やがて、土方はゆっくりと息を吐いた。
 じっと見上げる総司の前で、艶やかな黒髪を片手でかきあげる。
「本当に……わからねぇのさ」
 視線をそらし、呟いた。
 形のよい唇に、微かな苦笑がうかべられる。
「こんな家を用意して、おまえを誘い込んで、それで……この先どうするつもりなのか。おまえを愛したいと思う気持ちは真実だが、それでも、自分が何をしたいのか、さっぱりわからねぇ」
「……新撰組副長とは思えない言葉ですね」
「今の俺は、副長なんかじゃねぇよ」
 そう云い捨てた土方は、不意に総司の躯を抱きよせた。手当している最中だった総司は、あっと声をあげる。
「まだ、手当が」
「そんなもの、どうだっていい」
「でも」
「今すぐ、おまえが欲しいんだ」
 斬り合いのためか、土方は酷く気持ちがたかぶっているようだった。熱っぽい獣のような目で見つめられ、躯の奥がじんと熱くなる。
 だが、欲しいと思ったのは、総司もだった。
 傷を手当するため、袂をたくしあげたとたん、息を呑んでいた。見慣れたはずなのに、筋肉の張った逞しい太い腕に、彼の男っぽさを感じてしまったのだ。
 綺麗だと思った。
 顔だちは勿論のこと、この男は躯のすべてが美しく魅力的なのだ。鍛え抜かれた躯つき。ずっしりとした腰の動きに、すらりと長い手足。厚くて広い胸や肩。裸身を見たことがあるが、その引き締まった躯のすべてが綺麗だった。
 美しい獣のようだと思った。
「……抱いて」
 総司は、その美しい獣にむかって、両手をのばした。
 己の獲物である獣を罠にかけるため、潤んだ瞳で見つめ、嫣然と微笑いかける。
 男が息を呑むのを感じ、ひそかに満足した。少なくとも、彼は自分を欲しがっている。その事に痺れるような歓びを覚えながら、男の躯にしどけなく身を寄せた。
「抱いて……好きなだけ抱いて下さい」
「総司……」
「私を抱いて、めちゃくちゃにして……」
「……っ」
 土方が喉を鳴らした。そう思った瞬間、力強い腕が総司の細い躯を息もとまるほど抱きしめる。
 そのまま、乱暴に畳の上へと押し倒され、荒々しく着物を剥ぎとられた。何もかも、まるで奪いつくすような抱き方だ。
 だが──それでいいと、思った。
 愛などないとわかっているのだから。
 偽りの愛を囁かれるよりも、欲望を剥き出しにした獣のような彼に犯される方が、余程ましだ。
「……」
 総司は微かに笑うと、男の広い背にゆっくりと手をまわした。












 啜り泣きが部屋に響いていた。
 細い指さきが脱ぎ捨てられた着物を掴み、縋りつく。
「ぁ、あ、あっ、ぁあッ」
 桜色の濡れた唇から短い悲鳴がもれ、華奢な躯が艶めかしく悶えた。少年から青年へ、その過渡期にある躯はたおやかで美しい。どこか少女めいた感じさえ与える不思議な躯つきは、この若者特有のものだった。
 その躯にのしかかるようにし、男は激しく腰を打ちつけた。蕾に太い楔を力強く打ちこまれ、総司は泣き声をあげる。
「ぃ、ぃああッ、やぁっ」
 獣のような体位で抱かれていたのだが、もう肘に力が入らず、前に突っ伏してしまっていた。そのため、腰だけを突きだした淫らな肢体を晒していたが、もはや羞恥の意識さえなかった。
 男があたえる凄まじい快楽に狂わされている。
 まさに、獣のような交わりだった。濃厚な愛撫を施した後、土方はその濡れそぼった蕾に己の猛りを捩り込んだ。そして、総司が「もう許して」と泣き出すまで、さんざんに責めたてたのだ。
 一度吐き出した後のため、抽挿のたびに蜜があふれる。そのため、男の動きはより容易になり、また激しいものとなった。
 総司は、感じる部分だけを執拗に擦りあげられ、目も眩むような快感に悲鳴をあげた。
「ぅ、ぅあッ、ぃ、やあっ」
「総司……すげぇいい」
「あっ、あっ、も…許し、許してぇ…っ」
 必死に上へ這い上がろうとするが、男の力強い手が総司の腰を掴んで離さない。そのまま激しく猛りを突き入れられた。何度も最奥を容赦なく穿たれ、目の前がまっ白に燃え上がる。
「ひぃっ、ぃっ…ぃやあっ」
「は…っ…堪らねぇ……」
「ぁああッ、だ、だめ…いっちゃっ…ぁあああッ」
 一際高い悲鳴をあげた瞬間、総司は吐精していた。泣きじゃくりながら、蜜をまき散らしてしまう。
 とたん、男の猛りがきつく締めあげられ、土方も思わず呻いた。
「……くっ」
 奥歯を噛んで、やりすごす。
 喘いでいる総司の躯を後ろから抱きすくめ、まだ、とろとろと蜜をこぼすものを片手で握りしめた。びくんっと肩を跳ね上げる総司が可愛い。
「……気持ちよかったか?」
「ん、ぁ……も、だめ……」
「まだだ。俺は、まだ満足してねぇよ」
「あ、あ…堪忍……」
 首をふりながら、怯えたように泣きじゃくる総司に、土方は口角をあげた。
 どうして、こんなに可愛いのだろう。
 可愛くて可愛くて、何もかも喰らってしまいたいぐらいだ。いや、いっそ喰らってしまおうか。
 他の誰にも奪われぬように。
「っ、な…何っ? ひっ…ィ、やあっ!」
 総司の悲鳴が響いた。
 肩を押え込まれ、畳に押し倒される。そのままの姿勢で、ずんっと腰奥を太い猛りで穿たれた。衝撃に、思わず「ひぃっ」と泣き叫ぶ。
 そのまま、ぐりぐりと奥を抉られ、総司は腰の力が抜けるのを感じた。熱い痺れが躯を支配し、頭の中もぼうっと霞む。
 土方はやがて、味わうようにゆっくりと抜き挿しを始めた。引き抜く時は緩やかに、突き入れる時は一息にと、総司はそのたびに声も限りに泣かされる。
「はっ、ぁっ…あっ、ぁあッ」
「……ここ、いいだろ? ほら」
「あっ、やぁッ、ひぃアァッ」
 総司は畳に頬を押しつけ、泣きじゃくった。大きく開かされた太腿が細かく震えている。反らされた白い背が仄かな桜色に染まり、息を呑むほど凄艶だ。
 それを満足げに見下ろしながら、土方は総司のものを再び掴んだ。鈴口に親指を食いこませ、乱暴に擦りあげてやる。
 そうしながら、尖った乳首をもう片方の手で擦りあげれば、たちまち、総司は狂ったように泣き叫びはじめた。
「ぃやああッ、そん…なッ、やめ…っ」
「可愛いな、総司……感じやすい、いい子だ」
 くっくっと喉を鳴らして笑う男の声が聞こえているのか、いないのか。
 感じやすい部分を両方とも、悪戯な男の手で弄り回され、総司は淫らに悶え泣いた。必死に身を捩り逃れようとしているが、躯の中心に深々と男の楔を打ち込まれた状態では、嬲られるままだ。
「っ…は、あっ、ぁあッ、あっ」
「極楽にいかせてやるよ」
 そう囁きざま、土方は大きく腰を引きつけた。ずんっと最奥まで貫かれ、総司が悲鳴をあげたとたん、激しい抽挿が始まる。
 泣き叫び、やめてと懇願しても、土方は腰を打ちつけ続けた。ぷっくり尖った乳首を擦りあげ、総司のものも扱いてやりながら、抜き挿しをくり返す。
 もはや、総司の悲鳴は言葉にならず、獣じみたものとなっていた。奥を穿たれるたび、「あーッ」と掠れた悲鳴をあげ、仰け反っている。
 最奥まで深々と貫いた瞬間、柔らかな蕾に男の熱が叩きつけられた。どくどくと注ぎこまれる熱に、総司が大きく目を見開く。
「…ひぃぁああッ」
 細い躯がぴんと硬直し、足の指が折り曲がった。とたん、総司のものからも蜜が迸る。
 土方はまだ腰を動かしたまま、吐精をつづける総司のものも柔らかく扱いてやった。それに、総司が「ひぃっ、ぃっ」と泣きながら腰を跳ね上げる。
 最後の一滴まで注ぎ終えてから、土方はようやく満足して躯を離した。
 ぐったりと褥に倒れ込んだ総司は、あまりの快感に躯を震わせている。まだ余韻が残っているのか、腰を己の手で抱いて啜り泣いている様が、たまらなく可愛かった。
「……総司」
 そっと背中に口づけてやると、総司は目を閉じた。甘い吐息がその唇からもれる。
 まだ足りないのかと苦笑したが、そうではないようだった。ただ、安心しきった様子で、彼の腕の中へ凭れかかってくる。
 それに、土方は珍しい事だと思った。
 情事の前も思ったのだが、今夜の総司はやけに近い気がする。情事の最中も、総司の躯は強ばらず、柔らかく彼を受け入れてくれたのだ。
 むろん、あまり期待するなと己に云い聞かせはしたが、それでも、総司が少しでも心を開いてくれたなら、これ程嬉しいことはなかった。
 思わず、華奢な躯を包みこむように抱きしめてしまう。
 そんな土方に、腕の中の恋人は、甘えるように口づけを求めた……。












 土方の腕に抱かれていた総司が、小さく呟いた。
「……月」
「え?」
「ほら、朧月です」
「……」
 それに目をあげてみれば、確かに、朧月だった。
 竹林がすぐ近くにあるため、さらさらと笹の擦れる音が鳴る中、朧月はとても幻想的な光景だった。霞んだように見える月は、柔らかな光を地上に投げかけている。
 しばらくの間、二人は黙ったまま、それを見つめた。
 部屋の中は静まり返っている。先程までの獣じみた激しい情事が嘘のようだった。だが、それが事実である証に、総司の白い肌には花びらのような痕が艶めかしく散っていた。
 情事の後、いつものように土方は後始末をしてやり、綺麗にした褥の上で総司の躯を抱きしめていた。後ろから抱きすくめ、髪や首筋に口づけを落とした。
「躯……辛くないか」
「さぁ。辛いと云えば、もうやめにしますか」
「……」
「そんなこと出来ないでしょう?」
 くすっと笑い、総司は土方の胸もとに凭れかかった。淡々とした口調で、言葉をつづける。
「こうして、あなたが用意した家に来て、あなたに抱かれて……本当に、妾そのものですね」
「……」
「もちろん、あなたもそのつもりで、この家を用意したのでしょうけれど」
「違う」
「何がです」
「俺は……」
 土方は一瞬、躊躇った。だが、総司を背中から抱きよせると、髪に顔をうずめた。
 低い声が耳もとにふれる。
「確かに……俺は、おまえに逢えば抱きたくなる」
「……」
「そのためにも、この家を用意した。だが、それだけじゃない。俺は、おまえが……この家で休むことが出来ればいいと思ったんだ。隊を離れて、一人になりたい時もあるだろうと……」
「一人に?」
 小さな声で聞き返した総司に、土方はくすっと笑った。
「おまえは、昔から猫みたいだからな。甘えたなくせに、一人でいる事が好きだ」
「……」
「だから、そんなおまえにとって、常に人が周囲にいる隊での暮らしは辛いはずだ。時には一人になりたい事もあるだろう。そんな時、ここを使えばいい。俺に構わず、おまえの好きに使えばいいんだ」
 そう云った土方に、しばらくの間、総司は押し黙っていた。
 驚きのため、言葉が出てこなかったのだ。
 彼がそんなふうに、自分を見ているとは思ってもみなかった。そして、こんな気づかいをしてくれるとは、意外だった。
 確かに、総司は一人が好きだった。それ故、大勢の隊士たちに囲まれる生活は時折、息がつまりそうになるものだったのだ。だが、それに土方が気づいているとは思ってもみなかった。
 そして、何よりも、彼の言葉は総司にある疑念を抱かせた。


(土方さんは……私の病に、気づいているの?)


 まさか、とは思った。
 彼の前で一度も発作を起した事はないし、伊東もむろん口外していないはずだ。
 だが、この家を使えという言葉は、総司の躯を気づかっているように聞こえた。療養をすすめられている気がしたのだ。
「……」
 思わずふり返った総司は、大きな瞳で土方を見上げた。
 それに、土方が訝しげに眉を顰めてくる。
「どうした」
「……」
「俺の言葉が気にさわったか?」
「いえ……」
 首をふった総司は躯の向きをかえ、土方の胸もとに顔をうずめた。
 頬をよせれば、鼓動が聞こえる。彼のぬくもりを感じることができる。
 後ろから抱きしめられるのもいいが、こうして、彼の両腕に包みこまれるのも好きだと思った。
 安心できるのだ。
 とくんとくんと鳴る彼の鼓動を聞いているうちに、躯から力が柔らかくぬけてゆく。この腕の中が自分の居場所だと、思うことができる。


 何も心配しなくていい。
 ここなら、大丈夫。
 どんなに外が冷たくても、この人の腕の中にいれば安心だから……。


 まるで幼い頃にかえったような心地だった。
 そんなふうに思ってしまう理由を、総司はよくわかっていた。
 心の箍が外れたのだ。
 この家へ向う途中、土方が襲われているのを見た瞬間、思わず躯が動いていた。新撰組隊士としてなら当然だろうが、彼の破滅を望み、何度も彼を殺してやりたいと思った総司なら、そのまま傍観する事もできたのだ。
 だが、そんな事できるはずもなかった。
 土方を守るため、無我夢中で男たちの中に斬り込んでいた。病がちな己の躯の事も、まったく頭になかった。
 ただ、この人を守りたい。誰にも傷つけさせない。
 総司の中にあったのは、その想いだけだったのだ。


(私は……)


 総司は土方の胸もとに顔をうずめつつ、思った。
 もう、どうしようもない事なのだ。これ以上、自分に嘘をつけるはずもない。
 ずっとずっと前から。
 あの事があって傷つけられても、憎んでも、それでも尚。


(私は、土方さんを愛している……)


 それは紛れもない真実だった。
 途切れる事なくつづいてきた想いは、総司の心の奥深く、ひっそりと咲いていた。小さな花のように。
 だが、それを総司は切り捨てようとした。憎しみと復讐に我を忘れ、彼への想いを封じ込めようとしたのだ。だが、そんなこと到底できなかった。
 愛されていなくとも、ただの駒として扱われていても。それでも。
 この人が、好きなのだ。
 愛しているのだ。
 この世でただ一人。


 土方さんだけを、愛している。


 目を閉じた総司を、土方が優しく抱きすくめた。
 何度も何度も、そっと背を撫でてくれる。それが幼い頃を思い起こさせた。
「土方さん……」
 呼びながら、彼の腕の中で、そっと躯を丸めた。彼の胸もとに縋ったまま、膝を引寄せる。
 それに、土方がくすっと笑った。まるで包みこむように、すべてから守るように、優しく抱きすくめてくれた。
 額に、頬に、接吻が落とされる。
「おやすみ……総司」
 柔らかな眠りの中で。
 総司は、彼に愛される夢を見た……。 












 その後、総司は何度もその家を訪れた。
 土方と二人での時が多かったが、一人でのこともあった。
 彼が出張の時などは、一人でその家を訪れ、ぼんやりと過す事もあった。もっとも、つい彼の事ばかり考えてしまったのだが。
 伊東は、総司の行動に気づいているようだった。だが、何も咎めようとしなかった。
 ただ黙って傍観し、総司の好きにさせるつもりのようだった。むろん、伊東自身、それどころではなかったのだが。
「──隊を出ようと思っています」
 その事を告げられたのは、初雪が京に降り舞った日だった。
 総司が驚いて顔をあげると、伊東は澄んだ鳶色の瞳でじっと見つめていた。
「隊を出る……?」
 くり返した総司に、伊東は静かに頷いた。
「そうです。きみが今更驚く事はないでしょう」
「でも」
 総司は思わず首をふった。少し躊躇ったが、周囲に人気のない事を確かめてから、想いを口にした。
「伊東先生が何を思って隊に入られたか、わかっているつもりでした。でも、まさか……分離だなんて。ただ、隊を割るだけだと思っていたのです」
「きみは、まだまだ子どもですね」
 くすっと伊東は笑った。
「純粋で優しく、素直だ。人を疑う事を知らない」
「……」
「だが、だからこそ、土方君も手許におこうとしている。人は己にないものを強く求めますからね」
 そう呟いてから、伊東は視線を転じた。
 しばらく庭先に降る雪を眺めていたが、やがて、低い声で云った。
「もう……いいでしょう」
「え?」
「きみも気が済んだはずです。彼を切り捨て、私の元へもどってきなさい」
 伊東にしては強い調子の言葉に、総司は目を瞠った。
 どうして、こんな事を急に云われるのか、わからない。
「伊東先生……私は」
「きみは復讐のため、土方君に近づいた。そして、籠絡した。私の目から見れば、彼はもうきみに溺れこんでいる」
「そんな」
「今、きみが彼の手を離し、私と共に隊を出ていけば、それこそ地獄へ突き落とすことが出来るはずです。きみを失えば、土方君の矜持は傷つき、絶望する……すべて、きみの望んだ通りとなるでしょう」
「──」
 総司は呆然となった。


 彼を傷つける?
 彼を絶望させる?
 それが、私の……


「望んだ事です」
 押し黙った総司を見つめ、伊東は静かに云った。
「江戸を発つ時、総司、きみが望んだ事が成就するのです。考えるまでもないでしょう」
「……」
 返す言葉が見つからなかった。
 事実を突きつけられた総司は、ただ呆然と、伊東を見つめるばかりだった。