すったもんだの末、ようやく幸せはっぴーになれた二人。
総司はもちろん、長い長い努力の末にこの幸せを手に入れた土方はまさに「この世の春!」の状態である。うきうきランランの鬼副長の姿に、周囲がひいていることなど知ったこっちゃない。
毎日毎日、可愛い恋人の総司と、はっぴーな日々を過ごしていたのだ。
だが、しかし。
安穏な日々が長く続くはずはない(あ、やっぱり?)。
またまたまたまた事が起こったのである。
「いいお天気ですねー」
総司は縁側でお菓子を食べながら、青空を見上げた。
季節は秋である。
ここは新撰組の屯所がある西本願寺であり、とても殺伐とした場所であるはずなのだが、この可憐で超可愛い、だが、超気が強くて隊随一の剣士である新撰組一番隊組長、沖田総司の周囲には、のほほーんとした空気がまったり漂っている。
それを味わうことができるのは本来なら恋人の土方であるはずなのだが、今は出かけているため、ご相伴にあずかっているのは三番隊組長斉藤一である。
「そうだなぁ、いい天気だな」
斉藤は、自分が買ってきたお菓子をぱくぱく食べる総司に目を細めつつ、答えた。というか、空なんて見ていない。あのいけすかない副長がいない間だけ許される至福の時に浸りきり、ひたすら総司を見つめている。
もっとも、総司は相変わらず全くわかっていない。長年、土方に猛烈に溺愛されてきたのに全く気づかなかったぐらい、鈍ちんであるため、斉藤の報われぬ想いなど気づく余地もない。それどころか、斉藤は土方に片恋しているのだと、思い込んでいる。
「私ね」
総司は三つ目のお菓子を手にとりながら、言った。
「この秋から、新しいことに挑戦しようと思ったのです」
「挑戦?」
「ほら、言うじゃありませんか。秋は新しいことを始める時だって」
「いや、それって」
斉藤は思わず突っ込んでしまった。
「春じゃないかなぁと思う……」
「秋なのです!」
「……はい」
きっぱり言い切る総司に逆らえる者はいない。素直に返事をした斎藤に構わず、さくさくと話を進めた。
「私、所帯をもとうと思うのです」
「へ?」
ぽかんと斉藤は口を開けた。というか、意味がわからなかったのだ。
「何だ、それ」
「だからですね」
にこにことしながら言葉をつづけた。
「私、所帯を持とうと思うのです。これって昔から憧れだったし、夢だったんですよね。だから、この秋こそ実現しよう! と思って」
「え、ちょっと待ってくれよ」
斎藤は慌てて遮った。何がなんだからわからないまま、問いかける。
「それって、所帯をもつって……土方さんはどうなる訳? 了承しているのか?」
「もちろんですよ」
「えーっ!?」
思わず声をあげてしまった斎藤に、ちょっと目を丸くしてから、総司はにこやかに答えた。
「一番初め、つきあって欲しいと言われた時に、私、ちゃんと言ったんです。いつか所帯もちたいって。それでいいと納得してくれたから、つきあい出したんですよ」
「……」
ということは、ということは、二人のつきあいは期間限定だった訳なのだ!
総司が所帯をいずれ持つことは、あの男も了承済で、で、とうとうその期限が来たという訳なのか!
(や…やったあぁぁぁ!)
思わず心の中で万歳三唱をしてしまった。
とことんいけすかないあの顔だけいい男が総司の念兄弟となって、どれだけ口惜しい思いをしてきたことか! なんで、あんないけすかない副長に、この可愛い可憐な総司がっ!? と、ぎりぎり歯ぎしりした事も数え切れぬほどだ。だが、今やそれらの切ない時も忘却の彼方。
所帯をもつという総司の気持ちは、まぁ、わかるが、そんなすぐに相手が見つかるはずもない。
だから、このチャンスを逃すべきではなかった! 今こそ、猛然とアタックして総司の心をゲットすべきなのだ。
あのいけすかない副長と別れて一人になったこの時が、チャーンス!
総司をゲットするためなら、この斎藤一、努力も尽力も陰謀も惜しみません!(きっぱり)
そんな斎藤の妄想の事など知る由もない総司は、お饅頭に手をのばした。ぱくりと食べてから言う。
「でも、それって大変だなぁと思って」
「え?」
妄想にひたっていた斎藤は、総司に視線を戻した。それに、総司はちょっと小首をかしげた。さらさらした髪が細い肩で揺れて、とっても可愛らしい。
「所帯をもつと言ってもなかなか難しいでしょう? お金もかかるし、場所も探さないといけないし」
「場所って……あぁ、休息所のことか」
「休息所! それってお妾さんを置くとこじゃないですか」
ぷんっと頬をふくらませた。
「私は所帯をもちたいのです」
「え、でもさ、呼び方はどうでも同じじゃないの。原田さんだってお嫁さんと一緒に住んでいるし」
「ですよね! あの原田さんがびっくりですよね」
つい最近めでたくゴールインしたばかりの男の名に、総司はこくこく頷いた。
「原田さんの新居、見学させてもらおうかなぁ」
「別にふつうの家だと思うけど」
「ふつうの家って……斎藤さん、原田さんの家、お化け屋敷だとでも思っていたのですか?」
「い、いや、そんな事は……」
口ごもった途端、後ろからぐいっと肩を抱かれた。明るい声が叫ぶ。
「ようこそ、我が家へー!」
振り返ると、やっぱり、そこには原田がにやにや笑いをしていた。斎藤は思わず言ってしまう。
「まだお邪魔していませんけど」
「まーたまたそんな事言ってー、可愛くないなぁ。ま、そんなはじめちゃんも寛大なオレは歓迎してあげましょう」
「原田さん、本当に新居見せてくれるの?」
うきうきわくわくした表情で、総司が訊ねた。それに、どんっと胸を叩く。
「おう、まかせなさい」
「……自分の家に招くのに、まかせなさいも何も」
「はじめちゃん、何か言った?」
「いえ、何もございません」
傍若無人ゴーイングマイウェイの原田と、可愛い顔をして最強の総司の組み合わせだ。とても逆らえるはずがない。
数日のうちに、その原田の新居(お化け屋敷)へお邪魔する予定になるだろうことを、斎藤は予測した。そんな三人の頭上に、秋の空がきれいにきれいに広がっていた。
さて、そんな事とは知らない、念兄(もうすぐ呼び名変わりますけど、ふっ BY斎藤)の土方は、日々を満喫していた。
同じ家屋に寝起きしているとはいえ、お互い忙しいし、隊士たちの目もある手前、いつでもどこでもイチャつける訳ではない。だが、それでも、すったもんだの末に恋人同士になれて、はっぴーな日々を送っていたのだ。
しかし、ある日、その彼をとんでもない衝撃が襲った。
「……!!!」
突然、後ろから頭を思いっきり殴られたのだ。
バッコーンッ!!!と音が鳴り、前へつんのめってしまった程だった。
ここが往来や、百歩譲っても屯所の廊下ならまだわかる。
さすが新撰組鬼の副長、あちこちに恨みを買いまくり、殴られるどころか斬られる可能性が山ほど転がっているのだ。
だが、しかし、ここは屯所の副長室だった。
一番のプライベートエリアである。なのに、何でそこで殴られなければならないのか!
「何しやがるッ」
思わず叫び、振り返った土方は目を見開いた。呆気にとられ、まじまじと己に一発くらわした相手を凝視する。
「おま……おまえ、何でここに」
「お久しぶりどすなぁ」
にこやかにそう答えたのは、売れっ子芸妓の小楽だった。にこにこと愛らしい顔で笑っているが、この女王様のバイオレンスチックな本性を知っている土方にとっては、どんびきの笑顔だ。
「土方はんに聞きたいことがおしたさかい来ましたんえ」
「来ましたんえって、おまえ、どうやって入ったんだ」
「そないなこと決まっていますでっしゃろ? 玄関で土方はん訪ねてきたゆうたら、すぐにここへ通しいやくれはったんやよ」
「いったい誰が」
「原田はん」
「あいつかっ!」
十番隊組長という地位にありながら、くだけすぎる程くだけきっている男の名に、舌打ちした。というか、部外者をあっさり屯所の中に入れるなど、新撰組のセキュリティはどうなっているのだ。
「まぁいい。とにかく話とは何だ」
腰を下ろしながら問いかけた土方の前に、小楽はいそいそと坐った。さっき土方の頭を殴りつけた扇子を広げ(これまた、男に貢がせたのだろう。とんでもなく高価そうだ、そして固い)、ばさばさ扇ぎながら言った。
「秋に入ったと言うても、まやまや暑おすどすなぁ」
「おまえは天気の話をしに来たのかよ」
「まずは時候ん挨拶、これ常識どすやろ」
「おまえの常識は、訪問先で殴りつけることかッ!」
思わず叫んでしまった土方に、小楽はホホホと笑った。
「いつまで昔のこと言うてはるの、みみっちい男やなぁ」
「昔って、ついさっきの事だろうがッ」
この女王様と話をしていては日が暮れるとばかりに背を向けようとしたとたん、小楽が言った。
「君菊姉はん、みごもりはったえ」
「ほう」
土方は頷いた。
「それはめでたいな……いや、どっちとも言えねぇか。芸妓仕事はどうするんだ」
「さぁ、それはともかく、土方はん、まるっきり他人事や」
「他人事だろう」
「君菊姉はん、あんさんの子や言うてはりますけど」
「はぁっ!?」
思わず聞き返してしまった。
「俺の子!? 何だよ、それっ」
「違いますのん」
「違うに決まっているだろうが! 俺、君菊とは床入りもしたことねぇよ」
「ほんまにー? 君菊姉はんと結構仲ようされとったではおまへんどすか」
「芸を見せてもらったり酒を飲んだりした事はある。けど、床入りはない」
「そやろか。お酒に酔った挙句、記憶がすっとんでるちゅう事もあるさかいはあらしまへんか?」
「俺は自慢じゃねぇが、酒に酔わねぇ。それはおまえも知っているだろうが」
「まぁ、ね」
小楽は、ふむと頷いた。実際、二人ともザルというか、うわずみのため、どれだけ酒を飲んでも酔うということがないのだ。浴びるように飲んでもケロリンパとしている。
「だから、君菊と酔ってどうにかなるなんて事、絶対ありえねぇよ」
「あ、そ」
小楽は扇子を胸もとに仕舞い込むと、立ち上がった。それに土方は驚いて見上げる。
「帰るのか」
「帰りますえ。うちもせわしないし」
「君菊のことはいいのか」
「土方はんは身に覚えがへんさかいしょう? やったら、これ以上聞いても仕方があらしまへんし」
「まぁな」
「また、こっちゃかて寄っておくれやす。えぇお酒入っていますし」
「あぁ」
頷いた土方にさっさと背を向け、小楽は部屋を出ていった。それをやれやれと見送った土方は、文机に向き直った。
むろん、小楽は土方の馴染みでもなんでもない。ただの酒友達だ。だからこそ、玄関まで見送るなどというご丁寧な事はしなかったのだが……だが、しかし!
後日、その事を、土方は深く深く深―く後悔することになるのである……。
「いやぁ、総司はんほなりまへんか」
明るい声にびっくりして振り返れば、目をきらきらさせた小楽が歩み寄ってくるところだった。
土方などが見れば、まさに獲物をロックオンした雌虎状態なのだが、基本的に人を疑うということを知らない純真な総司は、いつも元気のいい人だなぁとしか思わない。
「あ、小楽さん、こんにちは」
にこっと笑ってから、不思議そうに小首をかしげた。
「あれ? でも、どうしてここに?」
「土方はん訪ねてきましたんえ。お神酒飲みに誘おうと思って」
「そうなんですか」
酒飲み会への誘いなど文でちゃっちゃっと済ませればいいのだが、総司は全くわからないので、こくりと頷いた。
「総司はん、今からお昼やて一緒にどうどすえ?」
「お昼、ですか」
総司はうーんと考え込んでしまった。以前、土方から小楽には気をつけろと言われているので、微妙に迷ってしまう。
それに、小楽はにこにこと誘いかけた。
「うち、えぇ店見つけましたんえ。総司はんが気にいりそないな、かいらしいて綺麗なお店なんどす」
「可愛くて綺麗……」
「お菓子も美味しいおすえ。うち、総司はんと行ってみとうおすわぁ」
さすが売れっ子芸妓、うまい具合にモーションをかけまくっていく。総司は小楽の甘い声よりも、可愛くて綺麗なお店、美味しいお菓子という言葉に、うきうきしてしまった。
あっさり誘いにのっかってしまう。
「はい! 私、行きます」
元気よく返事をする総司に、小楽はにっこり(心の中ではにんまり)した。
「ほな、いきまひょ」
小楽は屯所を出ると、さり気なく総司の手をとって握りしめた。え? とびっくりして目を見開く総司が可愛い。
(んんー、食べてしまいたいぐらい、かいらしおすわぁ)
うふふっと笑いながら、小楽は話しかけた。
「あれから、土方はんとは上手いこといってやはるの?」
「あ、はい」
総司はこくりと頷いた。
「あの節はお世話になりました。小楽さんが教えて下さった料亭で、その、仲直りを……」
と、そこで口ごもり、ぽっと頬を赤らめた。
それに、小楽はちょーっと面白くないものを感じつつ、鷹揚に微笑んでみせた。
「そりゃ、よろしおしたなぁ。うちも心配しいやおいやしたんや」
「あの、小楽さんは」
総司はちょっと躊躇ったが、結局は訊ねた。
「いつか、どなたかを旦那さんにされて、所帯をもたれるのですか?」
「所帯どすか?」
驚いたように目を見開いた小楽に、総司はまた赤くなってしまった。
「こんなにお綺麗で優しい小楽さんなら、たくさんお話もあるだろうなぁと思って」
「おおきに」
小楽はにっこりと、いかにも優しそうに笑いかけた。
「やて、今んとこは考えてまへんなぁ。今が楽しおすから」
所帯もつなどとなれば、旦那一人に尽くすことになってしまう。もっとも、小楽の場合、逆に尽くされる方なのだが、とにもかくにも、まだまだ遊びまくりたい女王様は、当分、所帯をもつ気などさらさらなかった。むろん、話はどっさりあるし、泣いて縋る崇拝者に事欠かないが、小楽はまったくその気がないのだ。
(相手にもよりますけどなぁ)
小楽は妖しくきらめく目で、総司を見つめた。
握りしめた手を、きゅっとより強く握りしめる。そっと身を寄せながら、囁いた。
「けど……総司はんやったら、うち、考えてもよろしおすえ?」
「え?」
総司はきょとんとした顔で、小楽を見た。