しばらく黙った後、土方は静かに言った。
「おまえ……無理してねぇだろうな」
「? 無理?」
きょとんとする総司に、土方はまっすぐ見据えた。
「おまえ、昔から無理する方だろ。辛くても元気なふりをしていたし、我慢強かったし」
「そうですか? 私、けっこう我儘だったと思いますけど」
「おまえの我儘なんざ、可愛いものだよ」
そう言った土方に、総司は思わず半目になってしまった。自然と頬がふくらむ。
「……ですよねぇ、あなたなら比較対象にことかきませんものね」
「ち、違う! そういう意味じゃねぇよ」
慌てる土方に、総司はベッドに坐ったまま足をばたばたさせた。
「別にどっちでもいいけど、とにかく、私は元気になったのです。無理してるかどうかなんて、見ればわかるでしょ」
「確かに」
土方はあらためて、総司をまじまじと見つめた。その視線の熱さに、ちょっと頬が赤くなってしまう。
ぱっと顔を両手で隠した。
「そんな見ないで下さいよ」
「見ればわかると言ったのはおまえだろうが」
「だからって……」
「まぁ、俺にとって、おまえはいつも可愛いし綺麗だ。病に臥せっている時も、今こうして元気に笑っているおまえも、花のように綺麗だな」
「……」
さらりと凄い事を言ってのける土方に、総司は脱力した。
この人、本当に別人じゃないの?
ってか、何でこうなっちゃっているの。まさか、本人の前でも言ってのけるとは思わなかったし。
ものすごい美辞麗句に、誰のこと話しているのです? と聞きたくなるんだけど。
「土方さん、目、悪くなった?」
「いや、前と変わらねぇ」
「じゃあ、別人かな。影武者?」
「おまえ、俺にむかってよくそんな事言えるな」
「だって、私、生まれ変わりだもーん。一度死んだから怖いものなしですよ」
「けど、不死身になった訳じゃねぇだろ」
「その辺りは神様にお伺いして下さい。ついでに、猫と人の変わり方もお願いします」
にこにこ笑う総司に、土方はため息をついた。
昔から天然なところは凄かったが、一度死んだことで、よりバージョンアップしたのか。ますます天然鈍感ぶりに磨きがかかっている。
京で血も涙もない鬼副長と恐れられていたが、それはここでもあまり変わらない。むしろ、あの「新撰組副長」として、遠目にびびられている。
その男相手にこれだけぽんぽん言えるのは、総司ぐらいのものだろう。さすが無敵の一番隊組長だ。
まぁ、そんなところも含めてめちゃめちゃ可愛いのだが。
「とにかく、人でいられる方法を探そう。神頼みはその後だ」
「猫じゃだめ? 可愛くなかった?」
小首をかしげるようにして訊ねる総司に、土方は内心(可愛すぎだろッ)と思いつつ、慌てて視線をそらした。
「可愛かったよ……けど、おまえだって人の方がいいだろ。色々不便だし」
「ですよね。土方さんとも、あれこれ出来ませんものね」
「あ、あれこれって……っ」
思わずあらぬ事を想像してしまった土方に対して、総司はケロリンパとした顔で言ってのけた。
「だって、そうでしょ? 一緒にご飯食べるのも難しいし、一緒にどこかへ行くのだって……。? 土方さん、どうかした?」
「……何でもねぇ」
半ば拗ねて、半ば諦め気分で、土方はため息をついた。
だよなぁ、総司だものなぁ。
生まれ変わろうが猫になろうが、やっぱり総司は天然で鈍感だ。男の衝動や欲など、まったく理解していない。
だが、今度はもう後悔しない。猛アタックして、何としても落としてやる! と拳を固めた。
にこにこと笑顔でいる総司に、さっそく言ってみた。
「好きだ、総司」
「はい! 私も大好きです」
「…………」
元気いっぱいの答えに、土方は、目前にドドーンッと聳え立つ山を見た。パキポキッと心が折れそうになる。
だが、ここで挫けては百戦錬磨、天性のたらし男の名がすたる。
頑張れ、頑張るんだ! 俺!
己を奮い立たせ、土方は総司の手をそっと握りしめた。びっくりしたように目を丸くする総司が可愛い。
とびきりのなめらかな低い声で囁いた。
「そうか……嬉しいよ。俺もおまえが大好きだ」
「……」
「愛してる、総司」
思い切って踏み込んだ告白をした土方に、総司は固まった。しばらく、ぼうっと彼を見上げている。
やがて、小さく呟いた。
「ね」
「……? ね?」
眉を顰めて問いかけると、総司はこてんと小首をかしげた。
「ねこ、じゃなくても?」
「……は?」
「私が猫じゃなくても、土方さんは私を愛することが出来るのでしょうか」
「はぁああッ!?」
思わず叫んでしまった。
「俺、そっちの趣味ないんだがっ」
「??? そっちの趣味って?」
「い、いや、そうじゃねぇ。俺は今ここにいる人のおまえが好きなんだ。可愛いし、愛してる」
「猫の私は可愛くない?」
「だからっ、猫も可愛いが、おまえがいいんだ。人のおまえが好きなんだ」
「でも……」
一生懸命想いを伝えたつもりなのに、なぜか総司は涙目になってしまった。うるっと目を潤ませる。
「私、今、猫だもん。猫になっちゃうんだもん。そんな私……土方さん、嫌い?」
「嫌いなはずがねぇだろう!」
「じゃあ、好き? 猫の私、好き?」
「う」
進退窮まった。
ここで好きだと言えば、猫の方がいい事になるのではないか。だが、嫌いだと言えば、さっき嫌いなはずがないと言ったことを否定することになる。どのみち、総司は泣いてしまうだろう。
土方は頭を抱え込みたくなった。
俺はただ好きだと告げたいだけなのに!
なんで、こんなこんぐらがるんだよッ。
がばっと顔をあげ、総司の手を握りしめた。じっと見つめる。
「俺は!」
「はい」
こくりと頷いた総司に、一気に話した。
「おまえが好きなんだ。ずっと昔から愛してきたんだ。だから、はっきり言う。俺にとって、おまえはおまえだ。猫になろうが人になろうが、その想いは変わらねぇ。ただ、人の方がこうして会話も出来るし、抱きしめることも、契りを交わすことだって出来る。だから、俺はおまえが人であることを望むんだ」
そこで、はぁっと息つぎをした。やっぱり、これだけの長文を息つぎなしってのはかなりキツイ。
「だが、それは決して猫であるおまえを厭うからじゃねぇ。さっきも言ったが、俺はおまえが猫でも人でも、娘でも同性でも好きなんだ。総司が総司であることが大切だから」
「土方…さん」
「俺はおまえ自身を愛してる。それだけはわかってくれ」
そう言いざま腕を引いた。そのまま胸もとに引き寄せ、ぎゅっと抱きしめる。腕の中にすっぽりおさまる華奢な体に、愛しさがこみあげる。
可愛くて可愛くてたまらない。その白いなめらかな頬も、ふっくらした唇も、今、恥ずかしげに伏せられている長い睫毛も、すべて綺麗で可憐だった。
その総司に再び逢えただけでなく、今度こそ想いを告げることが出来たのだ。その喜びをしみじみ噛みしめていると、総司が小さな声で言った。
「私も大好き」
「うん、それはさっきも聞い……」
「好き好き大好きなのです! 恋してる、めちゃめちゃ愛しているのです。お饅頭よりも葛きりよりも! 私、土方さんしか欲しくない」
「…………」
びみょーにズレてる気がするのは、俺の勘違いか?
いや、けどさ。
饅頭や葛切りと比較対象にされるって……
無言で固まっている土方の腕の中で、総司はにこにこ笑った。無邪気で可愛い笑顔だ。
「大好き! 土方さん」
甘い声で告げられて、その可憐な笑顔に、なんかもういいかという気になるから不思議だ。
生まれ変わってもなんでも、とにかく、この仔猫は無敵なのだ。最強なのだ。
相変わらず彼の手を焼かせまくるのだから。
黙ったまま抱きしめた土方の腕の中で、総司はもう一度「大好き」と告げたのだった。
それから何が変わった訳ではなかった。
総司は五稜郭にいる人々に一切紹介されなかったのだ。だいたい、どう説明すればいいのか。
ただし、このままでは隠し続けることが難しいと思った総司は、ある決心をした。
人にはなれないが、猫にはなれる。
土方は必死になってとめたが、総司は「このままじゃ一緒にいられないし」と、呑気にさっさと猫に戻ってしまった。
「人の方がいいって言っただろうがー!」
なんて一人部屋の中で叫んでも、猫は「み?」と小首をかしげるばかりだ。
それに、土方は頭を抱え込みたくなった。
なんでどうして、猫になっちまうんだ!
それじゃ、何もできねぇだろうが。
猫から人になる方法だって、わかっていねぇのに。
「何もって……何をする気です」
「契りに決まっているだろうが」
「なるほど、最後まで手をだす気満々ですか」
事情を聞いた斎藤は呆れたように、やれやれと首をふった。
それに、土方は眉を顰めた。
「あたり前だ。どれだけ長い間我慢を強いられてきたと思うんだ。今度こそ俺は総司と念兄弟になる!」
そう力説して拳を固める土方の傍で、猫の総司はのほほーんと毛づくろいしている。
おそらく意味がわかっていないのだろう。
いや、人の言葉は猫の時でも理解できるが、念兄弟とか、手を出すとかの意味がわかっていない。総司はとことん天然純真な、超お子様なのだ。
それを恨めしそうに眺める土方に、斎藤は思わず「あんたの所業のせいでしょうが」と言いたくなった。
総司をここまで純粋培養に育てたのは、土方自身なのだ。
恨むなら昔の己を恨むがいい! である。
もともと総司に片恋している斎藤は、けっとヤサぐれた気分で椅子に腰かけた。
「と言っても、総司、猫になっちゃっていますし」
「……おまえ、いつから知っていたんだ」
「初めからですよ」
とたん、嫉妬のまなざしを向けてくる男に、にんまり笑った。
「オレと総司の友情もなかなかの篤さですね」
「……」
「まぁ、とにかく猫から人になる方法を探さないと、ずっとこのままですよ」
「それは困る。おまえ、わからねぇか」
「わかりません」
「少しは考えろよ」
即答する斎藤に舌打ちした土方に、総司が擦り寄った。彼の腕に体をこすりつけてくる。とたん、土方の目がとけるように優しくなった。
「あぁ……すまん。放っておいて悪かったな」
「……」
「ほら、抱いてやるから。ん? 懐の方がいいか?」
そっと壊れ物を抱くように手のひらですくいあげ、己の懐に猫を入れる土方を眺める斎藤の目が細くなった。
アンタ、誰デス
砂吐くレベルの、めろめろデロデロっぷり。
溺愛していると言ってもいいだろう。
京でも江戸でも確かに土方は総司を可愛がっていたが、ある程度、抑制されたものだった。表に出さぬ部分も多々あったのだ(内心はともかく)。やはり新撰組副長としての立場や外聞を考えて行動していたのだろう。
だが、今は完全に箍が外れてしまっている。文字通り猫っ可愛いがりしていると言ってもいいだろう。
これは総司の判断が的確だったと言わざるを得なかった。
人の姿でこんなふうに可愛がられているところを見られでもしたら、土方の面子とか体面とか急降下するだろう、それこそ地面に突き刺さるぐらい。
さすが、あの人間関係もややこしい新撰組で一番隊組長でありつづけただけはある。ただの仔猫ちゃんではないのだ。
「まぁ、おいおい考えていきますよ」
そう言った斎藤に、土方は眉を顰めた。
「早急にだろうが」
「そんな急ぐ問題ですか」
「問題だ。猫じゃ難しいこと山積みだろうが」
「でも、猫になったのは総司自身ですよ。総司の方はそんなこと望んでいないんじゃないですか?」
「え」
「無理強いは嫌われますよ」
ちくりと言ってやった斎藤に、土方はさーっと色を失った。仕事ではポーカフェイスもおてのものなのに、総司の事となると単純極まりない。非常にわかりやすい男だ。
もの悲しげな表情で、懐の中の総司を覗き込む。
「……総司、そうなのか?」
「み?」
「おまえ、俺との契り……望んでいねぇのか」
「み……」
ことりと総司もとい仔猫は小首をかしげた。それから、黙って彼の懐の中へより深くもぐってしまう。
その肯定とも言える仕草に、がーんとショックを受けている男。
(本当にわかりやすい人だよなぁ)
内心面白いと思いつつ、斎藤は彼らを眺めたのだった。
日々はゆっくりと過ぎていった。
その後も、総司は時々、人になることがあったが、基本的には猫でいることの方が多かった。土方は人になるたび、二度と猫になるなと言っていたが、ガン無視した。何しろ、猫の方が便利だったし都合が良かったからだ。
そのためか、契りの方もまだだった。せいぜい口づけと抱擁ぐらいの清らかな仲(?)だ。
だが、総司にとって、その事も都合が良かった。
正直な話、なんとなく怖かったのだ。
何しろ、今の自分は完全な「ヒト」ではない。半分猫だ。なのに、彼と契りをかわすことが大丈夫だと、言い切る自信がなかった。
もちろん、自分の身に何か起こることを考えているのではない。彼の身に害を及ばさないか、それが心配だったのだ。
口づけや抱擁ぐらいならいい。が、契りはもう少し考えてからにしたい。
そんな総司の意思を感じ取ったのか、次第に、土方もその事については話さなくなっていった。
二人寄り添っている時など、肩を抱きながら「おまえが傍にいてくれるだけでいい……」と微笑みかけてくれる彼に、涙がこぼれそうになった。そのすぐ後、「あ、やっぱり全部ほしいかな」と言われ、猫パンチをお見舞いしたが。
とにもかくにも、そんなふうに日々は過ぎていった。外の世界では色々とあるようだったが、彼の腕の中にいれば、あたたかで穏やかだった。
京にいた頃のように、毎日、彼の傍で笑って泣いて過ごしていきたいと、思っていた。
これからも、そんな日々が続いていくのだと。
そう、本当に信じていた……。
次で最終話です。ラストまでおつきあい下さいませね♪