朝の柔らかな光が射し込む部屋の中、二人の息づかいだけが満ちた。
「……総司」
 ゆっくりと手をのばしてきた土方に、総司も逆らわなかった。従順に男の胸もとに抱きしめられる。
 土方は総司の小柄な躰をすっぽりと抱きすくめると、その額や髪、頬に、口づけてきた。
 まるで恋人同士のような、甘く優しい愛撫。
 やがて、それは甘い口づけへと変わった。土方が総司の項を掴んで仰向かせ、深く唇を重ねてきたのだ。
「んっ……」
 それに総司も抗わなかった。再び、土方から与えられた口づけに、ぼうっとなる。
 まるで濃厚で甘い酒に酔わされるようだった。舌を絡められ、口内を舐められる。
 男の指さきが総司の躰の線をたどり、優しく愛撫した。それに感じてしまう。
 腰の奥が熱くとろけ、やがて、がくりと膝から力が抜けた。畳の上に膝をついてしまう。
 だが、それは男の腕で支えられ、緩やかなものだった。二人して畳の上に坐りこみ、何度も口づけを交わす。
 気がつけば、総司は男の膝上に抱かれていた。躰を密着させ、口づけ、抱きあううちに自然とそうなってしまったのだ。
「ぁ、ぁ…土方、さ…っ、ぁ……ッ」
 男の手が襟元にかかった。もろ肌脱いだ形にされ、白い肌がこぼれる。
 土方が胸の尖りを舐めあげてきた時、総司は思わず小さく悲鳴をあげていた。
 そんな処が感じるなんて、信じられなかった。だが、実際、舐められた瞬間、ぴりっとした熱い快感が背筋を突き抜けたのだ。
 総司の反応に気をよくしたのか、土方は丹念に胸の尖りを可愛がり始めた。左右を交互に舐め、吸ってくる。
「んっ、ぁ…ぁ、ぁ……」
「気持ちいいか?」
「ぁ、ん……い、いぃ…っ、は…ぁ…ッ」
 総司の唇から、甘い啜り泣きがもれた。躰中が熱くて熱くて、たまらない。
 このまま抱かれてもいいとさえ思った。否、それこそが望んでいることなのだから。
 だが、その時だった。
 不意に、遠くで総司を呼ぶ声が響いたのだ。その瞬間、はっと我に返った。


 ここは屯所なのだ。
 新選組の屯所。そして、今、自分が抱きあっている相手は……


「! だ、だめっ」
 思わず土方を突き放していた。その胸に両手をつっぱね、躰を放そうとする。
 突然、抗い出した総司に、土方は驚いたようだった。
 だが、何が総司を激させたのか、気づいたのだろう。
 ちらりと障子の向こうへ視線を投げると、すぐさま総司の躰をおさえるように抱え込んだ。耳もとに唇を寄せ、囁きかける。
「大丈夫だ、落ちつけ」
「やっ…だめ、土方さ……」
「俺にまかせて、静かにしていろ。そうだ……いい子だな」
 子どもをあやすように、背中を男の手が何度も撫でた。すっぽりと腕の中に小柄な躰をおさめ、抱きすくめてくれる。
 それに、総司の息づかいもおさまっていった。
 甘い夢に浸っていたのが、突然、現に引き戻されたのだ。初心な総司には当然の混乱だった。
「……っ」
 縋るように男の背に両手をまわし、ぎゅっとしがみつく。それに、満足げな笑みを土方がうかべている事に気づかぬまま、総司は目を閉じた。
 隊士の声は、次第に遠ざかってゆく。
 どうやら一番隊の者のようだったが、今の総司には考えることすら出来なかった。ただもう、男の腕の中にいて、そのぬくもりだけを感じている。
 やがて、そっと額に口づけを落とされ、総司は顔をあげた。見上げると、苦笑をうかべた土方が見下ろしている。
「屯所では、やはり無理があるな」
「……」
「今度、どこか外で逢おう。その方がお互い、楽に出来るだろう」


 出来るって、何を?


 そう問いかけそうになって、総司は慌てて口をつぐんだ。
 とんでもない答えが返ってきそうな気がしたのだ。
 黙り込んでしまった総司に、土方がくっくっと喉を鳴らした。また、髪や頬に口づける。
「心配するな。無理強いはしやしねぇよ」
「土方…さん……」
「俺も、おまえの立場はわかっている。条件だけ果したら、後は引きさがるさ」
「――」
 思わず息を呑んだ。


 条件。


 そうなのだ。
 これは、取引の条件なのだ。江戸へ帰さないで欲しいと願った自分に出された、引き換え条件。
 そこに何の感情もない、ただの行為……。
「……っ」
 泣きそうになってしまった総司に、土方は気づかないようだった。俯く総司の髪に口づけを落とし、抱きすくめている。
 その腕の中、総司はきつく目を閉じた。












 土方から誘われたのは、数日後だった。
 部屋に、文が置かれてあったのだ。場所と日時だけを記した、素っ気ない文。名も記していない。
 筆跡だけで誰からのものかわかってしまう自分に呆れつつ、総司はそっと文を懐にしまった。
 むろん、行くつもりだ。
 だが、一方で、これは斉藤に申し訳ない行為ではないのかと、考えもした。
 一応、斉藤は総司の念者という事になっているのだ。それも、隊内で公然の仲とまでされてしまっている。
 なのに、土方からの誘いをあっさり総司が受けたのでは、斉藤も立場がないのではないだろうか。
「断わりを入れておいた方が、いいよね」
 総司は一人こくりと頷くと、斉藤の部屋に行った。だが、その途中の廊下で行きあった。
 斉藤はちょうど巡察から戻ってきたばかりで、副長室での報告も終えたらしく、うんざりした表情で鉢巻を外している。
 それに、総司は駆け寄った。
「斉藤さん」
「え?」
 ふり返った斉藤のもとに、総司は走り寄ると、手にしていた文をさし出した。
「これ」
「? 何だ、文?」
「そうです。ここへ行くつもりなのです、だから断っておこうと思って」
「???」
 まったく意味がわからないという表情で、斉藤は文を広げた。
 だが、そこに書かれた筆跡を見たとたん、慌てて放り出した。
「な、何だっ、これ……!」
「え?」
「え、じゃない! これ、土方さんからの文じゃないかっ」
 思わず叫んでしまった斉藤に、総司は唇をとがらせた。
「文、乱暴に扱わないで下さい。それに、どうして、斉藤さんが土方さんの筆跡を知っているの?」
「そりゃ、わかるだろう。副長として書類やなにやら、見せられていたら、いやでも知ってしまうよ」
「ふうん……」
 何となく面白くなさそうな顔で頷いてから、総司は文を拾い上げた。大きな瞳で斉藤を見上げる。
「だから、文なのです。土方さんからの誘いを貰ったので、ここに行ってもいい?」
「……いや、それ、オレに聞く事じゃないから」
「でも、斉藤さん、一応、私の念者って事になっているし」
「一応だろ」
「隊内では公然の仲みたいですよ。だから、私が土方さんと出かけたら、斉藤さんの立場がないかなと思って」
「それはまた気を使ってくれてありがとう」
 思わず嫌味を云ってしまってから、斉藤は、ようやく気がついた。え? と、まじまじと総司の顔を見つめてしまう。
 何? と総司が可愛らしく小首をかしげるにいたって、頭に言葉が届いた。
「土方さんと出かける…だって? それ、何なんだ、いったい! いつのまに!」
「……斉藤さん、反応遅すぎません?」
「そういう事じゃなくて、そこ、小料理屋だろっ。何で、そんな処に土方さんと出かける事になったんだ」
「取引なのです」
 総司は真面目な顔で、説明をした。
「前に云いましたよね? 江戸へ帰らない理由に、斉藤さんと念者だからと云ったと。それに付け加えて、土方さんから条件が出されたんですよ」
「どんな?」
「……」
 何気なく問いかけた斉藤の前で、総司は耳朶まで真っ赤になってしまった。口ごもり、手を握りあわせたりしている。
 その様子に、斉藤はとんでもなく嫌な想像をしてしまった。顔が自然と強張る。
「ま、まさか……」
 云いかけたとたん、だった。
 後ろから足音が近づいてきたかと思うと、「総司」と声がかけられたのだ。
 凛とした声音に慌ててふり返ると、土方が歩み寄ってくる処だった。
 何か告げようとしていたらしいが、斉藤が傍にいるのに気づいたとたん、ぴたりと足をとめてしまった。切れの長い目で斉藤を見据えてから、くるりと背を向け、去っていこうとする。
「え? 土方さん……?」
 総司は驚き、慌てて後を追った。長身の土方に纏わりつくようにして、何か話しかけている。
 しばらく行ったところで二人は立ち止まり、言葉をかわし始めた。
 その様子はどう見ても、親密すぎるぐらい親密だ。
 別に、べたべたしている訳ではないが、二人の間には、何やら甘い雰囲気が漂っている。
 やがて、土方が身をかがめ、総司の耳もとに唇を寄せた。何か囁きかける。
 すると、総司が頬を染め、怒ったように小さな拳で男の胸もとを叩いた。
 まるで、仔猫がじゃれつくような仕草だ。
 それに、土方が楽しげに笑いだし、「わかったわかった」と宥めている。
「……」
 それらの光景を呆然と眺めながら、斉藤は思った。
 念者として自分のことを気にするなら、あぁいう事は人目のない処でやって貰えないでしょうか。いやいや、それよりも、問題なのは。


「条件って、何だよ」


 小さく呟いた斉藤の言葉が、楽しくじゃれあう二人に届くはずもないのだった。














「何なんですか、いったい」
 追いかけてきた総司に、土方は足をとめた。
 渡り廊下の入り口付近で、はぁはぁっと肩で息をしている総司を見下ろした。なめらかな頬が薔薇色にそまり、大きな瞳がきらきらしている。


 本当に、可愛いなと思う。


 どんな相手にも思ったことのない感情だったが、総司には素直に可愛いと思ってしまうのだ。
 こんなにも可愛い存在はあるのだろうか。
 もっとも、土方はそんな感情を素直に出せる男ではなかった。
 だからこそ、ついつい苛めてしまうのだ。
 可愛い、好きだと思いながら、総司の顔を見ると、ついからかったり苛めたりしてやりたくなる。そのくせ、総司が泣きそうな顔になると、そんな顔をさせてしまった自分に苛立つのだ。
 土方にとって、総司は、手におえない存在だった。その言動一つに、一喜一憂してしまう自分に、ほとほと嫌気がさしてしまう。
 それが嫌であるからこそ、尚のこと、総司に冷たく接してしまうという悪循環に陥っているのだが。
「別に、何でもない」
 相変わらずの素っ気ない口調で云った土方に、総司は桜色の唇を尖らせた。
 この間、思う存分、味わってやった唇。
 それをじっと見つめていると、総司の顔が赤らんだ。
「な、何ですか」
「……別に」
「別にって、じっと私のことを見てたでしょ。云いたい事があるなら、云って下さい」
 上目づかいに睨んでくるのだが、まったく怖くなかった。それどころか、めちゃめちゃ可愛い。
「なら、云ってやるよ」
 土方は肩をすくめた。それに、総司が目を瞬く。
 そんな総司に喉奥で笑い、身をかがめた。耳もとに唇を寄せ、囁きかけてやる。
「……今すぐ、おまえに口づけたい」
「!」
 たちまち、総司の顔が真っ赤になった。口をぱくぱくさせると、そのまま小さな拳で殴りかかってくる。
 それを受け止めながら、土方は思わず笑った。


 いつも総司の反応は突拍子もなくて、遊び慣れている土方でさえ、さんざんふり回される。
 むろん、そうして手を焼く処も可愛いと思ってしまうのだが。
 しかし、今、じゃれついてくる総司は、彼の意図したとおりの反応だった。
 少しは心を許してくれた証のように思え、可愛くてたまらない。
 他に人目がなければ、思いきり抱きしめて、言葉どおり、その小さな唇を貪りつくしてやりたいぐらいだった。


「わかった、わかった」
 土方は総司の手首を掴み、その愛らしい顔を覗き込んだ。
「場所を考えろって事だろ? 人目のある場所で、こんな事を云うなと怒っているんだろ?」
「そうです! あ、あんな事……っ」
「云っただけだろ。してないじゃねぇか」
「あたり前ですっ」
 総司は完全に拗ねてしまったらしい。彼に手首を掴まれたまま、唇を尖らせ、そっぽを向いてしまっている。
 それに、土方も慌てて笑いをおさめた。
 最近、少しずつ近寄ってきてくれた仔猫を手にいれるには、もっと慎重でなければいけないのだ。あの斉藤から奪うためにも。
「怒ったか? すまん」
 素直に謝ると、総司はびっくりしたように彼を見上げた。大きな瞳を瞠っている。
 やがて、なめらかな頬を染めると、口ごもりつつ答えた。
「……別に、そんな怒って、いませんけど」
「なら、あの誘いは受けてくれるか」
「あ……」
 総司はすぐさま思い出したようだった。躊躇いがちに、訊ねてくる。
「私と……こういう処に行くの、いいのですか?」
「何が」
「だから、他の……綺麗な女の人と行く方が、土方さんも楽しいんじゃないかと」
「おまえこそ」
 土方は目を細めた。切れの長い目で、総司をじっと見つめる。
「俺なんかより、斉藤と行く方がいいんじゃねぇのか。それとも、約束でもあるのか」
「いえ、ありません。ありませんけど……」
「けど、何だ」
 苛立ちを覚えて語気を強めると、とたん、総司はびくりと躰を竦めた。それに、舌打ちしたくなる。
 自分の愚かさに、だった。
 他の事ならどんな罵声を浴びせられようが、全く胸一つ痛まないのに、総司だけは駄目なのだ。この小柄な若者が、ほんの少し彼を拒絶する素振りをみせただけで、頭に血がのぼってしまう。
 だが、これでは駄目だと、土方は己を落ち着かせた。
「何か理由があるなら、聞いてやる。云ってみろ」
 もっとも、日頃の癖で、上から目線の俺様な言葉にしかならなかったのだが。
 それでも、総司は余程ほっとしたようだった。目を伏せると、小さな声で答えた。
「私なんかと一緒で……土方さんは、本当にいいのかなと、思ったのです。たまの非番でしょう? 祇園の馴染みの人の処とかに行かれるんじゃないかと」
「そんな事を、おまえが気にするな」
「でも」
「おまえに何の関係がある。だいたい、さっきから聞いていれば、何だ。結局、おまえは一緒に行きたくねぇのか」
 あくまで拒絶する総司に、土方は、つい、きつい口調で問いただしてしまった。
 だが、意外な事に、それが総司の気持ちをはっきりさせたようだった。弾かれたように顔をあげると、思わずという調子で叫ぶ。
「そんな事、あるはずありません。行きたいです。あなたが誘ってくれたんだもの、絶対に行きたいです!」
「……総司……」
 目を見開いた土方に、総司は我に返ったようだった。ぱっと顔を赤くすると、恥ずかしげに俯いた。
 だが、それでも、小さな声で念押しするように云った。
「行きたいのです……あなたに、連れていって欲しいのです」
 懸命に答える総司がいじらしく、土方の胸に熱いものがこみあげた。



















次、ちょっとだけお褥シーンの始めの方が入ります。苦手な方はスルーしてやって下さいね。