気がつくと、総司は部屋の中で寝かされていた。
枕元には土方が坐り、心配そうに覗き込んでいる。
目に映る部屋の中は自室ではなく、あの家の中だった。不思議なことに、夢そのままだ。
「……」
そのため、総司は一瞬、錯覚した。傍らにいる土方の事もあり、夢の中にいるのかと思ってしまったのだ。
だが、すぐに気がついた。夢であるはずがない、ここはあの休息所なのだ。あんな処で失神などすれば、こうなる事はわかっていたのに……。
「……申し訳ありません、でした」
小さな声で、総司は云った。
黙ったままの土方を見上げる。
「体調が悪く、無様な処をお見せしてしまいました」
「……」
謝った総司に対し、土方はどこか気まずげな表情で視線をそらした。それを不審に思っていると、誰かが土間からあがってきた。ぎくりと躯が強ばる。
土方の妾に違いないのだ。
思わず息をつめ、総司は視線をそらしてしまった。そこへ、明るい声がかけられた。
「総司さん、気ぃつきはったんやね! ようおしたわ」
「……え?」
何だか聞き覚えのある声に、総司は驚いた。慌てて視線を戻してみると、土方の隣に坐った女がにこにこと笑っている。
「お、まさ…さん?」
呆気にとられる総司の額に、原田の内儀おまさは手をあてた。
「熱はありはれへんし。最近、ちゃんとご飯食べてはらへんのとちゃう?」
「そうかも……しれない」
「あかんえ、ちゃんと食べはらんと」
「あ、あのっ……おまささん、どうしてここに」
訳がわからないまま、そう云った総司に、おまさは小さく笑った。土方と顔をみあわせ、肩をすくめる。
「土方さんに頼まれたんよ」
「? 土方さんに……?」
「総司さんのために家を用意したけど、何が入り用かさっぱりわからんゆうて、うちの人から頼まれて。ここに通って用意してたんよ」
「そうなんだ……って、え、えぇーっ!?」
一度頷いてから、総司は思わず叫んでしまった。がばっと起き上がり、身をのりだす。
すぐさま傍らから土方が手を出し、総司の華奢な躯を抱きとめてくれていたが、それさえ気づかぬほど慌てていた。
「私のためにって、それどういう事なの?」
「言葉どおりやよ。詳しい事は土方さんに聞きはったら?」
おまさは、悪戯っぽい瞳で云った。それに、土方がかるく咳払いをする。
くすくす笑いながら、おまさは立ち上がった。
「ほな、総司さんも気ぃつきはった事やし、うち、帰らして貰いますよってに」
「面倒をかけたな」
土間へ降りるおまさに、土方が声をかけた。
「原田に宜しく云っておいてくれ。この礼は必ずするとな」
「へぇ、おおきに」
おまさはにっこり笑うと、家から出ていった。下駄のかたかた鳴る音が遠ざかってゆく。
それをぼんやり聞いていた総司は、土方と二人きりで残された事に気づき、たちまち緊張してしまった。細い肩をすくめ、俯く。
そんな総司に、土方は眉を顰めたようだが、気をとりなおし優しく問いかけた。
「もう少し休むか……?」
「い、いえ」
総司は首をふり、それから、意を決したように顔をあげた。
「あの……っ」
興奮しているためか、大きな瞳は潤み、なめらかな頬は仄かに血をのぼらせていた。
布団の上に半身を起こして彼を見つめている総司は、息を呑むほど愛らしく、どこか幼い艶さえもふくんでいた。
「……何だ」
問いかけた土方に、総司は長い睫毛を瞬いた。きゅっと唇が引き結ばれる。
「あの……」
「……」
「私を……いえ、その、この家を私のために用意した…というのは、本当ですか?」
それだけは、どうしても聞きたかったのだ。
総司の表情は真剣そのものであり、決して誤魔化しや逃げを許さぬものだった。
「あぁ」
静かに頷いた土方に、総司の目が見開かれた。だが、すぐに何を納得したのか、小さな声で呟く。
「私を隊から出すため……ですか」
「総司……?」
「労咳の私を隊に置いておくのはまずいから、足手まといで困るから、それで……ここに……」
「──」
総司の言葉に、土方が息を呑んだ。呆気にとられたような表情で総司を眺めている。
だが、すぐ怒りがこみあげたらしく、声を荒げた。
「そんな事あるはずねぇだろうッ」
「……っ」
びくりと身をすくめた総司に、土方は短く舌打ちした。それでも、怒りがおさまらなかったようだ。
「……俺は!」
土方は身をのりだすと、総司の手を強引に掴んだ。細い手を握りしめ、それに驚いたように躯を震わせる総司に告げた。
「俺は、おまえが好きなんだ」
「──え」
総司の目が大きく見開かれた。その表情を見つめ、土方は言葉をつづけた。
「好きだ。ずっと昔から、おまえが子どもの頃から……愛してきた」
「……」
総司は黙ったまま大きな瞳を瞠り、土方を見つめた。やがて、その瞳が潤み、ぽろりと大粒の涙がこぼれる。
まさか泣かれるとは思っていなかったらしく、土方は息を呑んだ。思わず腰をうかす。
「総司、どうした……気にさわったのか」
「……ちがっ……」
総司は慌てて俯き、子どものように両手で涙をぬぐった。
「なんだか、びっくりして……夢みたいで……」
「総司……」
「本当に? 今の言葉は、本当…なのですか……?」
不安げに訊ねてくる総司が、可愛らしい。
土方は総司を胸もとに引き込んだ。細い躯をすっぽりと両腕におさめ、抱きしめる。その柔らかな髪をかき乱し、白い首筋に顔をうずめた。
「愛してる……おまえだけを愛してる」
「……」
「夢の中でおまえに云った言葉は、みな本当だ。嘘じゃない」
「……え?」
総司が顔をあげた。土方と間近で目があい、かぁっと頬を赤くさせるが、それでも、おずおずと訊ねた。
「……夢って……どういう事ですか?」
「俺は、夢の中で、おまえと愛しあっただろう」
きっぱりと云いきった土方に、総司は目を見開いた。信じられないものを見たように、土方だけを見つめている。
そんな総司の頬を両掌でそっと包みこみ、土方は、静かな声で囁くようにつづけた。
「何度も、おまえと愛しあった。おまえは俺を好きだと云ってくれて、俺も……おまえを愛した。この家でも、何度も愛しあっただろう? ほら……俺は、おまえの髪も、頬も、指さきの感触までも、覚えている……」
「…う……そ……っ」
総司はのろのろと両手をあげ、唇をおさえた。それに、土方は苦笑した。
「はじめは俺だって、嘘だろうと思ったさ。おまえの態度、全然変わらなかったし、きっと俺の勝手な夢だと思っていた。だが、どうしても夢だとは思えなくて、それで、この家に連れてこようと思ったんだ。この家を見せた時のおまえの反応を見れば、わかると思ったからな」
「だって、私……昨日の夜……」
「あぁ、夢で逢えなかった」
土方は僅かに眉を顰めた。
「斉藤に心を寄せたからかと思っていたが」
「違うのです。私が、まじない玉を割ったから……」
「まじない玉?」
不思議そうに問いかける土方に、総司は話して聞かせた。
何故、二人の夢を見るようになったのか、そして、昨日、彼の後をつけてしまった事も。
全部話しおわると、総司は耳朶まで真っ赤になった。恥ずかしそうに俯き、布団に顔をうずめてしまう。
「総司、どうした」
「……土方さん、呆れたでしょう?」
「え?」
「土方さんの夢を見たいからって、まじない玉を手にいれて、家までつけてきて勝手にやきもち焼いたりして。こんな私、今まで……土方さんに見せてきた私と全然違うから、呆れているはずです……」
「おまえ、何を云っているんだ」
土方はくすっと笑った。
「呆れたりするものか」
俯いたままの総司を、膝だちになり両腕で抱きすくめた。何度も、髪を撫でてくれる。
「すげぇ可愛いよ。俺に嫉妬してくれたなんて、可愛くて可愛くてたまらねぇ」
「土方さん……」
「あぁ、俺はおまえに夢中なんだ。おまえが俺の夢を見たいと思ってくれたり、やきもち妬いてくれたり、全部、それこそ夢のようだ」
そう耳もとで熱く囁きかける土方を、総司は見上げた。
濡れたような黒い瞳が、総司だけを見つめている。夢の中ではない、現の彼が自分だけを見つめてくれているのだ。
それを実感したとたん、躯中がかぁぁっと熱くなった。たとえ夢の中でとはいえ、この人とはさんざん睦みあい、愛しあった仲なのだ。それらの諸々を思い出し、今更ながら羞恥心がこみあげてしまった。
潤んだ瞳で俯いてしまった総司に、土方も察したようだった。くすっと笑い、総司の耳朶に口づけを落とす。
それに、びくりと身を震わせた総司の躯を胸もとに抱きすくめた。
「すげぇ可愛い……」
甘やかに低められた声が囁いた。
「おまえだけが好きだ。愛してるよ……総司」
「私も……私も、愛しています」
小さな声で答えた総司は、おずおずと土方を見上げた。それから、ちょっと恥ずかしそうに微笑んでみせる。
花が零れるような可愛い笑顔だ。
「総司……!」
土方は嬉しそうに、細い躯をもう一度ぎゅっと抱きしめた。
「やっと笑ってくれたな」
「土方さん……」
「笑顔をみせてくれた……あぁ、可愛くてたまらねぇよ」
そう云ってから、土方は総司を抱きしめたまま、ふと黙り込んだ。総司が不思議に思って見やれば、目を伏せて何事か考えこんでいる。
「土方さん……?」
問いかけると、はっとしたように顔をあげた。だが、ひどく真剣な表情をうかべている。
切れの長い目が、総司をまっすぐ見つめた。
「……総司」
「はい!」
張りつめた声で呼ばれ、総司は思わずぴんと背筋を伸ばしてしまった。いつもの癖だ。
「いや、そうじゃなくて……」
土方は苦笑し、総司の手をかるく撫でた。そうして、訊ねる。
「総司……おまえを俺のものにしていいか?」
「え?」
きょとんとする総司を見つめ、土方は低い声でくり返した。
「……現でも、おまえを俺のものにしてもいいか?」
「……」
総司は大きく目を見開いた。たちまち耳朶まで真っ赤になってしまう。
しばらく彼を見上げていたが、やがて、恥ずかしそうに小さく頷いた。そっと目を閉じ、抱き寄せてくれる男の胸もとへ、従順に凭れかかる。
そんな可愛い総司に、土方は優しく微笑んだ。
夢の中よりも、心地よかった。
素肌のふれる感触、熱い唇。絡めあった指さき。
夢と同じ家の中、総司は土方に思う存分、抱かれた。
昼間からこんな行為……と恥ずかしく思ったが、熱く激しい男の愛撫に、やがてそれもとけ消えた。
当然、夢とは違い、初めてなのでかなり手間取った。
どうすればいいのか戸惑っていると、土方が刀の手入れに使う丁字油を取り出した。総司の下肢を開かせ、そこに滴らせてくる。
とたん、総司は上ずった声をあげた。
「ひっ、つめた…ゃ、ぁ……ッ」
とろりと蕾に滴る油に、腰が自然と揺れた。感じてしまった自分が恥ずかしく、総司は頬を熱くする。
だが、土方は眉を顰めた。
「冷たいか……すまない」
「…っ、ごめん…なさい……」
「おまえが謝る事じゃねぇよ、けど……少しだけ我慢してくれ」
土方は生真面目なほどの慎重さで、総司の蕾に丁字油をたらし、塗りこめた。そのためか、挿入されてきた指もすんなり入ってしまう。
二本三本と増やされ、総司は次第に啜り泣きはじめた。この先、何をされるのかわかっている。わかっているからこそ、早く彼が欲しくなってしまうのだ。
だが、土方は慎重だった。焦らしているのかと思う程、丁寧に準備をしている。
「……も、早く……っ」
とうとう泣きながら懇願した総司に、土方は微笑んだ。そっと髪を撫でてから、総司の両膝を抱え込んでくる。
不安げに見上げると、甘い声で囁かれた。
「後ろからの方が楽らしいが……おまえの顔が見たい」
「土方…さん……」
「力を抜いていろよ」
そう云うと、土方は濡らされた蕾に己の猛りをあてがった。ゆっくりと突き入れてくる。
「ッ…ぃ、ぅあッ、あ──」
狭い蕾が押し開かれ、ぐっと男の猛りが入ってきた。やはり夢とは違うのだ。ぎちぎちと張り裂けそうな感触に、思わず息を呑む。
苦痛に息がつまり、反射的に躯が上へずりあがってしまった。だが、それを男が許すはずもなかった。肩をつかまれ、引き戻される。
「ぃ、や…ッ…痛いッ…ぅ…ッ」
「……息を、吐け」
「だ…め、ぅ…ゃ、ぁ…ッ」
突然、するりと腿から膝裏を掌で撫であげられた。息が吐き出される。
その瞬間、男の太い猛りが蕾を一気に貫いた。ずんっと最奥まで穿たれる。
「ひぃッ…ああッ!」
鋭い悲鳴をあげ、総司は仰け反った。ぎゅっと目を閉じれば、涙がぽろぽろ零れる。
いくら油で濡らされていても、痛く苦しかった。土方も締めつけられて痛いのだろう、苦しげに眉を顰めている。
総司は、何度も肩で息をした。
確かに……痛い。苦しい。夢とはまるで違う。だが、その奥に何か甘い疼きがあった。じくじくと、わきおこるような妖しい疼きだ。
「……んっ、ぁ…っ」
おおいかぶさるように抱きしめられたまま、総司は喘いだ。
少しずつ痛みでなく、何か違う感覚が腰奥を痺れさせてゆく。怖くてたまらなかった。夢の中とは違う、想像もつかない感覚だ。
次第に、総司の蕾が男のものに馴染みはじめた。
「……総司……」
太い楔を包みこむ内壁が柔らかくほぐれると、土方が微かに吐息をもらした。視線をあわせ、そっと微笑みかける。
頃良しと見たのか、ゆっくりと動き出した土方に、総司は小さく息を呑んだ。思わず彼の肩にしがみつく。
それを離させる事なく、土方は緩やかな抽挿をくり返した。ぐちゅりと音をたてて猛りが突きいれられ、また引き抜かれてゆく。
「ぁッ、ぁあっ、土方さ…ん…っ」
「総司……」
「ふっ、ぁッ、ぁんっ…ぅっ」
きつくしがみつけば、それが嬉しいとばかりに口づけられた。深く唇を重ねたまま、土方は総司の細い片足を左肩にあげた。より下肢を広げられ、恥ずかしさに総司は耳朶まで真っ赤になった。
だが、すぐさま、押し広げられた蕾の奥へ男の楔を何度も打ち込まれ、甘い悲鳴をあげる。
「ぁあッ、そ…れッ、だめぇっ」
「だめって、何が」
「ゃ…そこっ、ぁあ、ん…ふっ、ぁああッ」
土方は「可愛いな」と呟き、より甘く激しく抱いてきた。感じる箇所に猛りの先端を押しつけ、ぐりぐりと擦りあげてくる。
その度に走る目も眩むような快感に、総司はたまらず泣き出した。必死に上へずり上がろうとするが、また引き戻される。
「おい、逃げるな」
「ぃ、やぁ…ッ、おかしくな…ちゃっ、ぁあッ」
「いい子だな……もっと気持ちよくしてやる」
「ん、んぅ…や、だぁッ!」
泣きじゃくる総司の片足を抱え込み、土方は激しく腰を打ちつけ始めた。太い猛りが、蕾の奥を何度も乱暴に穿つ。
「ぁあっ、ァッ、ァッ、ァアアッ」
総司は褥の上で仰け反り、泣き叫んだ。感じる箇所だけを目茶苦茶に突かれ、気が狂いそうになる。
ぴくぴく震える総司のものはもう限界で、先走りの蜜をこぼしていた。それを、土方が片手でぎゅうっと握りしめる。
「ぃ、ぁああッ」
総司が鋭い悲鳴をあげ、腰を跳ね上がらせた。
土方はその細い躯を抱きすくめ、激しく揺さぶった。もう彼も余裕がなくなって来ている。
荒い息を吐きながら、何度も腰を打ちつけた。淫らな水音と、悲鳴、互いの息づかいだけが部屋を満たしてゆく。
「ぁあっ、土方さ…ぁああ──ッ!」
男の腕の中でびくびくっと総司が震えた瞬間、前が弾けた。白い蜜が土方の胸や腹に飛び散ってゆく。
それと同時に、総司の内部が男の猛りをきゅぅぅっと締めつけた。
「……くっ……」
強烈な快感に、土方は奥歯を食いしばった。抜こうとしたが間に合わず、奥へ迸らせてしまう。
だが、それを望むかのように、総司が泣きじゃくりながらしがみついてきた。そのせいで、より深く二人は繋がる。
「んっ…はなし、ちゃ、やッぁッ、土方…さ…っ」
「……あまり…俺を煽るな……っ」
思わず、低く呻いた。総司の躯を抱いたまま、ぐっぐっと腰を深く入れる。
最奥に吐きだされる男の熱にさえ感じて、総司が甘く啜り泣いた。
「…ぁ、つぅ…い、熱いの…ぁ、ぁ……っ」
耳もとにふれる声が甘く、艶めかしい。
夢の時よりもっと濃厚でとろけそうな蜜事に、総司はとろけてしまいそうだった。それは土方も同じようで、白い肌に唇をすべらせ、細い躯を再び組み敷いてくる。
むろん、総司も彼を拒まなかった。細い両腕で男の首をかき抱き、うっとりと目を閉じる。
甘く掠れた声が、どちらからともなく囁いた。
「……愛してる……」
甘い甘い恋人たちの時は、まだ始まったばかりだった……。
翌日、土方は総司を連れて屯所に戻った。
受け身の方がきついのは当然なので、土方もそれを気づかい、総司を部屋で休ませてやった。だが、彼自身は副長としての激務があり、休むどころではない。
副長室で忙しく書類の決裁に追われていると、斉藤が訪ねてきた。
「……さっき、総司の部屋に行ってきました」
いきなりそう切り出した斉藤に、土方は手をとめた。だが、無言だ。
黙ったままの男の背に苦笑しつつ、つづけた。
「全部、聞きましたよ。あなたと想いが通じたと、嬉しそうに云っていました。昨日も一緒だったそうですね」
「あぁ」
「オレは……正直、意外でした」
斉藤の言葉に、土方がようやくふり返った。黒い瞳で斉藤を見据え、訊ねた。
「何がだ」
「あなたが待っていた事ですよ」
斉藤はため息をついた。
「総司は、恋に対しては臆病だ。あなたが手を出さない限り、二人の想いが通じあう事はないだろうと思っていたのです。でも、結局……」
肩をすくめた。
「自分から動いたのは、総司だったという訳ですね。あなたの夢を見るために、その神社で評判のまじない玉を手にいれた。それで、本当に、あなたと夢の中で逢って想いをとげて……」
「斉藤」
土方が、縁側の向こうに視線を投げた。ゆっくりと文机に肘をつきながら、片頬だけで笑う。
「この俺が、ただ待つだけの男だと思うか?」
「……」
沈黙してしまった斉藤に、土方は喉奥で低く嗤った。
彼の言葉が何を意味しているのか、朧気ながらわかる気がした。あらためて、この男の本性を見せられた思いだった。
総司がたまらなく心配になる。
「……」
斉藤は鳶色の瞳で、土方を眺めた。
こうして見ても、男ながら、惚れ惚れするほどのいい男ぶりだ。
精悍で端正な顔だちに、引き締まった長身。京に上ってから物腰に重みがくわわり、男ぶりが増した。女はもちろん、あの誰もに愛されている総司が夢中で恋しても、当然の事だった。
だが、お世辞にも性格がいいとは云えぬ男なのだ。それどころか、唖然とするぐらい悪い。
身勝手で冷たく、傲慢で。
こんなにも綺麗な顔をしていながら、優しげな唇で、とんでもない毒を吐くのだ。
なのに、総司は全く知らなかった。この男の本当の姿を。
何も知らぬまま、性格に問題がありすぎのこの男を一途に愛している。そして、これからも、恋心と憧憬のまなざしで、彼だけを見つめてゆくのだろう。
片思いしている斉藤にすれば、全部をぶち撒けてやりたかったが、総司はきっと信じないに違いない。
可愛くて初な白うさぎが、太刀打ちできる相手ではないのだ。
総司が心配だと思った。
恋人になったのはいいが、この悪い男が総司を大切にするのかと、つい疑ってしまう。
ここで一言云っておいた方がよいのだろうか──?
そんな事をぼんやり考えていると、障子が開いた。
柔らかな声が後ろからかけられる。
「土方さん、……あ、斉藤さん?」
慌ててふり返ると、総司がそこに佇んでいた。少し不自由そうだが、ゆっくりと部屋の中へ入ってくる。
すると、いきなり土方が立ち上がった。急いで歩み寄ると、支えるため総司の腰に手をまわして引き寄せる。
「……休んでいろと、云っただろう」
叱っているようだが、声音は限りなく甘い。
総司を見つめる黒い瞳もとろけそうに優しく、斉藤は思わず目を瞠ってしまった。さっきまでの彼とはまるで別人だ。
呆気にとられている斉藤の前で、土方は総司を座布団の上にそっと坐らせた。楽になるよう壁に寄りかからせ、茶を飲ませたり、着物の乱れを直してやったり、あれこれ世話を焼いている。
その様は、傅いていると云ってもよい程で、いつも冷たく傲慢な土方を見慣れている斉藤からすれば、信じられぬ光景だった。だが、甘やかされ、幸せそうに微笑んでいる総司を見れば、納得してしまう。
自分が口だしする必要などないのだ。
太刀打ちするどころか、この男を虜にしてしまっている可愛い白うさぎ。
ふり回され、溺れこまされているのは……男の方なのだから。
馬に蹴られぬうちにと、斉藤は立ち上がった。さっさと部屋を出てゆく。
「? 斉藤さん……?」
不思議そうに呼びかける天然な総司に、斉藤はふり返った。悪戯っぽく笑ってみせる。
「お幸せに」
「え、えぇ……っ?」
裏返った声の総司に笑いながら、斉藤は歩み去っていった。
それに、土方がくっくっと笑い声をたてた。
「お幸せに、か」
「もうっ、土方さんのせいですよ」
「けど、あいつには教えたのだろう? 俺のこと」
「はい」
こくりと頷いてから、総司はちょっと心配そうに土方を見上げた。
「どうした」
「……怒っていますか?」
「え?」
「私が斉藤さんに話したこと……怒ってる?」
「まさか」
土方はくすっと笑い、総司の躯を胸もとに引き寄せた。
己の腕の中にすっぽりおさまる小柄な躯を、土方は優しく抱きしめた。
「怒ったりするものか。逆に嬉しいさ」
「嬉しい?」
「こんなにも可愛い総司が、俺だけのものだと、皆に釘をさせるからな」
「え……っ」
男の言葉に、総司はたちまち真っ赤になってしまった。
まだ、こういう彼に馴れていなかった。今まで他人行儀な態度をとってきただけに、可愛いとか自分のものだとか囁かれると、恥ずかしくなってしまうのだ。
「……愛してるよ」
不意に、甘い声で囁かれ、どきりと鼓動が跳ねあがった。見上げると、土方が微笑みかけている。
総司は頬を染め、小さな声で返した。
「私も……愛しています」
そう云った総司を、土方は柔らかく引き寄せた。小柄な躯は、男の力強い腕の中に、すっぽりとおさまってしまう。
彼に抱きしめられると、とても心地よかった。それに、幸せな気持ちになれる。
夢で見るよりも。
ずっとずっと幸せに。
抱きしめてくれる土方の腕の中、総司は幸せに頬をそめた。
そして、男の胸もとに凭れかかると、小さな声で「……だい好き」と囁いたのだった。
総司サイドはここで終わりです。次からは土方さんサイドになるので、1の頃まで時間が戻ります。
