総司は耳朶まで赤くなった。
桜色の唇を少し尖らせると、大きな瞳で見上げてくる。
「そ、そういうこと平気で言わないで下さいっ」
「言ったら駄目なのか?」
「駄目なのです」
きっぱり言い切る総司に、小首をかしげたが、まぁいいと食事を続けることにした。色々と総司からの世話を受けながら、食事をつづけていく。
「……」
いつも通りの綺麗な仕草で食事をする土方を見ながら、総司はこっそりため息をついた。
(この人、全然わかってないんだから)
あんな笑顔で言われて、どきどきしない人がいるだろうか? いや、いない。
ただでさえ茶店で意識してしまって、挙句、この宿に入って本当はめちゃめちゃ緊張しているのに、今また「喰っちまいたい」発言されて、総司は完全にヒートアップ状態だった。
意識しちゃ駄目と思っても、ついつい土方の動きを目で追ってしまうのだ。時々、こちらに向けられる視線に、どぎまぎしてしまう。
(でも……)
平然と食事をする土方に、総司は考え込んでしまった。
(土方さんは、私のこと、意識していないのかなぁ)
契りだなんだと、どきどきしているのが自分だけなら、めちゃめちゃ恥ずかしいし情けない。
土方にとって、この旅はただ楽しむためだけのもので、契りのことなんて全然考えていないかもしれないのだ。だから、茶店でわきゃわきゃしても、団子を喉に詰まらせたかと誤解したし、今も平気であんな事を言っちゃうし。
恋人なのに、恋人であるはずなのに、もっとさわりたいって思っているのは自分だけ? 二人きりの旅だから盛り上がっちゃって、いっぱいさわりたい、いっぱい接吻したい、いっぱい、ち、契りしたいって思っているのは、自分だけっ!?
「土方さんッ!」
突然、総司は箸をバシッと置いた。もうほとんど食べ終わっていたからいいのだが。
「え?」
それでも突然の声に、土方はびっくりしたようだった。目を丸くして、総司を見る。
「何だ、どうした」
「私って、土方さんの恋人ですよね」
「……あぁ」
戸惑いながら頷いた土方を、総司は大きな瞳で見つめた。
「じゃあ、私を恋人として、ちゃんとして下さい。私も、土方さんを恋人として、ちゃんとしますから」
「ちゃんとって……」
「わかりましたっ?」
「あ、あぁ」
絶対、わかっていないが、頭の中?マークだらけだが、それでも土方は律儀に頷いた。何しろ、昔からの習慣ってものがあるため、なかなか逆らえないのだ。
だが、しかし、やっぱり意味が全くわかっていない。
(……ちゃんとって、何だ?)
もっとしっかり守れという事だろうか。それとも、好き好きと言えということか。
土方は、明晰と言われる頭でさんざん考えてみたが、さっぱり意味がわからなかった。
総司の場合、話が飛びすぎたり、省略されすぎたりして、よくわからない事が多々あるのだ。今までもさんざんあったのだが、ここまでわからないのは初めてだった。
食事が終わった後もしばらく考えていたが、思い余った挙句、直接本人に聞いてみることにした。
恋人同士だからこそ、隠し事はいけないと思ったのだ。
「なぁ、総司」
総司の手をとって坐らせ、その小さな顔を覗き込んだ。とたん、ぱっと頬を赤くする総司が可愛い。
「な、何ですか」
「いや、さっきの話なんだが……その、わからねぇんだ。すまん」
「?」
「ちゃんとって、何なんだ? 何をどうすればいいんだ?」
「そ、それ、私に言わせますっ?」
とたん、総司は顔を真っ赤にして叫んだ。握られた手ごと、ぶんぶん振り回す。
「私から言える訳ないでしょ? そんなのっ、恥ずかしくて言えませんっ」
「はぁ? いや、それ、無理だろ。俺、全然わからねぇし」
「だって、さっき、頷いたじゃないですか。わかったって頷いたのに」
「あれは勢いってもので、けど、全然わからねぇんだ。恋人として、何をちゃんとすればいいんだ? 好きって言うことか?」
「そうじゃなくて、そうじゃなくてっ」
何で、この人わかんないのー!?
あれだけ遊びまわっているくせに、百戦錬磨、最強のたらしと、さんざん言われているくせに!
どうして、こう肝心要の時にはスコーンと抜けるのか。鈍いのか。
「とにかく」
総司は言い切った。
「私の口からは言えません。恥ずかしくて、言える訳ないもん」
「恥ずかしくて言えない……」
土方は形のよい眉を顰め、呟いた。しばらく考えこんでいる。
だが、やがて、合点がいったのか、「あぁ!」と膝を打った。
「そうか、わかった!」
「……」
「契りのことだな? おまえを俺が抱く……」
「ぎゃー!!!」
茶店では心の叫びだったが、今度は口に出てしまった。思わず土方の口を手でふさいでしまう。
「な、なななな何言っているんですか!」
「え? 俺、外した?」
「そうじゃなくて、大声で言うことじゃないでしょっ。土方さんには恥じらいってものがないの!?」
「恥じらいか……あまりねぇな」
しみじみと呟く土方をよそに、総司は、あああああ! と畳の上でのたうちまくりたくなった。気分はもはやタコだ。ばしばし畳を叩きたい気分である。
せっかく遠回しに誘ったのに、念押ししたはずなのに、何でこうなってしまうのか。
どうして、こう直接的に彼は口にしてしまうのか。
奥ゆかしさとか、この人に求めた自分が莫迦だったけど、でもね、普通、もっとこう恥じらいってものがあるんじゃない?
「まぁ、総司」
気がつくと、土方が総司の肩を抱いていた。見上げれば、えらくにこやかで上機嫌だ。
「いいじゃねぇか、お互い、気持ちが一緒ということで」
「一緒って……」
「で、気分が盛り上がったところで、一緒に風呂へ入らねぇか?」
「……え、えぇえっ!?」
思わず飛び退ってしまった。両手を前でぶんぶん振る。
「え、遠慮させて頂きますっ」
「何で。さっき、おまえ言っただろ? 恋人として、ちゃんとって」
「こ、恋人だからお風呂一緒ってことに、ならないでしょ」
「それがなるんだな」
「嘘ー! 絶対、土方さん、嘘ついてるっ」
総司は思わず叫んでしまったが、土方は楽しそうに、くっくっと喉奥で笑うばかりだ。
その笑い方からして絶対嘘だと思った総司は、さささっと部屋の奥まで逃げた。そこにあった浴衣を土方に向かってさし出す。
「後で入りますから、お先にどうぞ!」
「いや、一緒に入ろうぜ? 恋人としてちゃんとしてやるから」
「絶対お断りですっ」
ここから動くものか! と両足をふんばっている総司に、土方は肩をすくめた。手拭いを肩にかけ、笑う。
「なら、仕方ねぇな。先に入ってくるよ」
「いってらっしゃい」
早く行ってきてー! と言わんばかりの総司に不満そうな顔になったが、結局、土方は部屋を出ていった。それを確かめ、はぁーっとその場に坐り込んでしまう。
いくらさわりたいと思っていても、初な総司にとって、「彼と一緒のお風呂」は刺激的すぎた。それこそ風呂場で卒倒してしまいそうな気がする。
(そ、そりゃ契りともなれば、土方さんの裸を見ることになるんだろうけど……って、私、何考えてるのー!)
顔を真っ赤にして総司は浴衣をぎゅーっと抱きしめた。意識しないようにと思っても、やっぱり意識してしまうのが恋心というものだ。
しかし、やっぱりどう考えても、土方の方はさほど意識していないように思える。契りについてもあっさり口にするし、ごく当然のように振る舞っているし。あれが馴れというものなのだろうか。
経験値が違うと、こうも違ってくるのか。
「やっぱり、色々と調べておいたらよかった……」
総司は、はぁっとため息をついた。旅に出るという事になった時、ふと思いはしたのだ。原田あたりに聞いてみた方がよいのではないかと。
だが、いざ聞こうとなると、口が開かなかった。だいたい、どんな顔をして何を聞けというのか。「土方さんとの契りについて知りたいんでーす」なんて、絶対絶対口にできるはずもない。
結局のところ、何の知識もないまま来てしまったのだ。
「上手く出来るのかなぁ」
不安げに呟いた総司は、卓上に残されてあった酒にふと気づいた。そうだと思いつく。
「お酒飲んだら、気持ちが軽くなるって言うよね」
こういう不安も色々となくなって上手く出来るかもしれないのだ。
総司はいそいそと席へ戻ると、残っていたお酒を杯に注いだ。先程は土方だけが飲んでいて総司はまったく飲まなかったのだ。というか、のませてもらえなかった。
実を言うと、総司はお酒が大好きなのだが、しかし、とっても弱いのだ。弱すぎるぐらい弱くて、ちょっとお酒を飲んだだけで酔ってしまう。だからこそ、土方は総司に飲ませようとしなかったのだが……。
「緊張をほぐすためだもの。必然だよね」
うんと一人頷いてから、総司は杯のお酒を飲んだ。それも一気に、ぐぐっと。
「おいしー!」
久々のお酒はとてもとても美味しくて、総司はにっこり笑った。
ちょっと一口だけと思っていたが、やはり、伏見のお酒はとんでもなくおいしい。めちゃめちゃ美味だ。
総司の大きな瞳がきらきらと輝いた。
「……もうちょっとだけ、ならいいよね」
また一人うんと頷き、総司は徳利を傾けた。そして、なみなみと酒を注いだ杯を口許にもっていったのだった。
「……何だ、これ」
風呂から戻った土方は呆然と立ち尽くしていた。
しばらくの間、衝撃のため我が目が信じられなかったぐらいだ。
可愛い総司が待ちわびているだろうと思って戻った部屋で、彼を待っていたものは、飲んだくれて完全に酔いつぶれた恋人の姿だった。
畳の上にひっくり返り、くうくう寝息をたてている総司。その手元に転がっているのは、徳利や杯だ。
「これを片付けなかった俺が莫迦だった……」
完全に忘れていたのだ。総司が甘いものを好きである以上に、酒が大好きであるという事実を。
昔から総司は酒が大好きで、幾度も彼に飲ませて飲ませてとねだってきた。が、酒が好きであるのに、一方でめちゃめちゃ酒に弱い総司に、それ程飲ませられる訳がなくて、その都度、土方がセーブしてきたのだ。
なのに、この大事な時にどうして!
「どうして、忘れていたんだ」
がっくりと土方はその場に座り込んだ。もう頭を抱えてしまいたい気分だ。
夢の一夜となるはずだったのに!
そのためだけに、せっせと画策して頑張ってきたのに!
土方は深々とため息をつくと、総司の傍に寄った。
総司は罪のない寝顔で、可愛らしく、それはそれは美味しそうに爆睡している。
上気した頬や、微かに開かれた桜色の唇、肌蹴た着物からのぞく白い肌まで、男を誘いまくっているのだが、今の土方にとっては目の毒以外のなにものでもなかった。
いくら何でも酔っ払って正体を無くした総司に、あれこれする気にはなれない。だいたい、そんな事をする勇気もなかった。一ミリも。
「……寝よう」
力ない声で呟き、土方は総司の身体を抱きあげた。着物を脱がせて襦袢姿にさせると、布団の中へ入れてやる。
けっこう手をあげたりひっくり返したりしたのに、それでも、総司に起きる気配は全くなかった。余程、熟睡しているのだろう。いや、爆睡か。
土方は別の布団に寝ようかと思ったが、これぐらいはいいだろうと無理やり自分を納得させた。同じ布団に入ると、細い華奢な身体を腕の中に抱きよせる。
「おやすみ」
そう囁いた瞬間だった。
突然、総司がばちっと目を開いた。大きな瞳で土方をじーっと見つめてくる。
それに、土方は驚いて思わず身を起こした。
「総司、気がついたのか」
「おやすみ、するの?」
「あ、あぁ」
「じゃ、契りしないの?」
「は?」
総司から発せられた直接的な言葉に、土方は目を見開いた。呆気にとられていると、総司はすりすりと身を寄せてきた。
男の身体に手をまわし、ねだる。
「ね、しましょ? 契りしましょうよ」
「いや、ちょっと待て」
「土方さん、言ったじゃない。私を抱くって、なのに、何もしないの? 私たち恋人なんでしょ?」
「確かにそうだが」
土方は眉を顰めた。
「今、おまえは酔っているじゃねぇか。そんなおまえに何も出来ねぇよ」
「酔っている? 私が?」
総司は小首をかしげた。それから、ぶんぶんと勢い良く首をふった。
「酔ってなんかいませんよ! いーえ、まったく私は酔っていないのです!」
「…………」
完全に酔っ払っている。泥酔だ。
土方は思わずため息をつきたくなったが、総司の肩に手をおき、ぽんぽんと宥めるようにたたいた。
「とにかく、寝よう。今夜は寝るべきだ」
「寝るってことは、契りをするんですよね? いっぱいさわるんですよね?」
「だから、しねぇよ。今夜は眠るだけ……」
「やだやだやだぁー!」
総司は布団の上で子供のように手足をバタバタさせ始めた。まさに駄々っ子だ。
「するの! 私、土方さんと契りするのー!」
「総司、あのな」
「楽しみにしてたんだから! 私、土方さんにいっぱいさわりたくて、接吻したかったし、抱きつきたかったし、でもでも、そんな事したら土方さんがびっくりしちゃうから我慢して、だから、この旅、すっごく楽しみにしていたんだもの!」
「……え」
土方の目が見開かれた。驚愕の表情で総司を見つめている。
それに、総司は潤んだ瞳で彼を見上げた。うるうるっとした瞳に、艶めいた桜色の唇がとっても可憐で愛らしい。
「さわりたいなぁって思っちゃう私、いや?」
「いやなはずがねぇだろう!」
思わず総司の身体を引き寄せ、ぎゅーっと抱きしめてしまった。
「すっげぇ嬉しいよ。おまえがそんなふうに思ってくれていたなんて、考えてもみなかった。夢みたいだ。俺はおまえの方が怖がったり嫌がったりしているんじゃないかって、思っていたからあれこれ考えてしまったが、その気になってくれているなら今すぐ……」
感激のあまり、つらつらと言葉を並べ立てていた土方だったが、不意に、妙な違和感を覚えた。
何だか、腕の中の総司の身体が急に重くなったのだ。それに、気のせいか、くうくうなーんて寝息も……
「……」
恐る恐る己の腕の中を覗き込んだ土方は、思わず叫んでしまった。
「ここで寝るかーっ!?」
あれだけ男をヒートアップさせて有頂天にさせた当の本人である総司は、またもや完全に爆睡してしまっていたのだ。今度こそ眠ってしまったのか、揺さぶっても叫んでも全く起きない。
布団の上におろすと、こてんと転がり眠ってしまった総司を、土方は眺めた。がっくりと肩を落とす。
何だかもう、疲労困憊状態だった。極楽と地獄の間を行ったり来たりしている気分だ。
だが、しかし、総司から本音が聞けたことだけは収穫とするべきだろう。そんな積極的な気持ちになってくれているなんて、予想だにしなかったのだから。
「……だよな。それだけは良しとすべきだよな」
どこまでも前向きな男である土方は、うむと一人頷いた。そうして無理やり己を納得させると、やれやれと寝ることにした。
とりあえず、今夜は寝るべきなのだ。
おとなしく。
土方はもう触らぬ神に祟りなしの気持ちで、総司の横に身体を横たえると、眠りについたのだった。
こうして、伏見の夜はまったりと過ぎていったのである……。