「……え?」
あまりに、あっさり云われたため、総司は目を丸くする他なかった。
呆然と見ていると、その様子を見下ろした土方が不意に声をあげて笑い出した。おかしくて堪らないとばかりに、くっくっと喉を鳴らして笑っている。
それに、ますます呆気にとられた総司は、思わず彼から身を離してしまった。からかわれたのかと思ったのだ。
「か、からかわないで下さい!」
半分怒りながら、総司は云った。
「私、真剣に悩んでいるし、真剣に聞いているんですから。なのに、こんなふざけるなんて」
「ふざけてなんかいねぇよ」
離れようとする総司の手首を掴んで引き戻しながら、土方が云った。綺麗に澄んだ黒い瞳で覗き込んでくる。
「この俺が、おまえ相手にふざけたりするものか。いつでも、俺はおまえの前では真剣だ」
「土方…さん……」
「あんまりおまえの様子が可愛くて、つい笑っちまったんだ。悪かった、すまん」
「……」
ぷうっと頬をふくらませた総司を、ますます可愛いと眺めながら、土方は言葉をつづけた。
「さっき云った事は嘘じゃない。俺は、猫に構いながら、おまえが猫だったらいいのになと、つい思っちまった。そうであれば、手元に置いて可愛がることが出来ると思ったしな。だが、まさか、こんな風に……」
と云って、土方は、ぴょこんと生えた耳を眺めた。
「耳や尻尾が生えるとは、思ってもみなかったんだ。俺の我儘のせいでとんでもない事になっちまって、すまない」
「い、いえ……」
思わず総司は首をふってしまった。
確かに、とんでもない事態にはなっているが、それでも、この猫耳と尻尾のおかげで、土方と想いを通じ合わせることが出来たのだ。怒る気にも責める気にもなれなかった。
「可愛いな……」
低い声で囁かれ、総司は顔をあげた。すると、土方は目を細め、総司の猫耳を眺めている。
しばらくじっと見つめてから、躊躇いがちに訊ねた。
「少し……さわってもいいか?」
「えっ、……ぁ、はい」
おずおずと頷いた総司に、土方が手をのばした。そっと耳にふれてくる。
とたん、びくびくっと震えてしまった。
何とも言えない奇妙な感覚が背筋を走り抜けたのだ。
「感じるんだな」
「え、は、はい……」
必死に動揺を隠す総司に気づかぬまま、土方は猫耳を柔らかく指先で撫でた。何度も撫でたり、薄い桜色の耳内をくすぐったりしてくる。
「……ぁ……っ」
たまらず、ぎゅっと目を瞑ってしまった。
いったい、何なのだろう、この感覚は。
彼のしなやかな指がふれるたび、腰のあたりに甘い疼きが走るのだ。
思わず土方の胸に縋りつくと、肩を掴んで引き起こされた。見上げたとたん、深く唇を重ねられる。
「っ、ん…ぁ、ぁ……っ」
何度も角度をかえて口づけられ、総司は陶然となった。男の逞しい腕に抱かれたまま、従順に口づけを受ける。
土方は口づけながら、総司の下肢に手をのばした。
だが、彼がふれたのは、尻尾だ。白い尻尾を柔らかく掴むと、指の腹で毛並みを逆立てるように撫であげた。とたん、総司が「ぁあ…んっ…」と甘い声をあげ、のけ反る。
まるで仔猫が甘えるような声に、土方はくっくっと喉を鳴らして笑った。
思ったとおりだ。
やはり、この耳と尻尾は、総司の快感を否応なく引き出すのだろう。
ぞくぞくするほど色っぽい声をあげる総司に満足し、土方は何度も尻尾を撫でた。
とくに根元あたりを撫でてやると、総司が啜り泣きながら縋りついてくる。無意識のうちにか、腰を押しつけるようにしているのが、可愛かった。
「ぁ、ぁあ…土方、さん……っ」
理解できぬ衝動に身を火照らせる総司に、土方は優しく囁いた。
「大丈夫だ、ちゃんとしてやるから」
そう云いながら、腕の中の小柄な躰を褥に横たえる。
怖がらせないよう、ゆっくりとのしかかり、そっと頬に口づけた。首筋、白い肌のあちこちにも口づけてゆく。
総司のものを愛撫すると、いやいやと首をふったが、尻尾と同時に撫でてやると、たちまち甘い声をあげて泣き出した。どうにも自分でも抑えきれぬ快感なのだろう。
もっともっととばかりに縋りついてくる総司が可愛い。
「後ろをむいて」
優しく促すと、総司は何の疑いもなく素直に体の向きを変えた。さすがに四つ這いにさせると、顔を真っ赤にして「いやぁ」と逃げようとしたが、尻尾の根元をくすぐってやると、とたん、褥に突っ伏してしまった。
「ぃ、やぁ…ぁッ、ん…それ、やだぁ…っ」
「嫌じゃないだろう? 気持ちいいだろう?」
「だって……やっ、ぁあっ、ぁんっ」
土方は、尻尾の根元を丹念に指の腹で擦ってやりながら、蕾にふのりで濡らせた指を挿しこんだ。さすがに狭いが、柔らかく熱く締め付けてくる。
丹念に揉みほぐしていくと、やがて、総司が頬を火照らせて喘ぎはじめた。尻尾と同時に行った事が良かったらしい。
だが、総司は華奢な躰つきだし、何よりも同性だ。苦痛を与えることは確かだった。
それでも、この仔猫のような総司を求めてしまうのは、男の性かと苦笑しつつ、土方は総司の躰を再び仰向けにした。
細い両足を抱え上げると、総司が不安そうな瞳で見上げてくる。
それに、思わず口づけた。
「大丈夫だ……俺にまかせていろ」
「はい……」
こくりと素直に頷く総司が愛しい。
土方はもう一度だけ口づけてから、濡れそぼった蕾に己の猛りをあてがった。ゆっくりと突き入れてゆく。
「ッ、ぅ……っ」
総司は息を呑んだ。信じられないような苦痛に、思わず上へずり上がろうとするが、男に下肢を抱えらえた状態では身動き一つできなかった。
いやいやと泣きながら首をふるが、土方は最後までしっかりと貫いた。男の太い楔が蕾の奥まで打ち込まれる。
「ひ…ぃっ、ぃやあッ」
最奥まで貫かれた瞬間、総司は悲鳴をあげてのけ反った。あまりの痛みと衝撃に男の肩にしがみつき、爪をたててしまった。
それに、土方は眉を顰めたが、咎めようとはしなかった。包みこむようにして、総司の小柄な躰を抱きすくめる。
「……すまない」
「やっ、も、やめてっ……土方、さん……っ」
「総司……」
腕の中で泣きじゃくる総司に、土方は辛そうな表情になった。だが、今更、やめられるはずもないのだ。
背中や腰を撫でていた土方は、ふと思い出し、尻尾を掴んでみた。白い尻尾もやはり力なく垂れている。それを愛しさをこめて撫でるうち、総司が小さく声をあげた。
「……んっ、ぁっ」
「総司?」
「や、だめ……それ、だめぇ」
甘えるような声で首を振る総司に、土方は、あぁと思わず笑った。
やはり、尻尾が感じるのだ。直接的に快感を呼び覚ますのだろう。
ゆっくりと愛しむように撫であげ、根元をくすぐった。そうしてやると、総司の蕾も柔らかく熱くなってゆく。
「もう動いていいか……?」
耳もとに唇を寄せて訊ねると、総司は潤んだ瞳で彼を見上げた。少し躊躇いがちにだったが、こくりと頷く。
「優しく…してね?」
「むろんだ」
土方はくすっと笑い、耳朶を甘噛みした。それにさえ感じる総司が可愛い。
細い腰を掴み、ゆっくりと動き始めた。蕾に挿しこまれた男の猛りが半ば抜かれ、再び、緩やかに突き入れられてゆく。
壊れ物を抱くようなやり方だった。実際、土方にすれば、総司は壊れてしまいそうな硝子細工にも等しいほど、脆く儚い。
「ぁっ、ぁあ…っ、ぁっ」
総司は初め怖がっていたが、やがて、土方が与える快感を追うようになっていった。ぴくぴくと猫耳を震わせ、甘い声をあげてのけ反る。
土方はたまらず総司の細い両足を抱え込むと、激しい抽挿を始めた。それでも乱暴な事はしない。その証に、総司は男の猛りを蕾の奥に打ち込まれるたび、甘い泣き声をあげた。
「ひぃっ、ぁあっ…ん、あッ」
「総司、気持ちいいか?」
「ぅ…んっ、ぃ、ぃいっ…ぁ、ぁああッ」
褥を握りしめ、総司は泣きじゃくった。強烈な快感美が何度も背筋を突き上げてくる。
土方は総司の躰におおいかぶさるようにして、腰を打ちつけた。男の太い楔が激しく蕾の奥を穿つ。
そのたびに、総司は目の前が真っ白になるような快感に、むせび泣いた。総司のものも濡れ、今にも弾けてしまいそうだ。
「ぁあっ、ぁあ、ぁ、い、いく……っ」
「イけよ……イっちまえ、総司……俺も……っ」
「ぃ、ああッ、ぁあっ…ひぃ、ぃああーッ!」
一際甲高い悲鳴をあげた瞬間、総司のものは勢いよく達していた。それと同時に、腰奥に熱いものが広がる。土方が己の熱を吐き出したのだ。
総司は目を見開いた。
「ぃ、やぁあっ、あっ、あ…か、感じるぅ……怖いっ…」
子どものように泣きじゃくる総司を、土方は必死に抱きとめた。抱きすくめ、汗ばんだ髪をかきあげ、瞳をあわせる。
「怖くねぇよ。俺だ、おまえを抱いているのはこの俺だ」
「土方…さ、ん……」
総司は啜り泣きながら、土方の逞しい胸もとに縋りついた。
怖いのか、切ないのか、何なのかわからない。
頭の中がぼうっと霞み、ひどく気持ちが不安定になっているのがわかった。だが、土方の両腕に抱きしめられると、安堵の吐息がもれる。
「……総司」
優しく口づけてくれる土方に、総司は目を閉じた。甘い口づけと、柔らかな愛撫。
愛しあう恋人たちの時は、夜の闇に甘く溶けた。
朝の光が褥に降りかかっていた。
白っぽい光に満たされた部屋はとてもあたたかく、優しい雰囲気だ。
総司はいつものように土方の胸もとに寄り添おうとして、ふと、気がついた。感触が違うのだ。
いつもは寝着ごしに感じるぬくもりが、直接伝わってくる。
「……?」
ゆるゆると目を開いた総司は、とたん、驚いた。
土方は帯一つ身につけない裸身で、総司をかき抱き、眠っていたのだ。しかも、自分も裸だ。
「な、何……これっ、何っ」
驚いて飛び起きた総司に、土方が目を閉じたまま眉を顰めた。
「……もう朝か? あと少し……」
掠れた声で呟くと、また、眠りに落ちてゆく。顔にかかった前髪のためか、いつもより子どもっぽく見える端正な顔を見つめ、総司は胸をどきどきさせた。
それから、周囲を見回し、とたん、気が付いた。
「あ、ここ……」
料亭の離れだった。上品で美しい設えの部屋だ。
昨夜、二人はここに泊まったのだった。そして、恋人同士としての契をかわしたのだ。
(私、本当に抱かれたんだ……土方さんに……)
総司は頬に手をあてながら、眠る土方を見つめた。
まだ信じられない、夢のような思いだった。告白された事でさえ夢のようなのに、今度は、体も彼のものにして貰ったのだ。
(あの、子供の頃から憧れていた『歳三さん』に、私が抱かれるなんて……)
ずっと片思いだと信じていた。
ふり返ってくれることなどありえない、想いを告げる日など永遠に来ない。ましてや、彼に愛されるなど、思いもつかぬ出来事だったのだ。
なのに、今、土方は総司の恋人として傍にいてくれる。あまつさえ、愛していると囁き、遂に昨夜は抱いてまでくれたのだ。
それが夢のように幸せであると同時に、総司はつい思わずにはいられなかった。
(いつまで、続くのだろう……?)
もともと犬猿の仲とまで云われていたのだ。
それが、猫耳になったことを切っ掛けに近づき、挙句、好きだとまで告げられた。
だが、それは、土方のような男にとって、気まぐれでない証はどこにもないのだ。むろん、土方がそんな生半可な覚悟で恋を告げてくれたとは、思っていない。真剣に愛してくれていることも、わかっている。
それでも、人の恋はうつろいやすいのだ。
総司が同性であり、病もちであることは、この恋に大きな障害となるはずだった。
ある日、突然、憑き物が落ちたように目が覚め、土方が美しい女に心を奪われないという証など、どこにもないのだ。
(こんな痩せっぽちで、生意気な私なんて……)
一度愛してくれただけでも、僥倖だと思った。
なのに、それが永遠に続くなど、思うだけで烏滸がましいだろう。
土方に本当に相応しいのは、自分ではなかった。聡明で美しい娘が、彼の傍には似合っているのだ。誰もがそう思うに違いない。
なら、今、傍にいられる幸せを噛みしめよう。
ほんの少しでも長く、この人の傍にいられるように。
「……土方さん」
総司は身をかがめ、彼の胸もとに寄りそった。小さな声で囁く。
「好き……だい好き……」
「……俺もだよ」
不意に低い声で囁かれ、総司は驚いて顔をあげた。すると、悪戯っぽい笑みをうかべた土方と視線があう。
「い、いつから起きていたの!?」
「今さっきだ。おまえの可愛い声に、目が覚めたのさ」
「あ、ごめんなさい……土方さん、疲れているのに起こしちゃって」
「大丈夫だ。そろそろ朝餉の時刻だろう?」
土方はくすっと笑うと、身を起こし、着物と帯を引き寄せた。手早く着物を纏っていきながら、ぼうっと見上げている総司に云う。
「おまえも着替えろ。いつまでもそんな恰好でいると、また襲っちまうぞ」
「え、えぇっ?」
総司は顔を真っ赤にして、慌てて着物を引きかぶった。その様子に、土方が声をあげて笑う。まるで朗らかな少年のような笑顔に、胸がどきどきするのを感じた。
着替えが終わると、土方は隣室に移り、総司を手元に呼んだ。歩み寄ると、柔らかく抱きよせられる。
「躰の調子はどうだ……?」
そう訊ねられ、総司はきょとんと目を瞬かせた。
「え、躰ですか?」
「そうだ」
「お医者さまの処にはきちんと行っていますし、薬も飲んでいますから……」
「総司、違うよ」
土方は困ったように笑った。優しく頬を撫でながら、話しかけてくる。
「俺が云っているのは、昨夜のことだ。随分無理をさせたからな、大丈夫かと……」
「えっ!? あ、あ、はい」
ようやく理解できた総司は、また真っ赤になってしまった。
この人とそういう事をしたのだという実感が生々しくて、彼の顔を見ることも出来ない。
「だ、大丈夫です。はい、大丈夫」
「なら、良かった。俺が云うのもなんだが、今日はおとなしくしていろよ」
「はい」
ぎこちなく頷いた総司にくすっと笑い、土方は頬に口づけを落とした。それから、髪にふれ、少し残念そうに云う。
「もう耳と尻尾は消えてしまったんだな。昨夜は、あれのおかげで随分助かったが」
「え……?」
総司の顔がこわばった。その大きな瞳が見開かれる。
それに気づかぬまま、何気ない調子で土方はつづけた。
「あれがないと、昼間するのは難しいだろうな。いや、こんな事を云ったら、朝から何をと呆れられちまうか」
「……」
「昨夜のおまえ、最高に可愛かったよ」
そう云って抱きしめてくる土方の腕の中、総司は何も云うことが出来なかった……。