「どうしたんですか?」
 そう訊ねられ、土方は我に返った。顔をあげると、大きな瞳がじっと見つめている。それに、また思わず目を伏せた。
 目の前では、宗次郎がそんな男の様子を心配そうに見つめている。
「土方さん……?」
 淡い光が辺りを満たしていた。
 ゆらゆら揺れる観覧車の窓から見下ろすと、夜の闇にきらきら輝く遊園地が、まるで眩い宝石箱のようだ。遠く東京タワーが見えていた。
 食事を終えてから、土方は宗次郎をこの夜の遊園地に連れてきたのだ。
 比較的、カップルが多いそこは小さいが、とても綺麗な遊園地だった。目だったアトラクションもないかわりに、ロマンチックで人数も少ない。
 優しいオルゴールの音色に満たされたそこに、宗次郎はたちまち魅了された。
 やはり、まだ子供なのだ。初めは怖がってはいたが、すぐに色んなものに乗ることに夢中になった。
 メリーゴーランドの馬に乗って大喜びで手をふる宗次郎に、土方は手をふり返してやりながら、胸が切なく締めつけられた。
 ……可愛かった。
 いつかは手放さなければならない存在であっても。
 先ほどの美術館で、梔子の花を見にいこうと約束したが、梔子の花の季節は7月だ。そんな頃まで、宗次郎がここにいてくれるのか、わからなかった。
 本当なら、一刻も早くかえしてやらなければならないのに。初めて逢った日、彼自身が「帰してやる」と口にしたとおり。だが、あの時と今では気持ちが感情がまったく変わってしまっていた。
 まさか、こんな事になるとは思ってもいなかったのに。
 誰かのことを思っただけで胸が熱くなる──そんな事が、この自分におこるなど思ってもいなかった。それも、相手は少年だ。いつか手放すことが絶対である存在。
 愛してもどうにもならない、相手なのに……。
「……土方さん?」
 もう一度だけ呼びかけられ、土方はようやく顔をあげた。
 隣を見ると、綺麗に澄んだ瞳が不安げにゆれながら、彼だけを見つめている。まるで縋るような表情だった。
 そう、今の宗次郎は彼しか頼る相手がいないのだ。それが嬉しく、また、妙に切なかった。
「……俺は最低の男だな」
 膝の上で組んだ手に視線を落とし、土方は低く呟いた。それに宗次郎は「え?」と目を見開いたが、かまわず言葉をつづけた。
「おまえの弱みにつけこんで、俺はおまえを好きなようにしている。おまえを帰してやることもできず……」
「そんな……!」
 宗次郎は慌てて首をふり、叫んだ。
「あなたは私によくしてくれてます。あなたがいなかったら、私は恐らくその辺りで野たれ死んでいた。突然現れて訳のわからないことを云って、手間ばかりかかる私を、あなたは助けてくれた。そればかりか優しく色んなことを教えてくれて、こうして外にも連れ出してくれた。そんなあなたの、どこが最低なの?」
「だが、俺はおまえとの約束を果たしていない。帰してやると云いながら、何もしてやれねぇ……」
「それは……でも、あなたの力でどうにかなるものじゃないでしょう? それとも、この世界には時代をいったりきたり出来るものでも、あるのですか?」
「いや、残念ながらそこまで科学は発達してない。無理だ」
「じゃあ、仕方ないじゃないですか。あなたが苦しむことじゃありません。それに……」
 宗次郎はなめらかな頬を紅潮させた。
 僅かに潤んだような瞳が、じっと土方を見つめた。
「私は今、幸せです。こうして、あなたの傍にいれて……」
「宗次郎……」
「あなたの傍にいたい。あなたと一緒に幸せになりたい。そう思うのは、私の我儘ですか……?」
「俺と一緒に……?」
 土方は僅かに息を呑んだ。が、すぐにゆるく首をふった。
「おまえの幸せはここにはねぇよ。少なくとも、この俺の傍じゃない。もしあるとすれば、過去の……おまえが本当にいるべきだった時代にいる『歳三』という男の傍だ。おまえは、俺をその男と錯覚して混乱しているだけだ」
「違います!」
 宗次郎はまた首をふった。
「私はあなたを、あの人と錯覚したりしてない。あなたは、あなたです。確かに、私は歳三さんがだい好きでした。でも、それは優しい兄として、尊敬も憧れもあったけど、でも、こんな気持ちは……」
「気持ち?」
「私……おかしいんです」
 宗次郎はおずおずと目を伏せ、口ごもった。小さな手がぎゅっと膝上で握りしめられた。
「あなたといると、どきどきするし、とっても嬉しくなったり悲しくなったり。あなたが笑ってくれると、とても幸せで、あなたが背を向けると、辛くてたまらなくて……」
「……」
「こんなの、初めてで……わからない。でも、私はあなたといるのが一番幸せなんです……」
「宗次郎……」
 思わず、土方は両手をのばしていた。腕の中にその小柄な体を引き込み、ぎゅっと抱きしめる。突然の抱擁に驚く宗次郎の柔らかな髪に、顔をうずめた。
「俺もだ。俺も……おまえといるのが一番の幸せだ」
「本当……に?」
「あぁ。おまえが好きだ、おまえしか……もう愛せない」
 そう囁いた土方に、宗次郎は大きく目を見開いた。
 ぎゅっと男の背にまわされた手に力がこもった。
「あい…してる……?」
「あぁ」
「私のこと……愛して、くれるの……?」
「愛してる。俺はおまえを誰よりも愛してるんだ」
「……私も……」
 宗次郎は戸惑ったように首をふり、男の胸もとに顔をうずめた。彼の鼓動を彼のぬくもりを感じながら、小さな声で答えた。
「まだよくわからないけど……でも、私はあなたが好き。あなたと一緒にいたい。あなたしか……望みません」
「宗次郎……」
「少しずつ、教えてくれますか? あなたを愛するということを、今までたくさんの事を教えてくれたみたいに」
 そう云った宗次郎の頬に、土方はゆっくりと手をすべらせた。
 優しく頬を手のひらで包みこみ、顔をあげさせた。そっと瞳を覗きこみ、訊ねた。
「……俺はおまえを愛していいのか」
 低い声でそう訊ねられ、宗次郎は小さく躯を震わせた。
 何だか、少し怖かった。
 誰かを愛したことなど、一度もなかった幼い自分だから。
 でも、彼に愛されたかった。
 愛したかった。
 この世の誰よりも大切な、だい好きな彼だから──
「土方さん……だい好き」
 そう答えた宗次郎の躯を、男の腕が強く熱く抱きすくめた……。
 

 

 

 外は雨が降り出していた。
 だが、いつ雨が降り出したのかさえ、今の宗次郎にはわからなかった。
 白いシーツを掴む手が震えた。それを取り上げられ、指さきに、かえして手の平に唇を押しつけられた。そのまま手首から腕へと、甘く唇でなぞられる。
「ぁ…ん、ふぅ…んっ……」
 宗次郎は快感に潤んだ瞳で、土方を見上げた。
 それに微笑み、男はまた手のひらで宗次郎のものを包みこんだ。もう何度も放った蜜で濡れそぼったそれを、甘く柔らかく揉みあげる。
「や、やぁ…ッ」
 たちまち宗次郎は頬を火照らせた。身を捩るが、男の手はどこまでも追いかけてくる。決して乱暴なことや酷いことはしなかったが、土方は宗次郎を愛する手を緩めようとしなかった。
 何の性の知識もない少年の躯に、男の欲望を熱を、少しずつ教えこんでゆく。
 むろん、これは宗次郎も望んだことだった。、マンションへ帰ってすぐ、あたえられた抱擁と熱いキス。それにうっとりする宗次郎に、土方は訊ねたのだ。「おまえを抱いてもいいか?」と。
 もちろん、宗次郎はその言葉の意味を知っていた。宗次郎がいた時代でも、男同士の恋愛は決して禁忌ではなかったのだ。
 怖かったが、彼になら何をされてもいいと思った。むしろ、だい好きな彼と一つにとけあいたかった。彼だけのものになりたかった。だからこそ、こくりと頷いたのだ。
 ベッドに優しく横たえられ、彼に愛された。
 肌をすべる彼のしなやかな指さきに、あたえられる口づけに、甘くすすり泣いた。
 羞恥心や恐怖は常にあったが、土方は決して急がなかった。二人が繋がるための準備を、丁寧に施した。
 きちんとした潤滑剤などなかったので、土方は傷の手当用のクリームをたっぷりと指にからめた。クリームで濡れた指を、ゆっくりと慎重に宗次郎の蕾に挿入してゆく。
「んん…っ、ぅ…っ」
 宗次郎は小さく喘いだ。痛みはないが、異物感がきつい。土方が低い声で呟くのが聞こえた。
「さすがにキツイな……痛くないか?」
「大丈、夫です…んん……っ」
「もう一本ふやすぞ、ほら……息を吐いて」
 くちゅっと音が鳴り、二本の指で蕾を貫かれた。やわやわと奥で動かされる。不意に、彼の指さきがある部分にあたり、びくんっと宗次郎は目を見開いた。
(な…に? 何…今の……っ)
 熱い疼きが腰奥を走ったのだ。その意味がわからず、宗次郎は身を捩った。が、土方は宗次郎の細い腿を抱えこんだまま、低く喉を鳴らして笑った。
「ココが宗次郎のいい処なんだな……」
「いい処って……何……?」
「今から教えてやるよ」
 優しい声で囁き、土方はゆっくりと指を動かしはじめた。指の腹が押しあてられ、ソコだけを激しく揉みこまれる。とたん、宗次郎はびりびりっと突き上げる快感に、腰を大きく跳ねあげた。
 思わず悲鳴をあげた。
「やッ! あぁ…んんッ!」
「いい子だ……感じてごらん? いい気持ちだろ?」
「や、やだッ…ぁや…ぁ──?」
 宗次郎はふるふると首をふり、泣きじゃくった。何だかよくわからない。だが、彼の指にソコを揉まれることで、宗次郎のものがぴくぴく震え始めていた。半ば勃ちあがり、蜜をこぼしている。それを土方が身をかがめ、ぺろりと舌で舐めあげた。
「ひ…ぁぅん…っ!」
「可愛いな、宗次郎は」
 ダイレクトな反応を返され、男の方も堪らなくなってくる。だが、それでも慎重に準備をすすめた。この幼い躯に男を教えるのだ、少しでもよくしてやりたかった。
 くちゅくちゅと音が鳴り、宗次郎の甘いすすり泣きが桜色の唇からもれるようになってから、ようやく土方は指を抜いた。少年の細い両足を腕にすくいあげ、大きく左右に押し開く。
「!」
 熱く堅いものを蕾にあてがわれ、宗次郎はびくっと躯を震わせた。これから男に何をされるのか、朧げだが理解できた。
 涙をいっぱいにためた瞳で、縋るように土方を見上げた。
「こわ…いっ、怖いよぉ…っ」
「すまない、どうしてもおまえが欲しいんだ」
 土方は宗次郎の膝裏に手を回して押し上げると、腰を進めた。ずぶずぶと男の猛った雄が少年の小さな蕾に沈められてゆく。
「ひっッぃ! ぃ…や、ぁああッ!」
 宗次郎は仰け反り、悲鳴をあげた。
 まるで引き裂かれるようだった。もの凄い圧迫感、質量だ。まだ14才の少年の躯に、大人の男を受け入れるのだから苦痛は当然の事だった。
「い、痛いッ、いたぁ…いぃ…っ」
 思わず上へ逃れようとしたが、土方に下肢を抱え込まれているため、身動き一つできない。宗次郎はぽろぽろ涙をこぼしながら、必死に懇願した。
「や、めてぇっ…抜いて、痛いッ、抜いてぇ…ッ!」
「力を抜くんだ! 宗次郎」
「いやだ、怖いっ、怖いぃ…っ、ひ…あぁッ!」
 泣きじゃくる宗次郎を貫きながら、土方は眉を顰めた。
 とんでもない狭さに、彼自身、痛いほどだった。が、一方で熱くて熱くて蕩けてしまいそうだ。
 このまま獰猛に貪り尽くしてしまいたい衝動を、奥歯を食いしばることで必死に抑え込んだ。
 己の欲望を抑制しつつ、宗次郎のものに手をのばした。そっと優しく指さきで愛撫してやると、ぴくんっと宗次郎の躯が震えた。
「ほら……宗次郎、息を吐いて……」
「んん、ふ…ぅ…っ」
「いい子だ。息を吸って、吐いて……そう、いい子だな」
 宗次郎が少しずつ呼吸をくり返し始める。次第にその躯から力が抜け、蕾の締め付けも緩んだ。
 それを確かめ、土方はまた腰を沈めた。「ひっ」と悲鳴をあげる宗次郎を組み敷き、そのまま一気に奥まで貫いてやる。腕の中、少年の体が激しく仰け反った。
「ッぁ、やぁあーッ…ッ!」
 また大粒の涙があふれ、頬を零れ落ちた。
 それに、土方は深い罪悪感を覚えたが、今更ひけるはずもない。涙を唇でぬぐってやりながら、囁いた。
「大丈夫だ……全部入ったら、少しは楽になる」
「全部なんて無理ぃ…土方さんの、すごく大っきぃのに……っ」
 可愛らしい言葉に、思わず苦笑した。
「もう全部入ってるさ。ほら……」
 宗次郎の手をみちびいて、二人が繋がってる部分にふれさせた。少年の目が大きく見張られる。
「う…そ…っ」
「嘘じゃねぇよ。ほら、ちゃんと繋がってるだろ?」
「土方さん……」
「動いていいか?」
 そう訊ねた土方に、宗次郎は小さく息を呑んだ。
 ふるふると首をふった。
「やだ! 動いちゃ、や…っ」
 言葉が途切れた。
 男が宗次郎の言葉も聞かず、ゆっくりとだが腰を動かし始めたのだ。ずるりと半ば引き抜いては、緩やかにまた突き入れてくる。
 そのたびに、背筋をぞわりと何かが這い上がった。それが怖くて怖くてたまらない。
 どんなにいやがっても動きをとめてくれない男に、宗次郎は泣きじゃくった。
「や、やだぁっ…あっ、ぁあっ…!」
「宗次郎、俺の背に手をまわして」
「ぁ、ぁあんんッ、怖いっ…怖いよぉっ……っ」
 宗次郎は彼の背に手をまわし、ぎゅっとしがみついた。
 男の太い雄で蕾の奥を穿たれるたび、甘い疼きが背筋を鋭く突き上げた。やがて、それはじわじわーっと全身にひろがってゆく。
 それが怖いのだが、一方でとても気持ちよかった。もっともっと、彼にして欲しくなる。
「ッんん、ぁ…ぁあっ…ああッ」
 無意識のうちに彼にしがみつき、ゆらゆらと躯を動かし始めた宗次郎に、土方は微笑んだ。
 彼の腹にあたる少年のものも勃起し、ひくひく震えながら蜜を零している。感じている証拠だった。
「……気持ちよくなってきただろ?」
 そう囁いた土方に、宗次郎は目元を赤く染めた。きゅっと唇を噛みしめる。
「わか…らない…」
「だが、すごく気持ちよさそうな顔をしている」
「んんっ、ぁ…土方…さんぅ……っ」
 舌ったらずな声で男の名を呼び、宗次郎は土方の胸もとに顔を擦りつけた。甘えるように誘うように、細い腕がきゅっとしがみついてくる。
 その稚い痴態に、思わず苦笑した。
「おまえ……それ反則」
「え、どういう…こと……?」
「あんまり男を煽るなってことさ。ほら……動くぞ」
「え? あ、待っ…ひぁああッ!」
 腰奥を抉るように穿たれ、宗次郎は悲鳴をあげた。
 ずぶりと男の楔が打ちこまれ、またギリギリまで抜かれてから、再び突きいれられる。そのくり返しに、宗次郎は甘く甲高い声で泣きじゃくった。
 初めて教えられた快感に、おかしくなりそうになる。
「ぁあっ、ぁあ…すご…いィッ、ひいッ! ぃ…ぁああッ!」
「いいか? 俺も……めちゃくちゃ気持ちいい……」
「んんぅっ…ふっ、ぁあっ…あんッ! ぁああんぅッ」
 素直に快感を求め泣く宗次郎に、土方も無我夢中になった。我を忘れ、この細い小柄な少年の体を貪ってしまう。
「土方…さんっ、ぁあ…土方さんぅ…っ!」
「……宗次郎……っ」
 やがて、土方はその愛しい少年の体の奥深くに、熱く吐精していた──

 

 

 
 朝の光が眩しかった。
 日曜日の朝、カーテンの隙間から射し込んでくる陽光。 
 シーツにうもれていた宗次郎は、ぱちりと目を開いた。朝ご飯の用意をしなければと思ったが、躯のあちこちが痛い。
 それに小首をかしげた時、不意に後ろから柔らかく抱きよせられた。
「……おはよう」
 首筋に頬にちゅっと甘いキスが落とされる。慌ててふり返ると、土方の優しい笑顔にであった。
 その黒い瞳を見た瞬間、昨夜のことを思い出した。
「!」
 宗次郎はカーッと首筋まで真っ赤になった。大急ぎでシーツを引き寄せると、頭までかぶってしまう。
「おい、宗次郎?」
「……やだぁ……っ」
「やだって……」
「恥ずかしい! 恥ずかしいよ、私、あんな……っ」
 それに、土方は思わず笑った。
 身を起こして、シーツごと抱きすくめてやる。小柄な体をすっぽりと腕の中におさめ、優しく揺さぶった。
「すげぇよかったよ。宗次郎……あんないい思いをしたのは、俺も初めてだ」
「やっ、もう云わないで! 恥ずかしいんだから……っ」
 宗次郎がいやいやと首をふっている。その細い手首を掴んでシーツの中から引き出した。
 乱れた柔らかな髪、潤んだ大きな瞳、上気した薔薇色の頬に、思わず見とれてしまう。可愛くて可愛くて堪らなかった。
「めちゃくちゃ可愛い、宗次郎」
 そう囁きながら、土方は宗次郎の華奢な躯をベッドに組み敷いた。
 そのまま額に瞼に頬に、花びらのようなキスをくり返してやると、恥ずかしそうに長い睫毛を瞬かせる宗次郎がいとおしい。
 世界中の誰よりも。
 こんなふうになるなんて、思ってもいなかった。
 だが、土方は一歩踏み込んでしまったのだ。もう後戻りできるはずがなかった。
 宗次郎だけを愛し、一生ともに歩いてゆくことを願った。
 きっと、こうなる運命だったのだ。自分に逢うため、宗次郎はこの時代に来てくれたのだ。そう信じたかった。
 そして、自分も宗次郎を愛するために、生まれたのだと。
 この少年をこんなにも愛してしまったのだから。もう宗次郎を失ったら、生きてゆけないほど。
 二度と──こんなふうに人を愛せないだろうと、そう思った。
「愛してる……」
 真摯な声で囁き、唇を重ねた。激しく甘いキスの間に、何度もくり返した。
「愛してる……もう二度と離さない」
「んっ…土方さん、だい好き……離さないで……」
 柔らかな朝の光の中。
 奇妙なめぐり合わせで結ばれた恋人たちは、互いが傍にあることの幸せを、心から感じていた……。

 

 

 
 その若者が訪ねてきたのは、6月も半ばになった頃だった。
 もう宗次郎もかなりこの世界に馴れ、一人で外出もできるようになっていた。まだ電車や車、飛行機などは恐ろしく感じるが、それでも、少しずつ馴れ始めている。家の中でもたいがいの物は使いこなせるようになっていた。
 宗次郎は幸せだった。
 まるで土方の奥さんのようにくるくる働き、家事をこなした。土方も、扉を開けると、小柄な躯にシャツとジーンズ、カフェエプロンを付けた可愛らしい宗次郎が迎えに出てくる日々に、この上ない幸せを感じていた。
 休日は時折外出もしたが、たいてい二人きりで過ごした。何度も愛しあい、互いを激しく求めあった。もともと宗次郎にとって、土方は世界そのものだったが、土方にとっても同様になりつつあった。二人とも、もう互いを失って過ごすことなど考えられなかった。
 だが、それはひと時だけ許された恋人たちだった。
 神の気まぐれなのか、土方と宗次郎にあたえられた、ほんの短い幸せな一時。
 いつ、宗次郎が昔へ戻ってしまうのか、全くわからないのだ。何の保証もない恋愛、幸せだった。
 まるで、ほろほろと零れ落ちる花びらのように……。
 そんな日々を過ごす二人を、ある若者が訪ねてきたのだ。 
 土方が呼んだのだと聞いた。
 が、それに関して二人は小さな喧嘩をした。
「ぶつり……学者?」
 よく意味がわからないと云いたげな宗次郎に、土方は頷いた。
 休日の朝、朝食をとりながらの会話だった。宗次郎は半熟卵にスプーンをいれながら、小首をかしげた。
「いったい、どういうお仕事の人ですか?」
「学問をする奴だよ。学者と云っても、まだその卵の状態だ」
「それで、その人はいったい……」
「前に云っていただろ? おまえのタイムスリップについて詳しい奴がいると」
「!」
 宗次郎は息を呑んだ。
 スプーンを握りしめた手が僅かに震えた。
「私の……ことで?」
「あぁ。一度相談してみようと思ってな、今日、来てもらうことにしたんだが……」
「いやです!」
 不意に鋭い声で叫んだ宗次郎に、土方は驚いて顔をあげた。
 宗次郎はもう立ち上がってしまっている。大きな瞳は不安と恐怖に見開かれ、桜色の唇が震えていた。
「……宗次郎?」
「いや、いやです! そんな人に会いたくない……っ」
「会いたくないって、おまえ……」
「だって……!」
 宗次郎の瞳から、ぽろぽろと大粒の涙があふれた。
「土方さんは私を過去へ帰すつもりなんだ! 一緒にいれなくてもいいと思ってるんだ……!」
 そう悲痛な声で叫ぶなり、宗次郎は身をひるがえした。ダイニングから出ていこうとする。
 が、その手首が素早く掴まれ、荒々しく引き戻された。あっと思った時には、男の胸もとに抱きこまれてしまっている。
「帰したりするものか……っ」
 低い、押し殺した声が耳にふれた。
 宗次郎が驚き見上げると、男は酷く昏い瞳をしていた。
 深く静かに燃える、獰猛な焔。
「……土方…さん……?」
 いつもいつも、土方は宗次郎に優しかった。
 柔らかく少年の我儘も何もかも受けとめ、とろとろになるほど甘えさせてくれる優しい彼が、突然見せた大人の男の気配に、鋭く息を呑んでしまう。
 思わず身を竦めた少年に、土方は僅かに唇の端をつりあげた。
「この俺がおまえを手放せると……本気で思っているのか」
「だ、だって……っ」
 怯えた表情のまま、宗次郎はふるふると首をふった。その大きな瞳に、じわっと涙がうかぶ。
 それを見たとたん、土方の表情が和らいだ。ため息をついてから、困ったように小さく笑うと、少年の華奢な躯をそっと両腕に抱きしめた。
 愛しくてたまらない──そう云いたげに、その白い額に唇を押しあてた。
「こんなにも愛してるのに? こんなにも、おまえが大切なのに?」
「土方さん……」
「頼むから、俺がどれだけおまえを愛してるか、ちゃんと理解してくれ。でないと、俺はおまえの些細な言動で、気が変になりそうになる。愛しくて愛しくてたまらねぇのに、そのおまえから気持ちを疑うような事を云われると、俺は……」
 一瞬、また男の黒い瞳に獰猛な光が浮かんだ。
 それを敏感に感じとり、宗次郎はびくんっと躯を震わせた。が、それに土方は柔らかく微笑みかけると、少年の柔らかな髪を静かに撫でてやった。
「宗次郎、俺はおまえだけに夢中なんだ。もう……おまえを失ったら生きてゆけない」
「私…だって……っ」
 宗次郎は嗚咽をあげて泣きながら、土方の広い背中に両手をまわした。ぎゅっとしがみついた。
「私だって、好き……だい好き、愛してる。あなたしか、もう望まない……!」
「宗次郎……」
 男の優しい唇が、そのなめらかな頬にふれた。涙をぬぐい、柔らかく口づけてくれる。
 その羽毛のようなキスを受けながら、宗次郎はうっとりと目を閉じた。次第に涙がおさまり、呼吸も穏やかになってくる。
 それを確かめてから、土方は宗次郎の躯を両腕に抱きあげた。部屋を横切り、そっとソファの上に抱きおろす。傍らに腰掛けると、すぐさま膝上に抱きあげた。
 一瞬、宗次郎は恥ずかしそうに目を伏せたが、すぐ彼の肩口に小さな頭を凭せかけた。互いのぬくもりを優しく感じた。
「……不安を取り除きたかったんだ」
 低く呟いた男に、宗次郎は「え?」と顔をあげた。その艶やかな髪を指さきで梳いてやりながら、言葉をつづけた。
「おまえを帰す方法を探るためじゃない、逆なんだ。おまえをここに留める方法を知りたかったんだ」
「……留める……方法?」
「ここにおまえが来た理由や仕組みがわかれば、その逆も望めるんじゃねぇかと思ってさ。むろん、わかってる……。男の身勝手さだと。本来いるべき時代から引き離され、ここにいるおまえがどれだけ不安か、怖がっているか。それを知りながら、それでも俺は望んでしまうんだ。おまえに傍にいて欲しいと、おまえを二度と手放したくないと」
 そう云ってから、土方は宗次郎を抱く腕に力をこめた。
「本当に……俺は身勝手な男だな。おまえを現代に引き止める方法を探そうとするなんて。だが、もう俺はおまえを手放さねぇ。さっきも云ったが、俺はもうおまえなしじゃ生きられねぇんだ。それぐらい愛してる。こんなにも誰かを愛した事など、俺は初めてなんだ……」
「土方さん……」
 宗次郎は彼の背中に両手をまわし、ぎゅっとしがみついた。
 素直に、誠実に。
 己の想いを──その葛藤や苦しみ、宗次郎への愛しさを吐露してくれる彼が、誰よりも愛しかった。
 だい好きな、だい好きな人。
 こんなにも互いを想いあっているのに。愛しあっているのに。
 どうして、一緒にいられないのだろう?
 永遠でないのだろう?
 ずっと死ぬまで一緒だと、誰かが約束してくれたらいいのに。
 いつまでも、いつまでも。
 私の手は、あなたに繋がれていると───
「……土方さん、愛してる……」
 そう囁いた宗次郎を、土方は黙ったまま抱きしめた。そして、固く目を閉じた。
 まるで、何かを祈るように……。









 

[あとがき]
 テレビで以前知ったのですが、異世界とかは物理の世界になるそうです。ある物理の番組でいろいろ説明していました。しかーし、詳細を私に聞いてはいけません(笑)。
 でも、14才の宗次郎に手を出しちゃった土方さん。よーく考えると犯罪ではありませんかっ。いいのか、これで!(おまえが云うなって?)ま、でも、14才の可愛い子ちゃんと色々致しちゃう土方さんを書きたかったんですよ。すみませーん。
 次で最終話。土方さんと宗次郎の恋愛がどんな結末を迎えるのか、読んでやって下さいね♪


「梔子の木の下で・後編」へ       贈り物のお話へ戻る