彼の後をつけてどうしようという考えはなかった。
むろん、声をかけるつもりでもない。
だが、仕事とは思えぬ土方の様子に、胸奥が酷くざわめいた。
追ってどうなるの?
つけていって、悲しい思いをするのは自分じゃないの?
そんな言葉が頭の奥をかけ廻ったが、総司の足はとまらなかった。吸い寄せられるように土方の広い背だけを見つめ、追ってしまう。
土方は東山の方へ向かっているようだった。やがて、辺りは人気のない竹林の道となる。
しんと静まり返った竹緑の中、ちらちらと見え隠れする男の背を、総司は懸命に追った。だが、ふっと一瞬、見えなくなったと思ったとたん、彼を見失ってしまう。
「……え?」
総司は慌てて駆け出した。
どこか角を曲がったり、建物にでも入ったのだろうかと思ったのだ。
しかし、それは間違いだった。
「……何のつもりだ」
低い声がひびいた瞬間、心の臓が跳ね上がった。
慌ててふり返れば、土方がゆっくりと竹林の陰から歩み出るところだった。腕を組み、冷たく澄んだ瞳で総司を見据えている。
「あ……」
思わず後ずさってしまった総司に、土方は薄く嗤った。
「怯えるぐらいなら、つけるなよ。何で、俺なんざつけまわすんだ」
「ご、ごめんなさい」
総司は謝り、ぱっと身をひるがえした。その場から逃げ出そうとしたのだ。
だが、それは男の手によって阻まれた。大きな手のひらが総司の手首を掴み、乱暴に引き寄せられる。
ざぁっと足元で笹が鳴った。
総司の目が怯えたように見開かれた。
「な、何……?」
「それはこっちの台詞だ。さんざんつけ回した挙句、逃げるのかよ。えぇ? いったいどういうつもりだ」
「ごめんなさい、土方さん……許して」
「だから、謝るような事を何でしたのか、聞いているんだ。理由を云え」
「……っ」
桜色の唇が震えた。あ、と思った時には、ぽろりと涙がこぼれてしまっている。
総司は、心底己が情けないと思った。
追及された挙句、泣いてしまうなど、まるで小娘の泣き落としのようではないか。情けなくてみっともなくて、思わず俯いてしまう。
そんな総司に、土方は鋭い視線をあてているようだった。やがて、嘆息すると、手をのばしてくる。
「!」
不意に頬の涙を指さきで拭われ、総司は息を呑んだ。おそるおそる顔をあげれば、どこか困ったような表情の土方が見下ろしている。
「泣くな」
「……っ」
「あぁ、だから泣くなって。俺はおまえの涙に弱いんだよ」
そう云いながら、土方は総司の躰を引き寄せた。そのまま片腕で抱きすくめてくる。
総司はかあっと頬が火照るのを感じた。久しぶりの男のぬくもりと匂いに、鼓動が早くなる。
「……泣きやんだか?」
しばらく抱きしめた後、土方は優しい声で問いかけた。それに、こくりと頷くと、腕の力をゆるめられる。
顔をあげると、土方は静かに見下ろしていた。髪を撫でられる。
「相変わらず、おまえは可愛いな」
「土方…さん」
小さく彼の名を呼んだ総司の前に、男の手がさし出された。え? と見上げると、「来いよ」と云われる。
「え、あの……」
戸惑っている総司に苛立ったのか、土方は強引に手首を掴んだ。そのまま、足早に歩き出していく。
総司は驚き、声をあげた。
「土方さん、どこへ」
「俺の後をつけてきたのだろう? なら、最後まで見届けろ」
「……っ」
鋭い口調で命じられ、何も云えなくなってしまった。抗う事もできぬまま、連れていかれる。
竹林をしばらく歩くと、ぱっと道が開けた。見渡せば、道沿いに、ぽつりぽつりと何軒かの家が建っている。
どれもゆったりと庭がとられた建物で、豪奢ではないが、品のよい家々ばかりだった。
「あの、ここは……?」
「東山の奥だ。商家の寮が多いあたりさ。まぁ、中には」
声音に苦笑がにじんだ。
「妾を囲うための家もあるがな」
「――」
思わず息を呑んだ。
ここに彼が来た理由がわかってしまったのだ。
近いうちに、祇園の芸妓を囲うという話だった。
ならば、ここがそうなのか、彼の休息所があるのだろうか。
そんな処に来てしまった自分が、たまらなく惨めだった。
辛くて悲しくて、今すぐ逃げ出してしまいたくなるが、土方の手はしっかりと総司の手を掴んでいた。鋼のような手は力強く、びくともしない。
土方は総司の様子に斟酌することなく、足早に歩いた。やがて、一軒の家の前に立つと、その門をくぐってゆく。
さすがに総司も声をあげた。
「土方さん……!」
悲鳴のような声に、土方がふり返った。
「何だ」
「私、もう帰ります。帰りたいのです」
「ここまで来て何を云っている。少し休んでから帰れ」
「でも、私、この家に入りたくな……」
云いかけた言葉が途切れた。
土方が酷く冷たい笑みをうかべたのを、見たのだ。凍えるような瞳で総司を眺めてから、くっと喉を鳴らす。
「成程、おまえはわかっているのか」
「何を……」
「ここが何のための家かって事だよ。あぁ、そうだ。おまえの想像どおりだよ」
「土方さん」
「ここは、俺のいろを囲うための家さ」
「……っ」
我慢できなかった。逃げ出したくて、身を捩ってしまう。
だが、土方は決して力を緩めなかった。それどころか、総司の腰に片腕をまわし、より強く胸もとに引き寄せてしまう。
「いや……離して!」
思わず叫んだ総司に、土方は口角をあげた。
「絶対に離さねぇよ……二度と逃がすものか」
「やっ、いや……っ」
唇を片手でおおわれた。それに目を見開く。
そのまま強引に家の中へ連れこまれた。どんなに暴れても、土方は腕の力を緩めてくれない。総司を抱きすくめたまま、ぴしゃりと戸を閉めると、家の中へ引きずりこんだ。
がんっと框で膝を打ってしまったが、二人とも気づかなかった。躰より心の方がずっと痛みに苛まれていたのだ。
「お願い、こんな……やめて」
いつも優しかった彼が見せた狂暴な一面に、恐ろしくなった。
まるで、あの暴行の時のようだった。あの時も、総司が抗いつづける間、土方は酷く乱暴だったのだ。
その事に思いあたった総司は、ふと息を呑んだ。
もしかして。今もおとなしくしたら、優しい彼に戻ってくれる……?
総司は躰の力を抜いた。
突っぱねていた腕も降ろし、おとなしく土方の胸もとにおさまる。
とたん、土方の手の力が緩んだ。一瞬、手を離すような素振りをみせてから、今度はそっと優しく抱きすくめてくる。
それに、総司も抗おうと思わなかった。男に抱きよせられるまま、その肩口に顔をうずめる。あまつさえ、土方の背に両手をまわし、目を閉じた。
「総司……」
顔をあげると、土方が戸惑ったような表情で見下ろしていた。黒い瞳にあるのは、戸惑いと切なさだ。彼にそんな表情をさせている事に胸が痛くなりながら、総司は長い睫毛を瞬いた。
頬を両手でつつみこまれ、仰向かされた。そっと口づけられる。
唇を重ね、互いを求めあった。どんどん口づけが深くなり、夢中になっていく。
気が付けば、二人して畳の上へ坐りこんでいた。抱きしめあい、何度も何度も口づける。
まるで、ずっと引き離されていた恋人同士が、夢中で互いを求めあうようだった。否、そうなのだ。互いを愛し求めあいながら、ふれる事さえ許されなかったのだから。
「……愛してる……」
低い声で囁きかけた土方に、総司は目を見開いた。だが、すぐに小さく頷くと、両手をのばす。
「私も……私も、愛しています」
仮初めでよかった。
今だけで構わないのだ。
この人の傍にいられるのなら、優しくしてもらえるのなら、この夢のような一時に身を投じていたい……。
「あ」
不意に、腰と背中に腕をまわされ、抱きあげられた。そのまま奥の部屋へと運ばれる。
褥も何もなかったが、それでも、土方は己の羽織を脱いだ上に総司の躰を横たえてくれた。啄むような口づけをあたえながら、男の手は着物の帯や紐を緩めていった。たちまち、総司の白い裸身が横たわる。
それに羞恥を覚えたが、総司は抵抗しようと思わなかった。
一度は彼に抱かれた躰なのだ。
彼を受け入れ、優しく愛されたい。
あの夜のように、胸の尖りにふれられた時、びくりと躰が震えた。男の舌が舐めあげるのに、声をあげて身を捩ってしまう。
「……んっ、ぁ…ぁ、や…ぁ……っ」
そんな処が感じるなんて、おかしいと思った。でも、彼の指さきや舌がふれるたび、どんどん固くなっていくのがわかる。
土方がくすっと笑った。
「桜色だな……すげぇ可愛い」
「な…に……?」
「ここだよ、おまえのここ、舐めると桜色になる」
「そん、な云わないで……やっ、ぁあんっ」
ぐりぐりと舌で押しつぶすように舐められ、思わず身をのけ反らせた。彼の腰あたりにあたる自分のものが、びくびく震えているのがわかる。
それと同時に、着物ごしに感じる彼の熱にも頬が熱くなった。
自分を欲しがってくれているのだ。
それが嬉しくてたまらない。
やがて、土方は下肢に手をのばすと、総司のものを丹念に可愛がりはじめた。先っぽから裏側まで指さきをからめ、柔らかく扱きあげてくる。
「ぁ、ぁあんっ、や…ぁっ」
「気持ちいいか?」
「ぅ…ん、んっ、い…いぃ……ぁ…っ」
だが、土方は最後まで達させてくれなかった。中途半端に放り出し、濡れた指さきを下肢の奥へすすめる。
総司は思わず彼の腕に縋りつき、啜り泣いた。
「やっ……いかせ、て……っ」
「すまない。けど、いかせない方が楽だと聞いた」
「楽……?」
よく意味がわからない総司に微笑みかけ、土方は下肢の奥を指さきで探った。固く閉ざされた蕾を指さきで押し広げていく。
総司の顔が真っ赤になった。思わず身を捩り、逃げようとしてしまう。
「やっ! いやっ、やめ……」
「馴らさないと辛い思いをする」
「だ、だって……恥ずかし……っ」
「少しだけ堪えろ」
低い声で云いきかせ、土方は総司の蕾を優しくほぐし始めた。無理をしないよう慎重に指を入れて、押し広げる。
その行為が男を受け入れるためのものだとわかっていても尚、否、だからこそ、総司は恥ずかしくてたまらなかった。
以前は目隠しをされ、しかも彼だと告げられぬままの行為だったが、今は、互いを認識したうえで躰を重ねているのだ。
「ぁっ、は…ぁ、いやぁ……」
羞恥に両手で顔をおおい、啜り泣いた。だが、躰は男の思うがまま快楽に馴らされ、開かされていく。
やがて、土方が総司の両足を抱え上げた。あの時と同じように膝裏に手をかけ、押し広げてくる。
それに総司はびくりと躰を竦ませた。
一度抱かれたことがあるからこそ、あの痛みを知っているのだ。
その先にある快楽を知っていても尚、怖かった。
震えながら見上げると、土方が熱っぽい瞳でこちらを見下ろしていた。視線があうと、そのまま身を倒して口づけてくる。
「……愛してる」
低い声で囁きざま、土方は総司の両膝を引き寄せた。己の猛りを蕾にあてがい、慎重に腰を進めてくる。
「ッ、ぅ…く……ッ」
狭隘な蕾を熱く硬いもので押し広げられる感触に、躰が竦みあがった。反射的に上へ逃れようとする。
だが、土方はすぐさま総司の膝をしっかり抱え、引き戻した。唇を噛みしめると、一気に最奥まで貫く。
「ひぃ…ぁああッ!」
鋭い悲鳴をあげ、総司がのけ反った。より深く突き入れると、「いやあっ」と泣き叫び、身を捩る。
「あッ、ぁ…ぃ、やぁっ、痛いっ…やめ、て……っ」
「総司、暴れるな……頼むから、勝手に動くんじゃねぇ」
「や、だ…痛いっ、ぁっ、ぁ……ッ」
子どものように泣きじゃくる総司に、土方は眉を顰めた。頬に首筋に口づけ、総司の手をとって己の肩にまわさせる。
「俺に噛みついても、爪をたててもいいから……」
「…ぁ、は…ぁ、土方…さん……っ」
「いいな? しがみついていろよ」
そう云うなり、土方はゆっくりと動きはじめた。男の太い猛りが蕾に抜き差しされる。
「ぃっ、ぁあっ…やっ、やだぁ…っ」
たちまち、総司は泣きだした。苦痛のあまり男の肩に爪をたててしまうが、土方はかるく眉を顰めただけだった。何も云わず、総司の躰を抱きしめてくる。
「は…ぁっ…ぁ、ぁあっ、ひぃあッ」
「総司……っ」
「ぅ…んっ、ぁ、ぁ…ぁあ―――」
少しずつ総司の声が変わっていくのに、土方は気づいた。
二度目だと云っても、体格の差がありすぎるのだ。小柄な総司は男の腕の中にすっぽりとおさまってしまう。
そんな総司が完成された大人の男である土方を受け入れるのに、苦痛なしに済むはずがなかった。
だが、快楽もあたえてやりたい。少しでも、気持ちよくしてやりたいのだ。
その想いは現のものとなったようだった。
見下ろすと、総司の頬は淡く上気し、瞳も潤んでいる。抱きしめると、何も云わず抱きついてきたが、それでも、彼のものを受け入れた蕾は熱くとろけだしていた。それが堪らなく気持ちがいい。
「総司……総司、愛してる……っ」
思わず衝動のまま告げ、その愛らしい顔に口づけの雨を降らせた。そのまま抱きすくめ、抽挿をくり返してゆく。
次第に激しくなる律動に、総司は泣き声をあげた。だが、その声は甘く掠れている。
「ぁ、ぁあっ、ぁ……土方…さんっ、ぁ」
「総司……すげぇ熱い……っ」
「……私…も、ぁっ、ぁあっ、あ…そこ、すごい……っ」
感じやすい部分ばかりを抉り、擦りあげてやった。そうすると、総司が泣きながら腰を跳ね上げる。見れば、もう総司のものは蜜をこぼし、今にも弾けてしまいそうだ。
土方はそれを片手でぎゅっと握り、耳もとに低いなめらかな声で囁いた。
「一緒に……いこう」
「……一緒、に?」
快楽に潤んだ瞳が彼を見上げた。その艶めかしい表情に、より煽られる。
土方は頷くと、のしかかるようにして総司の躰を二つ折にした。そのまま激しく腰を打ちつけ始める。
最後の頂きに駆け上るための責めだ。
もう手加減などしていられなかった。欲情のまま貪りつくしてしまう。
「ひぃっ、ぁあっ…ぁっ、ぁあッ」
あまりの激しさに、総司は泣きじゃくり、男の躰の下から逃れようとした。
だが、それを許さず、何度も上から挿しこむように奥を穿つ。
細い指先が畳に爪をたて、桜色の唇から悲鳴がもれた。二人の躰の間で擦れる総司のものは、淫らにふるふると震えている。
「ぁあっ、も…だめぇ…っあっ、アアッ」
「……総…司……っ」
「あ、あ、あッ、ひぃ…ぁあああーッ」
一際甲高い悲鳴をあげた瞬間、総司の腰奥に男の熱が叩きつけられていた。それと同時に、総司のものも蜜を迸らせる。
土方はそれを片手で握りしめ、ぐっぐっとしごきあげてやった。熱はまだ蕾の奥に二度、三度と吐き出される。
前と後ろ、同時に感じる快感美に、総司は泣きじゃくった。
「ぁ、ぁあ…ぁ、ぁ…ついっ、やぁ……っ」
「……総司……」
はぁっと吐息をもらし、土方が総司の躰を抱きすくめた。二人の躰はまだ深く繋がっている。
身の奥にどくどくと脈打つ男の熱を感じた。
「……土方…さん……」
総司は汗にぬれた男の裸の胸に頬をよせ、うっとりと夢見るように目を閉じた。
次で完結です。ラストまでおつきあい下さいませね。