ぽろぽろと涙がこぼれていく。
それに、土方が苦しげに顔を歪めた。思わずとも言うように、両腕で抱きすくめてくる。
柔らかな髪に顔をうずめ、囁いた。
「……泣くな」
「……っ、ひ…ぅ…っ……」
「頼むから、泣かないでくれ、総司。俺はおまえが泣くと、どうしたらいいのか分からなくなっちまう」
「……土方…さん……っ」
総司は子供のように泣きながら、男の広い背に両手をまわした。そのぬくもり、彼の匂いを感じながら、ぎゅっと抱きつく。
それに気づいた土方がより深く抱きすくめてくれた。何度も何度も、頬や額、耳もとに口づけの雨を降らされた。
まるで、恋人だった時のように。
男の力強い腕に抱きしめられながら、総司は祈るように目を閉じた。
「……」
涙をそっと唇で拭われた。
それを感じて目を開くと、彼の深く澄んだ黒い瞳に見つめられている。
総司が黙ったまま見つめていると、土方はその白い手をとりあげた。指さきに、そっと口づける。
「……すまない」
低い声で謝られ、驚いた。
彼が謝ることなど、何もないのに。
それとも、彼に捨てられたために、こんな疵をつけたことを気づかれてしまったのか。
不安げに見上げる総司に、土方は静かに囁いた。
「おまえを傷つけてしまった……俺が聞いてはいけない事を聞いたから、おまえは泣いたのだろう?」
「土方さん……」
「本当にすまない。もう……二度と聞かないから、安心してくれ」
優しい言葉に、総司は胸が痛くなるのを感じた。
この人は本当に優しいのだ。
自分が別れを告げた相手にまで、こんなふうに優しくしてくれる。私が泣いているからと、訳を聞かないでくれる。
私はこんなにも未練がましくて、己を疵つけることしか出来ないのに。
あぁ、私はどれぐらい土方さんを愛しているのだろう……?
きっと言葉に出来ないぐらい、この命も何もかもあげていいぐらい。
あいしてる
声にならない言葉がとけた。
まるでそれが伝わったように、土方は総司の身体を固く抱きしめた。
そっと、唇を重ねられた。甘い甘い口づけに身をうずめていく。
まるで、花びらにうもれてゆくようだった。ひらひらと降り舞う花びらの中にうもれるような、幸福感と陶酔。
うっとりと目を閉じた総司を抱きしめ、土方はその白い肌にも口づけた。癒やすように、その疵や痣に唇を優しく押しあててゆく。
そうして身体中に口づけられるたび、総司は甘く啜り泣いた。
彼を感じる自分が愛おしかった。
この人にこうして愛してもらうことが出来るなら、もう……傷つけたくない。
「……っ、ぁ…ぁ、ん…っ」
甘い声をあげ、総司は仰け反った。
今、土方は総司のものを愛撫していた。唇を押しあて、柔らかく舐めあげてゆく。痺れるような快感に、どうにかなってしまいそうだった。
久しぶりだからか、土方は丁寧に下準備を施してくれた。いつも優しかった彼だが、今日は常より更に優しく丁寧だ。
だが、それは総司の羞恥を煽った。何度も、これ以上やめてと哀願しても、土方は意地悪しているのではないかと思うぐらい、丁寧に慎重に準備をしてくるのだ。
「やっ、も…お願……ッ」
「まだ駄目だ……おまえを傷つけちまう」
「だって……恥ずかし……っ、ぁっ、や…だぁッ」
総司は褥に突っ伏し、いやいやと首をふった。その仕草が可愛いと土方が喉奥で笑う。
背中にも口づけられた。さすがにそこは傷つけなかったので、きれいな真っ白な背中だ。
ようやく土方が総司の身体を仰向けにした頃には、頬が上気し、躰全体も仄かな桜色に染まっていた。それがたまらなく色っぽい。
土方は総司の両膝を抱えこみ、左右に押し開いた。恥ずかしい体位に、総司の頬がぱっと真っ赤になったが、蕾に男の猛りをあてがわれると、はっと息を呑んだ。
怯えたように見上げる総司を、土方は熱っぽい瞳で見下ろした。
「……大丈夫だ、総司」
「土方…さん……」
「いいか、全部……俺にまかせていろ」
久しぶりな上に、総司の躰は以前より華奢になってしまっていた。
もともと体格差があるため、情事の時は色々と苦労したものだった。それでも回を重ねるごとに、少しずつ総司の躰も慣れて快感を覚えるようになっていた。
だが、月日を置いてしまっている。初めてと変わらない状態であることは、確かだった。
こくりと頷いた総司に、「いい子だ」と囁いてから、土方はゆっくりと腰を進めた。男の猛りが狭い蕾を押し開き、挿し込まれてゆく。
「……ぃッ…アー…ッ!」
総司が掠れた悲鳴をあげ、仰け反った。無意識のうちに上へ逃れようとする。
それを土方は荒々しく引き戻した。両膝裏を掴んで押し広げ、一気に奥深くまで貫く。
「ヒィッ! ぃ…やアッ! ぃ、いた…痛いッ……」
「総司、力を抜くんだ」
「…でき…な…ぁッ、ぁあッアッ」
大きな瞳から涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。それが痛々しいのに、艶かしい。
土方は総司のものを手のひらで包みこみ、柔らかく扱き上げた。何度も手のひらを上下させて、優しく愛撫してやる。少し勃ちあがってきたのを感じ、先端に親指を食い込ませた。少し強めに揉んでやると、総司が啜り泣いた。
「ぁ…ぁっ、や…ぁ…っ」
いやと言っているが、その声は甘い。見れば、頬に血の気が戻り、躰も柔らかくなっていた。
土方はそれを確かめてから、総司の膝裏を再び掴んだ。のしかかると、総司が小さく悲鳴をあげる。
「やッ、まだ動いちゃ……っ」
「もう我慢できねぇよ」
「こ、怖いの…ぁああッ、アッ、ひぃアッ」
動きだした土方に、たちまち、総司は泣き声をあげた。ものすごい圧迫感と重量感なのだ。奥まで穿たれると息がつまりそうになり、引き抜かれる時はその感触に腰奥が熱くなった。それが少しずつ速くなっていく。
「ぅ…んッ、ぁ、ぁあ…んっ…ぁ……っ」
気がつけば、総司は男の背中にしがみつき、泣きじゃくっていた。蕾の奥を穿たれるたび、甘い甘い痺れがわきおこる。
激しく揺さぶられ、快楽の波に二人して溺れた。
「ぁ、ぁあっ、ぃ……いいっ、ぁ…ッ、あぅ──」
「……総司……すげぇ熱……っ」
「土方…さ、ん…ぁ、っ、ぁあッ」
もう土方は手加減なしで総司を抱いていた。
掴んだ膝を左右に押し広げ、激しく腰を打ちつけた。何度も深く蕾の奥まで猛りを捩じ込み、引き抜く。
それを繰り返すたび、総司が甘い声で泣き叫んだ。聞くだけで、達してしまいそうな色っぽい声で。
土方はたまらず総司の躰を抱き起こすと、その両膝を抱え込んだ。そのまま己の猛りの上へ腰を降ろさせる。
総司が悲鳴をあげ、仰け反った。
「ぁああーッ!」
真下から貫かれた挙句、根本まで男の猛りを呑みこむことになるのだ。もの凄い衝撃だった。強烈な快感美に気を失いそうになる。
泣きじゃくる総司の躰を、土方は無理やり上下させた。何度も何度も、男の太い猛りでぐぬりと奥まで貫かれる。
「ぃ…やあぁッ、ぁあっ…ぁっ」
いつのまにか、総司のものは達してしまっていた。とろとろと蜜をこぼしている。それをぎゅっと握りしめてやってから、土方は華奢な躰を褥の上に押し倒した。
そうして両足を抱え込んで二つ折りにし、最後の責めを始める。今まで以上に激しい抽送に、総司が悲鳴をあげた。
「だ…め、も…だめぇっ……ひぃっァアッ」
「まだだ……俺はまだ満足してねぇよ……っ」
「も、許し……ぁあっ、やぁあッ」
泣きじゃくり、土方の広い背中にしがみついた。あまりの快感に躰中が痺れて、どうにかなってしまいそうだ。
土方は総司の躰を抱きすくめ、激しく腰を打ちつけた。
「ぁあッ、ぁっ…ぃッぁあッ」
「……総…司……っ」
「ひぃっ…ァアッ、ぁああーッ!」
一際甲高い声があがった瞬間、腰奥に男の熱がたたきつけられていた。じわりと熱が広がる。
それにさえ感じて、総司は躰をびくりと震わせた。
「ぁ……ぁつい…よぉ……っ、ぁ…っ」
甘く掠れた声ですすり泣く総司を、土方はきつく抱きすくめた。その細い躰とまだ繋がったまま、はぁ……と熱い吐息をもらす。
……夢のようだった。
再び己の腕に抱くことが出来た恋人が、今にも消えてしまいそうな気がして、夢にとけてしまいそうで、抱きしめる腕に力がこもる。
そんな土方の腕の中、総司は従順に抱かれていた。うっとりとした表情で、男の裸の胸に頬を寄せる。
久方ぶりに愛しあうことが出来た恋人たちに、再び熱が灯るのは、そのすぐ後のことだった……。
明け方、ふと目が覚めた。
頭を起こしてみると、外から雨の音が伝わってくる。この冬だから、みぞれ混じりの雪かもしれないと思った。
そうしてから、総司は自分が誰かに抱きしめられていることに気づいた。屯所の自室で一人眠っていると思っていたため、驚いてしまう。
「……ぁ」
反射的に身を起こし逃げようとして、声を呑み込んだ。
自分を柔らかく抱きすくめ、眠りに落ちているのは土方だった。端正な顔に黒髪が乱れてかかり、いつもより子供っぽく感じさせる。
形のよい唇から、規則正しい寝息がもれていた。彼にしては珍しく、深く眠っているようだった。
総司は両手を唇にあててまま、その寝顔を見つめた。
少しずつ、昨日の記憶が蘇ってくる。
(そうだ……私、昨日、土方さんに……)
抱かれたのだ。
まるで初めての時のように優しく、だが、貪るように狂おしく抱かれた。
何度、この身体の中へ男の熱が吐き出されたか、わからない程だった。最後にはあまりの快感に失神してしまったのだろう。その後、土方がすべて始末をしてくれたのか、総司の身体は綺麗に清められていた。
総司はそれを思うと羞恥に頬が熱くなったが、一方で、彼の優しさにふわりと胸奥が熱くなった。
「……土方さん……」
そっと彼の名を呼んで、その広い胸もとに身を寄せた。とたん、土方の男にしては長い睫毛が微かに震えた。見つめるうちに瞼が開き、その綺麗な黒い瞳がこちらを見つめてくれる。
まだ、寝起きのためかぼんやりとした表情だったが、総司を認めると、微かに笑った。ふわりと微笑い、総司の躰を両腕で深く抱きすくめてくれる。
「おはよう」
「お、おはようございます」
きれいな笑顔にどぎまぎしながら、総司は答えた。
恋人として何度も朝を迎えたことがあったが、こんな無防備な笑顔をむけられた事は数えるほどだった。
見る者の心をとろかせてしまう、幸せそうな笑顔。
頬を赤らめて俯いてしまった総司に、土方は僅かに小首をかしげた。
「どうした、昨日のことを全部忘れてしまったのか?」
「違います。そうじゃなくて……何だか、信じられなくて」
こうして、あなたの傍にいることが。
まるで、あの時の朝のようだと思った。
前世で、初めて二人契りをかわしたあの……
「あの時の朝みたいだな」
「え」
驚いて顔をあげると、土方は優しい瞳で総司の髪をそっと撫でた。
「ほら……俺たちが前世で初めて契りを交わした日の翌朝だ。あの時も、おまえは先に起きていて、俺がおはようと言うと、頬を赤らめて俯いたんだ」
「だって、恥ずかしくて…嬉しくて……」
身も心も彼のものにしてもらうことが出来た事を、夢のようだと思っていた。
もしかしたら、あの時が一番幸せだったのかもしれない。
あの後は、ひたすら逃げ続けるだけの日々だったのだから。
しばらくの間、二人は抱きあっていた。
褥の中で何度も口づけをくりかえしながら、昨夜の名残を惜しむように互いのぬくもりを感じあう。
だが、甘い時も終わりを告げる。夜はもう明けているのだ。いつまでも睦みあっている事など出来なかった。
「……」
吐息をもらし、土方が身を起こした。それにつられて総司も身体を起こし、散らばっている着物を引き寄せる。
土方は手早く黒い着物を纏い、帯を締めた。身体の気怠さを堪えながら着物をつけている総司を見下ろし、訊ねた。
「どうする? 朝餉をとってから一緒に屯所へ戻るか」
「それは……」
思わず言葉が途切れた。
出来るはずがないことだった。二人一緒に帰営などすれば、いらぬ憶測と噂を呼んでしまうだろう。
何も言えず俯いてしまった総司を、土方は無言のまま見下ろした。
細い肩にしなやかな黒髪がかかり、そのさまがたまらなく可憐だった。伏せられた長い睫毛も、なめらかな頬も、ふっくらした唇も何もかも、狂おしいほど愛おしい。
確かに、昨夜、総司は俺に抱かれた。
だが、それが何だと言うのか。心がそこになければ、何もならない。
もはや、総司の心は他の男のものだった。
俺自身が一度手放したのだ。
どんなに渇望しても、二度と取り戻すことは出来ないのか……。
「……そうだな」
気がつけば、皮肉な口調で言っていた。
「そんなこと出来るはずもねぇか。おまえは伊東の念弟で、俺とはただの副長と一番隊組長の関係だからな」
男の言葉に、弾かれたように総司が顔をあげた。いきなり向けられた彼の鋭さに、目を見開いている。だが、すぐに、ぱっと頬を紅潮させた。
「違います」
「……」
「伊東先生は私の友人です、心からお慕いしていますし尊敬していますが、念兄弟ではありません」
「へぇ」
土方は形のよい唇を歪めた。今まで押し殺してきた感情が、嫉妬や怒りという感情が己の中で渦巻くのを感じる。嘲るように、喉奥で低く嗤った。
「抱きあって別れを惜しんで、それで念弟じゃない、か。あんなもの見せられて、信じられるかよ」
「だって、本当のことです。土方さんだってわかっているでしょう? 昨夜、私を抱いたのだから」
「躰は確かに契りを結んでいないだろうさ」
肩をすくめた。
「だが、気持ちの上では伊東のものだろう、おまえは。それに、契りを結んでいなければ念兄弟じゃないって言うなら、俺たちはどうだったんだ。京に来てからおまえを抱くまで、俺はおまえの念兄じゃなかったのかよ」
「そうじゃない…けど……」
総司はきつく唇を噛んでしまった。
だが、不意に顔をあげると、きつい瞳で切り返してきた。
「なら、土方さんはどうして私を抱いたの。気持ちがあなたにないってわかっていながら、何故、私を抱いたのです」
「……」
思わず声を呑んだ。
気持ちがあなたにない。
売り言葉に買い言葉だとわかっていた。
だが、それでも、総司の言葉は確実に彼の胸を突き刺した。まるで刃を突き立てられたようだった。
土方は深く息を吸い込んだ。
告げればいいとわかっていた。
たとえ、受け入れられないとわかっていても、拒絶されるとわかっていても、好きだ、愛していると告げさえすればいいのだ。
だが、それがどうしても出来なかった。
彼は矜持の高い男だった。愛しい総司相手であっても、膝を折ることなど出来ないのだ。
一方で、そんな自分に笑いがこみあげた。
こんな時でも、矜持が大事なのか、と。
「……何がおかしいの」
無意識のうちに笑っていたのだろう。総司が訝しげに不安そうに、土方を見上げていた。
彼が狂ったとでも思っているのか。
だが、実際そうなのかもしれないと思った。
とうの昔に、自分は狂ってしまっているのだ。この可憐で愛らしい存在に。
「……」
土方はゆっくりと目を細めた。そして、しなやかな動作で跪き、その細い身体に手をのばした……。
次で完結です。十話プラス終章となります。