……さて、ここでクイズ

嵐みたいに激しくて
ちょっとスリルにみちて
優しくて切なくて
いちごミルクみたいに甘い

ある日、突然やってくるものはなぁんだ?














[ Ahead ]



「早くこっちに!」
 もみくちゃにされそうになった総司を、マネージャーの磯子が慌てて引っぱった。
 それにほとんど引きずられながら、押し寄せるファンの中を、総司は映画館の入り口へと走り込んでゆく。
 握手をもとめ、あちこちからのばされる手。
 構えれる携帯電話。カメラのフラッシュ。
 総司がちょっと笑顔を見せるだけで、あがる歓声。
 超売れっ子歌手総司の人気ぶりを見せつける、ものすごい騒ぎだった。
 今日この映画館で、総司が作詞作曲し自ら唄った歌を主題歌とした映画が封切られるのだ。
 そのメインイベントのため、総司もこの映画館を訪れていたのだが───
「相変わらず、すごかったわねぇ」
 何とか中へ駆け込んでから、磯子はふうっと息をついた。
 それに、総司はにこっと笑ってみせる。
「でも、とても嬉しい事だよ」
「わかってるけど、総ちゃん、男の人にも女の子にも人気ありまくりだから」
「えへへ、嬉しい♪」
 総司は無邪気に笑った。
 思わず見惚れてしまうような、可愛い笑顔だ。
 正真正銘、18才の男の子なのに。
 誰もがその笑顔にノックアウトされてしまうと噂の、この可愛さandキュートさは、ほとんど犯罪的ではないだろうか。

(……この可愛いさじゃ、絶対よ〜)

 そんな事を、磯子はついつい考えてしまった。






 総司は、業界最大手の芸能社でも、ドル箱と称される超売れっ子歌手だった。
 自ら作詞も作曲もした歌を、甘く澄んだ声でのびやかに唄う。
 張りがあり、よく透るその声はうっとりするほど美しく、天使の声だと囁かれていた。また、男であるにもかかわらず「百年に一度の歌姫」とも云われている。
 聞くもの誰もが虜にされてしまう、その美しく澄んだ声。
 しかも、その容姿は少年なのに少女めいて、まるで可愛らしく清らかな天使のようなのだ。
 少し長めの、さらさらした柔らかな髪。
 煙るような長い睫毛に、美しい湖のように澄んだ瞳。
 ぷるんとした唇はまるで桜んぼのようで、なめらかな頬とあいまって、少女めいたイメージを人々にあたえた。
 華奢で小柄な体に纏うのは、いつもこざっぱりした白いシャツにジーンズなのだが、それが若鹿のように瑞々しい。
 まだ18才の少年でありながら、総司は、実力派歌手であると共に圧倒的な人気を誇るアイドルスターだった。

(その上、性格まで素直で可愛いと来てるんだもの、女の子だけじゃなくて、男の人にも人気あるはずよねぇ)

 磯子は、この仕事のためわざわざ来てくれたカメラマンに総司を渡しながら、ため息をついてしまった。
 この売れっ子カメラマンの斉藤も超一流の腕前で、なかなかのいい男なのだが、総司が前々からのお気に入りだ。けっこう人を選ぶと聞いている斉藤は、総司からの依頼なら二つ返事で引き受けてくれる。 
(まったく、もてもてなんだから)
 かく云う永倉磯子も、総司のマネージャであり、ずっとずっと前からの大ファンであり、この五つ年下の男の子がだい好きなのだが。
 ちょっと抜けてるところも天然なとこも、ついつい放っておけないし、保護欲というか母性本能くすぐりまくって可愛いくてたまらない。
 一生懸命、守ってしまうし、傍からあれこれ手を出してしまいたくなる。
 誰もが好いてしまう。
 可愛い可愛い、総司。

(んー、でも。恋愛感情とはちょっと違うのよね)

 磯子は横目で総司を眺めながら、思った。
 強いて云えば、ほんわかしてて世間知らずの弟を、はらはらしながら見ている姉の心境か。
「磯子ちゃん?」
 総司は斉藤との打ち合わせを終えると、いそいそと磯子の傍へやってきた。
 初めて逢った時から、総司はずっと年上の磯子の事を「磯子ちゃん」と呼んでいる。磯子も「総ちゃん」と呼んでいるので、マネージャーと歌手というより、友達同士のような仲の良い二人なのだ。
「あのね」
 舞台裏の方へと歩き出しながら、総司はこっそり磯子の耳に唇を寄せた。
「ちょっと、後で話があるんだけど」
「話?」
「うん、お願い」
「お願いだなんて……珍しいね、総ちゃんが」
 磯子はちょっと小首をかしげた。
 実際、総司はどれだけ売れっ子になっても傲慢になる事もなく、要求も少なく、いつも謙虚で控え目だった。それがまた、総司の長所でもあるのだが、時々はがゆくなる事もある。
「ちょっとだけ」
 総司は小さく笑ってみせた。
 よく花のようなと称される、きれいな可愛い笑顔だ。
 この笑顔にノックアウトされてしまった男女が、全国にどれだけいる事か。
 磯子は舞台裏までくると、頷いてみせた。
「わかった。滅多にない総ちゃんのお願いだもの、何でも聞いてあげるわ」
「えっ、ほんと?」
「だから、ほら、頑張ってきなさい」
「はぁい」
 総司はうきうきした様子で、舞台へと向かっていった。他の出演者に挨拶し、談笑しながら歩いてゆく。
 それを眺めながら、磯子は、いったい何のお願いだろうと、ちょっとだけ小首をかしげたのだった。
 数時間後、総司のお願いにぶっ飛ぶ事になるとも知らず。








「あのね、恋がしたいの」
 第一声はそれ、だった。
 え?と思わず聞き返した磯子に、総司は頬を桜色に染めながらごそごそと身動きした。
 場所は、総司の部屋だ。
 マンションの一室だった。一人住まいだが、なかなか広さもあり、とても心地がよい。
 もともと芸能社の持ち物なので、幾度か住人が代わっているため、総司がこの部屋に入ったのも半年ほど前だった。だが、総司はここがとても気に入っている。
 最上階ではないが、見晴らしもよいし、近くには公園もある。
 何よりもセキュリティがしっかりしているので、関係のない人間が入ってくる事もなく、その点が売れっ子歌手である総司には安心だった。というか、事務所的にはだ。無防備で、鍵をかける事さえ忘れてしまう総司は、普通のマンションになど危なくて住まわせられない。
 素直で優しくて可愛いが、総司はどこかすこーんと抜けているのだ。


 で。
 その可愛くてちょっと天然な総司が、何ですと?


「こ、恋ィっ?」
 裏返った声で訊ねてしまった磯子に、総司はこっくり頷いた。
 大きな瞳がうるうるしながら、真剣な表情で見つめてくる。
「あのね、十日後……オフがあるでしょ。一週間も」
「珍しくとれたオフよね」
「うん。あの時、ぼく、一人でぼーっとしてるしかなくて。歌の練習ばっかりしてるのもつまらないし。で、そういう時、恋人とかいたら楽しいだろうなぁと思って……」
「つまりは、恋したいというより、恋人が欲しいという訳?」
「んー、そうかな。……だめ?」
「事務所的には、駄目というより他ないわ」
 恐らく、事務所の所長である原田に聞いても、絶対駄目!という事だろう。
 売れっ子歌手である総司に恋人など、スキャンダル以外の何ものでもないのだ。
 だいたい、暇で仕方ないから恋人が欲しいというのも、いかがなものなのか。
 発想が逆ではないのか?
 やはり、総司の考えることはちょっと変わっている。
「やっぱり、駄目かぁ……」
 総司はため息をついた。それに、ふと気づいて訊ねてみた。
「一人が嫌なら、お友達と出かけたら?」
「だって、そんな人いないもの」
 ちょっと悲しい即答がかえってくる。
「学校もほとんど行ってなかったぼくが、お友達なんかいる訳ないじゃない」
「うーん、そうよねぇ……」
 実際、総司は少ない出席日数でも卒業できる学校に通っていたのだが、そこも今年の春に卒業したばかりなのだ。
 中学生の時からずっと歌手としてやってきた総司は、普通の学校生活というものを味わった事がなかった。というより、この年頃の男の子や女の子達とは、大きくかけ離れた生活をしているのだ。可愛い彼女とのデートは勿論のこと、男友達と遊びに行った事すらない。
「それに、お友達よりもね、出来たらこの辺りで恋人が欲しいというか……」
「ふうん。総ちゃんは、可愛い女の子とデートしたいんだ」
 磯子の言葉に、総司は小首をかしげた。
 何だか違うかも? という表情だ。
 自分でもよくわからないようだった。
「うーん……」
 両腕を組んで、考えこむ。
「可愛い女の子……そういう訳じゃないんだけど……」 
「じゃあ、もしかして逆?」
「? え?」
「男女問わずもてもての、歌姫総ちゃんなんだもの。ほら、素敵な男の人にエスコートされたいとか」
「お、男の人って……ぼく、ゲイじゃありませんよ」
「総ちゃんなら、どっちでもおっけーだって」
 けっこう本気で答えながら、磯子はちょっと小首をかしげた。んーと、指さきを唇に押しあてる。
「そうね、じゃあ……こうしよっか」
「え?」
「本当の恋人ができたらスキャンダルになるし、所謂、恋人ごっこ? 安全な人を見繕って、総ちゃんに紹介してあげるわ♪」
「紹介って、磯子ちゃんが?」
「そ。もちろん、独身・恋人なしの相手。問題おこったら大変だから、あたしが品定めした絶対安全な人を、オフの時に送り込んであげる」
「えぇーっ?」
 総司は目を見開き、慌てて両手をふった。
「そんなのいいよ。恋人ごっこだなんて、そんなのおかしいし」
「でも、七日間も一人ぼっちじゃ、いやなんでしょ?」
「そ、それはそうなんだけど……」
「じゃあ、決まりね♪」
 ぶ厚いスケジュール帳をバタンと閉じた磯子は、一件落着とばかりににっこり笑った。
 そんなマネージャー磯子を前にしながら、総司は(何か、違うんだけどなぁ……)と、ため息をついたのだった。







[ 1DAYS ]



それは、7日間の恋だった







 さてさて、待ちに待ったオフの日。
 一週間の初日である。但し、今日は木曜日。
 朝から総司はせっせとお掃除、お洗濯に励んでいた。
 実際、家事をするのは好きだ。家中をぴかぴかにして、洋服を綺麗に洗って、おいしいものを作って食べて。
 もしお酒が飲めるなら、ぷはーっとビールを一杯?
 いやいや、そんなオヤジ行動はしないけど、これこそ至福一時じゃないかなぁと、総司は思った。
 もちろん、歌を唄ってる時が一番幸せ♪ なんだけどね。


 ピンポーン!


 突然、軽やかな音でインターホンが鳴った。
 それも1階エントランスからではなく、玄関口でだ。
だが、総司は何も気づかず、いつもどおり無防備に「はぁい」と玄関口まで走っていった。相手も何も確かめず、ばたーんと扉を開ける。
「どちら様ですか?」
「……えっ」
 まさか、いきなり扉が開くとは思っていなかったのだろう。
 相手は一歩後ろへ下がり、驚いたように目を見開いた。
 だが、視線があうと、まだ戸惑いがちにだが、やわらかく微笑んでみせる。

(……うわー、恰好いい人!)

 すっきり整えられた癖のない黒髪に、濡れたような黒い瞳が、とても魅力的だ。
 頬から顎にかけての線がシャープで、男らしく精悍な印象をあたえる。
 形のよい唇は引き締まり、だが、今は優しげな笑みをうかべていた。
 ボタンダウンの水色のシャツとシーンズを、すらりと引き締まった長身に纏っていて。それがまたシンプルな装いなのに、どこか彼には人を惹きつける華があった。
 大人の男特有の色気とでも云うのだろうか。
 慌てて視線を落としたとたん、総司はまたどきりとした。一つ二つ釦が外されたシャツの合間からのぞく、褐色の逞しい肌に、かぁっと頬が熱くなったのだ。


「あ、あの……」
 もっと視線を落として口ごもった総司に、男はすっと手をさし出した。とても優雅で、しなやかな仕草だ。
「おはよう。よろしく」
「え……あ」
「俺は、土方と云うんだが……」
「あ……ぇ、えぇっ! 嘘っ!?」
 総司は目をまん丸にしてしまった。
 まさか、磯子が本当に紹介してくれるなんて!
 あんなの冗談だと思っていたし、あれきり何も云わないから総司自身忘れていたのだ。
 なのに。
 こんな恰好いい人を?
 それも……え、男の人を!?
 嘘!
「……嘘?」
 不思議そうに聞き返した土方に、総司はハッと我に返った。わたわた慌ててしまう。
 わざわざ頼みを聞いて来てくれた人に、何てことを云ってしまったのか。
 いやな気持ちにさせたら、本当に申し訳ないのに。
「ご、ごめんなさい」
 総司はすぐさま謝った。ぺこりと頭を下げる。
「びっくりしちゃって。磯子ちゃんがまさか本当に紹介してくれると思ってなかったので、変なこと云ってしまいました」
「磯子って……」
「永倉磯子ちゃん、ぼくのマネージャーです。いつも磯子ちゃんと呼んでるので」
「なるほど」
 頷いた土方に、総司は気がついた。慌ててスリッパを取り、框に並べる。
「ここじゃ何だから、とにかく上がって下さい」
「……いいの?」
「はい」
「じゃあ、遠慮なく……お邪魔します」
 土方は丁寧に挨拶し、部屋にあがってきた。リビングへ案内すると、物珍しそうに部屋の中を見回す。
 総司は慌ててソファのクッションを整え、席をすすめた。
 手早く珈琲を入れてはこんできた総司に、土方は嬉しそうに目を細めた。
「いい香りだ……珈琲いれるの上手だね」
「ありがとうございます。でも、味は……」
「うん、うまいよ」
 一口飲んでからにっこり笑った土方に、総司はぽっと頬を染めた。
 ゲイとかそういう趣味なかったはずなのに、彼を前にすると、どうしてだか胸がどきどき高鳴ってしまうのだ。
(すっごく恰好いいからかな……この人、もしかしてモデルさん?)
 磯子が紹介してくれたなら、きっと芸能関係の人だろう。
「えっと、その」
 総司は手を組み合わせながら、口火を切った。
「本当に無理なお願いで、土方さんもびっくりしたと思いますけど」
「……」
「でも、本当にいいのですか? 一週間も。それに、男のぼくの恋人ごっこなんて……本当は嫌なんじゃありませんか?」
「恋人ごっこ」
 くすっと土方は笑った。
「何だか可愛らしい云い方だね。けど、俺は全然嫌じゃないよ。もともと、おまえのファンだし……おまえは歌姫と呼ばれている歌手だ。男だとか女だとか、あまり関係ない気もするけど」
「フ、ファン?」
 びっくりした総司に、土方はちょっと照れくさそうに笑った。
「あぁ、ファンなんだ。残念ながらライブには一度も行った事ないが、CDは全部もってる。おまえの綺麗な歌声を聞いてると、癒されるんだ。だから……」
 綺麗に澄んだ黒い瞳が、まっすぐ総司を見つめた。
「だから、憧れの歌姫と恋人ごっこだなんて、嬉しいよ」
 優しい笑顔に、総司は恥ずかしそうに俯いた。
「ぼ、ぼくの方こそ……」
「え?」
「恋人ごっこの相手が、あなたみたいに恰好いい人だなんて……その、とても嬉しいです」
 そう云ったとたん、総司はかぁあっと頬を真っ赤にしてしまった。慌てて恥ずかしそうにクッションを抱きしめ、それに顔をうずめる。
 土方はちょっと目を見開いてから、小さく笑った。
 手をのばし、ぽんぽんと総司の頭をかるく叩く。
「ありがとう」
「い、いえ」
「とにかく、これから一週間……よろしく」
「こ、こちらこそ」
 総司は慌てて居住まいを直すと、ぺこりと頭を下げた。
「よろしくお願いします!」


 そして。
 この日から。
 七日間の恋人ごっこが始まったのだった。







 正確には、翌日からだった。
 初日はとりあえず、土方は「挨拶に来ただけだから」と帰ってしまったのだが、翌日の朝9時に迎えに来ると約束してくれた。
 ということは、デートなのだろう。
 総司は前日の夜、ベッドの上にいっぱい服を広げ、あれでもないこれでもないと悩んだ。
 あまり目立つ服を着たらまずいし、かといって、あまりダサイ恰好も嫌だ。何よりも、彼に可愛いと思われたいし……。
 そこまで考えてから、総司はかぁっと頬を赤らめた。

(か、可愛いって……ぼく、女の子じゃないんだから)

 わたわたと一人慌ててから、また服選びに戻ってゆく。
 結局、総司が選んだのは、淡いピンク色のTシャツに、ジーンズだった。もちろん、サングラスは必需品だ。

(本当は、グラス越しじゃない状態で、あの人を見たいんだけどなぁ……)

 そんな事を考えながら、朝、大急ぎで支度をしていると、ピンポーンとベルが鳴った。それに出てみれば、
「おはよう」
 やっぱり、そこに立っていたのは土方だ。
 だが、すぐ、形のよい眉を僅かに顰めた。
「朝からこんな事云いたくないけど……ちょっと不用心じゃないか?」
「え?」
「相手も確かめずに出るってのは、まずいと思うんだ。エントランスのベルじゃないし」
「あ……そうですよね。でも、そう云えば、土方さん、何で直接ここに?」
「暗証番号を教えてもらった」
「磯子ちゃんにですか。ここ、事務所の持ち物ですものね」
「それはともかく、今度からは相手を確かめろ。仮にも売れっ子歌手なんだから」
「……はい」
 強い調子で云われ、総司はしゅんとなってしまった。心配してくれているのは嬉しいが、怒られたのがちょっと悲しい。
 それに、土方は苦笑した。
「仕方がないなぁ」
 くしゃっと片手で髪をかきあげられる。
「そんな悲しそうな顔しないでくれ。おまえの事を心配して、つい云ってしまっただけなんだ」
「……ごめんなさい」
「とにかく、ほら、出かけよう。今日は初デートの日だし」
「初デート……ですよね。うん♪」
 たちまち、総司は明るい顔になった。
 昨日から、ずっとずっと楽しみにしていたのだ。
「どこへ連れていってくれるんですか?」
「それは、行ってのお楽しみ」
 土方はくすくす笑いながら、総司の細い肩を抱いた。すっと、さり気なく抱きよせられる。
 その事に、少年のなめらかな頬は、ほんのりピンク色に染まった……。