「……出ていく、だと?」
 しばらく黙った後、土方は低い声で問いかけた。
 それに、答えることも出来ない総司の前で、ゆっくりと目を細める。それが獲物に狙いを定めた肉食獣のようで、総司は震えあがってしまった。
「あ、あの……」
「やはり、斉藤の言葉どおりに思っていた訳か」
「え」
「俺がおまえの弱みを握って、好きにしているということだ」
「ち、違います」
 総司は慌てて首をふった。そんなふうに思われるのだけは、嫌だったのだ。
「私はそんな事思った事もありません。あなたに感謝しているぐらいなのです。先日も云ったじゃないですか、信じてくれたじゃないですか」
「……」
「なのに、どうして? どうして又、そんなふうに思うの?」
 総司の言葉に、土方は微かな苦笑を口元にうかべた。煩わしげに髪を片手でかきあげながら、視線を遠くへやる。
 低い声で呟いた。
「それが真実を突いているからだろうよ」
「え?」
「斉藤の云ったことは全部、本当だって事さ」
 もう何もかも諦めてしまったのか、投げ出すような口調だった。
 土方はその端正な顔に苦笑をうかべたまま、言葉をつづけた。
「俺は、おまえの耳や尻尾を知って弱みを掴んだと思ったのさ。いい口実だと思い、無理やりこの部屋へ連れてきた。一緒に寝るように仕向けた」
「土方…さん」
「あぁ、そうさ。斉藤の云ったとおりだ。俺はおまえの弱みを握って、好きにしている卑怯な男さ」
 そう云いきるなり、土方は顔を背けてしまった。胡坐をかいた膝に片肘をつき、半ば俯くようにして唇を噛んでいる。
 その様を、総司はかなり混乱しながら見つめた。
 いったい何を云われたのか、わからなかったのだ。
「えっと……あの、それは」
 かなり時が経ってから、総司はおずおずと口を開いた。
「それは、その……どういう事ですか?」
「聞いた通りだ」
「そうじゃなくて、土方さんはどうして、私をこの部屋に入れたいと思ったの? 一緒に寝たいと思ったの?」
「そんなもの……」
 決まっているだろう! と云いかけ、土方は黙り込んでしまった。


 異性ではないのだ。衆道なのだ。
 男の衝動や欲情、情愛など、この純真で初な総司が受け入れられるだろうか。


 激しく嫌悪し、恐れ、逃げる姿が目にうかぶようで、土方は思わず怯んでしまった。
 押し黙ってしまった土方を、総司は大きな瞳でじっと見つめた。
 そして、小さな声で訊ねた。
「それは……いつも反発してばかりの私を、手なずけるため?」
「……え?」
 土方の目が見開かれた。呆気にとられた表情になっている。だが、そんな彼に気づくことなく、総司は口早につづけた。
「いつも反発している私が邪魔だったから。困っていたから、部屋に連れてきたのでしょう?」
「ちょっと待てよ」
「私は病がちで邪魔で生意気な子どもだけど、でも、一番隊組長で近藤先生の一番弟子だから排除することもできなくて、土方さん、ずっと困っていましたよね。だから、手なずけようと思ってこの部屋に連れてきたの? 私の弱みを握れば、少しはおとなしくなる、隊の運営も楽になるとそう思ったから、だから」
「総司ッ!」
 いきなり大声で一喝され、総司はびくりと肩を震わせた。興奮して夢中で話していたため、土方の様子に全く気付いていなかったのだ。
 はっと我に返って見上げると、土方は酷く傷ついた表情をしていた。
 怒ったような、傷ついたような、複雑な色がその黒い瞳にあるのを見た瞬間、総司の胸がきついほど痛くなった。あっと思った時には、ぽろりと涙がこぼれる。
「総司」
 驚いて手をさしだす土方の前で、総司はぽろぽろと大粒の涙をこぼした。子どもみたいだ、また呆れられると思うのだが、どうしても涙がとまらない。
「ごめん…なさい……っ」
 総司は膝上に置いた手をぎゅっと握りしめながら、謝った。
「こんな……泣いて、勝手な事ばかり云って……ごめんなさい、あなたに迷惑かけて……ごめんなさい」
「迷惑って、何を云っている。俺がおまえをそんなふうに思うはずがねぇだろう」
「だって……っ」
 泣きじゃくる総司に、土方は困惑したようだった。躊躇いがちにだが、手をのばすと、細い肩にそっとふれてくる。総司に抵抗がないのを確かめると、優しく己の胸もとに抱きよせた。
「俺は……おまえをそんなふうに思った事は、一度だってないよ。迷惑だとか、ましてや、手なずけようとか、そんな事思ったことはない。そりゃ、おまえと親しくなりたかったのは本当だし、近づきたいと思ったのも確かな事だ。だが、それは隊の運営だとかそんな事とは全く違う、別の理由からだ」
「別の理由……?」
 身を起こして訊ねる総司を、土方は見つめた。一瞬、躊躇う。だが、一度だけ目を閉じると、再び総司をまっすぐ見つめた。
 静かな声で告げた。
「俺は、おまえが好きなんだ」
「……」
「おまえを誰よりも大切に思っている、愛している。子どもの頃からずっと可愛いと思っていた。手にいれたい、愛したいと、願ってきたんだ」
「……う、そ」
 総司の目が大きく見開かれた。桜色の唇が震えている。
 それを苦々しい思いで眺めながら、土方は言葉をつづけた。
「わかっている。おまえが俺の気持ちなど受け入れられるはずもないし、そもそも、そんな対象として考えてもいない事だろう。だが、もう口にするより他なかった。おまえを傷つけたくないから、おまえにそんな酷い男だと思われたくないから……だから、すまん、俺は……」
 突然だった。
 総司が泣きながら、土方の胸もとに縋りついてきたのだ。彼の広い背に両手をまわし、ぎゅっとしがみつく。
 それに驚いた土方が「総司?」と訊ねると、腕の中から、小さな声が返ってきた。
「私も好き……」
「え?」
「私も、あなたのことが好きです。愛しています。ずっとずっと、子供の頃から憧れて恋してきたの。好きで好きでたまらなくて……」
「――」
 土方は息を呑んだ。半ば呆然としたまま、腕の中の若者を見下ろす。だが、すぐに熱い歓喜と幸福感がこみあげた。
「総司……!」
 思わず両手で小柄な躰を引き寄せた。背中がしなるほど抱きしめ、頬を擦りよせる。
「本当なのか。本当に俺のことを愛していると、今、そう云ってくれたのか」
「はい」
「俺が好きだと、愛していると?」
 抱きしめたままくり返し訊ねる土方に、総司も、その腕の中、何度も返事をした。
「はい、愛しています。土方さん……あなただけを誰よりも」
「総司……あぁ、総司」
 土方は身を起こすと、両手で総司の頬を包み込んだ。仰向かせ、その小さな愛らしい顔を見つめる。
「どれほど俺が嬉しいか、おまえにわかるか? ずっと、嫌われていると思っていた。一縷の望みさえない恋だと諦めていた。だが、おまえが俺を好いてくれていたなどと……今でも夢を見ているようだ」
「私も……夢みたい」
 うっとりと、総司が答えた。
「土方さんが私を好いてくれていたなんて、子供だと呆れられている、嫌われていると思っていたのに」
「お互い、そう思い込んでいた訳だ。莫迦みたいだな」
 くすくすと二人は笑いあった。それは甘やかな恋人同士だけに許された、笑みだった。
 互いの躰に手をまわし、ぬくもりをわかちあう。
 土方は総司の頬に、額に、唇に、甘い口づけを落とした。初心な総司を怖がらせないよう、花びらのような口づけと抱擁にとどめる。
 今は、この腕の中に、総司がいてくれるだけでよかった。それだけで、他にはもう何も望まないと思った。
「土方さん……だい好き」
 甘い声で囁いてくれる総司を、土方はそっと抱きしめた。












「……え?」
 斉藤は呆気にとられた顔で、総司を見た。
 いわゆる、鳩が豆鉄砲をくらったような顔だ。まじまじと総司を見てから、聞き返した。
「想いが通じた……?」
「はい」
 総司は嬉しそうに、こくりと頷いた。
 もちろん、ここは人気のない場所だ。こんな話を他で出来るはずもなく、総司は斉藤の部屋を訪れていた。
「昨夜、あれから土方さんといろいろ話しあったのです。そうしたら、土方さん、私がいても迷惑じゃなくて、それどころか、す、す、好きって云ってくれて……」
 自分で口にしたとたん、かぁぁっと耳朶まで真っ赤になってしまった総司を、斉藤は呆然と眺めた。


 まさか、そんな展開が待っているとは思いもしなかったのだ。
 あの矜持の高い土方が、総司に自ら告白するなど、絶対ありえないと思っていた。
 だいたい、土方が総司を想っているのかどうかさえ、よくわからない処があったのだ。
 あぁ、なのに!


「土方さんが先に云ってくれて、それで、私も想いをうちあけたのです。だから、土方さんの部屋から出ていく必要なくなりました。斉藤さんには色々と心配かけたけど、もう大丈夫だから、安心して下さいね」
 にっこりと無邪気に笑う総司に、斉藤はため息をつきたくなった。


 安心するどころか、敵に塩を送ってしまった気分なんですが!


 嬉しそうに「今から、土方さんとお出かけなんです」などと云っている総司を、斉藤は眺めた。
 それから、ふと思いつき、訊ねた。
「じゃあ、猫耳は引っ込んだ訳?」
「え」
「だから、耳と尻尾」
「……」
 とたん、総司はきゅっと桜色の唇を噛んでしまった。しばらく黙ってから、小さな声で「いいえ」と答える。
 その姿に、斉藤はこの間、総司から聞いた話を思い出した。
「けど、その耳と尻尾ってさ、もともと土方さんが猫可愛がっているのを見て、羨ましく思った夜に出てきたんだろう? 土方さんと懇ろになりたいって願望からだろ? なら、想いが通じた今、引っ込んで当然じゃないのか」
「そう……なんですけど」
 総司は、そっと両手を頭の上にやった。もちろん、今は昼間なので耳はない。だが、昨夜も全く消えることはなかったのだ。
「でも、きっとそのうち消えますよ。土方さんも気長にいこうって云ってましたし」
「気長にねぇ」
 斉藤は疑わしげに、総司の頭の上を眺めた。


 あの時はひっくり返りそうなほど驚いたが、実際、とんでもなく可愛かった事は確かなのだ。
 柔らかな髪から、ぴょこんと白い猫耳がのぞいている様は、愛らしいことこの上なかった。
 あんな可愛い様を見せられて、それが消えた方がいいなんて望む男がいるだろうか。いや、いないだろう。
 斉藤自身、到底そうは思えないのだから、あの男にすれば尚のことに違いない。


(絶対、このままの方がいいと思っているはず!)


 斉藤は思わず云ってしまった。
「いや、土方さんはそんなの望んでないって」
「?」
 不思議そうに小首をかしげる総司に、斉藤は懇切丁寧に説明した。
「つまり、おまえの猫耳や尻尾の姿、とんでもなく可愛いからな。土方さん、絶対そのままの方がいいって思っているに違いないよ。だから、その猫耳と尻尾、消えないんじゃないのか」
「どうして? どうして、このままの方がいいの?」
 総司はますます意味がわからないという顔になった。
「可愛いかどうかはともかく、でも、このままじゃ、土方さんも副長として困るはずでしょ? なのに、何で」
「そりゃあ……」
 云いかけ、斉藤はもごもごと口ごもってしまった。


 またまた、あの夜の姿が目にうかぶ。
 柔らかな髪から、ぴょこんと生えた猫耳。
 ゆらゆら揺れていた尻尾。少し潤んでいた大きな瞳に、ぷるんとした桜色の唇。
 あれで、欲情しない男がいたらお目にかかりたい程だ!
 同じ部屋で休んでいて、よくもまぁ土方さんは理性保っていられるなぁと、一瞬、同情したほどだった。
 しかし、それを初な総司に説明できるはずもない。


「えぇっと、その」
 斉藤はゴホゴホと咳払いしてから、云った。
「と、とにかく、土方さんが猫耳と尻尾が消えることを望んでないから、消えないんじゃないのか?」
「土方さんが望んでいるから?」
「そう。おまえが可愛い猫耳でいて欲しいと思っているから、きっと消えないんだよ」
「だって、私が願ったことなんですよ。猫になりたいって。なのに、何で、土方さんの願いがここで優先されちゃう訳?」
「もしかしたらさ」
 ふと思いついた斉藤は、ぽんと手を打った。
「土方さんも願ったんじゃないのか? おまえが猫なら可愛がれるのになぁとかなんとか」
「そんなこと、土方さんが思うはずありませんよ。だって、私が猫耳になった時、とっても驚いて……」
 云いかけ、総司はふと考え込んでしまった。
 そう云えば、あの時の土方の言動は少しおかしかったのだ。
 突然、部屋を訪ねてきたこともそうだが、何よりも、総司の猫耳を見た時、云った言葉は、『まずったな、まさかこんな事になっちまうとは』だったのだ。
 思わず総司は細い眉を顰めた。


(もしかして、斉藤さんの云うとおりなの? 今、この状況は私のせいじゃなくて、土方さんのせい!?)


 そう思ったとたん、矢も楯もたまらず聞きたくなってしまった。早く真相を確かめたいのだ。
「行ってきます!」
 突然、叫んで部屋を飛び出した総司を、斉藤は呆気にとられて見送った。だが、慌てて廊下を覗いてみたが、もはや姿はない。
 まずい事を云ったかなぁと、斉藤は低く唸った。












「あぁ、その通りだ」
 土方は、軽い調子でにこやかに答えた。


 待ち合わせの料亭だった。
 綺麗で上品な料亭の離れだ。こんな処に来たこともない総司は随分戸惑ってしまったが、仲居に案内されて部屋へ入り、土方の顔を見たとたん、ほっと安堵の息をついた。
 仲居が料理をならべて下がるのももどかしく、彼の胸もとに飛び込む。ぎゅっと抱きつくと、彼のぬくもりが伝わってきて、心地よかった。うっとりと目を閉じてしまう。
「総司、すげぇ可愛いな」
 甘い声で囁き、土方はその頬や額に何度も口づけてくれた。花びらを降らすようなそれが、心地よい。
 何度か口づけと抱擁をくり返してから、まずは食事だと席に導かれた。とても綺麗な料理がならべられ、土方も優しく色々と気遣ってくれる。ふわふわと浮いたような夢心地の気分で、総司は食事を終えた。
 その後、今夜はここに泊まるからと云われ、びっくりして「外泊届」と叫んだが、ぬかりのない土方は二人分出してきたらしい。それに安堵し、総司は彼に勧められるまま風呂に入った。出てくると、入れ替わりで土方が入り、その後は褥が敷かれた部屋への襖が開かれる。
「……」
 艶めかしい雰囲気の部屋に、総司は思わず固まってしまったが、気にもとめない様子でさっさと部屋に入る土方に、慌てて従った。褥の上に腰をおろした土方の傍に寄りそえば、すぐさま優しく抱き寄せられる。
「土方さん……」
「総司、好きだ……愛しているよ」
「私…も、私も、愛しています……」
 甘い睦言をくり返し、二人は固く抱きあった。そうして、このまま褥に二人してもつれ込もうとした、その瞬間だった。
 突然、総司の頭に例のことが思い浮かび、はっと我に返った。慌てて土方の胸に手を突っぱねると、不思議そうに見下ろされる。
「総司?」
「あの、あの……お話があるのです」
 必死に云いつのる総司の様子に、土方も納得してくれたようだった。少し不機嫌そうに眉を顰めつつも、「何だ」と促してくる。
 それに、総司は訊ねた。
「私の猫耳と尻尾、土方さんのせいなの? 土方さんが、私を猫にって願ったから、こうなったの?」


 正直な話、笑い飛ばされると思っていたのだ。
 そんな事あるものかと。
 なぜなら、土方がそんな事を願うなど、考えられなかったためだ。


 だが、総司の予想は間違っていた。
 土方は妙に真剣な瞳で総司をまじまじと見つめたかと思うと、僅かに小首をかしげた。
 それから、訊ねた。
「何でわかった?」
「え、……えぇっ」
 総司は一瞬、唖然としてから、思わず仰け反ってしまった。まさか、そんな答えが返ってくるとは思ってもみなかったのだ。
「じゃあ、土方さん、願ったの? 私が猫になればいいって、あの夜、願ったわけ?」
「あぁ、その通りだ」
 土方はあっさり認めると、柔らかく微笑んだ。




















次、お褥シーンがありますので、苦手な方はスルーしてやって下さいね。