「ここ……かな」
総司は不安げに周囲をみまわした。
約束の日、総司は土方が指定した小料理屋にやって来ていたのだ。小料理屋と云っても、なかなか大きな造りの店だった。料亭と云った方が正しいかもしれない。
慣れていないため、どうにも入りづらく、前でうろうろしていると、上から声をかけられる。
「おい」
「……え?」
見上げたとたん、どきりとした。
欄干に凭れかかるようにして、土方がこちらを見下ろしていたのだ。
「いつまで、そこにいるつもりだ」
「あ、あの……」
「早く上がってこい」
ぶっきらぼうな口調で云うなり、土方は立ち上がった。そのまま、さっさと姿を消してしまう。
それに、総司は慌てて暖簾をくぐった。だが、土方の機嫌が悪いように思えて、不安になる。
待たせてしまったからだと思うと、道に迷ってしまった自分に泣きたくなった。
だが、そんな気持ちも、店に入ったとたん、綺麗に消し去られてしまった。仲居よりも早く、土方が総司を迎えてくれたのだ。
「よく来たな」
屯所では見たこともないような、優しい笑みをむけてくれる。
それに、思わず、ぼうっと見惚れてしまった。
突っ立ったままの総司に、土方はまるで構わなかった。いつもの事と慣れたように、総司の手をひき、框の上へあがらせてしまう。
気がつけば、手を繋いだまま階段をのぼっていた。行きかう仲居や、階下の客たちが皆、ふり返ってゆく。それはそうだろう。水も滴るようないい男の武士と、愛らしい若侍が、手を繋いでいるのだ。まるで一幅の絵のようだった。
その視線に気づいていたが、総司は、自分から放そうとは思わなかった。だい好きな彼に手を繋いでもらうなんて、こんな幸せな事はないのだ。
小料理屋と云っても、かなり大きな造りの店であるため、奥が深かった。土方が何の躊躇いもなく入っていった部屋は、中庭を見下ろす一室だ。
中庭には、美しい紅葉が植えられてあった。大きな樹木であるため、二階からは艶やかな紅葉が目の前に望める。
「わぁ、綺麗……!」
思わず声をあげた総司に、土方は安堵したようだった。少し笑うと、総司の傍に佇み、紅葉を眺める。
「紅葉を見ることが出来るのは、この部屋だけだ」
「え……?」
「この下の部屋は小さな蔵になっているし、部屋自体が離れのようになっている故、他に部屋の窓もない。独り占めできるという訳だ」
「独り占め……」
小さく呟いた総司に、土方はくすっと笑った。
「まるで、おまえみたいだな」
「え?」
「いつも隊の中で、おまえは皆に囲まれている。だが、ここでは、俺だけがおまえを独り占めだ」
「……!」
総司の目が見開かれた。
まさか、こんな事を云って貰えるなど、考えてもいなかったのだ。
熱っぽい瞳で見つめてくる男に、頬が自然と熱くなる。
恥ずかしそうに目を伏せる総司の細い肩を、土方がそっと抱きよせた。従順に凭れかかってくる総司の髪に、口づけを落とす。
(……総司……)
こうして口づける事ができるなど、まるで夢のようだった。
条件だなどと、当然、土方にすれば口実にすぎない。
もともと、総司を江戸に帰す気などあるはずがないのだ。ただ、近藤が望んだため、江戸行への意向を聞いただけだった。もしもそれを総司が了承したとしても、許すつもりなどまったくなかった。
だが、そうと知らない総司は何を誤解したのか、京に残ることを懇願してきた。話の流れで、いつのまにか取引となり、気がつけば、口づけを望んでいたのだ。
己自身、狡い男だなと苦笑した。
だが、総司にふれる事が出来るなら、どんな嘘だって吐けるのだ。
手段を選ばないつもりだった。斉藤の念者になっていると聞いた時は、逆上のあまり殺意さえ抱いてしまったが、それでも、総司に対する情愛は変わらない。
必ず奪いとってやると、そう心に決めていた。だが、急いてはいけない事もよくわかっている。
土方自身、焦るつもりはなかった。
もう何年、待ってきたのか、見つめてきたのか。
その長い年月に比べれば、今の時などほんの僅かな事だった。
やがて、仲居が料理を運んできた。
どれも京らしく、見た目も美しいものばかりだ。あらかじめ総司の好みを伝えてあったので、口あたりのいい料理しか出されていない。
土方に促され、総司は素直に卓の前に坐った。箸をとり、一口食べて、「おいしい」と頬を綻ばせる。
それに、土方は微笑いかけた。
今日の総司は、とても素直だった。だからか、彼も優しくしてやることができる。
否、本当はいつも優しくしてやりたいのだ。
この腕の中に抱きしめ、守り、甘えさせてやりたい。
総司が願うことなら、どんな事だってかなえてやりたい。
そう――思っているはずなのに。
(だが、まだ遅くはないはずだ)
土方は、食事をする総司に目を細めながら、己に云いきかせるように思った。
決して遅いということは、ないのだ。
「総司」
酒の杯を口にはこびながら、問いかけた。
「うまいか」
「はい」
総司は素直に頷いた。窓から見える紅葉へ視線をやってから、にっこり笑う。
「庭も綺麗だし、料理もおいしいし、とてもいいお店ですね。土方さんは、よくここへ来られるのですか」
「いや、初めてだ」
土方は正直に答えた。
「俺は、あまり外で食事するのが好きじゃねぇからな。こういう料理屋にもあまり来ねぇのさ」
「好きじゃないって、でも、祇園とか……」
云いかけ、総司は口ごもってしまった。土方に片恋している総司には、あまり気持ちのいい話題ではなかったのだ。
土方はそんな総司にちらりと視線をやってから、肩をすくめた。
「祇園は、食事をする処じゃねぇだろう。むろん、飯を食ったりもするが、あそこは……鬱陶しい接待ばかりだ」
「そ、そうですね」
総司は、ほっとした。
祇園に土方の馴染みの女がいる事は、噂で聞いているのだ。だが、それを口にせず、総司の言葉を接待の方に解してくれた男に、ほっとした。
彼が女を抱くところなど、想像するのも嫌だし、聞きたくもない。
(でも、この人に女の人が沢山いるのは、本当の事なんだよね)
総司は大きな瞳で、目の前に坐る男をじっと見つめた。
今も、黒い着物姿でゆったりと腰をおろし、酒の杯を口にはこんでいる。その様が粋で、大人の男の色香を感じさせた。
艶やかな黒髪に、切れの長い目。濡れたような瞳は黒曜石のようで、その目に見つめられると、くらくらしてしまう。
形のよい唇に、頬から顎にかけての鋭い線。
引き締まった長身も、しなやかな指さき一つにいたるまで、本当に美しいのだ。
「……?」
視線に気づいたのか、土方が目をあげた。その深く澄んだ黒い瞳に見つめられ、どきりとする。
「何だ」
「い、いえ」
慌てて首をふった総司に、土方はまるで違う誤解をしたようだった。くすっと笑う。
「あぁ、酒が飲みたいのか」
杯をかかげてみせた土方に、総司は目を見開いた。
「飲みたいなんて、全然思っていません」
「京の酒はうまいぞ。この酒は甘口だし、子供のおまえでも飲めるだろう」
「……」
かちんときた。
子どもと云われたことに、腹がたってしまったのだ。
大きな瞳で睨みつけた。
「子どもの私でもって、どういう意味です」
「言葉どおりの意味だが。おまえ、酒に慣れていないだろう?」
「お酒に慣れていなかったら、子供なのですか。お酒が飲めたら、大人扱いしてくれる訳?」
「そういう事じゃねぇよ。ただ、俺から見ると、おまえは子どもで……」
再び彼の口から出た「子ども」という言葉に、総司はますます頭に血がのぼってしまった。傍の杯を取り上げると、銚子を掴みとろうとする。
だが、土方の方が素早かった。男の手が先に銚子を奪い取ってしまう。
「何するんですか!」
「それはこっちの台詞だ。一気飲みなんざされたら、たまらねぇからな」
「飲んでみろって云ったのは、あなたでしょう!?」
「いつそんな事を云った。俺は、飲みたいのかと訊ねただけだ」
「えぇ、飲みたいです! だから、飲ませて」
駄々っ子のように叫んだ総司を、土方は呆れたように眺めた。だが、すぐに肩をすくめると、唇の端をあげた。
「わかった」
あっさり承諾した土方に、総司は目を丸くしてしまった。思わず動きがとまる。
「え」
「何を驚いている、飲ませてやると云ったんだ」
「あ……はい」
「こっちへ来い」
銚子を持ったまま手招きする土方に、総司は素直に立ち上がった。卓をまわり、彼の傍へと歩み寄る。
坐れと命じられ、腰をおろした。
その前で、土方は銚子から酒を杯に注いでいる。それを手渡されるのかと思ったとたん、土方がさっさと自分で飲んでしまった。思わず声をあげる。
「土方さん、それは私の……っ」
言葉が途切れた。
突然、乱暴に項を掴まれ、引き寄せられたかと思った次の瞬間、口づけられていた。
「!」
総司の目が大きく見開かれた。息を呑んだとたん、唇の中に酒の味がひろがる。
芳醇な酒だった。京の酒らしい、甘くてまろやかな味。
だが、その酒よりも総司を酔わせたのは、土方との口づけだった。気がつけば、深く唇を重ねられ、舌を絡められている。
「っ…ぅ、ん…っ、ぁ……」
男の逞しい腕に抱きしめられ、角度をかえて口づけられた。次第に、頭の中がぼうっと霞んでくる。
身も心もとろけそうな口づけだった。躰の芯がずくずくと疼き、堪らなくなってくる。
「ぁ…っ、ん…ぁ……」
男の大きな手が躰のあちこちを撫でまわすのを感じた。それが心地よくて、思わず腰を押しつけてしまう。
やがて、畳の上に押し倒されたが、それでも、総司は抗わなかった。着物が脱がされていくのを感じる。
今や、総司は白い裸身に帯や着物を纏いつかせている、艶めかしい状態だった。その躰の上に男がのしかかり、唇で、指さきで、甘く愛撫を重ねてゆく。
総司が従順に身をゆだねている事を確かめると、土方はその細い躰を両腕に抱きあげた。腰と膝裏に手をまわし、ふわりと抱きあげる。
いきなり襲った浮遊感に、総司は目を開いた。不安げに男を見上げる。
「……な…に……?」
「心配するな、隣室へ移るだけだ」
その言葉に躰がびくりと震えた。男の言葉の意味がわかったのだ。
この部屋に通された時から、隣室がある事はわかっていた。そこに、何があるのかも。
案の定、襖が開かれた向こうには、褥が敷かれてあった。薄暗い部屋は、男女が躰を重ねるためのものなのだろう。
だが、総司は抗おうとしなかった。柔らかな褥の上に降ろされた時も、従順に躰をゆだねている。
その様子に、土方は目を細めた。そっと頬を撫で、呼びかける。
「総司……」
「……」
目を開いた総司の瞳は、綺麗だった。少し不安そうに揺れてはいるが、そこに嫌悪も拒絶もない。
それに安堵しつつ、土方は問いかけた。
「俺がおまえに何をしようとしているか……わかるか?」
「……は…い」
「ここまで来たからには、俺はもう止めない。もし逃げたければ……」
土方は言葉をきり、口角をあげる。
身をかがめると、総司の耳もとに唇を寄せ、低い声で囁いた。
「……俺を殺せ」
「――」
総司の目が見開かれた。呆然と、宙を見上げている。
そんな総司に身を起こした土方は、手をとり、柔らかく唇を押しあてた。その指さき、手の甲、手のひらに口づけてゆく。
やがて、小さな声が答えた。
「……そんな事…しない」
「総司」
「だって、逃げるつもりなんて…ないもの……」
消え入るような声だった。
だが、それは躊躇いではない。見れば、総司の頬は淡くそまっていた。恥ずかしそうに目を伏せている。
抱き寄せれば、男の腕の中、従順に身をゆだねてきた。
それが可愛い。可愛くてたまらない。
「総司……すげぇ可愛い」
思わず口に出してしまった土方に、総司は驚いたようだった。だが、すぐ嬉しそうに笑うと、男の胸もとへ抱きついてくる。
その可憐な姿に、土方は理性の糸が焼き切れるのを感じた。
それからは、もう無我夢中だった。褥の上で、総司の小柄な裸身を抱きしめ、貪るように白い肌へ口づけてしまう。何もかもが愛しかった、全部舐めつくしてやりたいぐらいだ。
「ぁ…っ、やぁあ…んっ…ゃ…ッ…」
いきなり男を剥きだしにした土方に、総司は少し怯えたようだった。時々、小さな声で「や……」と泣いたり、首をふったりしている。
だが、土方が深く口づけてやると、その抵抗も、たちまち溶けるように消え去った。
ぼうっとした瞳で見上げてくる総司を抱きすくめ、快感へと導いてゆく。
斉藤と念兄弟であるはずなのに、その細い躰はまるで生娘のようだった。恥じらい、怖がりながら、男の愛撫を受けつづけている。
(もしかして、契りを交わしていないのか……?)
土方は眉を顰め、その下肢に手をのばした。蕾に指でふれたとたん、総司が「あっ」と小さく悲鳴をあげる。
固い蕾は男を拒んでいるようだった。指でくすぐってやると、顔を真っ赤にして身を捩るが、それでも、馴れた様子はない。
だが、総司は過日断言したのだ。斉藤と念兄弟であると。なのに、どうしてなのか。斉藤が初心な総司を前に、躊躇っているのか。
疑問を抱いたまま、土方は、傍らに用意されてあった貝殻を開いた。中に、男女の情交の手助けをするためのふのりが入っている。それを指さきですくいとる土方に、総司は目を瞬いた。
「何……?」
「え?」
「それ、何……ですか?」
「……」
思わず総司の顔を見つめてしまった。だが、総司は不安げな表情で、彼の手元を見ている。その様子に嘘はなかった。
総司の躰は、未だ男を知らないままなのだ。
それを確信した瞬間、土方は、自分でもおかしいほど歓喜がこみあげるのを感じた。男の身勝手さだと思うのだが、総司が誰のものにもなっていなかった事が、叫びだしたいほど嬉しい。
「これは……おまえの躰を楽にするものだ」
「楽にする……?」
「大丈夫だ、何も心配するな」
優しい声で云いきかせる土方に、総司はこくりと素直に頷いた。褥に頬をうずめ、目を閉じる。
土方はふのりで濡らせた指を蕾にあてがった。ゆっくりと挿しこんでゆく。
とたん、総司がはっとしたように息を呑んだ。
「! ……やっ、いやっ」
驚きと怖さのためか、突然、もがき始める。
それを土方は素早く抑え込んだ。すっぽりと包みこむように抱きすくめ、囁きかける。
「怖くない……酷くしねぇから、総司」
「だ、だって……」
「俺を受け入れるための準備なんだ。しっかりしておかないと、おまえを傷つけちまう」
「……土方さんを、受け入れる…ため?」
総司が大きな瞳で土方を見上げた。桜色の唇が震えている。
それを、土方は祈るような思いで見下ろした。
「……」
ここまできて拒絶されたら、気が狂ってしまうだろう。頭がおかしくなり、総司を無理やり犯して壊してしまうに違いない。
そんな獣じみた予感に、思わず身震いした。
次、お褥シーンがありますので、苦手な方は避けてやって下さいね。