「きみはまた変わりましたね」
静かな声だった。
だが、何かの意味をふくんだ声音だ。
それに、茶を点てていた総司は、僅かに目を伏せた。
伊東の部屋だった。風雅を愛する彼は、時々、総司に茶を点ててくれるよう求める。それ程嗜んでいた訳ではない総司だったが、江戸で伊東に教えられるうち、なかなか上手く点てられるようになっていた。
「どうぞ」
そっと静かにさし出した椀を、伊東は鳶色の瞳で見てから取り上げた。
優雅な所作で飲んだ後、微かなため息をついた。
「茶も、かわった」
「……」
「きみは、土方君を殺めるつもりですか」
単刀直入に訊ねた伊東に、総司は何も云わなかった。黙ったまま、目を伏せている。
それに、伊東は低い声でつづけた。
「短慮はいけません。きみが今、土方君を殺めたりなどすれば、きみ自身の破滅に繋がります。心中でもするつもりなら、また別ですが」
「伊東先生は……」
「え?」
「先生は、それでも構いませんか?」
そう訊ねた総司に、伊東は僅かに眉を顰めた。椀を置きながら、聞き返す。
「どういう意味です」
「ですから、私が土方さんと心中するような事があっても、構わないのでしょうか」
「それは構いますよ。私がきみをみすみす見殺しにするはずがないでしょう。だが……」
伊東は微かに笑った。
「それがきみの心からの望みならば、仕方がない。私はきみを愛しいと思っていますが、また違った形で大切に想っていますからね」
「また違った形?」
「愛し方は、人それぞれだという事です。狂ったように執着する愛し方もあれば、ただ見守るだけの愛した方もある。だからこそ、彼は……」
そう呟いてから、伊東は鳶色の瞳で総司を見つめた。
秋めいた日射しの中、総司は静かに端座している。
華奢な躯に淡い色合いの着物を纏い、そうして儚げに目を伏せている様は、美しい花のようだった。
大きな瞳は憂いをおびて潤み、桜色の唇は接吻をもとめる。白い肌は透きとおるようで、傾けられた項から色香が匂いたつようだ。
明らかに、総司は変わった。江戸で伊東に磨かれた時も大人びた様子になっていたが、よりいっそう美しくなったのだ。
その美しさは、しっとりと濡れた花のような艶やかさだった。
「……手込めにでもされましたか」
そう訊ねられ、総司は、はっとしたように顔をあげた。
視線の先で、伊東がきつい表情になっている。
慌てて首をふった。
「違います、そんな」
「だが、契りを結んだ。そうではないのですか」
「それ…は、嘘ではありませんが……」
口ごもってしまった総司に、伊東は嘆息した。苦笑しながら、言葉をつづける。
「無理やりにしろ、合意にしろ、きみの躯はもう土方君のものなのですね」
「……」
「だから、彼を殺めたい。そう思ったのなら、それはきみの気持ちに添わない行為だったのでしょう」
総司は唇を噛みしめ、俯いた。細い指さきが着物を掴む様を眺め、伊東はまた嘆息した。
それに、総司が小さな声で答える。
「行為自体は……無理やりなどではありません。私自身も望んだのです。でも、その後で……」
「後で?」
「土方さんは、私を愛してないのに抱いたと云ったのです」
「それは、きみも同じ事でしょう」
静かな声で、伊東は云った。
「きみは復讐のために、彼に身をまかせたはずです」
「でも……」
今にも、総司は泣きだしてしまいそうだ。それ程、彼の言葉は衝撃であり、深く傷つけたのだろう。
長い睫毛を伏せ、唇を噛みしめている総司の姿に、伊東は思わず苦笑してしまった。
傍から見ていればこんなにもわかりやすいのに、人は己自身の心ゆえに何故迷ってしまうのか。
己自身の気持ちも、それがどこへ向うのかさえわからず、悩み、傷つき泣いている総司を見ると、堪らなくなってくる。
もう彼のことは忘れなさいと、云ってしまいたい。
総司が囚われている枷から解きはなち、愛してやると手をさしのべたくなるのだ。
(だが、きみは私の手を決してとらない……)
己自身の心に迷うのも辛いが、先が見えすぎてしまうことも辛いのだ。
伊東は縁側の向こうに広がる庭の光景へ目を転じると、己のやるせなさに苦笑した。
土方と総司の逢瀬は、何度も重ねられた。
場所は常に違ったが、そこにある濃密な空気は変わらなかった。
二人は抱きあい、躯を求めあったのだ。
だが、そこに気持ちがない事を、土方もよく理解していた。総司がまだ宗次郎と名乗っていた幼い頃から見つめ、慈しみ、愛してきたが故に、表情、瞳の動き、それだけで察する事ができた。
こんな行為を、総司が望んでないことを。望んでいないどころか、心の奥底では彼を拒絶している事を。
だが、それでも、手放す事などできなかった。できるはずもなかった。
気も狂いそうなほど愛し、求めてきたのだ。ようやく己のものにした総司を、今更手放せるはずがなかった。
さんざん女で遊んできた百戦錬磨であるはずの男は、今、総司という一人の若者に溺れ込んでいた。夢中で愛し、求めていた。本気の恋だからなのか、余裕も何もなく夢中で求めてしまう。
それ故、己の言動で総司が誤解し、傷ついている事に全く気づいていなかった。心が開かれていない事は知っていたが、その由は理解していなかった。
総司を切り捨て隊から追い出した事を、今も恨まれている。それ故だと思っていたのだ。
「……総司」
そっと呼びかけ、唇を重ねた。
総司が目を閉じて、その接吻に応じてくる。細い両腕が男の首をかき抱き、躯が密着した。
二人は今、深く繋がっている。
常に、土方は総司の躯を傷つけないよう気づかった。それ故か、当初の痛みは薄くなり、総司もすぐ快楽に喘ぐようになっている。
「……ぁっ……」
小さな甘い声をあげた総司に、土方は微笑んだ。ゆっくりと腰を動かし、いい処だけを擦りあげる。
総司のなめらかな頬が紅潮した。恥ずかしそうに睫毛を瞬かせ、男の逞しい胸もとに縋りついてくる。
「やっ…ぁ、ぁあ…ん…っ」
「総司……可愛いな」
「ん、ぁ…ん、ぁあっ…は……」
次第に、総司の瞳がとろりと潤み、快楽に溺れはじめた。
やがて、甘えたな舌ったらずな口調で「もっと」とねだり、身をすり寄せてくる。
抱くたびに白い肌が艶めき、瞳も潤み、咲きこぼれる花のように美しくなってゆく若者。
そんな総司に甘えられ求められて、拒絶できる男などいるはずもなかった。それが総司を狂ったように愛している土方なら、尚のことだ。
抱けば抱くほど、いっそう溺れこんでゆく己を、土方は自覚した。
いっそ何もかもわからなくなるぐらい、溺れこんでしまおうかと思う。
隊の事も忘れ、己の立場も矜持もかなぐり捨てて。
愛する総司と抱きあい、ともに堕ちてゆけるなら、どんな地獄でも永遠の至福となるだろう。
「土方…さん……?」
動きをとめていた為か、総司が不思議そうに彼を見上げた。
それを黙ったまま見つめる。
今夜は、出会い茶屋での逢瀬だった。真っ赤な褥の上に白い躯を横たえている総司は、まさに花魁もかくやの艶めかしさだ。
花のような香りがその躯から匂いたち、男を堪らなく欲情させた。潤んだ瞳や桜色の唇とあいまって、幼い色香で彼を誘いこむのだ。
「もっと…抱いて……」
総司が掠れた声で、囁いた。脚を男の腰にからめ、もっと深く受け入れようとしてくる。
「……」
土方は僅かに目を細めた。喉の渇きを覚える。
当初、総司が快楽に溺れればいいと思っていた。総司を繋ぎとめるため、その幼い躯に男の味を覚え込ませ、籠絡しようと思ったのだ。
だが、それが今はこの有様だった。逆に、土方自身が総司に溺れ込まされている。
(この俺が……なんてざまだよ)
思わず苦笑してしまったが、相手が総司であるのなら構わないと、つい思ってしまう。
総司を愛することができるのなら、どんな地獄に堕ちても構わないのだ。何もかも奪われてもいい。ただ一つ、総司だけがこの腕の中にいてくれるのなら。
己のなりふり構わぬ、人が知れば嘲笑の的となるだろう執着ぶりを、土方はよく自覚していた。未だ、隊の中では平静を装っているが、二人きりになればそんなものはどこかへ消し飛んでしまう。
総司が愛しくて愛しくてたまらなかった。
その細い躯を見れば、抱きしめてしまうし、ふれたくなる。優しく愛撫して、己の所有の証を刻み、一つにとけあってしまいたくなる。
もはや狂っているのかとさえ、思った。否、それは事実なのだ。
総司に、狂わされている──
「ぁ、ぁっ……ぁあっ」
膝上に抱きあげると、総司が艶めかしく悶えた。
男の肩に両手で縋りつき、不安げな切ない瞳で見つめてくる。黒眸がちの目が潤み、息を呑むほど美しい。
それに、土方はたまらない愛しさを覚えながら、掠れた声で囁きかけた。
「大丈夫だ、よくしてやるよ」
「で、でも……あっ」
「ほら、ゆっくりと……そう、いい子だな」
総司はおずおずと腰を下ろしていった。だが、身重で男の太い猛りを飲み込むのだ。怖くて仕方ないのだろう、躯が強ばっているのがわかった。
それに苦笑し、胸の乳首を悪戯するように舐めあげてやる。
「あっ」
総司が小さく悲鳴をあげ、仰け反った。その反応の良さに、くっくっと喉奥で笑う。
唇でふくみ、ねっとり舐めまわしてやると、たちまち総司が泣き声をたて始めた。それが可愛くて、尚更責めてしまう。
土方がぷっくり尖った乳首を交互に舐めるうち、総司の躯は柔らかくほぐれた。促すように背筋を指さきでなぞってやると、また腰を沈めてゆく。
「んっ…は、ん…ぅ……っ」
それでも、最後まで呑み込めないのだろう。あと少しという処でとまってしまった総司に、土方は柔らかく微笑んだ。
するりと細い腰に両手をまわし、掴む。そのまま、一気に下へ引き下ろした。
「ぁああーッ!」
甲高い悲鳴をあげ、総司が仰け反った。
身重により、男の太い猛りを全部ごくりと咥えこんでしまったので、その圧迫感と衝撃は凄まじいものだった。
「ぁ、ぁ…は…ぅ……っ」
男の逞しい肩にしがみつき、必死になってやり過そうとしている。開かれた白い腿が細かく震えているのが、視界に入った。
土方はその躯を膝上に坐らせ、ゆっくりと背を撫でてやった。そうしながら、総司の胸の尖りを指の腹で擦りあげたり、脇腹を撫であげたりしてやる。
ようやく総司が落ち着いたのを見てとると、緩やかに腰を動かし始めた。と云っても、土方ではない。総司の腰を掴んで上下させるのだ。
たちまち、総司が悲鳴をあげた。
「やっ、怖い……っぁあっ、ひぃっ」
「俺につかまっていろ。すげぇよくしてやる」
「だめ、これ以上…やッぁぁ…アーっ」
いやいやと首をふる総司の腰を、無理やり上下させた。その都度、己も突き上げてやれば、総司が愛らしい声で泣きはじめる。
深く唇を重ねたまま、激しく揺さぶりをかけた。そのうち堪らなくなり、再び褥に押し倒す。すらりとした両脚を肩にあげ、一気に貫いた。
「ひッ、ぃッ」
総司が目を見開き、悲鳴をあげる。
男の太い楔を蕾の奥に打ち込まれたとたん、凄まじい快感美が背筋を突き抜けたのだ。その波は何度も押し寄せ、総司をもみくちゃにしてしまう。
しがみついた総司を、土方は激しく責めたてた。猛りが突き入れられ、ぐりっと奥を抉り、また引き抜かれる。息もとまりそうな抽挿に、総司は泣き叫んだ。
「ぁあッ、やッぁああッ、ぁあっ」
「すげぇ…熱……っ」
「ん、ぁあっ、壊れちゃ…ぁあっ、ぃ、やああっ」
男の息づかいが荒くなった。頂きはもうすぐそこなのだ。
その事に気づいた総司は息を呑み、思わず身を捩った。何度も抱かれたが、どうしても慣れない。
奥に男の熱を注がれる時、いつも背筋を走る痺れに身震いした。ぞくぞくするような感覚が怖く、慣れることができないのだ。
「やっ……」
男の胸に手を突っぱね、首をふった。思わず泣きながら懇願する。
「な、中はいや!……やめて」
「ちゃんと始末してやる」
「でも、いやなの! こ、怖い……っ」
怯えきった表情で目を見開いている総司は、たまらなく男の嗜虐心を煽った。可愛いと思う一方で、このきれいな顔を泣かせてみたいと、いつも思ってしまう。
「怖くなんざあるものか」
「だ、だって…ひっ、やっ…ぃやあッ」
激しくなる男の突き上げに、総司は泣き叫んだ。必死になって逃れようとするが、男の力強い手にとらえられ身動き一つできない。
「おねが…ぃ、中は、やめ……っ」
「駄目だ……受けとめろ」
「ひっ、ぃっや、や…ぁああーッ!」
仰け反り泣き叫んだ瞬間、総司の腰奥に男の熱が叩きつけられた。泣きじゃくりながら逃れようとする総司を抱きしめ、吐精している間も腰を打ちつけつづける。
総司が頤を上げ、泣きじゃくった。
「ぃ…ぁ、あつ…ぃの、やぁァッ」
ぞくぞくするような妖しい痺れに、ぽろぽろ涙をこぼした。だが、一方で、甘い熱が腰奥をみたしてゆく。
「……ぁ、は…ぁ……っ」
やがて、華奢な躯が褥にぐったりと横たわった。
半ば呆然としている総司を、土方はそっと抱きすくめた。額に口づけを落としてやる。
「……総司」
低い声で囁きかけた土方を、総司が涙目で見上げた。それに、罪悪感がこみあげる。
「すまない」
思わず謝ってしまった土方に、総司がちょっと目を見開いた。彼が謝ったという事が驚きだったのだろう。やがて、それに納得したのか、こくりと小さく頷いた。
ほっと安堵の息をつきつつ、また抱きすくめる。
情事の後、深く繋がったまま抱きしめる行為は、とても心地がよかった。汗ばんだ肌をあわせると、そのぬくもりに夢のような幸福感がこみあげる。
今まで、情事の後、こんなふうに抱きあった事など一度もなかった。常に、土方は女との情交を終えたとたん、躯を離し、さっさと身繕いしていたのだ。
それが総司の場合はまるで違っていた。いつまでも、こうして抱きしめていたいと思う。
腕の中にいてくれる総司が、抱いた後なら尚のこと、可愛くて可愛くてたまらない。二度と離したくないと、思ってしまう程だった。
躯を離し、始末をしてやった後でも、その気持ちはつづいた。綺麗にした褥の上に総司の躯を横たえると、微かに潤んだ瞳で見上げてくる。それがまた切なくて、土方は思わず両腕で抱きすくめた。
「……総司、愛している」
胸もとに抱き込んだまま、想いをこめて囁いた。
それに、腕の中にいる総司が一瞬、苦痛を感じたような表情をした事には気づかない。
目を閉じ、頬をすり寄せた。
「おまえをこうして抱くことが出来て、本当に夢のようだ。いつまでもこうしていたいと、思ってしまう」
「……それは」
総司の目が細められた。冷笑が、その口許にうかぶ。
「伊東先生に奪われたくない、から?」
「……」
言葉に微妙な棘を感じ、土方は顔をあげた。思わず、総司の愛らしい顔を注視してしまう。
だが、彼に覗き込まれたとたん、総司はいつもの表情にたちかえっていた。最近よく見せるようになった、甘えるようなあどけない表情。
長い睫毛を瞬かせて見上げる総司に、土方はきつく唇を噛んだ。だが、そのまま言葉をつづける。
「……そうだな」
低い声で答えた。
「おまえを奪われたくない……それは本当の事だ」
「……」
「伊東にだけは渡さん。絶対にな」
総司が黙ったまま、目を伏せた。
今、隊の中でも、二人の関係は比較的穏やかな状態だった。
伊東が隊を離れていたのだ。初冬から長州へ旅に出ることが増えていた。偵察のためと称しているが、近藤はともかく土方は全く信じていない。
だが、何であれ、総司の傍に伊東の姿がない事は、土方の苛立ちを薄れさせた。
幾ら仕方がないと割り切ろうとしても、愛しい相手が他の男に寄りそう様を見て、平気でいられるはずもなかった。
胸を焦がすような怒りと嫉妬に、何度も我が身を灼いてきたのだ。
「総司、もう休め」
静かな声で云われ、総司はこくりと頷いた。
男の逞しい胸もとに甘えるように身を寄せ、目を閉じた。激しい情事にやはり疲れていたのか、眠りへと落ちてゆく。
長い睫毛はなめらかな頬に翳りをおとし、桜色の唇から甘い寝息がもれた。
まるで、人形のように可憐な寝顔だ。
「……俺の総司」
腕の中で眠る愛しい恋人を見つめながら、土方は低い声で呟いた。その髪に顔を寄せ、目を閉じる。
言葉どおり、自分だけのものだと思った。
この細い躯も、きれいな心も皆、自分のものだと。
だが、その言葉が偽りである事を、この身はともかく──心は彼のものではありえぬ事を、土方自身が誰よりもわかっていたのだった。
