「つまりさ、小楽の客になる男は皆変態なんだよ」
 原田はちょっと声をひそめて、言った。
 それに、総司が小首をかしげる。
「変態…さんですか」
「総司、そこまで、さん付けしなくていいから」
「は、はい。でも、よくわからないんですけど」
 総司は目を瞬いた。
「どこか変わっているという事なのでしょう? 具体的には何するの?」
「そうだなぁ。まぁ、苛められるのがいいってとこかな」
「女の人を!?」
「違う違う、逆。小楽にびしばし殴られたり蹴られたりして、皆、喜んでいるんだよ」
「え…ええええーッ!?」
 思わず仰け反ってしまった。そんなの、初で素直で純真な総司にすれば、まったく想像だにできない世界である。
「な、殴られたりしていいの? 楽しいの?」
「みたいだねぇ。まぁ、小楽の性格というか、可愛い顔でビシバシやられるのがいいとか何とか、人気ありまくりなんだぜ」
「嘘みたいな話なんですけど……」
「嘘みたいな本当の話」
「……」
 絶句してしまった総司の傍で、斎藤が、でも、まさかとぶつぶつ呟いた。
「あの土方さんですよ? 傲慢で俺様で強引さが売りの新撰組副長が、可愛い芸妓に殴られて喜んでいる姿なんて、オレ、全然ッ想像できませんけど」
「おれも想像できないっていうか、想像したくねーよなぁ。ただ、人には表と裏の顔があるからさぁ」
「うーん、知らない方が幸せな事もあるんですねぇ」
 もはや完全に自分たちの副長を変態扱いしながら、二人は頷きあった。その傍で総司が静かな声で言った。
「私、確かめます」
「え」
「土方さんに聞いてみます!」
「何て?」
「それは決まっています。小楽さんに変態さんされて楽しい? って聞くのです」
「い、いや、それはまずいだろ」
 慌てて斎藤が止めた。それに、原田が頷く。
「だよ。あまりにも直接的すぎるし」
「もって回った言い方すれば、なんか救われるんですか。どのみちやばいですよ」
「こういう事は繊細なんだよ。もっと繊細に~、神経質に~」
 手をゆらゆらと波打たせる身振りをつけながら、つまりはオブラートに聞けと言ってくる原田に、総司はこっくりと頷いた。だが、やはり、むかむかと怒りがこみあげてくる。
「……何で私に言わないの」
「え?」
 きょとんとして振り向く二人の前で、総司は腕を組んだ。そして、きっぱりと叫んだ。
「私がビシバシ殴ってあげたのに!」
「…………」
 土方の未来に暗雲を見た気がした二人だった。












 で、土方とのやり取りに辿りつくのである。
「あーあ」
 総司は部屋に戻ると、ため息をついた。
 柱に凭れかかり、ぽんっと両足を投げ出して坐る。どこから見ても可愛い女の子の総司は、そうしてため息をついていても可愛い。
 だが、今は本人にとってそんな事どーでもよくて、大切なのは愛する恋人の男のことばかりだった。
 これでも、ずっと悩んできたのだ。
 土方との閨事について。
 恋人になってから結構な月日がたったが、未だ、お褥を共にしたのは数えられる程でしかない。そのため、総司はあれこれ工夫をしたりしてきたのだ。声を出してみたり出さないようにしたり、反応を変えたり。色々とあったが、慣れてきたので土方との閨事はとてもとても気持ちがよかった。
 だが、それでも躊躇いはあるのだ。
 気持ちいいからと積極的になっちゃえば、とたんに、土方にひかれてしまうかもしれない気がした。
 土方は兄代わりだった頃から、総司が初で可愛くて大人しくてと考えているフシがある。その方がいいと言われたこともあるのだ。そのため、ちょっとでも恋愛ごとに積極的な事をすると、何だか「?」まくりの反応が返ってくる。
 それで今度は消極的にと思って一生懸命声を出さないように堪えたりしていると、またまた、日があいてしまったりもするのだから、総司はもう訳がわからなかった。もともと色恋沙汰には疎い総司が、手練手管など出来るはずもなかったのだが。


 どうすればいいの?
 どうすれば、土方さんは私ともっと閨事をしてくれるの?


 なーんて事を悩みつつ、まさかこんな事を誰にも相談出来ず、一人もんもんと悩みまくっていたのだ。
 そこに起こった、この「浮気疑惑 → 変態さん確定騒ぎ」だった。


(まさか、こんな盲点があったなんて!)


 彼はそっちの人だったのだ。
 そういう事をされるのが大好きな人だったのだ。
 ビシバシ殴ったりされることで、気持ちいいとなっちゃう男だったとは、全くの盲点だった。
 そこに考えが思い足らなかったとは!


(だいたい、そんなのわかる訳ないよね? 土方さんって、みるからに男の人!って感じだし……でも、人って本当に見かけによらないんだ)


 幼い頃、姉であるお光に、「人は見かけによりません。まさかこの人が! という事がよくあるのですよ」と言われた事があったが、本当にそうだとしみじみ思う。
 その姉もまさか、幼い頃から総司を可愛がってくれた土方が、こんな変態さんだとは思ってもみなかっただろうが。
 まさに、まさかこの人が! である。


「でも、一番腹がたつのはあれだよね」
 総司はきゅっと桜色の唇を噛みしめた。
「恋人である私に頼まないで、他の女の人に頼むなんてっ」
 やっぱり、土方にも人並みの羞恥心というものがあって、告白しづらかったのだろうか。あの彼が? と思うが。
 しかし、兄弟としての関係は長くても恋人としての月日はまだまだ短い。総司では対応できないと考え、彼はあの芸妓に頼んだのかもしれなかった。
「だから……閨事、あまりしてくれなかったんだ」
 全てが符号した気がした。
 土方はそういう殴られたりすることが嬉しい変態さんで、そうされることで燃える人なのだ。普通の閨事では満足できない体質なのだ。
 だから、総司がどんなにあれこれ頑張っても、満足できるはずがなくて、どんどん回数が減っていってしまっているのだろう。挙句、ずーっと我慢してきたその、変態さん行為がしたくてしたくてたまらなくて、あの小楽さんに頼んだという経緯なのか。
「はぁー、もうどうすればいいの」
 ころんと畳の上に転がり、総司は頭を抱え込んでしまった。
 愛する男が変態さんだとわかったからと言って、彼への愛情が消えた訳ではない。こう見えても、総司はなかなかキャパが広いのだ。愛する彼を奪い返す手段を考えたいと思う。
 問題は、いかにして彼を満足させるかということだった。
 小楽はその手の変態さんたちから圧倒的な支持を受けているらしい。ということは、余程上手なのだろう。
 殴ったり蹴ったりされて嬉しいと言っても、加減とか、頃合いだとか、色々と技術が必要であるはずだった。であれば、小楽という熟練さんを相手に太刀打ち出来るかというと、きっぱり自信がなかった。
「そうだ」
 不意に、総司はある事を思いつき、起き上がった。
 とってもいい事を思いついたのだ。
「お勉強すればいいんだ! 私も出来るように頑張ればいいんだ」
 とても大変だろうし、変態さんを理解するということはかなり険しい道であろう。その道に足を踏み入れるという勇気もいる。
 だが、しかし、これも愛する彼のためだった。
 愛する彼のためなら、たとえ火の中水の中!なのである。
「待ってて、土方さん! 私、頑張るからっ」
 そう小さな手を握りしめて叫ぶと、総司はすっくと立ち上がった。そして、お勉強するために走り出していったのだった。












 さてさて、一方で完全に変態認定されてしまった男の方である。
 現代で言うならば、M判定された事になるのだろうが、本当はSっぽいのにとかなんとか言っても仕方がない。というか、まさか自分がそんな風に思われているなど、まったく知らない。
 だが、総司に「変態」と言われたからには、何かそういう誤解を受けているのだろうと思った。だが、さっぱりわからない。
「……本当に訳わからねぇ」
 土方はため息をつき、文机に向き直った。仕事でもしようと思ったのだ。
 だが、いろいろと考えてしまって、なかなか捗らない。いらいらした挙句、土方は筆を投げ出した。
 酒でも飲みにいくかと考え、立ち上がった。外出するため身なりを整え、廊下を歩いていると、帰ってきたところらしい原田と行き会った。
「よう、どこか行くのかい」
「あぁ」
「先斗町かい?」
「?」
 珍しい事を聞くものだと思った。原田はかなり遊んでいる男だし、色々と情報通だが、人の遊びにまで口出しする男ではなかったからだ。
 土方は戸惑いつつ、頷いた。
「……あぁ、たぶん」
「へーえ、そりゃまたご苦労さん」
「???」
「まぁ、何事もほどほどにした方がいいぜぇ?」
 そう言ってにんまり笑う原田を見ているうちに、合点がいった。もともと土方は頭が切れるし勘も鋭い方なのだ。
「おまえ、なんか総司に言っただろ」
「え、何のことかなぁ」
「とぼけるなっ、絶対おまえが何か言ったんだな!」
 思わず手がのび、原田の胸ぐらを掴み上げてしまった。ぎりぎり締め上げてくる彼に、原田はじたばたもがいた。
「ふ、副長、まずいっ、死ぬっ」
「そんなの関係ねぇ」
「関係ないって、私闘禁ずるだろー!」
 騒いでいる二人の横を、そそくさと斎藤が通り過ぎていった。まさに、さわらぬ神に祟りなしである。
 だが、それに、原田が声をかける。
「はじめちゃんはじめちゃん! 無関係じゃないんだから、知らん顔しないでー!」
「おまえもかッ」
 それを聞いた途端、土方が鬼の形相で斎藤の方をキッと振り返った。斎藤は慌てて手をふり、後ずさった。
「ち、違いますよっ、オレ、何も言ってませんって」
「言ったんだろうが。関係あるんだろっ」
「関係というより、ただ聞いていただけですから」
「何を」
「ひ、土方さんが変態ってことですよ!」
「はじめちゃん、まずいっ…………」
 バコンッ。
 一発頭を殴られた斎藤に、原田があーあと手をあわせた。
 土方は握りこぶしもそのままに、怒鳴った。
「総司にもそう言われたが、おまえには言われたくねぇよっ。っていうか、何で俺が変態呼ばわりされなきゃならねぇんだ」
「だって、そうでしょうが! 実際、それで楽しんでいるんでしょうが!」
「何だとっ」
「ままま、二人とも落ち着いて」
 原田は慌てて二人の間に分け入った。余計な事を言った張本人なのに、いつの間にか仲裁役になっている。
 見回してみれば、副長、十番隊組長、三番隊組長というとんでもない組み合わせの騒動に、隊士たちは遠くの方で引き攣っている。恐ろしくてとても近寄れないのだろう。
「とにかく、場所を変えよう」
 原田は睨み合っている二人を連れて、玄関口へ向かった。どのみち屯所内では隊士たちの目があるし耳もある。さすがの原田も内容が内容だけに、気遣おうと思ったのだ。
 どこか近くの小料理屋へと思い、足早に歩いていく。
 だが、途中で、その足取りがぴたりと止まってしまった。
 それに睨み合っていた二人も気づき、顔をあげる。
「どうした、原田」
「あ、あれ」
「え」
 原田が指さす方へ視線をやったとたん、目を見開いてしまった。
 そこにいたのは、総司だったのだ。いや、総司が京の街を歩いているのはいい。だが、しかし。
 なんと! その傍にいるのは、例の小楽だったのである。
「まさか乗り込んだってこと?」
「そりゃ、まずいっしょ。土方さん、やばくねぇ?」
「やばいが、確かにやばいが……何か話が……」
 意味がわからないとばかりに眉を顰める土方に、斎藤が言った。
「話がわからないって、あんなの見りゃわかるでしょう! どう見ても変態浮気にキレた総司が、土方さんご贔屓の女のところへ乗り込んだ図!ですよ」
「はぁぁ?」
 土方は思わず目を見開いた。
「何だ、それ」
「何がです」
「だから、贔屓とか、浮気って話だよ。つまり何か、総司は俺が、あの小楽の客になったと思っているのか」
「そうじゃないんですか」
「冗談じゃねぇよッ」
 叫んでしまった。
「俺は何があっても、小楽だけは絶対ッに選ばねぇっ。あんな恐ろしい女、こっちから願い下げだ。いや、浮気もしねぇが」
「めちゃくちゃ失礼な言い草ですね。ま、小楽って芸妓がどういう人か、聞いて知っていますけど」
「へーえ」
 原田がわざとらしく仰け反り、驚いてみせた。
「土方さん、殴られて喜んでいるクチじゃなかったんだぁ」
「喜ぶかっ、そんなもの!」
「いや、それ聞いて安心したよ。オレたちもさぁ、いくら性格がすっげぇ悪くても、さすがに変態の副長はちょっと嫌だなぁって思っていたから」
「……聞きようによっては無礼千万な言い草だが、今は聞き流してやろう」
「ありがとさーん」
 間延びした口調で礼を言う原田を半目で眺めてから、土方は今はそれどころではないと意識を切り替えた。問題は、総司なのである。
 総司が何で小楽と一緒にいるのか、斎藤の言うとおり乗り込んだのか。どちらにせよ、小楽に総司は近づけたくなかったのに、何でこんな事になっているのか。
「……!」
 だが、しかし。
 あらためて見てみれば、もはや、二人の姿はどこにもなかった。小楽はおろか、総司の姿もどこにもないのだ。
「まずいっ」
 思わず叫んだ。
「早くあの二人を探さねぇと、まずい」
「何で」
「小楽は前から総司を狙っていたんだ。絶対やばいっ」
「えぇっ、それってやばすぎません?」
「だから、やばいって言っているだろう! 早く二人を探すんだッ!」
 あたふたと走り出した斎藤を見送る原田に、土方は向き直った。
「おまえもだっ、元はと言えばおまえが元凶だろうが」
「えー、人を悪の権化みたいな……」
「つべこべ言うな! 切腹命じられてぇのかっ」
「はいはい、わかりました~」
 承諾したのかどうかわからないが、しぶしぶ原田も探しに歩き出した。それを見届け、土方はある場所へむかって走り出した。
 某男を使おうと思ったのだ。探すことにかけては、プロ中のプロだ。この際、公私混同など言ってられない!
「山崎ッ!!」
 筵にくるまった乞食姿のまま、ウトウトのんびり寝ていた山崎は、いきなり飛んできた鬼の副長の怒声に、ガバッと跳ね起きた。きょろきょろと周囲を見回したが、こちらへ猛ダッシュで突進してくる男の姿を見たとたん、顔を引きつらせる。
「ふ、副長っ」
「今すぐ総司を探せ!」
「えっ」
 山崎は突然の命令に、目を丸くした。
「お、沖田先生をですか?」
「あぁ。総司の身に危険が迫っている。一刻を争う事態なんだ」
「わかりました!」
 切迫した様子に山崎は慌てて頷いた。
 当然だが、まさか、一刻を争う事態というものが、SM好き女王様の毒牙などという事など、知るよしもない。
 最後に総司を見た場所などを聞き出した山崎は、すぐさま走り出していったのだった。