[6DAYS]
じゃあね。
わがまま云ってもいい?
ぼくを本気で好きになって
ずっと恋人のままでいて
……そんなの
絶対、云える訳ないけれど
「今日は、家にいたいのです」
朝、迎えに来た土方に、総司はそう断言した。
それも当然。
今日は朝から土砂降りの雨だったのだ。
こんな嵐のような中、誰が出かけたいと思うだろう。
総司の言葉に土方はあっさり頷くと、「少し待っててくれ」と云いおいて一端外へ出かけていった。
1時間後。
帰宅した土方が、キッチンのテーブル上にバサバサーッと広げた物に、総司は目を丸くした。
「な、何ですかっ? これ!」
「何って、見りゃわかるだろ。食べ物だ」
「それはわかりますけど、何この量! 人を呼んで、パーティでもやる気なんですか?」
「あぁ、それもいいかもな」
土方はくすっと笑った。どこか悪戯っぽい瞳で、総司の顔を覗き込む。
「たくさん人呼ぼうか。おまえの知り合いでいいぜ? で、大勢で盛大なパーティやったら、楽しいんじゃないか?」
そう云った土方に、総司は桜色の唇をとがらせた。ぷうっと頬までふくらましている。
一瞬だけ彼を見あげてから、ぷいっとリビングへ行ってしまった。
「……」
すっかり拗ねたらしい可愛い少年に、土方は苦笑した。荷物を置いたまま後を追う。
ソファに坐っている総司の横に坐り、そっと瞳を覗き込んでやった。
「ごめん」
「……」
「ちょっと意地悪した。他の奴なんか呼びたくないものな」
「だって……」
「そうだな。二人きりで過ごしたいから、家にいる事にしたんだよな?」
ぽんぽんと背をかるく叩いてやると、総司はぱすんと土方の胸もとへ凭れかかってきた。そのまま彼の広い背に手をまわし、ぎゅうっとしがみつく。
「土方さんと二人きりでなきゃ、やだ」
「はいはい、俺のお姫様はわがままだな」
「わがまま……嫌いですか?」
「まさか。おまえのなら、大歓迎だよ。どんどん云ってくれ」
「じゃあね、あの、二人きりのパーティがしたいです」
「It is good.」
見事な発音で云ってのけると、土方は立ち上がった。キッチンへ行こうとして、にっこり笑いながら手をさしのべてくる。
それに手をさし出しながら、総司は思った。
恋人ごっこ。
あくまでこれは、恋人ごっこだから。
だけど、今。
こうして、この人にわがまま聞いてもらったり、優しく笑いかけてもらってるのは、このぼくだもの。
歌姫と呼ばれるに相応しい女の子の歌手でも、綺麗な女優さんでもない、沖田総司というシンガーソングライター。
男の子だけど、でも、この人のことが好きで好きでたまらない、一人の18才の歌手。
どんどん好きになっちゃって、恋しちゃって。
そんなぼくの気持ちをわかっているのか、わかってないのか。土方さんは、ぼくを思いっきり甘やかしてくれる。
その広い胸もとに抱きこんで、ぎゅっと抱きしめてくれる。
まるで、本当の恋人みたいに。
(……本当の恋人だったら、いいのに)
この頃、そんなことばかり願ってしまう。
でも、そんなの高望みで。
絶対絶対かなわない願いごとだからこそ、遠くの方でお星様みたいにきらきら輝いている。
この恋は、やっぱりいちごミルクみたいで、甘くて甘くてとろけそうで。
でも、ほんのちょっぴり甘酸っぱい。
キスどころか、抱きしめられるどころか。
こうして、指さきがふれあうだけで、胸がどきどきしてしまうの……。
「何のメニューにしようか。何が食べたい?」
「んー、久しぶりにパスタが食べたいです。後、ピザとか」
「じゃあ、それにしよう。ピザを作るなら、パスタのソースはクリームか和風だな。どっちがいい?」
「どっちがいいって……え」
総司は驚いて、土方を見あげた。思わず大声で訊ねてしまう。
「もしかして、土方さんが作るんですか!?」
「あたり前だろ」
土方はパスタの袋を取り上げながら、苦笑した。
「主に俺がつくるから、おまえは手伝ってくれ」
「だって、土方さん……お料理できるの?」
「まぁ人並みには。これでも一人暮らし長いから」
「何だか、びっくり」
「どうして」
「だって、土方さんだったら、なーんにもしなくても綺麗な女の人とかがお料理つくって食べさせてくれそうだし」
そう口に出してしまってから、総司ははっと気がついた。何だか、探るような言葉だった気がする。
おずおずと見あげてみたが、土方はそんなふうに取らなかったようだった。くすっと笑う。
「そんな事ないよ」
「ほんとに?」
「あぁ、俺の周囲に、そんな事してくれる女はいないさ」
「そうなんですか……」
ちょっと安堵して目を伏せた総司を、土方はどこか意地悪く笑いながら覗き込んできた。黒い瞳がきらきら輝いている。
形のよい唇の端が、にっとつりあがった。
「安心した?」
「え」
「俺につきあってる女がいないってわかって、安心した?」
「!」
総司の目がまん丸になった。次に、かぁぁあっと耳朶まで真っ赤になってしまう。
「し…知りません!」
と、キッチンから出てゆこうとした総司を、土方は後ろから引き留めた。素早く手首をつかんで引き寄せると、あっという間に胸もとへ抱きこんでしまう。
まだ桜色の耳朶に、男の唇がふれた。
「……怒ったか?」
「怒って……ませんけど」
「ごめん。けど、本当に安心しただろ? 俺、それを見てすげぇ嬉しかったんだ。こんな一ファンの俺相手に、ちょっとでもやきもち焼いたりしてくれたおまえが嬉しくて……」
「や、やきもちなんて!」
総司は声を大きくして、否定しようとした。だが、とたん、くるりと向きをかえられ、濡れたような黒い瞳で見つめられる。
それから──とびきり甘いバードキス。
唇にふれた柔らかな感触に、総司はふぅっと全身から力が抜けてしまうのを感じた。いつだってそうなのだ。
この人にふれられると、どきどきして、とろけちゃって、何もかも彼にまかせゆだねてしまう。
「やきもち……焼いてくれた?」
そうキスの合間に、囁くような低い声で訊ねられ、総司は潤んだ目を見開いた。
が、もう隠せないし、隠すつもりもない。
だって、ぼくはこの人に恋して、夢中なんだから。
「……うん」
彼のシャツにぱふんと顔をうずめ、総司は小さく頷いた。恥ずかしくて、顔をあげられない。
そんな総司をわかっているのか、土方は優しく抱きしめたまま、髪や耳もとにキスの雨を降らせてくれた。
……あぁ、本当に。
ずっとずっとこのままならいいのに。
恋人ごっこの期限は、もう明日。
明日までの恋なのだ。
それを考えると、身も心も地へ沈んでしまいそうだった。彼を失ったら、もう立ち直れないかもしれない。
これからも毎日の中で、彼が傍にいなくても大丈夫なの?
前の生活に──彼を知らなかった頃のぼくに、本当に戻れるの?
総司は彼の胸もとに顔をうずめたまま、ぎゅっと目を閉じた。
そんな自信、全然なかった。
そんなの、あって欲しくもなかった……。
[7DAYS]
どんどん好きになって
世界中で彼以外、見えなくなるぐらい
夢中になっちゃった恋が
期限つきだなんて
幸せなのかな?
それとも、やっぱり不幸せなのかな?
その日の夕刻、総司は土方に連れ出された。
ある程度きちんとした恰好をするよう云われ、あれこれ選んで貰って身支度した。むろん、土方もスーツ姿だ。
「どこへ行くのですか?」
そう訊ねた総司に、土方は車のハンドルをきりながら答えた。
「ディナー」
「って……晩ご飯?」
「になるな。たまには贅沢しよう。ホテルのメインダイニングとってあるんだ」
「う。メインダイニングって……フランス料理?」
堅苦しいからやだなぁと、思いっきり顔に出してしまった総司に、土方はくすっと笑った。
「違うよ。あそこのホテルのメインダイニングは、広東料理なんだ。とても綺麗な盛りつけだし、うまいし、何より箸で食べられる」
「あぁ、よかったぁ」
「そんなにフランス料理とか、いやなのか」
「だって、かちこちになってナイフだフォークだって、すっごく疲れちゃうんですもの」
「何だか経験に基づいてる言葉だな」
「うん」
はふっと息をついてから、総司は言葉をつづけた。
「一度だけね、うちの事務所の原田社長に連れていって貰ったことがあるんです。でも、すっかり疲れちゃって。というか、原田さんも馴れなくて疲れたみたいで、後で二人で屋台のラーメン食べにいっちゃいましたけど」
「それはそれは」
くっくっと喉を鳴らし、土方は笑った。
「まぁ、屋台でラーメンの方が確かにうまそうだけど」
「でしょ?」
「けど、今日の中華は本当にうまいよ。何も気にせず、好きなだけ食べていいからな」
「もしかして、奢り?」
「もちろん」
土方は黒い瞳で総司を見つめ、笑ってみせた。
「恋人同士の食事の場合、彼氏である俺が奢るのは当然だと思いますよ」
冗談めかして答えた土方に、総司は「わぁい♪」とはしゃいだ声をあげてみせた。
だが、恋人や彼氏という言葉に、どきっと心臓が跳ね上がったのも確かなことだった。
今日でラストなのだ。
泣いても笑っても、彼が恋人でいてくれる最後の日。
だったら、明るい笑顔でいようと思った。
この七日間、自分のわがままにつきあってくれたこの人に、少しでもよく思われたいから。
せめて嫌われたくないから。
ほんのちょっとでも、自分といることが楽しかったと──そう思って欲しい。
(……それぐらい、願ってもいいよね?)
総司は膝の上に置いた手を、ぎゅっと握りしめた。
土方の言葉どおり、とてもおいしい食事だった。
売れっ子歌手である総司を気づかってか、ちゃんと個室をとってくれたので何の気兼ねもなく、ゆったりと食べることができる。
次から次へとはこばれてくる料理を、総司は旺盛な食欲をみせて、ぱくぱく食べた。
それを眺めながら、土方が笑う。
「いつも思うことだが、それだけ食べるのに何でそんな細い躯なんだろうな」
「うーん、歌手ってスポーツ選手と同じですから」
総司は小首をかしげた。
「本当に体力いるし、ぼくは全身で歌っているので、コンサートの後なんかもうぐったりなんです。だから、その分、しっかり食事でとっておかないと倒れちゃう」
「それは大変だ」
「土方さん、ぼくのコンサートに来たことないって云ってましたよね」
「あぁ、すまない。DVDとかでは見たんだが、残念ながら生ではまだだ」
「コンサートって疲れるけど、でも、ぼくはだい好きなんです」
総司はデザートの杏仁豆腐を食べ終えると、瞳をきらきらさせながら話した。興奮のためか、なめらかな頬が薔薇色に紅潮している。
「お客さん達と一体感があるというか。お客さん達の声援の中で唄うことが、とっても楽しくて。ぼくも夢中になってしまうのです。やっぱり、テレビのスタジオとかで唄うのとは、まったく別の感覚ですね。ぼくのコンサート、これでもなかなか人気があるんですよ」
「当然だろう。だが、それはぜひ行かないとな」
「えぇ、来て下さいね。あ、そうだ。次のコンサート、チケットあげましょうか? だったら、来てもらえるし……」
つい明るい声で誘ってしまった言葉が、不意に途切れた。
どこか切ない、複雑なまなざしでこちらを見つめている男の表情に、はっと我に返ったのだ。
この人は──七日間限定の恋人だった。
七日間だけの、恋人ごっこ。
なら、コンサートに来て下さいって誘うなんて、とんでもない話だ。
この後も、彼との関係がどんな形であれ続くはずがないのに。
ううん、続いた方が怖い。
恋人でなくなってからも、ただのお友達から知人になって関係がつづくなんて。
そんなの、もっともっと辛い話だろう。
この人にふれる事ができないのなら、恋することさえ許されないのなら、もう顔をあわさない方がいいのだから。
どんなに悲しくとも。
二度と逢わない方が……
「……ごめんなさい」
総司は俯き、きゅっとナフキンを握りしめた。
長い睫毛が頬に翳りをおとす。
「チケットなんて……送れるはずもなかったです。だって、今日で全部終わりなんだもの……」
「総司……」
「本当に、ごめんなさい」
小さな小さな声で謝った総司に、土方は何も云わなかった。ただ黙ったまま、目の前で俯く少年の姿を見つめている。
やがて、僅かに嘆息すると、ゆっくりと立ち上がった。
個室の大きな窓外に広がる都心の夜景にちらりと視線をやってから、静かに歩み寄ってくる。
テーブルをまわって総司の傍までくると、柔らかな仕草で少年の手をとりあげた。
「……ぁ」
不意に、その手の甲に唇を押しあてられ、総司は目を見開いた。
驚いて顔をあげたとたん、こちらを見つめる綺麗な黒い瞳にどきりとする。
思わず息をつめて見つめ返すと、静かな声で囁かれた。
「歌姫に、頼みがある」
「……え?」
「一度でいい。おまえの歌を俺に聞かせてくれないか」
「土方…さん……」
総司は桜色の唇を震わせた。頬を優しく、手のひらでつつみこまれる。
「最後に、おまえの歌をどうしても聞きたいんだ」
「……」
最後という彼の言葉に、すうっと息を吸い込んだ。
心の奥底がじくりと痛み、熱い涙があふれそうになる。
だが、総司は懸命に瞳をこらし、彼を見つめた。
このたった七日間で。
世界中の誰よりも、好きになってしまった男を。
だい好きな、愛しい彼を。
あぁ……そうなのだ。
ぼくは、この人を愛してる。
もう好きだとか、だい好きだとかなんて言葉では云いつくせない。
愛してるという言葉さえも、突き抜けたどこかで。
ずっとずっと、誰よりも愛してる。
だったら、この人のために歌うことは、ぼくの至福じゃないだろうか。
世界中の誰よりも、愛する人のために唄う。
それは、どんな歌い手でも、一度は夢見ることなのだから。
「……わかりました」
やがて、総司は静かな声で答えた。
いつもの可愛くて幼い総司からは想像もつかぬほど、凜とした表情で彼を見つめると、答えたのだった。
土方さん、あなたのために唄います──と。