さて、一方、生まれ変わった総司をそれと知らず傍においている土方である。
 彼自身としては、可愛いから仔猫を拾ったのだ。鋭い刃のような雰囲気のある男だが、艶やかな女性が似合う男だが、その実、本当は……ちっちゃくて可愛いものが大好きだった(小声)。
 子供の頃から、花なら小さな可愛い花、動物も馬などより兎や仔猫などが超好みだ。そんな彼にとって、総司はある意味、理想の中の理想といっていい存在だった。
 何しろ、小柄で華奢な体つき、そんじょそこらの小町娘も裸足で逃げ出すほどの可愛さ、可憐さ。そのくせ、気が強くて我儘で彼の手をやかせる処も好みだったのだ。
 神様がわざわざ彼のために誂えてくれたのでしょうか? と思ってしまうぐらい、総司は土方の好みどんぴしゃで、だからもう、初対面の時から一目惚れ、可愛くて可愛くて目の中にいれても仕方がない状態だった。
 彼自身それを全く隠す気はなくて、


(何これ可愛いすげぇ可愛すぎ舐め回したい抱きしめたい俺のものにしちまいたい恋人にできねぇかな念弟になってくれねぇかな可愛くてたまらねぇんだけど云々……以下略)


 という心情がだだ漏れだったため、試衛館の面々からも白い目で見られていたことは周知の事実だ。
 ただ、不思議なことに、ここまでだだ漏れだった土方の熱愛ぶりは、その対象である総司には全く伝わっていなかった。兄として慕い、我儘をいったり甘えたりする総司に、土方はひたすら忍耐する他なかったのだ。
 それは京にのぼってからも同じくだった。結局のところ、土方はあれだけ総司を溺愛していながら、まったく手を出すことが出来なかったのだ。
 そりゃ自分もヘタレだったが、それでも一言ぐらい言ってやりたい。


 鈍い!
 天然にもほどがあるだろう!


 傍から見れば明らかなぐらい、土方は総司を特別扱いしていた。
 何を言っても何をされても可愛がり甘やかし、その腕の中で大切に大切に育てたのだ。
 もちろん、それなりのアピールも忘れなかった。手を繋いだり、肩を抱いたりはもちろんのこと、さり気なく髪に口づけたこともある。
 だが、総司はいつでも笑って、くすぐったいと言うばかりで全く通じなかった。
贈り物も色々とした。京にのぼってからは総司が好みそうな可愛いもの、綺麗なものもたくさん送った。菓子も山ほど買ってやった。
が、軽くスルーされた。いつもいつもいつも! 「ありがとう、土方さん」の一言と笑顔で終わってしまったのだ。


 違う、違うんだ。
 そりゃ礼を言われるのもいいが、笑顔は嬉しいが。
 けど、少しは俺の気持ち察してくれよー!


 固まっている土方と、そんな鬼の副長に憐憫のまなざしを向ける周囲に気づくことなく、総司はいつも無邪気に貰った菓子を食べていた。


(そんな日々もあったな……)


 そして、今、それをしみじみと回想する土方である。
 ある意味、あの頃は幸せだったのかもしれない。何しろ、どんな形であれ、総司の傍にいられたのだから。
 悶々と欲望と戦いつづける日々だったが、それでも、可愛い総司は手をのばせばさわれる場所にすぐいた。
 が、今は違う。
 北の地から江戸は遠い。はるか遠くだ。
 しかも、総司は病の身だった。江戸を離れる時、おそらくこれが今生の別れになると思ったのだ。
 別れ際、潤んだ瞳でこちらを見上げていた総司が忘れられない。


 美しくも儚い花のようだった。


 土方にとって、総司は誰よりも美しく可愛く可憐で愛らしい、花の化身のような存在だった。
 そりゃ色々と我儘もいわれたし手も焼かされたが、遠く離れてしまった今、あどけなく愛らしかったあの笑顔ばかりが思い出される。
 抱きしめれば、とけ消えてしまいそうだった華奢な儚さ。


「……総司、逢いたいな」
 そう呟くと、懐でうつらうつらしていた仔猫がびくっと震えた。
 思わず無言で見下ろしてしまう。


 この仔猫を拾ってから、奇妙なことが幾度も起こった。
 まず、拾ってしばらくしてから、明け方、総司の声を聞いた。気のせいかと思ったが、明らかにあれは総司の声だった。


 ……まぁ、あれは夢として片付けようとすれば、片付けられるからまだいい。問題はその次だった。


 またまた夜なのだが、船に乗っていた時、突然、総司が現れたのだ。
 気持ちが悪いと言い出したので、慌てて外へ連れ出した。彼にとってはほとんど条件反射だ。
 ところが、島田に声をかけられたとたん、姿を消してしまった。ドロンと何処かへ消えてしまったのだ。


 挙句、昨夜だった。
 総司がまた現れた。しかも、彼に告白してくれたのだ! 好きだと言ってくれたのだ。
 これにはさすがに驚いた。そして、歓喜した。
 何しろずっと片思いしてきた恋人が、いきなり遠い江戸からやってきて、好きと甘い声で囁いてくれたのだ。
 これに喜ばぬ男がいるだろうか? いや、いない(反語)。
 だが、睡魔には勝てなかった。甘い総司の匂いにつつまれて、ぬくもりを感じるうちに眠ってしまったのだ。


 一生の不覚! 後悔しても後悔しきれない。
 夢でいいから、やっちまうんだったとギリギリ歯ぎしりしても後の祭りだ。
 だいたい、眠ってしまった自分が恨めしい。
 莫迦か、おまえは! と自分の頭をぽかぽか殴りたくなる。


 なんでそこで寝る!?
 あの場で寝るなんざ、男失格だろう!


 とにもかくにも昨夜のことを後悔しつつ、いい加減、状況に疑問を感じ始めた処なのである(え、今頃?)。
 どう考えてもおかしすぎる。あれだけ何度も見る幻なんて、あるだろうか。夢だ幻だと誤魔化してきたが、昨夜のあれはあまりにもはっきりしすぎていた。夢と片付けられるものじゃない。
 ならば、現か。


(現と断言するのも、難しいんだよなぁ)


 総司は労咳にかかっていた。その上、ここから遠く離れた江戸で療養中。
 こんな北の地に現れるはずがないのだ。
 それも、白い小袖だけを艶かしく着た状態で。


 あれはやっぱり自分の願望が作り上げた幻だったのかと、ため息をついた時だった。
 島田が「副長」と手をあげてやってきた。
 いや、今、彼は副長でなく隊長なのだが、島田は何度言っても間違えるのでいい加減面倒になり、そのままにさせている。
「おはようございます、天気のいい朝ですね」
「あぁ、おはよう。そうだな」
「また猫連れているんですね」
 笑い、島田は仔猫にむかって手をのばした。指さきで撫でようとしてくる。とたん、仔猫が前脚を出して、ぺしっと叩いた。面白がる島田に何度も猫パンチをくりだしている。
「面白いですね、本当に副長以外には懐かないとは」
「まぁ……な」
「こういうところも、誰かに似ているんですよね」
「え、あいつ、誰にでも愛想良かっただろ」
「そうでしょうか?」
 とたん、島田はちょっと遠い目になった。
「あの方はいつも何処か壁をつくっておられましたよ。ここから先は入らないでと看板がおいてあるみたいでした。親しくして下さるし、お優しいですが、どこか一線を引かれているんですよね」
「……」
「その線の向こうへ入ることが出来たのは、副長だけでした。他の誰でもなく、副長だけが許されている。私はそう思っていましたが」
「……島田、誰かと言いながら、具体的すぎるだろう」
「ですね」
 肩を揺らして笑い、島田はぺこりと頭を下げた。そのまま食堂の方へ去ってゆく。
 それを見送りながら、土方はそっと指さきで仔猫の頭を撫でたのだった。














 ……まずいかも。
 総司は土方のあたたかい懐の中で、冷や汗ダラダラ流していた。
 どう考えても昨夜はまずかった。
 告白して口づけして、あれで気づかれなかった方がおかしいぐらいだ。
 いや、あの時、寝たのは彼だが、それにムカついた事も確かだが、今となっては良かったのかもしれない。すぐさま猫に戻りたいと願い、仔猫になって布団の中へもぐりこんだ。
 翌朝、なーんにも覚えてなかったらいいなぁと思ったが、儚い願いだったようだ。
 土方は意味ありげな視線を何度もこちらに向けてくるし、挙句、島田の言葉!


 もしかして、わかってんの!?
 島田さんっ。


 人の良さそうな笑顔で、その実、意外と頭も良くて目端もきく島田は、新撰組にいた時、とてもとても役にたってくれた。
 総司が知らない副長秘密情報など、こっそり山崎から聞き出して教えてくれたのだ。まぁ、完全に、総司の片思いを知られていた訳だが。
 手伝ってくれた島田には感謝している。
 だが、しかし!
 今、この今、あんな思わせぶりな言葉を放つのはやめてよね! と、切実に願うのは、仕方がない事だろう。
 ただでさえ疑いのまなざしで彼が見てきているのに、そんな「沖田先生ですよ、この猫はどう見ても沖田先生じゃないですかー」と言わんばかりの言葉。先に猫パンチお見舞いしておいて良かった。
 ふうっと息をついてから、総司はベッドの上に飛び降りた。
 先程、土方は仕事のため部屋を出ていったのだ。彼が帰ってくるまで、お一人のんびりタイムだ。


 これから、どうしようかなぁ。


 昨夜、告白から口づけまでいっちゃったが、彼の想いに舞い上がってしまったが、そもそもとして根本的な問題は全く解決していないのだ。
 ずーっと彼の傍で仔猫でいるのは、正直な話、面倒だ。
 猫である以上、何も言えないし、何もすることが出来ない。いろいろと困ることが多すぎる。
 ならば、人になって過ごせばいいが、その理由をどう説明すればいいのか。何でこんな状況になったのか、自分自身だってわからないのに、それを人に説明するなど出来るはずもない。


 でも、土方さん、絶対疑ってるし。


 いや、ある意味、疑われているならこれをチャンスするのも、一つの手か。
 猫=沖田総司と話して、すんなり受け入れてくれるかどうかは、かなり謎だが……。


 うーんと考え込んだ時だった。
 何の前触れもなく、部屋の戸が開いた。 












「島田!」
 振り返ると、血相をかえた男がこちらに向かって突進してくる処だった。
 思わず身構えてしまった島田は、答えた。
「な、何でしょう」
「あれがいない!」
「は?」
「猫だ、シロがいねぇんだ」
「シロって……あの仔猫ですか、どこかを散歩しているのでは」
「部屋から消えていたんだ。しっかり戸を閉めていったのに開いているし、部屋には影も形もなかった。あれはどう考えても」
「他の誰かが連れ出したのでしょう。もしくは、誰か入室した時に、猫が勝手に出ていったか」
「とにかく、俺は今から探してくる」
「え」
 島田は驚いた。
「副長、自らですか」
「あぁ、あいつは仔猫なんだ。小せぇんだ。こんな寒いところで外に出たら、死んじまう」
 焦った口調で答え、土方は身をひるがえした。慌ただしく歩み去ってゆく。
 それを見送り、島田はちょっと困った顔でため息をついた。が、すぐに他の兵士たちに、猫を見かけなかったか聞くため、歩きだしていったのだった。












「なかなか寒いなぁ」
 青年は呟き、懐の中の猫を見下ろした。指さきでつつくようにする。
 それに、総司は前脚で猫パンチをくり出した。勝手に連れてきたことを怒っているのだ。


 きっと今頃、あの人は心配している。
 めちゃめちゃ心配して、探し回っているはず。
 昔、宗次郎だった頃、迷子になった自分を、寝食も忘れて探し回ってくれた頃のように。


 土方さん、と呼んだ声が聞こえたのか、青年が笑った。
「わかりやすぎ。猫でもよくわかるんだなぁ、今、土方さんのこと考えていただろ?」
「み」
「まぁ、オレもあの姿になってもわかりやすいみたいだけど」
 青年がくすくす笑いながら仔猫の頭を撫でた時だった。
 さくりと背後で気配がした。それから、短い沈黙の後、信じられないという声音が彼の名を呼ぶ。
「…………さい、とう?」
「はい」
 くるりとふり返った斎藤は、嫌味なぐらい爽やか~な笑みをうかべた。
「捕虜になってズタボロになっても脱走までして、会津から必死に追いかけたのに、船は出港した後で、仙台に一人淋しく置いてきぼりにされた斎藤一です」
「は? 置いてきぼり?
「そうです。あの船にむかっても、さんざん叫んだんですよ。斎藤一を積み残してるぞーっ!と。なのに、まぁ完璧に無視してくれちゃって」
「…………いや、すまん。全然気づかなかった、聞こえなかった」(そこの仔猫といちゃつくのに忙しかったから)
「まぁ、わかっています。あなた相手に、無理なことを言っていると」
 肩をすくめた斎藤に、土方はかるく首をかしげた。
「で、追ってきたのか。意外と早かったな」
「それは色々と手段を選ばず」
 斎藤は意味深な言葉を呟いてから、そっと総司を手のひらに包み込んだ。すると、土方がすぐさま奪い取り、自分の懐へ入れてしまう。
 安堵したように、み、みと鳴く総司に微笑みかけてから、切れの長い目を斎藤にむけた。
「今更だが、俺の部屋からこいつを連れ出したのはおまえか」
「まぁ、そうですが。勝手にすみません。でも、随分と可愛がっているんですね」
「あぁ」
「それは……ちゃんとわかった上で?」
「? どういう意味だ」
 眉を顰めた土方に、斎藤は笑った。
「いえ、何でもありません。しかし、ここは寒い……中に入りませんか」
「こいつを外に連れ出したのはおまえだろうが」
 勝手な男だとため息をつきながら踵を返す土方の胸もとで、総司が斎藤にむかって視線をむけた。それに、斎藤は「あ・と・で」と口で形作ってみせたのだった。