[2DAYS]
はじめての恋は
甘い甘い
いちごミルク
「わぁ、綺麗―!」
総司は思わず歓声をあげ、両手をたたいた。
その隣に腰かけた土方を見あげ、「ね、すごいですよね♪」と笑いかける。
それに、土方は優しく微笑んでくれた。
二人は今、デートの定番、TDRに来ている。ディズニーシーの方で、昼間の水上ショーを見ている処だった。
なかなかいい場所で見れたので、総司も大喜びだ。
「あぁ、素敵だったぁ♪」
総司はうっとりした声で云いながら、立ち上がった。その綺麗な可愛い顔には、ちょっと大きめのサングラスを掛けている。どこかちぐはぐした印象だが、これも売れっ子歌手の外出には必須アイテムだった。
幾つかのアトラクションを回った後、総司は土方にポップコーンを買ってもらった。
ストロベリー味のポップコーンだ。
可愛いピンク色のボックスに入れてもらうと、総司はそれをたすき掛けにした。
頭にはミニーの帽子をかぶっているし、どこから見ても可愛くてキュートな女の子だ。ミッキーのを買おうとした総司に、土方がこの方が変装になるとミニーの帽子をかぶらせたのだ。
総司は複雑な気分だが、誰が見てもよく似合っていて可愛らしい。
「あのね」
ポップコーンを食べて歩きながら、総司は云った。
「こういうの、外で食べるの初めてなんです」
「? 外でって?」
「んー、だから、移動の時に車の中とかで食べたりする事ありますけど、外で歩きながら……それもTDLとかで食べるなんて、初めてって事です」
そう云った総司に、土方は小首をかしげた。
「友達とかと、店に寄ったりしないのか? 学校帰りとかに」
「した事ありません。というか……友達と一緒に帰った事もないし」
「それは、つまらないね」
「えぇ、すっごくつまんないんです」
総司はくすっと笑った。だが、その笑顔は明るい。
「友達もいないし、恋人もいないし。今度のオフだって、土方さんが連れ出してくれなかったら、ずーっと家の中で一人ぼっちでした」
「それも何だかな」
「ね、そう思うでしょ。毎日忙しくしてる時はいいんですけど、たまに、ふっと淋しくなるんですよ。ふつうの男の子の生活してみたかったなぁ……なんて」
「わかるよ、その気持ち」
「本当に?」
「俺も、時々思うことあるから」
「え」
総司は目を瞠った。
「思うことあるって……土方さん、やっぱり芸能人なの?」
「やっぱりって何なんだ」
「だって、その、すごく……恰好いいから」
耳朶まで赤くして答えた総司に、土方はくっくっと喉奥で笑った。
「ありがとう。けど、違うよ。俺はごくごく普通の一般人だ」
「じゃあ、どうして」
「俺が云ったのは、まぁ……色々とね。仕事のことじゃないけど、あの時こうすればよかったなとか、もっと別の道を選べばよかったなとか思う事あるだろ? おまえがさっき云いたかったのも、つまりはそれじゃないのか」
「そうかもしれませんね……でも、じゃあ、土方さん、今のお仕事は好きなんですか?」
「それは……どうだろうな」
かるく肩をすくめた。
「好きでもねぇが、なりゆきって奴かな」
「どんなお仕事してるのですか?」
土方はちらりと視線をあわせると、微かな笑みをうかべた。
どこか不可解な笑みが、その形のよい唇にうかべられる。
「秘密」
「え……」
「そういう個人情報は教えないつもりなんだ」
きっぱり云いきった土方に、総司はかるく息を呑んだ。
何だか、このデートが──恋人ごっこが、ビジメスライクなものだと断言されたようで、切なくなる。
きゅんっと胸奥が痛くなった。
大きな瞳を潤ませて俯いてしまった総司に、土方は苦笑した。手をのばし、そっと髪を撫でてくれる。
「総司……」
しなやかな指さきが頬を、耳裏を撫であげた。それに、ぞくりとする甘い痺れを感じてしまう。
息をつめて顔をあげた総司を、土方は濡れたような黒い瞳で見つめた。
「そんな顔をしないでくれ……きつい云い方をした俺が悪かった」
「ううん! 違うんです、ぼくが……っ」
総司はふるふるっと首をふった。
「あなたと一緒にいると、今までで一番夢みたいに楽しいから……幸せだから、一つでも、あなたのことを知りたいと思っちゃって」
男の瞳がふっと和らいだ事に気づかぬまま、総司は言葉をつづけた。
「でも……本当にごめんなさい。図々しかったですよね、あなたはただぼくの我が儘につきあってくれてるだけなのに。一緒にいてくれるだけで、嬉しいのに……」
「……土方歳三。年齢27才」
不意に云った土方に、総司は目を瞠った。
びっくりした顔で見つめる総司を前に、土方は淡々とした口調でつづけた。
「生まれも育ちも東京で、もちろん今も東京在住」
「……」
「食事はどちらかと云うと、和食が好きで。甘いものはちょっと苦手かな。あぁ、けど……」
身をかがめ、土方はくすっと笑った。
指さきで、総司の頬から唇を柔らかく撫でる。
びくんっと身を震わせた総司に、愉しそうに目を細めた。
「おまえみたいな……可愛い子の甘さは、好きだな」
「ひ、土方さん!」
「可愛くて甘いおまえを……いつか、食べちゃってもいい?」
「な、な……っ」
男の言葉を聞いたとたん、総司の顔がばばばっと真っ赤になってしまった。ぼんっと火でも吹きそうだ。
いくら初で世間知らずの総司でも、今の言葉が意味することはわかっていた。
(そんなの、そんなの……考えただけで、叫びだしそうだよーっ)
耳朶まで真っ赤にしたまま俯いてしまった総司に、土方は悪戯っぽく笑いかけた。
「ほんとうに可愛いな」
「か、可愛いって……」
くすっと笑ってから、土方は総司の方へまた手をのばした。手触りを楽しむように、なめらかな頬を大きな掌で包みこまれる。
綺麗に澄んだ黒い瞳で見つめられ、どきどきした。
「俺はおまえのファンだよ」
甘やかな低い声が、そっと囁いた。
「おまえの歌が好きで好きでたまらない、ファンだ」
「土方さん……」
総司の目が見開かれた。
それを見つめ、土方は静かに言葉をつづけた。
「それだけで……もういいだろう? 他には何もいらないだろ?」
「はい……」
こくりと頷いた。
本当にそうだと思った。
これ以上、この人のことを詮索して何になるというのだろう。
恋人ごっこ。
その間だけ、いっぱい楽しめたらそれでいいのだから。
総司はそう自分に云い聞かせると、またポップコーンを食べた。
ふわりと口の中にひろがる、甘い甘いストロベリーポップコーン。
いちごミルクは、恋の味。
そんなフレーズが、ふと、総司の頭の中にリフレインした……。
[3DAYS]
びっくり箱みたいに
あなたは、ぼくをどきどきさせるの
きれいな黒い瞳で
しなやかな指さきで
誰よりも優しい笑顔で……
翌日は映画とショッピングを楽しんだ。
彼曰く、定番デートという訳だ。
何の映画を見るかでかなり悩んだが、結局、今評判のファンタジーものになった。
その後、以前、スタッフから教えてもらったケーキ屋さんで、ケーキを買ってお持ち帰りした。
「お家でお茶しましょ」
とさり気なく(その実、どきどきしながら)誘った総司に、土方は一二もなく頷いた。
何しろ、ちょうど土曜日にあたっていたため、どのカフェもかなり混雑していたのだ。それなら、家でお茶する方がずっと気楽でいい。
総司がキッチンへ入ってお茶の支度をしていると、土方が入ってきた。
「何か、手伝おうか」
「いえ……大丈夫です。土方さんはお客様だから、坐ってて下さい。珈琲でいいですよね?」
「あぁ」
「リビングのソファで、待ってて下さいね」
「じゃあ、お言葉に甘えさせて貰うよ」
頷いた土方はちょっと笑ってみせてから、キッチンを出ていった。そのすらりとした長身を見送りながら、ふと思う。
馴れてるなぁ……と。
さり気なく気づかったり、エスコートしたり。
そのやり方はどれも優雅で洗練されていて、どう考えても──本当に彼は手慣れているのだ。
きっと、たくさんの女性とつきあったりしてきたのだろう。
ケーキ屋でケーキを選ぶ時もそうだった。どれにしようか迷っている総司に、苛立ったりする事もなく、丁寧な口調で店員たちと言葉をかわしながら、聞き出したお勧めをさり気なく教えてくれたりして。
(そりゃね、あの笑顔をむけられたら、どんな女性だってサービスしちゃうだろうけど)
どうしてだか、店員たちと談笑していた土方を思い出すと、胸の奥がじくじくした。まったく初めての感情の動きに、自分でも戸惑ってしまう。
総司はちょっと小首をかしげてから、また珈琲ポットを取り上げた。とぽとぽとお湯を注ぎ、珈琲をいれてゆく。
豆からひいてもいいのだが、そこまでやるほど珈琲好きでもないので、総司はいつもフィルターだ。それでもおいしいと土方は云ってくれたので、ちょっと安心していた。
「お待たせしました」
リビングへ危なっかしい手つきでトレイを持って入ってゆくと、土方は一角にある本棚の前に立っていた。何やら、そこに並んでいる本を眺めている。
「土方さん?」
トレイを置いてから呼びかけると、土方はふり返った。
「……あぁ」
「何か、面白いものでもありますか」
「いや……随分、たくさんの本が並んでいるなと思って。これ全部、おまえの本か?」
「まさか、違いますよ」
総司はくすっと笑った。
ソファに腰かけながら、答える。
「それは、ここの前の住人だったアキラさんのものなんです。あまり売れなくて、やめちゃった俳優さん」
「ふうん」
「このマンションの部屋はもともと事務所のものだから、ぼくは半年前に入ったばかりなんですけど。で、アキラさんの持ち物、その本棚だけが残されてあって。動かしてもよかったんですけど、何かもう面倒でそのままにしてあるんです」
「そのアキラって奴に持っていって貰えばよかったんじゃないのか」
「それが」
総司はちょっと表情を曇らせた。
「アキラさん、俳優やめたことショックだったみたいで、芸能界やめてから行方知れずなんですよ」
「よくある話だな」
「まぁ、芸能界って……けっこう怖い処ですから」
一瞬だけ、総司の瞳に昏い翳りが落ちた。
それに気づいた土方は歩み寄ると、そのすぐ隣に腰をおろした。ぱふんと傾いた総司の細い躯をそのまま、両腕の中に閉じこめてしまう。
「え……え?」
びっくりする総司に耳もとに、土方は唇を寄せた。
そっと囁きかける。
「おまえは歌姫だよ」
総司の目が見開かれた。それに、男は言葉をつづけた。
「今や、日本一と呼ばれている歌姫だ。おまえの歌声は、どんな奴の心でも癒しちまう。子供も大人も……たとえ、どんなに心が醜く黒い闇に染めた奴でも、おまえの歌には惹かれるんだ」
「……土方さん」
「おまえは、小鳥のように自由に歌えばいいのさ。歌を唄うの……好きなんだろう?」
「はい」
こくりと頷いた総司に、土方は優しく微笑んだ。
「なら、これからも歌いつづけてくれ。皆のために……こうして、一ファンとして心から応援している俺のためにも」
そう囁きざま、土方は総司の白い手をとった。
優しく、その手の甲に唇を押しあてる。
まるで姫君にでも対するようなキスに、総司は顔を真っ赤にしてしまった。
「わっ、な…何して……っ」
「キス。手の甲にするのは、敬愛なんだぜ」
「あ、敬愛……そ、そうなんですか」
「じゃあ、これは知ってるか?」
土方はふっと唇の端をつりあげると、総司の手を返した。そのまま、手首にキスを落とす。
視線だけあげて問いかけるが、少年には難しい問いだったらしい。
わかりません──と、ふるふる首をふった総司に、悪戯っぽく笑いかけた。身をのりだし、耳もとで、そっと囁いてやる。
「手首にキスは……欲望だ」
「!」
総司の目が大きく見開かれた。呆然としたまま、土方を見つめている。
だが、すぐに耳朶まで真っ赤になると、ものすごい勢いで土方の手から自分の手を引き抜いた。飛び退くように、ソファから立ち上がってしまう。
大慌てでリビングの隅へすっ飛んでゆく少年に、土方はたまらず笑い出した。
おかしくてたまらないらしく、腹をおさえて大声で笑っている。
「土方さん!」
その姿に、総司はからかわれた事にようやく気がついた。ぷうっと頬をふくらましてしまう。
土方はまだ笑いながら、総司にむかって両手を広げてみせた。
「ほら、戻っておいで」
「嫌です」
「そんな拗ねるなって。からかって悪かったから……もうしないよ」
「本当に?」
「あぁ。おまえが可愛くて、つい調子にのってしまった。すまない」
頭を下げてみせた土方に、総司は怒るのをやめた。
時間は限られているのだ。喧嘩なんて絶対したくない。
それに、可愛いと云ってくれた事が、とても嬉しかった。
云われ馴れている言葉なのに、土方に囁かれると、甘くとろけるような言葉になった。
まるで、いちごミルクみたいに。
総司がおずおずと歩み寄ると、腕がそっと引かれた。そのまま、ソファに坐る土方の膝上へ軽々と抱きあげられてしまう。
その事にちょっと驚いたけれど。
とても、どきどきしたけれど。
彼の腕の中は、とてもとても居心地がよくて。
広くて逞しい胸もとは、あたたかくて。
(……土方さん……)
総司は目を閉じると、男の胸もとへそっと身を寄せたのだった。
この時のぼくは、何一つわかっていなかった
恋することの
あなたを好きになることの
喜びも不安も
ひとり涙こぼす、せつなささえも……