総司は芹沢の屋敷でも、離れに住まわされていた。
 旧館の一角であり、あまり他に人気もない。あたえられた部屋は狭く、殺風景だった。テラスのついた大きな窓前に、ぽつりとベッドがあるばかりだ。
 初めてその部屋を見た時、土方はまるで独房のようだと思った。
 だが、それも当然かと考えた。
 芹沢は、総司を人間扱いする気など全くなく、自分が気晴らしに痛めつける犬の檻を用意しただけなのだから。
 もともと土方も残忍な性格で血も涙もないとよく罵られたが、幸か不幸か、芹沢のような嗜虐生は全くもちあわせていなかった。ましてや、自分より弱いものに暴力をふるおうなどと思った事もない。
 だから、尚のこと芹沢が許せなかった。
 あんなにも小さく、儚げで華奢な総司を痛めつけ、それで快楽をえるなど狂っているとしか思えなかったのだ。
(男の風上にもおけねぇ下司野郎だ)
 そう忌々しげに舌打ちしながら、土方は壁の一角に手をかけた。そのまま、ひらりと手すりを跨ぎ、テラスに降り立つ。
「土方さん……!」
 すぐさま窓が開かれ、総司が駆け出してきた。
 彼の腕の中に飛び込んでくる。
 それを胸もとにきつく抱きすくめた。こみあげる愛しさに、その首筋や頬にキスの雨を降らせる。
「すまない、最近あまり来てやれなくて……」
 そう謝った土方を、総司は潤んだような瞳で見あげた。
 ううんと、小さく首をふった。
「そんな……謝らないで。こうして時々来てくれるだけで、嬉しいのです」
「総司」
 土方は総司の手をひいて部屋に入ると、ベッドの上に坐らせた。
 今夜は芹沢が留守だと聞いている。そのため、ここを訪れたのだった。
 いったい、もう何度この部屋を訪れたことか。
 初めはただ他愛のない会話だけだったのだが、いつしか、その見つめあう瞳は熱をはらみ、指さきがふれあい、次第に二人は身をよせあうようになっていった。
 そして、恋に落ちたのだ。
 否、正確には、初めて逢った瞬間から、激しい恋に堕ちていたのだが。
「そう云えば」
 ふと思いだし、土方は小首をかしげた。
「おまえ、初めて俺と逢った時、びっくりした顔をしていただろ?」
「え? ……あ、はい」
「あれは何でだったんだ? 前に逢った事でもあったのか?」
「違うんです……」
 総司は頬を赤らめ、俯いた。
「平間さんから、怖いやくざの人だと聞いて、びくびくしながら珈琲を運んでいったんです。なのに、部屋に入ってみたら、まるでモデルみたいな綺麗な顔をした男の人で、びっくりして……」
「……」
「あなたみたいに優しい人がやくざだなんて、今でも信じられないけど……」
「……優しくなんかねぇよ」
 土方は照れたように、ぷいっと顔をそむけた。彼の顔が少し赤い。
「俺は、そんな優しいなんざ云われるような男じゃねぇよ」
「でも……土方さんは優しいです」
 総司は彼の胸もとに身をよせた。そっと小さな頭を肩の窪みに凭せかける。
「優しくなかったら、こんな……ぼくの事なんか気にかけてくれません。初めて逢った時も、優しく笑いかけてくれた」
「それは、おまえだったからだ」
 土方は総司の細い躯を抱きしめると、囁いた。
「他の誰でもないおまえだから……優しくしたんだ。俺は、おまえにしか優しくねぇ。おまえだけが可愛いんだ、大切なんだ」
「土方さん、ありがとう……」
 彼の言葉一つで嬉しそうに頬を染める総司が、たまらなく可愛かった。
 こうして恋人同士となってから、もう一ヶ月がたっている。だが、状況は何も変わっていなかった。
 相変わらず、総司は芹沢に飼われ、その事を知りながら土方は手出しできぬ状況が続いている。
 しかも、先日、近藤から釘を刺されていた。





「いいか、絶対に短気をおこすなよ」
 近藤は厳しい表情で云ったのだ。
 土方の言動から事を察したのだろう。
 女でも出来たのかと聞かれ、近藤には嘘をつけない土方は結局、総司のことを話してしまった。
 とたん、近藤は顔色を変えた。
「歳、おまえ……本気なのか」
「……」
「相手は子供で、しかも男だぞ。その上、芹沢の所有物だ。それに手を出したらどうなるか、おまえだってわかっているだろう」
「わかっているさ……」
「わかってるなら、今すぐ諦めろ。忘れろ」
 そう断言した近藤に、土方は黙ったまま首をふった。
 近藤はバンッとデスクを掌で叩いた。
「歳!」
「俺は絶対に、総司を諦めない」
「同情か? 憐れみか?」
「違う」
「なら、本気で惚れているのか。おまえは……破滅する気なのか」
「破滅……なんざする気はねぇが、そうなるかもしれんな……」
 視線をおとし、薄く笑いながら呟いた土方に、近藤は深く嘆息した。
 どさっとソファに腰を下ろすと、目の前に坐る親友を眺めた。しばらく黙ってから、問いかけた。
「……いったい、その子供の何がいいのだ」
「わからん」
 土方は両手を組み合わせ、固く瞼を閉ざした。
「俺だって理由なんざわからねぇんだ……」
「……」
「けど、総司と逢った時、世界中が初めて色を帯びたような気がした。初めて、本当の意味で呼吸できた気がしたんだ」
 顔をあげると、その黒い瞳で近藤をまっすぐ見た。
 長年、この親友を見慣れているはずの近藤も驚くほどの、真剣なまなざしだった。
「近藤さん、あんたはさっき憐れみかと云ったが、全く違うんだ。総司が俺を必要としているんじゃない。俺が……総司を必要としているんだ」
「歳……」
「俺にとって、総司は空気と同じなのさ。あの子がなければ生きてゆけない。もう……総司のいない世界など考えられねぇぐらい、大切なんだ」
 親友の驚くような告白に、しばらくの間、近藤は黙り込んでいた。
 やがて、ゆっくりと立ち上がると、窓際へ歩み寄った。
 背をむけたまま、云った。
「つまりは……絶対に引く気はない、という事だな」
「……」
「なら、今更おれが何を云っても仕方あるまい」
「近藤さん」
「だが、これだけは注意しておくぞ」
 近藤はふり返ると、厳しい表情で土方を見据えた。強面の顔が引き締まり、一種の凄味さえ漂わせる。
「いいか、絶対に短気をおこすなよ」
「……」
「おまえは一見すれば何にも動じん冷たい男に見えるが、その実、激しいものを内に抱えている。いったん火がつけば、手をつけられん暴れ馬と同じだ」
「ひでぇ云い方だな」
「本当の事だろう。だが、だからこそ、おれは心配しているのだ。その総司という少年に溺れるあまり、おまえが己を見失う事にならんのかと」
「……」
「いいな、短気だけは絶対におこすな」
 そう念押しした近藤に、土方は無言のままだった。
 この心底自分を心配し気づかってくれる親友に、返事しようとした。答えなければならないとよくわかっていた。
 だが、どうしても。
 応──と返答することが出来なかったのだ。
 近藤の言葉どおり、自分の荒い気性は誰よりも己自身がよくわかっていた。
 そして、総司に対する愛情の深さも。
 執着と独占欲は、自分でも驚くほどだった。
 こんなにも俺は人を愛することができたのかと、思った。そして、また、一瞬でも総司を手放してしまう事が辛くてたまらなかった。
 ずっといつまでも、この腕の中に閉じこめておきたいのに。
 なのに、現実には、総司は他の男のものなのだ。それも、あの唾棄すべき男の。
 それを思うだけで、かっと頭の中が熱く真っ赤になった。
 今の処はまだ、総司は手を出されていないようだが、いつ、芹沢の気が変わるかわからないのだ。言葉どおり、どれほど痛めつけても死なぬ程度に躯が丈夫になれば、すぐにでも虐ぶるつもりなのだろう。
 土方は思わず身震いした。
 自分の大切な、あの可愛い総司が傷つけられる。
 痛みに泣く時がくる。
 その様を思うと、恐ろしさで、こっちの気が変になってしまいそうだった。
 総司が傷つけられるぐらいなら、俺が酷い目にあわされた方がいい。幾らでも身代わりになってやる。
 俺は、総司のためなら、どんな苦しみでも痛みでも甘んじて受けられるのだから。





「……総司」
 土方はそっと囁くと、傍らに坐る総司の手をとりあげた。
 キスの雨をふらせようと右手のシャツをめくりあげる。とたん、びくんっと総司の躯が震えた。
 慌てて手を引こうとする。
 それに顔をあげた土方は、辛そうに唇を噛みしめてうつむく総司を見た。その様はどこか彼を拒絶しているようだった。

(……嫌がられている?)

 とたん、胸奥を鋭い痛みが貫いた。
 自然と顔が強ばってしまうのを、自分でもわかった。
「……総司?」
 伺うようにその名を呼んだ恋人に、総司はふるふると首をふった。そうしながら、懸命に彼の大きな手の中から、自分の手を引き抜こうとしている。
 その様に、土方はどす黒い疑念と怒りが己の胸を満たすのを感じた。
 声が低く凄味を帯びた。
「総司……」
 それに、総司が目を見開いた。
 今まで一度だって、彼にそんな声で呼ばれたことがなかったのだ。
 いつも優しい静かな声だった。なのに。
「……っ」
 喘ぎつつ、怯えた表情で土方を見つめてしまう。その表情がまた、彼の疑念に拍車をかけるとも知らず。
「……な、何でもありません」
 思わず口走っていた。
「何でもないから、だから……お願い、離して」
「どうして逃げるんだ」
「逃げてなんか……お願い、離して」
「だから、どうして……!」
 苛立った土方が声を荒げた。総司の手首を強くつかむと、強引にシャツを捲り上げてしまう。
 そして、いつもどおり、白い腕の柔らかな内側にキスを落とそうとして。
 とたん──大きく目を見開いた。
「!」
 そこには、焼け爛れた痕があったのだ。明らかに火傷の痕だった。
 煙草を押しつけられた痕だ。
 それも、酷たらしい事に一つや二つではなかった。
「……」
 愕然とした表情でそれを凝視している土方の前で、総司が泣いた。
 ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちてゆく。
「に、逃げられなかったの……っ」
「……」
「必死に抵抗したんだけど……芹沢さんに押さえつけられて、煙草押しつけられて。でも、そうじゃなかったら……もっと他の事をされていた」
 総司の言葉に、土方は弾かれたように顔をあげた。
「他の事って……躯を奪われそうになったのか!」
 総司は躊躇いがちに頷いてから、涙声で言葉をつづけた。
「それだけは…絶対に嫌だったから……っ」
「……」
「土方さん以外の人なんて。そんなのされるぐらいなら、舌を噛んで死んだ方が……っ」
「総司……!」
 次の瞬間、その細い躯は男の腕の中にきつく抱きしめられていた。
 背が撓るほど抱きしめ、その首筋に顔をうずめる。
「すまない……っ」
 低い、掠れた声が、男の唇からもれた。
 まるで、彼の方が泣いているような声だった。
「おまえを助けてやれなくて、すまない。こんな辛い目にあわせて……俺は……っ」
「土方さん、謝らないで……」
 総司は涙に濡れた長い睫毛を伏せると、そっと掌で男の背を優しく撫でた。
「ぼくは、前にも云ったでしょう? あなたと、こうしていられるだけで幸せだと……」
「総司……っ」
「ね、あんまり沢山の事を望んだら罰があたっちゃいますよ」
 身を起こすと、総司は土方を見あげた。
 そっと両手をのばし、男の頬をてのひらで柔らかくつつみこんだ。
「ぼくはね、あなたと逢えただけで幸せなの」
 静かに、微笑んだ。
 月明かりの中、その笑顔は泣きたくなるくらい清らかで、美しくて。
 まるで、天使そのもののような───
「もう、他には何も望みません」
 彼の瞳を見つめたまま、総司は囁いた。
「土方さん、あなたがいてくれる限り……ぼくはどんな事だって堪えられる……」
「総司……」
 土方の声が微かに震えた。
 そして。
 世界中の誰よりも愛おしい総司の躯を、再び己の胸もとへ引き寄せると、すべてから守るように強く抱きしめた……。








 その日、土方は初めて総司を外へ連れ出した。
 土方が総司のもとを訪れるのは、大抵人目を避けられる夜だ。だが、その日は後二日ほど芹沢が大阪へ行っているため、土方は総司を昼間に訪れ、そして大胆にも外へ連れ出した。
 数ヶ月ぶりに外へ出た総司は、少年らしく瞳を輝かせた。
 手をひいて屋敷の庭を抜け、裏口から出た。
 すぐさま番犬であるドーベルマンが吠えかかろうとしたが、土方が唇に指をあててみせると、静かになった。尻尾をふり身まですりよせてくる。
 それに、総司は驚いた。
「どうして? 前に……ぼく、すごく吠えられたのに」
「犬も生き物さ。ここへ来る時に声をかけてやったりしているうちに、懐かれちまったんだ」
 くすっと悪戯っぽく笑い、土方は総司とともに裏口から出た。近くの路肩に停めてあった車に乗せ、すぐさま発進させる。
 ガラス越しに見える空は、どこまでも青かった。
 綺麗に晴れ渡った初夏の空だ。
「いつもはもっと遠くに停めておくんだが、今日はおまえを連れ出すつもりだったからな」
 土方はハンドルを操りながら、ちらりと視線を流した。
「さぁ、どこへ行きたい?」
 あらたまって訊ねられ、総司は困惑してしまった。
 突然そんな事を聞かれても、すぐには思いつかない。
「どこって……」
「遊園地か」
「ぼく、そんな子供じゃありませんよ」
「子供だろ」
 声をたてて笑いざま、土方は手をのばし、くしゃっと総司の髪をかきあげた。それに、総司が真っ赤になってしまう。
 いつも逢うたびにふれあっている恋人なのだが、こんな明るい場所で彼の笑顔を見たのは、初めてだったのだ。
 何だか気恥ずかしくて、無意識のうちに自分が着ているシャツをひっぱった。が、すぐにそれが自分で洗濯はしているので清潔なのだが、もう擦り切れてボロボロである事に気づき、尚更恥ずかしくなってしまう。
 俯いてしまった総司に、土方は前を向いたまま低い声で云った。
「……まずは服でも買いに行くか」
「えっ?」
 驚いて顔をあげた総司に、土方は唇の端をあげてみせた。
「そんな驚く事ねぇだろうが。恋人なら服ぐらい買って当然だ」
「でも……ぼくなんかに服を買っても、楽しくありませんよ」
「それ、いったい、どういう基準で云ってるんだよ」
 土方はくっくっと喉を鳴らして笑うと、視線を左方向へ流した。ハンドルを切り、ブランドショップばかりが並んでいる一角へ車を入れる。
 駐車場に車を停めると、総司の手をひいて車から降ろしてくれた。適当に店を物色してから、ある一軒のやはり高級ブランドショップへ入ってゆく。
 総司が躊躇っていると、土方はふり返り細い肩を柔らかく抱いた。
「おいで」
 ガラス戸は両側に立っているガードマンが恭しく開いた。その挨拶を当然のように受けながら、土方は総司を連れて店へ歩み入った。
 すぐさま、店員が飛んでくる。 
 モデルばりの端麗な容姿に上質のスーツを纏った土方に、店内にいた店員も客も見惚れるような視線を向けた。だが、まさか、この男が実は、武闘派近藤組の若頭であり非情なやり口で知られた極道者だとは、誰も想像だにしないだろ。
 にこやかな笑顔の店員に、土方は肩を抱いた総司をさし示しながら、云った。
「この子に似合うものを、見繕ってやってくれ。あまり堅苦しくない、カジュアルなもので頼む」
「畏まりました」
 店員は素早い一瞥で、総司の年齢から体格を見て取ったようだった。
 すぐさま奥へ案内され、様々な服が用意されてゆく。
 総司の華奢な躯に、たくさんの高価な服があてられた。
 それを土方はソファに座って眺めた。店員が訊ねるようにふり返るたび、あれこれ指示して選んでゆく。
 ようやく決められた服を総司が試着して出てくると、土方は満足げに微笑んだ。
 淡い白のサマーセーターに、クリーム色のチノパン、白の紐靴まで、総司のもつ柔らかな雰囲気とあいまって、よく似合っている。
 土方はソファから立ち上がると、歩みよった。手をのばし、総司の細い肩から腕のラインをすっと指さきでなぞる。
「……いいな。よく似合ってる」
「でも」
 総司は俯いた。
「何だ」
「こんな……高い服、ぼく、買えるお金もってません」
「莫迦だな、俺が買うんだよ。おまえが心配する事じゃねぇだろうが」
「だ、だって……」
 口ごもってしまった総司に、土方はかるく身をかがめた。人目も気にせず、その細い腰に腕をまわして引き寄せると、柔らかなキスを耳もとに落としてやる。
「俺はおまえの恋人だろ」 
 甘やかに響いた低い声に、総司はぱっと頬を紅潮させた。恥ずかしそうに目を伏せてしまう。
 やがて、こくりと頷いた総司に、土方は喉を鳴らして笑った。
 もう一度だけキスを落としてから、すっと手を離す。
「これを貰おう。このまま着て帰るから、前の服は包んでくれ」
 店員をふり返り、土方はそう云った。
 支払いを済ませてから店を出ると、総司は慌ててお礼を云った。ぺこりと頭を下げた。
「土方さん、その、ありがとうございます」
 それに、土方はくすっと笑った。
「わざわざ頭下げられるような事じゃねぇよ。それに、云っただろう? 俺はおまえの恋人だと。それとも、おまえはそう認めてくれてねぇのか?」
「だって……ぼくなんかが……」
「おまえしかいらないんだ。俺はおまえがいいんだよ」
「土方さん……」
「だから、早く認めてくれ。俺はおまえの恋人だと」
 優しい笑顔でそう云ってくれる土方に、総司はなめらかな頬を火照らせた。
 嬉しくて嬉しくて、たまらなくなる。
(……こんなに格好よくて、優しい人がぼくの恋人だなんて……)
 頬を染めたまま微笑みかけると、土方の黒い瞳がとろけるように甘くなった。髪を指さきでさらりとかき上げられ、額にキスを落とされる。
 それに、総司はうっとりと目を閉じた。
 その時だった。
「──若頭」
 後ろから声をかけられたのだ。
 その聞き慣れない呼称に総司は気づかなかったが、土方はすぐふり返った。
 僅かに、切れの長い目を細める。
「……斉藤」
「こんな処でお買い物ですか」
 斉藤と呼ばれた若者は歩み寄ってくると、丁寧な口調で訊ねた。どうやら、近藤組の者らしかった。傍に寡黙そうな男を連れている。
 それに、ちらりと視線を投げた土方に気づき、斉藤は云った。
「山崎といいます。今度新しく入ったもので……近いうちに、若頭にもご挨拶させようと思っていました」
「そうか」
「こちらは、うちの組の若頭を務めておられる土方さんだ。ご挨拶を」
 促され、山崎は緊張した面持ちで頭を下げた。
「山崎と申します。以後、宜しくお引き回しの程を」
「あぁ」
 頷いた土方の傍にいる総司に、今度は斉藤の方が気づいた。僅かに小首をかしげる。
「新しいイロですか」
「いや」
 首をふった土方は、総司の細い肩をそっと抱き寄せた。
 小さく笑う。
「俺はそのつもりだが、こいつにはまだ認めてもらってねぇのさ」
「ひ、土方さん」
「こう見えても、なかなか強情でな」
 そう笑いながら総司の髪を指さきに絡める土方の表情に、斉藤は何かを感じとったらしく目を細めた。だが、すぐに視線をそらし、丁寧な口調で謝した。
「それは、失礼致しました。プライベートな時間をお邪魔してしまったようですね」
「構わねぇよ。それよりも、今から事務所へ戻るのか?」
「はい」
「なら、夕方には顔を出すと近藤さんに伝えておいてくれ」
「承知しました」
 すっと頭を下げた斉藤に、土方はどこか奇妙な一瞥をむけた。微かな笑みを形のよい唇にうかべると、そのまま踵を返す。
「……」
 総司の細い肩を抱いて歩み去ってゆく男の後ろで、斉藤はゆっくりと顔をあげた。
 しばらくの間、遠ざかる二人を見つめていたが、やがて僅かに嘆息した。
 胸ポケットから携帯電話を取り出すと、どこかのbプッシュした。
 もうかなり遠ざかった土方の背を眺めながら、口火を切った。
「……総代、今、土方さんと会いました」
 微かに眉を顰める。
「えぇ、そうです。近藤さんが言われていたあの子供を……はい、オレもかなりやばいと感じました。何しろ、相手が相手ですから……えぇ」
 相手の言葉に、苦笑した。
「それは勿論、わかっています。ですが、オレは若頭が大事なのです。あの人は絶対に失えない。あのままでは、若頭は……土方さんは破滅してしまいます。そうなってからでは、遅い。こんなこと、近藤さんもわかっておいでだと思いますが」
 斉藤は、遠くに見える土方と総司の姿に、目を細めた。
 駐車場に入っていきながら、土方が何か総司に耳打ちしている。とたん、可愛らしく頬を染めた少年に、笑った。
 滅多に見せた事のない、心からの幸せそうな笑顔だ。
 二人はじゃれあうようにしながら、駐車場へ入っていった。
 それは、誰が見ても、幸せそのものの恋人たちだった。
 その微笑ましいまでの光景を、冷たく澄んだ鳶色の瞳で眺めながら、斉藤はゆっくりと云った。


        「……オレが、あの子供を始末します」




 青空のどこかで一声だけ、鳥が鋭く啼いた。
















「ふたり一緒に逃げてしまおうか 後編」へ     贈り物と企画のお話へ戻る