正直な話、あまり驚かなかった。
夜、総司は土方の傍らで月を見上げながら思った。
部屋に突然、斎藤が入ってきた時、やっぱりなぁと感じただけだったのだ。もちろん、見た途端、総司だと見抜いたのには驚いたが。
猫らしく「み」と鳴いてやった総司に対して、斎藤は昨日のつづきみたいな顔で「総司、土方さんはどこにいる?」と聞いてきた。呆気にとられた。
呆然としていると、斎藤は悪戯っぽく笑った。
「オレがどうしてわかるのか、不思議に思っているだろ。理由があるんだけど、また後で」
「み、み」
「うん、どうした。外へ出たいのか。会話が成り立たないってのは、なかなか不便だなぁ」
そう呟きながら、斎藤は総司を懐に入れた。
そして、外へ出てあれこれ喋っているうちに(斎藤が一方的に)、土方がやって来たのだ。
(本当に、どうしてわかったんだろう? 土方さんはわからなかったのに)
愛の力だなんて言われたら脱力する。
そんな事を考えていると、不意に体が熱くなった。くにゃりと視界が歪む。
「……あ」
声が出た。それも人の声。
慌てて見回せば、やっぱり人の姿に戻っていた。白い小袖を着ている。
総司は寒さにぶるぶるっと身震いし、布団にもぐりこみかけたが、はたと手をとめた。
考えてみれば、この姿でしか斎藤と話せないのだ。
色々と真相を知るなら、今だろう。
見回して彼の上着を見つけると、それを着込んだ。かなり大きかったが、袖から指さきも出なかったが、それでもあたたかい。
(お借りします)
眠っている土方に丁寧に断ってから、総司は静かに部屋を出た。
斎藤の部屋はすぐ近くだとわかっている。好都合なことに廊下には誰もいなかった。それでも足音を忍ばせて歩き、斎藤の部屋へ滑り込む。
戸を開けると、斎藤はまた起きていた。ベッドに腰掛けて、ぼんやり窓外を見ていたのだ。
総司が入ってきたのを見て、ちょっと笑った。
「待っていたよ」
「私が人の姿になるの、わかっていたみたい」
「そういう訳じゃないけど……あれ? 自分の意思じゃないのか?」
「人にはなれません。何故か、なるのです、時々」
「ふうん」
不思議そうに首をかしげてから、斎藤は椅子を勧めてくれた。それに腰掛け、大きな瞳で斎藤を見る。
短い沈黙の後、総司は訊ねた。
「で、斎藤さんは何なのです」
「何って」
「何に化けるの」
「あ、わかっているんだ」
「斎藤さんが猫の私を見てわかったのと同じですよ」
「なるほど」
うんと頷いてから、あっさり答えた。
「雀」
「……は?」
「だから、スズメだよ。オレ、スズメになるんだな、これが」
「へーえ」
総司は目を細めた。ぺろりと舌なめずりする。
「じゃあ、今、なってくださいよ」
「なったら何する気」
「私、猫になりますから」
「……わかってる? オレすずめ、おまえネコ、どんな惨劇が起こるかぐらい想像できるよね」
「ちぇー」
総司は椅子に坐ったまま、唇を尖らせた。
「スズメになった斎藤さんで遊ぶの、面白いと思ったのに」
「おまえってそういう奴だよな! 土方さんにしか懐かないし、土方さんにしか優しくないし」
「当たり前じゃないですか」
小首をかしげ、唇に指をあててみせた。にっこりと笑う。
「私は、土方さんだけが大好き、愛してるのです。その他に優しくする必要がどこにあるの?」
「本当ッに、相変わらずだな」
「で、何で斎藤さんはスズメになったの」
「……話を変えたか」
「だから、何でスズメになったの」
「オレ、死にかけたから。というか、死んだのかも」
斎藤は総司をまっすぐ見つめた。
「官軍につかまった時、怪我しててさ、そのまま牢に放り込まれたんだ。死ぬのかなぁと思っていたんだけど、気がついたら、空を飛んでいた。っていうか、屋根の上でチュンチュンさえずっていた」
「チュンチュン、ですか」
「そう、あの新撰組三番隊隊長斎藤一が、チュンチュンだぞ。唖然としたが、自由になれたのは嬉しかった。で、急いで仙台に行って人に戻ったんだけど、もう船は出た後で」
「その場でスズメになればよかったじゃないですか」
「あの港、カモメが多かったんだよ。突っつき回されて死ぬ」
「ふうん、スズメって弱いんですね」
「鳥の中でも最弱だろ」
「斎藤さんがスズメかぁ」
ふふっと笑う総司を前に、斎藤は腕を組んだ。
「で、おまえはどういう経緯なんだ? どうしてネコになったりしているんだ」
「死にましたから」
「えっ」
「驚くことですか?」
不思議そうに、総司は小首をかしげた。
「私、江戸に残ったのも病のせいでしたし、もう限界だったんですよね。で、死んだと思ったんですけど、気がついたら仙台の城下で仔猫になっていました」
「……もしかして、そこへ」
「そう! そこへ現れたのが土方さんです! さすが運命の人ですよねー!」
「けどさ、これからどうするつもり?」
問いかけた斎藤に、総司は桜色の唇を尖らせた。
「どうしようもありませんよー。だって、自分でこの姿にもなれないんだもん」
「じゃあ、今夜はどうしてなった訳?」
「わかりません」
「オレは念じるだけでスズメから人になれるし、人からスズメにもなれるけどな」
「ずるーい! 斎藤さんだけずるいですっ」
「いや、ずるいと言われても」
総司は椅子に坐ったまま、両足をバタバタさせた。
「私も自分で人になれるようになりたい。なんで、なれないんだろ。っていうか、どうしてなったりならなかったりするんだろ」
「いつも人になるのは夜なのか? 昼は?」
「んー、夜ですね。昼間はありません。でも、毎晩って訳じゃないんですよ」
「ということは日没とか関係ないってことだよなぁ……」
うーんと腕組みをして考え込んだ斎藤は、突然、はっと顔をあげた。それに、何か思いついたの!? と身をのりだすが、斎藤は顔をしかめた。
「やばい」
「え?」
「誰か、こっちへ来る。足音がするだろ」
「え」
「もしかして……土方さん?」
「えぇっ、私が、シロがいないのに気づいて目を覚ましたとか!?」
目を丸くした。
仔猫がいなくなったぐらいで目を覚ますって、どうなんだ、いったい。
いや、愛されているってことなんですね。
愛されるっていいですね、可愛がられるのも大歓迎。
……ただ、それが猫限定ってなると、ちょっと何というかさぁ。
「考え込んでないで、早くネコに」
「あ、え……は、はいっ」
総司は慌てて念じた。
ネコになりたい、ネコになりたい、ネコになりたい。
すると、いつものようにくにゃりと視界が歪み、猫になった。それと同時にドアが開かれる。
「斎藤」
やっぱり、入ってきたのは土方だった。
ぎりぎり間一髪!
「おまえ、俺のシロを……あぁ、やっぱりここか!」
「……土方さん」
げんなりした様子で斎藤が呼びかけた。
「夜中にいきなり人の部屋に入ってきて、開口一番それですか。そんなに猫が可愛いですか」
「あたり前だろう。何言っているんだ、おまえ」
呆れたように答えてから、土方はそっと手のひらで総司の体を包み込んだ。すくいあげてから、ふと床に落ちている自分の上着に気がつく。
「? こんなものまで持ち出したのか」
「オレじゃありませんよ。そ……の猫が持ってきたのです」
「ドアを勝手に開けて?」
「あなたに言われたくありませんよ」
胡乱な目つきになった斎藤に肩をすくめ、土方はよしよしと猫の頭を撫でた。
顔をちかづけ、甘い声で囁きかける。
「こんな処に連れてこられて、怖かっただろう? ほら、部屋に帰ろうな」
「土方さん、あのですね」
「今後、シロにおまえは近づくな。命令だ」
一転してビシッと鋭い声で言い放ち、土方は大事そうに仔猫を抱えて出ていった。その足音が遠くなってから、斎藤は思わず呆れた声をあげてしまった。
「なんなんだ、あれ! 京の頃と全然変わってないじゃないかー」
京にいた頃もそうだったのだ。否、江戸の頃からか。
土方は、総司をとにかくもう猫っ可愛がりしていた。
己の腕の中に囲い込むようにして、誰にも見せない、誰にも渡さないと、ガンガン睨みをきかせていたのだ。
まぁ、百歩譲ってそれはいい。念兄の嫉妬、独占欲と考えれば、なんとか納得できる。
だが、しかし!
二人の関係があくまで兄弟同然であり、その頭に「念」がつく日は来なかったのだ。
「それで、あの執着独占ぶりだもんなぁ」
しかも今回は、猫として生まれ変わっているのに、あの状況。いや、わたくしめはスズメですが。
彼には、総司をどこでもいつでも見分ける限定の能力でもあるのだろうか。
もちろん、それには理由があるって?
はい、運命の相手ですか。そうですか、それはようございましたねー。
完全にヤサグレた気分で斎藤は、やれやれと首をふったのだった。
部屋に戻った土方は、そっと総司をベッドの上に下ろしながら言った。
とても優しいが、どこか少し厳しさもある声で。
「いいか? もう勝手に部屋を出たりするんじゃねぇぞ」
「……」
「斎藤に連れていかれたのはわかるが、それでも、俺に助けを求めろ。ちゃんと鳴けば、すぐ起きるから」
「……」
総司は思わず無言で彼を見上げてしまった。
この人、もしかして私だとわかってる?
誰が聞いてもおかしな言葉だった。猫を相手に話しているとは到底思えない言葉。
沈黙していると、土方はベッドにあがってきた。布団を総司にかぶせてやりながら、優しい声で話しかける。
「おまえ、ちいせぇからな。どこかの穴にでも落っこちているのかと思った。すげぇ心配したんだぞ」
「……み」
「斎藤は何でおまえに構うんだろうなぁ。あいつが猫好きだなんて、聞いていなかったが」
前言てっかーい! この人全然ッ気付いてないっ。
一瞬でも期待した自分に、莫迦でしたとため息をついた。
彼の鈍感さは、京の頃から、いやいや江戸の頃から重々わかっていた事。総司は「好き好き大好きー!」 と彼にまとわりつき、さんざんアピールしたのに、まったくナシの礫だったのだ。暖簾に腕押しか。
土方は総司カッコ猫カッコ閉じるが戻ってきた事に安堵したのか、それきりすうすう寝息をたてて眠ってしまった。子供のような寝付きの良さだ。
しかし、おかげさまでこちらは全く眠れません。
こんな事なら、もう少し斎藤と色々話していたかったなと思いながら、総司はため息をついたのだった。
北の冬は寒い。というか、極寒ッだ。
準備もせずに外へ出たりした日には、耳の毛までカッチーンと凍ってしまう。いわゆるパキパキ状態だ。ちなみに、準備とは、某元副長の懐のことである。
彼の懐に入れられるのは、非常に心地がよい。あたかかいし、優しいし、何よりも大好きな大好きな彼のぬくもりを感じられて幸せいっぱいだ。
今日も土方の懐に入れてもらった総司が、ふにゃあ最高~と至福の時を満喫していると、向こうから斎藤がやってきた。とろけきった総司の様子に、半目になる。
「いつも猫を連れているんですね」
「羨ましいのか」
「え、いや、えーと……」
もごもごと斎藤は口ごもった。その様子に土方の顔が険しくなる。一気に彼の機嫌が急降下するのを感じ、総司は慌てて甘えた声をあげた。
「み、み? みー」
「あぁ、よしよし。怖かったか? あいつが」
……違います、あなたの機嫌急降下の方が問題。
土方は甘やかな笑顔で総司の頭を撫でてくれた。それが心地よい。うっとりしていると、またまた斎藤の視線を感じた。
何? 助けてあげたのに。
文句ありですか。
「……イイエ、ゴザイマセン」
ぶるっと首をふった斎藤に満足していると、土方が訝しげに首をかしげた。
「? 何をブツブツ言っているんだ」
「何でもありませんよ。それより、この寒い中、訓練ですか」
「まさか、こいつを連れてそんな事しねぇよ。昼飯だ」
「あぁ、なるほど」
どうやら他の人たちは食堂で食べたり、小姓に部屋へ膳を運ばせたりしているようだが、土方は違う。さっさと自分で膳を取りにいって自室で一人で食べる。……訂正、一匹と一人で。
その方が気楽らしい。そう言えば、彼は京にいた時も一人で食事をしていた。時々、総司は乱入してご相伴させてもらったりしていたが。
懐かしいなぁ。
総司は思わず目を細めた。
あまり人の訪れがない副長室での昼餉。
一緒に食べましょうよと言って入ると、彼はいつも驚いた顔をしてから「あぁ」とぶっきらぼうに頷いてくれたものだ。給仕をしてあげると妙に喜んでくれたりして、あれこれ話しかける総司に、頷くばっかりだったけど、それでもちゃんと聞いてくれているのはわかっていた。
彼は総司を大切にしてくれていたから。総司のことをきちんと見て、きちんと話を聞いてくれる人だったから。
当たり前のことと、思うなかれ。意外と出来ないことなのだ。
もちろん、総司も彼の話をきちんと聞いた。口数の少ない彼だったが、少しでも話をしてくれるときは嬉しくて一生懸命その話を聞いて、理解しようとした。共感しようとした。
大好きな彼だったから、大好きな彼の言葉も、目線も、表情も、全部全部大切な、きらきら輝く宝物だったから。
(私ってけなげ……)
恋心に全く気づいてくれない鈍チン男だろうと、鬼だ何だと罵られているワーカーホリックだろうと、花町で遊びまくっている超絶たらしだろうと、それでも何でもよかったのだ(……いや、よくないか)。
とにかく、総司は彼が好きだった。好きで好きでたまらなくて、愛しているぐらいだった。
だけど、それを伝えることは出来なくて、色々アピールしてみても伝わらなくて、結局、今こうして猫におさまっている訳だ。
まぁ、猫でもいいけどね。
このまま可愛がられるってのも、いいけどね。
――数日後。
そんな呑気な考えなど、吹っ飛ばされてしまう事も知らずに……。