褥の上、半ば脱がされた小袖を纏わりつかせた姿は、息を呑むほど艶めかしい。
 快感に酔っているためか、白い胸の乳首が甘い蕾のように尖っていた。それがまた色っぽく、土方は思わずぺろりと舐めあげた。
 とたん、総司が「だめぇ……っ」と甘えた声で泣きじゃくる。
「そこ……だ、め…だめぇ……っ」
「可愛いな……」
「ぁ、ぁあッ、ぁああ…っ」
 土方は総司の膝を掴み、抱え込んだ。深く躯を密着させ、激しく突き上げる。何度も最奥を穿たれ、総司は泣き声をあげた。
 もう、やめてと懇願した気がする。
 許してと。
 それでも、土方は総司を抱きつづけた。めちゃくちゃに抱きながら、熱い吐息とともに何度も囁きかける。
 愛してる。
 おまえだけを愛してる、と。
「……土方…さん……っ」
 総司は細い両腕をのばし、彼の首をかき抱いた。自分から躯を寄せ、深く深く男を受け入れる。


 あんな事を云って、ごめんなさい。
 思ってもいない嘘をついて、ごめんなさい。
 愛してる、愛してる、愛してる。
 このまま一緒に殺されたら幸せだと、そんな事を思ってしまうぐらい……愛しているの。
 ごめんなさい、土方さん。


 声に出したのか、わからない。
 だが、土方の腕が優しく、包みこむように抱いてくれた。頬を寄せられ、また、愛してると囁かれる。
 それに、総司は目を閉じた。
 胸の奥から込みあげるような愛しさに、泣きながら。
 幸せの中で味わう絶望に震えながら───












 数日後、土方はようやく床上げとなった。
 回復が遅れた理由はわかりきっていたが、総司も土方を責める事ができなかった。途中から優しく抱いてくれた彼に歓喜し、もっと……とねだってしまったのは自分の方だったのだ。
 それどころか、仕掛けたのは土方であるのに、傷の事を云われるたび、意地悪く総司にむかって笑いかけた。
 その悪戯っぽい光をうかべた黒い瞳を、総司は頬を染めつつも見返す。つい唇が尖ってしまうが、それさえも可愛いと口づけられた。
 情交の中で、総司が睦言のように口ばしった言葉を、土方が聞いていたのは、明らかだっただが、それが一つの切っ掛けになったらしい。
 土方は、あの定めの事を意識の外へ追いやってしまったようだった。開き直ったと云ってもよい潔さだ。
 その潔さに、諦めとは違う強さを感じた。土方という男の中にあるしなやかな強靱さだ。だが、総司はそこまで割り切る事ができなかった。どうしても頭の片隅においてしまう。
 むろん、それを土方に云う事はできなかった。ようやく気持ちを切り替えた彼の邪魔だけはしたくないのだ。
 だが、そんな諸々の思いは総司の言動に出ていたようで、巡察の後、たまたま一緒になった斉藤にひっそりと問いかけられた。
「……体調が悪いのか」
「え」
 大きな瞳で見返した総司に、斉藤は僅かに眉を顰めた。
「最近、あまり元気がないから。それに、今日も……」
「ちゃんと仕事は果たしましたよ」
「わかっている。けど、どことなくいつものおまえと違う感じがするんだ」
「……」
 斉藤は、総司にとって大切な友人だった。試衛館の頃から親しく、ずっと影がそうように傍にいてくれた友。その友の目を誤魔化せるはずがなかった。
「色々と考えてしまって……」
 総司は目を伏せ、微かに笑った。
「一つの事だけ考えている場合じゃないとわかっているけれど、私には仕事もあるし……沢山やるべき事もあるし」
「……」
「考えても仕方がない事なのに、どうしても考えてしまうのです。頭の奥から離れないのです」
「いったい、何が」
 斉藤は気遣わしげな表情で問いかけた。
「何が、おまえを思い悩ませているんだ」
「……」
「総司、オレは煩く聞きたいとは思わない。だが、前にも云ったが、もし必要としてくれるのなら、おまえの力になりたいと思っているんだ」
「ありがとう、斉藤さん」
 総司は顔をあげ、小さく笑ってみせた。
「斉藤さんの気持ちはとても嬉しいです。でも……云えない」
「……」
「云ってはいけない事だから。云ったら、あの人を苦しませることになるから……」
 総司は長い睫毛を伏せた。きゅっと唇を噛んでいる。
 愛らしく儚い横顔を見つめ、斉藤は焦燥感にかられた。


 あの人というのが、土方の事だとわかっている。
 彼のことで、総司はこんなにも思い悩んでいるのだ。それに、何もしてやれない自分が歯がゆかった。
 二人の様子から、想いが通じ合った事は薄々勘づいていた。それを心から祝福するには複雑だが、かと云って、邪魔をしようとも思わない。
 斉藤にとって、総司は綺麗で大切な存在であり、その幸せを何よりも願っていたのだ。
 だからこそ、土方と恋人同士になったはずなのに、悩んでいる総司が心配でたまらなかった。


「辛いのは、私ではないのです」
 やがて、総司はぽつりと云った。え?と聞き返した斉藤に、顔をあげ、澄んだ瞳で見つめる。
「本当に辛いのは、私ではなく……あの人。だから、余計に辛い。何もしてあげられない、何も出来ない自分が辛いのです」
「……」
 それはまるで自分自身の事を云われたようだった。だが、だからこそ、斉藤は云える言葉があった。
 静かな瞳で総司を見つめた。
「何も出来ないはずがないだろう……?」
「斉藤…さん」
「その人の傍にいるだけでいいんじゃないのか。それだけで、その人は救われるはずだ」
「……」
「ただ寄りそっているだけでいい。そんな愛し方もあると、オレは思うんだ」
「……」
 総司の目が見開かれた。驚いたように、斉藤を見上げている。
 やがて、そっと頬を綻ばせた。久しぶりに見る、可愛らしい笑顔だった。
「そう、ですね」
 こくりと頷き、云った。
「本当に、斉藤さんの云うとおりです。傍にいるだけで……それだけでいいんですよね」
「あぁ」
「でも、斉藤さん、とっても実感がこもってますね。もしかして、そういう人がいるのですか?」
 無邪気に問いかける総司を、斉藤は鳶色の瞳で見つめた。だが、小さく肩をすくめると、踵を返した。
「斉藤さん」
「さぁ、どうだろうな。いるのかいないのか、どっちだと思う?」
「私が聞いているんですけど」
 くすくす笑いながら追ってくる総司を、誰よりも愛しく思いながら、斉藤はそっと目を伏せた。












 日々は過ぎていった。
 隊務に明け暮れる日々が続き、総司は懸命に一番隊隊長としてのつとめを果たした。
 一方で、土方とは顔をあわす事さえ稀な日がつづいていた。近藤が長州へ偵察の旅にたってしまったため、土方の肩により多く責務がかかってきたのだ。
 多忙な日々を過しているのは明らかで、総司は声をかける事さえ躊躇われた。邪魔をしないでおこうと思うので、副長室を訪れる事も減り、それでも遠目に彼の姿を見つめる日々だった。
 そんなある日の事、斉藤と共に朝食をとっていた総司は、ふと顔をあげた。そうして、目を見開いた。
 広間を横切るようにして、土方がこちらに歩いてくるのだ。
 以前ならごく当然の事だが、ここの処、土方は朝食を広間でとる事が稀になっていた。それ程、忙しいのだ。
 きちんと食事をとっているの?と心配になったが、口だしする事も憚られた。子どもであるまいし、自分より年上の男に失礼だと思ったからだ。
 その土方がきちんと小袖と袴を着けた姿で、総司の方へ歩いてくる。
「……」
 無言のまま歩み寄り、目の前に佇んだ土方に、総司は慌てて居住まいを正した。
「おはようございます」
 きちんと頭を下げた総司を、土方は切れの長い目で見下ろした。ふと、傍らにいる斉藤を一瞥する。
 斉藤もすぐさま挨拶をしたが、まるで耳に入っていないようだった。
 低い声が云った。
「……こいつ、貰ってゆくぞ」
「え?」
 きょとんとしている総司の腕が不意に掴まれた。ぐいっと引き上げられ、無理やり立ち上がらせられる。
「え、えっ……?」
 わたわた慌てている総司に構わず、土方はその腕を掴んだまま歩き出した。広間で食事をとっていた隊士たちも皆、驚いた顔で彼らを見ている。それに気づき、総司はますます頬を紅潮させた。
「土方さん」
 廊下に出てから、総司は土方の手をふり払おうとした。小声で懇願する。
「離して下さい。朝から、こんな」
「朝だからだ。一刻も早く出たいからな」
「え?」
 目を瞬く総司を、土方はふり返った。黒い瞳で見下ろし、微かに口角をあげて笑ってみせる。
「非番をとった。明日の朝までの事だが、それでも、少しはゆっくり出来るだろう」
「土方…さん……?」
「やりくりが大変で、苦労したんだぞ」
「く、苦労って……」
 土方は身をかがめ、総司の耳元に唇を寄せた。なめらかな低い声で囁きかける。
「飢えちまっているんだよ、おまえに」
「!」
 とたん、総司は耳朶まで真っ赤になってしまった。
 飢えるという言葉と、男の声音に、どきりと鼓動が跳ね上がった。その様子に、土方がくすっと笑う。
「おまえ、何を考えているんだ?」
「……土方さんの莫迦っ」
 憎まれ口を叩きつつも、恥ずかしそうに真っ赤な顔を俯かせる総司が可愛らしかった。思わず抱きしめそうになるが、そこがまだ人の目のある屯所である事を思い出し、手をひくだけに留めた。
 屯所を出ると、土方は総司を連れて東山に向った。小さな庵が点在する辺りにさしかかると、周囲を確かめるようにしながら歩き出す。
 それに、総司は小首をかしげた。
「宿……じゃないのですか」
「いや、違う」 
 あっさり否定した土方に、総司は目を瞬いた。宿ではないという事は、何なのか。一つしか思い当たらず、頬が強ばった。
「……」
 思わず立ち止まってしまった総司に、先を歩いていた土方も気がついた。怪訝そうに眉を顰め、ふり返る。
「どうした」
「……あのっ」
「何だ」
 静かな問いかけに、黙り込んでしまった。
 あたっているなら何だか気恥ずかしいし、あたっていないなら逆に期待していたみたいで、それも恥ずかしい。
「あの……今、向っている先なんですけど」
「あぁ」
「それは、あの……」
 口ごもってしまった総司を、土方は不思議そうに眺めた。それから、何かに気づいた表情になると、にやりと唇の端をあげる。
 からかうような、意地悪い笑みだった。












毎度でごめんなさい。東山しか思い浮かばなくて。次は、あまあま蜜月です。