「どうしたのだ、総司」
屯所に戻った総司は、すぐさま近藤の部屋に呼ばれた。
というか、近藤がまた菓子を用意して、お茶をしようと待ち構えていたのだ。
もちろん、小楽にも沢山おいしいお菓子をごちそうになったのだが、総司は幾らでもお菓子は食べられるクチなので、有り難く頂くことにする。
だが、菓子を食べながらしゅんとしている総司に、近藤は気がついた。不思議そうに愛弟子を眺める。
それに、総司はきゅっと桜色の唇を噛んだ。
「……近藤先生」
「うむ」
「愛する人のためなら、それがたとえ受け入れがたいことであっても、頑張るべきなのでしょうか」
「…………」
近藤は、いきなりの愛の理論に目をむいてしまった。が、すぐさま、その相手のことに思い当たり、きっぱり言い切る。
「頑張らんでいい!」
「え」
「歳なんかのために、頑張らんでいいと思うぞ」
「……近藤先生、土方さんと喧嘩でもしました?」
「喧嘩しとらんが、可愛い総司があの歳に好き勝手されているのは、我慢ならん」
「べ、別に好き勝手なんて……」
もごもごと口ごもってしまった。好き勝手されるというのが、つまり、色ごとを指しているのなら、最近とんとないため否定になる。
(でも、まさかその理由はこんな事だなんて思わなかった)
例の案件を思い出し、総司はまたまた落ち込んでしまった。
土方がもしも本当に乱暴なことをすることで快楽を覚える嗜好があるのなら、それを叶えないと、色ごとはますます遠のいてしまうだろう。今まで、必死にあれこれ頑張ってきたが、それが全く功を奏しなかったのは、そういう事だったのだ。
ここで頑張るのか、頑張らないのか!
つまりは、愛が試されているという事なのだろう。
愛が。
(……愛、かぁ)
「近藤先生」
総司は言った。
「愛って、何なんでしょうね」
「……う、む?」
「人を恋するって何なのか悩んだ事もありましたけど、今は、愛に悩んでしまっています。愛のためなら、何でも出来るのが本当の愛じゃないかって思うんですけど、でも……」
「総司は出来ない気がするということか?」
「きっぱり断言できないんですけど、とても迷っているんですけど」
「総司」
近藤は真剣な表情で、膝を進めた。
「おまえはいったい何を悩んでいるのだ。歳が何か無理難題を押し付けてきたのか」
「土方さんは別に……でも、土方さんがまさかそういう嗜好だなんて思わなくて」
「嗜好?」
意味がわからぬと言いたげな近藤に、総司はとても迷った。が、言ってしまう。
「その、土方さんは……変態、さんなのです」
「変態……」
「なんか、その、色ごととかに関して変態さんな事しないと、めらめら燃えないみたいで、それで私……」
「無理強いされたのかッ!」
いきなり近藤が叫んだ。それに総司は慌てて否定しようとしたが、血がのぼってしまった新撰組局長はもう止められない。
「そんな変態な事を無理強いするとは、歳は何を考えているのだ!」
「え、あのっ、近藤先生」
「おれが言ってやるッ、歳にガツンッと言ってやらねばならん!」
そう言うなり、近藤はすっくと立ち上がった。そして、物凄い勢いで玄関へ向かっていく姿に、総司は人選を間違えたと思った。というか、言い方を思い切り間違えてしまったらしい。
だが、すぐに慌てて立ち上がった。
その時、懐にしまった文のことを思い出す。小楽に教えてもらって、予約を入れた料亭のことを。
どうしようか心底迷っていたのだが……。
(愛の試練……! これは私に課せられた愛の試練だから!)
うっとり陶酔的に思って視線を宙に飛ばした総司は、遠くから聞こえてくる近藤の怒声に、はっと我に返った。慌てて走り出す。
土方と会うと思うと、胸がどきどきする。怖くもある。
だが、その懐にある文が、総司をちょっとだけ元気づけた。
さて、翌日である。
総司はもちろんだが、土方はそれの倍以上にそわそわしていた。落ち着かなくて朝餉もほとんど喉を通らず、挙句、朝の仕事はほとんど手につかなかった。つまりは、まったくものの役に立たなかったのだ。
「大丈夫かい、土方さん」
巡察の報告に来た原田にまで言われてしまった。
それに、思わず眉間に皺を刻んだ。
元はと言えば、この男が元凶なのだ。
それもこれも皆、おまえが余計な事を総司に言うからだろうがっ!
だが、本人は全くその自覚がないらしく、のほほんと話しかけてくる。
「しかし、何だね、昨日、総司はとっくの昔に屯所へ帰っていたとは。骨折り損だったねぇ」
「おまえは全然骨折ってねぇだろうが」
「えー、おれも探したぜ?」
「先斗町で遊んでいたと聞いたが?」
「小楽を探すためだよ。ま、いなかったけど」
「……」
もはや何を言う気にもなれず、土方は首をふった。役に立たないどころか害悪に等しい原田を追い払い、土方は立ち上がった。今から例の料亭に向かうのだ。
何のために総司が彼を呼んだのかわからないが、とにかく、きちんと対応しようと思った。そのため、身なりを整え始める。
別れるなんて言われたら、その場で泣いてしまいそうだが(情けない)、何とか引き止めるためにも総司が惚れてくれたはずの格好いい容姿を最大限に利用すべきだった。そのためには、きちんと身なりを整えていくことが必須なのだ。
土方は総司が似合うと言ってくれた黒地の着物を着流し、角帯を締めた。その上で両刀を腰にさす。
屯所を出て歩いていくと、春らしく柔らかな風が髪をさらりと撫でた。すれ違う女たちが皆見とれる視線を送ってくるが、まったく眼中にない。というか、頭の中はもう総司のことで一色なのだ。
(総司……何で、俺と別れるつもりなんだよ。っていうか、変態と思われてお別れなんて、こんな理不尽な話あるか? 今までの俺の苦労は何だったんだ、だいたい元はと言えば……(云々云々))
今更すぎること事をつらつらと考えているうちに、土方は料亭にたどり着いた。
ここかと、思わず料亭の門構えを眺めてしまう。とても小奇麗で美しく、尚且つ仰々しさのない品の良い料亭だ。
「行くぞ! よしっ」
一人拳を固めて活を入れると、土方は足を踏み入れた。玄関へ入ると、仲居がにこにこしながら「おいでやすぅ」と現れる。
総司がきちんと話を通していたらしく、すぐさま部屋へ案内された。離れになっている部屋であり、とても落ち着いた雰囲気だ。
まだ総司は来ていなかったので、土方は腰を下ろした。仲居が入れてくれた茶をすすって、総司を待つことにする。
だが、落ち着かない。いや、部屋は落ち着いた雰囲気なのだが、土方の心境としては、とても落ち着けるものではないのだ。
ほとんど味のわからない茶を飲みながら、しかし、それも当然のことだと思った。
どこの誰が、長年片恋してきた末に得た恋人から、別れ話を切り出されるであろうに、のほほんと落ち着いていられるのか。
仲居が去った部屋の中で、土方は立ち上がった。隣室があることに気づき、襖を開けてみる。
そこにはお約束のごとく、艶めかしいお布団が敷かれてあった。だが、それも利用する機会がないと思うと、がっくり落ち込んでしまう。
(見ないでおこう、目に毒だ……)
どこまでも後ろ向きのことを考え、そっと襖を閉めた。そこへ、総司がちょうどやってくる。
「すみません。遅れちゃって」
ばたばたと慌てたように入ってきた総司は、部屋の中に突っ立っている土方を見ると、ぽっと頬を染めた。やっぱり、この着物を着てきたことは正解だったらしい。
ほんのちょっぴり先の展開に光明を見た気がした土方に、総司はいきなり言った。
「土方さん、お話があるのです」
「…………あぁ」
長い長い間の後に、土方は答えた。それに総司はとことこと歩み寄ってくると、彼の手をとった。
それから、大きな瞳で土方を見上げた。
「私、ずっと思っていました。何で、最近いろいろとしてくれないんだろうって」
「え?」
「いろいろと頑張ってみたけど、土方さんみたいに遊んでいる人には難しいのかなぁとか、悩んでいたのです。でも、やっと理由がわかりました」
「???」
土方は眉を顰めた。
まったく話の意味がわからなかったのだ。いったい何を言われているのか、皆目見当もつかない。
まともに返事もしない土方に気づくことなく、総司は突然、土方の手を握っていない方の手で、襖に手をかけた。スパーンッと勢い良く開く。
そして、物凄い勢いで土方をその部屋へ引っ張り込んだ。
ずんずん部屋の真ん中まで歩いてゆくと、布団の上に坐った。呆気にとられて突っ立っている土方を見上げる。
「土方さん?」
「え」
「坐らないんですか」
「え、あ……う、ん」
意味不明の言葉をもごもご呟きながら、土方は腰を下ろした。だが、まだこの展開についてゆけない。というか、全然意味がわからないのだ。
布団の上にちょこんと坐った総司は、大きな瞳でまっすぐ彼を見上げた。心なし頬が紅潮していて、とっても可愛らしい。
「あのね、小楽さんから聞いたんです」
「何を」
「土方さんは、私が思っているのとは違うって」
「?」
「私、思っていたのです。土方さんは、びしばし叩かれて喜んでいる方だって。原田さんが、小楽さんと仲良くする男の人は皆そうだって聞いたから。でも、違ったんですね」
「あたり前だろう!」
思わず叫んでしまった。
そんな事されて喜ぶような男だと、総司に思われていたなんて、めちゃめちゃショックだった。というか、あまりにも悲しすぎる。
「俺はそんなこと、全然喜ばねぇよ! 小楽とはただの酒飲み友達だし、あんな女、全然っ好みじゃねぇし」
「小楽さんも、土方さんのこと好みじゃないって言ってました。それは理解できています」
「なら!」
「で、私、決心したんです。頑張ろうって」
「……は?」
いくら明敏な土方でも、話の展開についてゆけなかった。ワンフレーズ、聞き逃したかと思った程だ。
だが、総司は、戸惑っているというか、混乱している土方に構わず、さくさくと話をつづけた。
「土方さんに愛されるため、土方さんが喜んでくれるなら、私、頑張ります。ちょっと怖いけど、でも、頑張るのです」
「? 総司、話の行く先が……」
「土方さん、叩かれて喜ぶ方じゃなくて、叩いて喜ぶ変態さんなのでしょう? そうしないと、めらめら燃えないんですよね。だったら、私も腹をくくるのです!」
総司は土方の両手を握りしめた。
そして、叫んだ。
「私、叩いて下さい! お好きなだけどうぞ!」
「…………」
そう言ったきり、ぎゅうっと目をつむってしまった総司を、土方は眺めた。
言ったはいいが、やはり怖いのか、身体をきゅうっと小さくして目をつむっている様は小動物のようで、可愛くて可憐でたまらない。
こんな可愛いものに酷いことが出来る奴なんているのかよと思いながら、土方は微かに苦笑した。
「叩いてって……両手、握られているんだが」
「えっ、あ、ごめんなさいっ」
言われて初めて気がついたのか、総司は慌てて両手を放した。そして、また目を閉じて身体をすくめる。
「どうぞ!」
「……」
土方はゆっくりと手をのばした。気配を感じたのか、総司の身体がびくんっと跳ねる。
それに笑いがこみあげるのを感じつつ、そっと、総司の髪にふれた。優しく撫でてやる。そのまま、「え?」と驚く小柄な身体を腕の中に引き寄せた。
ぎゅっと抱きしめる。
「……土方、さん?」
「叩いたりしねぇよ。っていうか、そんなの楽しくも何ともねぇし」
「え、だって」
「おまえ、完全に誤解している。俺にはそんな嗜好まったくねぇから」
「は? え、えぇっ?」
びっくりしている総司に、土方はため息をついた。あらためて、総司を膝上に抱きあげ、その可愛い顔を見つめた。
「俺は誰かを叩いて燃えるような質じゃねぇし、逆に叩かれても喜ばねぇ。優しくする方が好きだ」
「嘘っ、だって、小楽さんが」
「小楽が何を言ったか知らねぇが、あいつはおまえを狙っているからな。適当なことを言ったんだろう」
「じゃあ、土方さんは……」
総司は戸惑った顔で、彼を見上げた。
「どうしたら、喜んでくれる…の? どうしたら、私とお褥をともにしてくれるの……?」
「え」
土方は驚いて総司を見下ろした。
「どうしたらって、それはこっちの台詞だろう。おまえ、誘っても全然つれなかったじゃねぇか」
「そんなことありません! 私、誘ってもらうの待っていたし、一生懸命頑張っていたんだけど」
「頑張ってって……」
「声出した方がいいのかなとか、声出さない方がいいのかなとか、いろいろ……」
頬を可愛らしく染めつつ口ごもる総司に、土方はたまらない愛しさがこみあげた。思わず抱きしめ、頬ずりしてしまう。
「すげぇ可愛いな。総司、そんなふうに考えていたのか」
「そうだけど……違ったの? もっと何かした方がよかったの?」
「いや、俺の方が悪かったんだ。おまえは初だから、俺がちゃんとするべきだった」
土方は総司の頬や首筋に口づけながら、言った。
「俺はいつだっておまえが欲しいし、可愛くてたまらねぇんだよ。茶屋や料亭どころか、屯所でも致してしまいたいぐらいだ」
「え、えぇっ。そ、そうなのっ?」
「けど、まぁ……そうだな。注文を言うなら、声を出してくれた方がいい。燃えるし」
「は、はい」
「それと、これからは俺もはっきり誘うよ。言わなきゃ伝わらねぇ事もあるしな」
「はい」
「じゃあ、今からしようか」
にっこり笑って言ってのけた土方に、総司は「えっ?」と目を見開いた。思わず聞き返してしまう。
「い、今からですか」
「あぁ。おまえもそのつもりだったんだろ」
「え、と。あの」
わたわた慌てる総司の小柄な身体を、土方はぎゅっと抱きしめた。
そして。
桜色に染まった耳もとに、とびきりのいい声で囁いたのだった。
「可愛いおまえを食わせてくれよ。……な?」
……とりあえず、この料亭があのSM女王様小楽お勧めの店であること、それを土方が知らないで致しちゃおうとしている事などなど、波乱の予感は山ほどあるのですが。
それでも、やっぱり。
ふたり一緒にいられるなら。
はぴはぴハッピーエンド! なのである。