あの頃、自分の行動が逃げだという事は、わかっていた。
 土方に抱いている一縷の望みもない恋が、総司を苦しめ、その苦痛が身も心も蝕んでいったことは明らかだった。


 だからこそ、救いを求めたのだ。
 何も言わず受け入れてくれた伊東に。


 伊東は、土方とはまるで違う男だった。
 策士であり、頭の切れもよく、秀麗な顔だちであり、剣の腕もある。ましてや、同じ年だ。これ程似ている二人もないはずなのに、その芯にあるものが違いすぎたのだ。


 土方は一見すれば冷徹だが、実は、その奥に激しく熱い焔を秘めている男だった。完成された大人の男であり、胆力も行動力も判断力もあった。だからこそ、多くの男たちを率い、戦ってくることが出来たのだ。
 そのくせ、どこか悪戯っぽい少年のような煌めきもあった。
 たとえば、己が夢中になるものを見つけた時だ。仕事上の策であれ、戦略であれ、夢中になれるものが見つかれば、、寝食も忘れ没頭した。その子供っぽさが、総司にはたまらなく愛しかった。
 総司にとって、土方は大人であるくせに少年っぽくて、意地悪で冷たくて優しい、美しくも激しい焔のような存在だった。


 一方で、伊東は奥にどこか危ういものがあるのに、流れる水のような包容力があった。
 時折、鋭く刺すような言葉を投げることがあるし、人にも己にも厳しい。
 だが、自分に寄せた相手に対しては、柔らかく穏やかにすべてを受け入れた。そのくせ、相手の中へ踏み込んでくるような強引さはなく、静かに、相手の心が開くのを待っている。


 そんな伊東に、総司は惹かれた。今まで周りにいなかった型の男に、気持ちが傾斜していったのだ。
 伊東が、総司の愛する土方と対立していることはわかっていたが、所詮、叶わぬ恋なのだ。他に救いを求めてしまうのは当然のことだった。
 隊の中で二人が念兄弟として噂されている事も、知っていた。土方が眉を顰めていることも、わかっていたのだ。
 だが、それは局長の愛弟子であり、一番隊組長という大幹部である総司に対してだった。一人の若者として見られたこともない以上、土方が総司自身に対して、何か感情を向けることなどあり得なかったのだ。
 そうこうするうちに、土方と伊東の対立はより激しくなっていった。
 伊東が総司を手にしたことで、事態はより複雑化してしまったのだ。隊の中の噂、人の視線、駆け引き、それら全ては総司の精神を次第に深く傷つけた。
 叶わぬ恋を抱きながら、その敵対している男と親しくなってゆく己の矛盾に、もはや耐えられなかった。


(そして、私は逃げたんだ……)


 療養したいと思ったことは、確かだった。
 だが、それ以上に、あの場から逃げ出したいと思ったのだ。もっとも、すぐに彼に逢いたくなってしまったが。
 そんな自分の上にもたらされた、突然の幸福。
 今だけ許された幸せを、少しでも長く抱きしめたいと思う己が切なかった……。














 総司は吐息をもらした。
「……こんなの許されるはずないから」


 どう考えても、こんなことが許されるはずなかった。
 あまりにも身勝手だ。
 愛する男から仕事も野心も己自身さえも奪い去って、挙句、こうして己の願いだけを叶えている。罰があたらないはずがなかった。
 いつか全ては暴かれ、自分は地獄に落ちるのだろう。
 それを思うと、総司はその日が待ち遠しいような、不思議な気持ちになった。


「罪の意識、なのかなぁ」
 縁側に手をつき、夜空を見上げた。
 秋の夜空だ。月が美しかった。
 それをぼんやりと見上げていると、不意に、傍から問いかけられた。
「罪って、何のことだ」
「!」
 どきりとして、ふり返った。そこには、土方が佇んでいる。
 湯を使ったところである土方は、寝着姿でこちらへ歩み寄ってきた。袷からのぞく褐色の逞しい胸もとに、どきりとする。
 慌てて視線をそらし、俯いた。
「……何でもありませんよ」
「何でもないってことがあるか。罪なんざ、物騒な言葉吐いておいてよ」
 くすっと笑い、土方は総司の傍らに腰を下ろした。総司はもう湯を使っていたので、後は寝るだけだ。
 だが、しばらく、土方は秋の月を眺めるつもりのようだった。静かな声で呟く。
「綺麗な月だな……」
「そうですね」
 答えた総司に、土方は切れの長い目を向けた。少し黙ってから、躊躇いがちに言ってくる。
「あのさ、変に思わないでくれ」
「? はい」
「綺麗な月ですねって言って、笑ってくれねぇか」
「……?」
 意味がわからず、小首をかしげた。
 だが、あまりにも真剣な様子に、総司は素直に従った。
「綺麗な月ですね」
 そう言ってから、総司はにこりと微笑んでみせた。とたん、きつく抱きしめられる。
 目を見開いた。
「隼人、さん?」
「……よかった。おまえは今、俺の傍にいてくれるんだな。この俺に笑いかけてくれる……」
「全然、意味がわからないんですけど」
「わからなくていいのさ」
 謎めいた言葉を呟いてから、土方は総司の腰と膝裏に腕をまわした。柔らかく抱きあげてくる。
 慌てて男の首に腕をまわすと、どこか熱っぽい瞳で見下された。息をつめると、囁きかけられる。
「抱いて……いいか」
「え」
「おまえを今すぐ抱きたい。俺のものにしちまっていいか」
 間違えようのないぐらい直接的な言葉に、かぁっと頬が熱くなった。耳朶まで赤くなってしまう。
 だが、拒もうとは思わなかった。ずっとずっと夢見てきたのだ。こうして、熱く求められる時をどれほど願ったことだろう。
 夢のようだと思った。夢なら覚めないで、と。
「……はい」
 総司はこくりと頷いた。そして、恥ずかしそうに男の胸もとに顔をうずめる。
 小さな声で答えた。
「私を……あなたのものにして下さい」
「総司……」
 土方が嬉しそうに総司を抱きしめた。その額に、頬に、口づけを落としてくる。それを心地よげに受けていると、いつの間にか褥に運ばれていた。
 何度も口づけを交わしながら、褥の上に二人して横たわる。手馴れている男の様子に、ちょっと胸がちくりとしたが、仕方がないとも思った。あれほど、沢山の美しい女を相手にしてきたのだ。手馴れていて当然だった。
 だが、そんな彼相手に、初な自分が上手く出来るのか不安になってしまった。それが顔に出たのだろう。土方が眉を顰めた。
「いやなのか……?」
 そう問いかけられ、慌てて首をふった。
「違います。そうじゃなくて、不安で……私、全部、初めてだから」
「……初めて?」
 一瞬、土方は息を呑んだようだった。しばらく押し黙っていたが、やがて、躊躇いがちに聞いてくる。
「今まで、男と契りを交わしたことないのか……?」
「なかったら、駄目? 面倒な相手だって思う?」
 不安そうに訊ねる総司に、土方は、はっとした。慌てて総司を引き寄せ、きつく抱きすくめた。
「そんな事思うものか。それどころか、俺、すげぇ嬉しいよ」
「嬉しい、の?」
「あぁ。俺がおまえの初めての男だなんて、天にも昇る心地って奴だな」
「そんな、大袈裟ですよ」
「それぐらい、嬉しいってことさ」
 土方の表情から嘘でないことを感じ取り、総司は安堵した。
 こんな自分でも構わないのだ。何も出来ない、何も知らない自分だが、彼はそれでいいと言ってくれている。そのことが嬉しかった。
 男の手が総司の着物を脱がせ、肌のあちこちを撫でまわしてくる。その甘い感覚に、身体が熱くなった。
 土方は、初な総司を気遣ってか、甘く優しく愛してくれた。総司が怖がり身をひこうとすると、静かな低い声でなだめ、何度も優しい口づけを落としてくれる。
「……あ」
 男の指さきが蕾にふれたことに、総司がびくりと身体を震わせた。それに頬に口づけを落としてから、土方はゆっくりと指を蕾に沈めてくる。
 固い身体を慮ってか、その指には油が塗られていた。何度も油をたしながらの行為だったため、思ったよりもすんなり指を受けいられる。それでも異物感しかなく、総司は細い眉を顰めた。
「ん……っ」
「痛いか?」
「痛くないけど……なんか、おかしな感じで」
「すぐによくしてやるよ」
 男の言葉の意味がわからず、目を瞬いた。だが、次の瞬間、息を呑んだ。
 ある一点を男の指が突き上げたとたん、熱い痺れが腰奥を貫いたのだ。
「ッ! ぁ、やぁっ」
 思わず声をあげてしまった総司に、土方が悪戯っぽく笑った。
「ここだな、総司のいい所」
「な、に? これ……っ」
「怖がらなくていい。おまえは気持ちよくなっていればいいんだ」
「だって……ンッ、ひィっぁッ」
 土方は総司の蕾の奥を指の腹で捏ね回すようにした。すると、総司が泣きながら身を捩る。感じていることは明らかだった。半ば逃げようとしているが、それを宥めつつ愛撫をつづける。
 羞恥に頬を染める総司は色っぽく男の欲情を煽ったが、それ以上に、しっかりと馴らしておかなければ、壊れてしまいそうな気がした。
 こんなにも華奢で小柄な身体に、男を受け入れるのだ。苦痛なしで済まないことは明らかであり、土方としては少しでも痛みを少なくしてやりたかった。
 総司の蕾が十分ほぐれたのを見てとると、土方は総司の両膝を抱え上げた。怖がらせないように何度も口づけながら、蕾に己の猛りをあてがう。
 だが、総司はびくんっと肩を跳ね上げた。
「ッ」
 これからされる事がわかっているのだろう。ぎゅっと目を瞑っている総司を見ると、いとけない少女を手ごめにするような罪の意識がこみあげる。
 土方は耳もとに口づけ、そのまま囁いた。
「そんなに力を入れるな……息を吸ってごらん」
「っ、ぁ……はぁ……」
「そう、そうだな。いい子だ、総司……」
 子供をあやすようにしながら、土方は辛抱強く、総司の身体から力が抜けるのを待った。総司がふつうに息をするようになったのを見過ごさず、慎重に腰を沈めてゆく。
 狭隘な蕾が押し広げられ、男の太い猛りが突き入れられた。
「ッ! ひぃアッ──」
 総司の目が見開かれた。さまよう手が男の肩を掴み、爪をたてる。
 その痛みに眉を顰めたが、今、総司が味わっている苦痛には比べるべくもない。
「やッ、ぃや…だっ、ぁああッ」
「総司、力を抜くんだ」
「でき…ない、ぁッ、ぁあっ、ぃ…たぁい……っ」
 泣きながら首をふる総司の身体を深く抱きすくめた。そのまま一気に最奥まで貫く。とたん、腕の中で若者の細い身体が仰け反った。
「ぃや、ぁああーッ…っ!」
 狭隘な蕾は奥まで押し広げられていた。深々と男の太い猛りを受け入れている。
 ぽろぽろ涙をこぼしながら、総司が哀願した。
「も…やめ、て、痛い……苦しい…の……っ」
「悪い……総司」
 眉を顰めつつ、掠れた声で答えた。
「今更、やめられねぇ。おまえの中……最高だよ」
「や、嫌ッ、怖いっ……許して」
「総司、すまねぇ……よくしてやるから、少しだけ堪えてくれ」
 そう言うと、土方はすすり泣いている総司の両膝を押し広げた。そのままのしかかるようにして、ゆっくりと力強い抽挿を始める。
 たちまち、総司の悲鳴があがった。
「いやあッ!」
 必死になって上へ逃れようとするが、がっしりと下半身を男に抱えられている状態では逃れようがない。
 総司は子供のように泣きじゃくり、喘いだ。
「やっ、いやっ、許して……も、許してぇ……っ」
「総司……」
「痛い、痛いの……ぁ、ぁあッひぃぁッ」
 いくら指で馴らしても、やはり華奢な総司が男を受け入れることは相当辛いのだ。
 あまりに痛がる総司に、土方は手でさぐってみたが、傷つけてはいないようだった。それに安堵しつつ、丹念に総司が感じる部分だけを擦り上げていく。
 むろん、獣のように激しく犯したかった。今も嵐のような衝動と欲望に、どうにかなりそうだ。あまりにも総司の身体は良すぎた。熱く柔らかで、すぐさまもっていかれてしまいそうだ。
 それを必死に堪え、土方は総司の快感を引き出すことだけに専念した。
 やがて、少しずつ総司の声が甘さをおび、なめらかな頬にも赤みがさし始める。土方も、蕾の奥がとろけるように柔らかくなったのを感じ、そっと両腕で抱きすくめた。
 耳もとで訊ねかけてやる。
「少しは……よくなったか?」
 それに、総司はきゅっと唇を噛んで頬を赤らめた。答えはなかったが、快感を感じ始めている事は明らかなのだ。
 何度も口づけてやると、潤んだ瞳で彼を見上げ、口づけにも応えてきた。その細い身体を手のひらで愛撫してやりながら、ゆるやかに腰を動かし始める。
 今度は総司も逆らわなかった。
「ぁ…ぁッ、ぁあ…ん…ぁあッ」
 甘く掠れた声で泣きながら、土方の背に両手をまわしてくる。
 それが可愛くて可愛くてたまらなかった。揺らすように快感をもっともっと覚えるように、奥をこね回してやる。そのたびに総司が泣きじゃくり、濡れた声をあげた。
「んっ、ぁあっ、ぁあ…っ」
「気持ちいいか……?」
「ぁ、ぁ…んっ、ぃ、いい…そこ……っぁあッ」
「もっとよくしてやるよ」
 土方は手加減なしで総司の身体を貪り始めた。総司の身体を二つ折りにし、上から何度も奥深くまで穿つ。そのたびに淫らな音が鳴り、総司が泣き叫んだ。
「ぁあーッ…ぁっ、ぁあんっひぃっ」
「総司……すげぇ熱い……」
「は、ぁっ、ぁあっ、いいっ、いいのぉ……っ」
 甘えた声で泣きながら、総司は艶めかしく身悶えた。黒髪が乱れ、白い身体が男の下でのたうつ様は、息を呑むほどの色香がある。
 まるで花魁のようだった。否、花魁などよりもこの総司は艶やかで愛らしいのだ。男を惹きつけ煽り、とことんまで溺れこませてしまう。
 やがて、頂が近くなった。土方は激しく腰を打ちつけた。柔らかな蕾に男の猛りが何度も力強く突きいれられる。そのたびに走る熱い快感の痺れに、総司は泣き叫んだ。
「ぁあっ…ぁっ、ぃ…ぁあっ」
「総司……っ」
「ぁ、は…ぁあっ、ひッぁああーッ!」
 甲高い悲鳴をあげた瞬間、総司の蕾の奥で男の熱が吐き出されていた。感じる熱に、総司は泣きじゃくった。怖くて、でも、気持ちよくて、身体が痺れてゆく。
「……っ、ぁ……っ」
 土方の身体に縋りつき、無意識のうちに腰をすり寄せた。それを可愛いと思いながら、土方は強く抱きしめた。
 何度も口づけあう。
 ようやく結ばれた恋人たちの夜は、いつまでも甘く続いていったのだった……。