原田に声をかけられた途端、斎藤はぴきっと固まってしまった。
慌てた様子で弁明しかける。
「え、い、いえ……そのっ」
「入ってこればいいじゃーん。逃げることないっしょ」
「……」
今更逃げても仕方がないと思ったのか、しぶしぶと斎藤は部屋に入ってきた。皆に向かって、「ども」と頭をさげる。
土方は仏頂面で頷くだけにとどめたが、原田はにんまり笑いながら言った。
「今さぁ、土方さんが総司と旅するための段取りしている処なんだよ」
「原田」
「いいじゃん、どうせバレることだし」
「……」
「旅、ですか?」
訝しげに斎藤が首をかしげた。それに、永倉が横から説明する。
「今度、大坂出張があるの知っているだろ? で、その時に、土方さんは総司と先発するんだって」
「先発……」
そう呟いた斎藤の傍で、土方が立ち上がった。
「助かったぞ、原田。また色々と頼むな」
「あいよ」
手をあげた原田に頷いてから、土方は部屋を出ていった。旅の準備もあるが、仕事の方もある程度片付けておかなければならないのだ。
それを見送る斎藤に、原田が言った。
「土方さん、めっちゃめちゃ張り切っているからぁ」
「先発ってどういう事なんですか。何で、わざわざ二人だけ」
「そりゃ決まっているじゃん、二人きりってとこがミソだよ。二人だけで旅したいから、土方さん、先発するってこと強引に決めたのさ」
「……」
沈黙する斎藤に、原田はにやにや笑った。
「まぁ、はじめちゃんにしたら、面白くないよねぇ」
「べ、別にっ、オレはっ」
「照れない照れない。ぜーんぶ、この原田様はお見通しなんだから」
「何がお見通しなんですか」
「そりゃ、はじめちゃんがほの字ってことだよ」
「ほ、ほほ、ほの字って……ッ」
顔を真っ赤にしながら慌てる斎藤を、永倉が不思議そうに眺めた。やれやれと首をふる。
「おまえも総司も物好きだなぁ」
「はぁ?」
「斎藤は、土方さんにほの字って事なんだろ?」
「何でそうなるんですか! 普通、逆じゃありませんっ?」
「? 逆ってことは、土方さんに惚れられて困っている訳?」
「そんな事ある訳ないでしょう!」
考えただけでも怖気がするとばかりに叫んだ斎藤は、はっと我に返った。こんな会話を総司に聞かれでもしたら、またまたややこしい事になってしまう。
たださえ恋敵認定されているのに、逆に、土方からなんて誤解されたら、いったいどうなってしまうのか。
きょろきょろと見回した斎藤は、次の瞬間、ギクリとした。障子の影から、ぴょこんと柔らかな髪が覗いていたのだ!
何も言えずに固まっていると、原田が気づいた。
「あれ、総司―、どうしたの」
「原田さん」
先程の斎藤と違い、呼ばれずとも部屋に入ってきた総司はにこにこと笑った。
「隠れてたのに、ばれちゃった?」
「そりゃ丸見えだから。で、どうしたの」
「何か、土方さんの名前が聞こえたのです」
「さすが、恋する乙女は敏感だねぇ!」
「あたり前じゃないですか」
そう笑ってから、総司は斎藤の方へくるりと向き直った。大きな瞳でじっと見つめてくる。
「で、斎藤さん」
「は、はははは、はいっ」
「土方さんに口説かれたんですか?」
「ち、違うーっ!」
思わず叫んでしまった。膝をすすめ、必死になって力説する。
「絶対、絶対そんな事ないから! だいたい、オレ、土方さんのこと何とも思っていないし、それに」
「別にそんな一生懸命否定しなくてもいいんですよ」
総司は不思議そうに言った。
「私、そこまで束縛する恋人じゃないし。土方さん、けっこう遊んでいるからそういうのもあるかなって気がするし」
「へーえ、総司、寛大だねぇ」
「まぁそれぐらいでなきゃ、やっていけませんよ。土方さん、あんな格好いいんだもの。もてて当然なのです」
「じゃあ、浮気とかも許すわけ?」
物珍しそうに訊ねる永倉に、総司はにっこりと笑顔をむけた。桜色の唇は笑っているが、目はきっぱり笑っていない。
「まさか」
「? なんか矛盾している気がするんですけど」
「だから、土方さんがもてるのはいいですし、沢山の女の人や斎藤さんに惚れられるのはいいんです。でも、浮気は駄目。土方さんが好きになっていいのは、私だけなのです」
「んじゃさ」
原田が面白そうに身を乗り出した。訊ねてくる。
「もしももしも、土方さんがその浮気をしたら、どうする訳?」
「三段突きをさせて頂きます」
にっこり笑いながら即答した総司に、一同は心の中で(こえーっ)と叫んだ。
何しろ、沖田総司の三段突きは恐ろしい威力であり、あれを避けられる人間がこの世にいるのか!? とまで言われる超絶必殺技なのだ。まさに、浮気するのも命がけである。
総司はくるりと斎藤の方へ向き直り、言った。
「だから、斎藤さん、あなたがどんなに土方さんに惚れても、別にいいんです。私は一向に構いません。土方さんの方がその気にならない限り、大丈夫なのです」
「……」
「もちろん、斎藤さんに三段突きなんてしませんし。安心して下さい、ね?」
「あ、ありがとう……」
引き痙った顔でこくこくと頷いた斎藤に、総司は可愛らしく微笑んでみせた。まさに、ぱっと花が咲いたような笑顔である。
そうして、助勤筆頭、隊随一の剣士でありながら、可愛い可愛い少女のような総司は、軽やかな足取りで部屋を出ていった。その足音が遠ざかってゆく。
とたん、永倉が深々とため息をついた。原田が不思議そうに彼を見た。
「どしたの、新八ちゃん」
「いやさ、おれ、認識あらためようと思って」
「?」
「土方さんと恋人になった総司、物好きだなぁと思ったけど、土方さんもかなり物好きだよな。怖すぎるだろ、あれ」
「うーん、ま、割れ鍋に綴じ蓋って奴じゃねーの」
「なるほど……」
頷きあう二人の傍で、総司に片恋しているのに、その当人から又々「土方さんに惚れている」認定されてしまった斎藤は、がっくりと項垂れたのだった。
さて、総司の気持ちである。
花のように可愛くて可憐で純粋無垢で、箱入り娘同然の天然ちゃんである総司は、恋をしていた。
土方自身、ちょっとしかわかっていない……いや、たぶん、わかっていないが、総司は今、土方に思いっきり恋していたのだ。
好きで好きで大好きで、愛していますー! と比叡山めがけて叫んじゃいたいぐらいだった。
もともと大好きで憧れていた優しいお兄さんだった男だ。それが京に来てから、見た目も極上の男になっちゃって恋人になったのだ。恋を自覚するまでは長かったが、その分、自覚した以上はとことんのめりこむ性質だった。
総司にとって、土方は完璧! な男だった。
見た目もすこぶる格好いいし、頭も切れるし、性格も優しくて明るくて(……と、総司は思っている)、言うことなしなのだ。
ちょっと強引な処があったりするが、それでも、総司にとってはそれさえも魅力だった。あれこれわからなくて迷ってしまう自分には、あれぐらいグングン引っ張っていってくれる男の方がいいのだ。
(そう考えると、土方さんと私ってお似合いだよね)
原田が言う割れ鍋に綴じ蓋を、とっても都合のいい方向に考え、総司は頬をぽっと染めた。
だから、土方が提案してきた二人きりの旅は、総司にとってめちゃめちゃ嬉しい話だった。今から考えるだけで、わくわくしてしまうぐらいだ。
あの土方と二人きりで旅が出来るなんて、夢みたい……と、ついつい、うっとり視線を遠くへ飛ばしてしまう。
だが、ふと気がついた。
旅をするということは、どこかに泊まるということだ。たぶん、二人きりの部屋で。
色々とあって先延ばしになっているが、今度こそ、アレがやってくるのではないだろうか。
アレ。
ずばり、契りのことである。
「やだぁー! 恥ずかしー」
総司は部屋で一人、手足をバタバタさせた。頬どころか耳朶まで真っ赤になってしまう。
お互い、そんな意識をしていなかった頃はお風呂も一緒に入ったことがあるし、井戸端で身体を見たこともある。だが、いざ、あの逞しい男の身体を思い浮かべると、とたん、かぁぁぁっと頬が熱くなってしまった。
「なんか信じられないや、あの歳三さんとそういう事するなんて」
だが、しかし。
恋人となったからには避けられない道なのである。それに、総司自身、いいよと了承してしまった。である以上、もはや大人しく食べられる他ないだろう。
「食べるって、お団子じゃないんだから」
一人ツッコんで、総司は、はぁっとため息をついた。まだ火照っている頬に手をあてる。
まだまだ土方との契りについて不安はあったが、最近になってわかった事もあった。
それは以前、まだ総司が恋を自覚していなかった頃の、土方の衝動だ。
接吻されたり抱きしめられたり、その上、契りを結びたいと言ってきた彼の気持ちが、今になって、よーくわかるのだ。
なんというか、彼に恋していると実感したとたん、手がわきゃわきゃしてしまうのである。
彼の広い背を見ると後ろからダダダーッと駆け寄って飛びつきたくなるし、その逞しい胸もとに抱きつきたい、抱きしめられたいと願ってしまう。
打ち合わせの時なんかに、彼のきれいな顔を見ていると、その形のいい唇に接吻したいなぁと思うし、書類をめくっている男らしい大きな手にさわりたいと思う。
とにかく、さわりたい! 抱きつきたい! なのである。
あの頃、土方が何でべたべた自分にさわりたがるのか、接吻までしてくるのか、まったく理解できなかったが、今はとってもよーく理解できるのだ。
この切実ッな衝動をどう抑えるかで、苦労してしまっている今となれば!
「だって……屯所の中で抱きつく訳にいかないもんねー」
いくら兄弟のようだと思われていても、それでも、抱きついていたりしたら、それこそ恋人同士だと丸わかりだろう。
いや、別に丸わかりになっても構わないが、やっぱり、ちょっと恥ずかしいものがある。総司にだって羞恥心が存在するのだ。
だからこそ、今度の旅はとっても楽しみだった。
二人きりの旅となれば、さわり放題、ひっつき放題だ。土方だって恋人になりたてだから、拒んだりしないだろうし。
「あ、でも」
総司はちょっと小首をかしげた。
「あの時、土方さん、固まっていたよね……うーん」
つい最近、自分からしてしまった接吻の時の事を思い出し、考え込んでしまった。
あまりこちらから積極的に出ない方がよいのだろうか。彼をびっくりさせたり、下手すると呆れられたりしてしまうなんてことも!
「でも、さわりたいんだもん」
桜色の唇を尖らして呟き、総司はぽんっと両足を投げ出すように坐った。
そして、どうしたら彼をびっくりさせずに、おさわり出来るのか考え始めたのだった。
むろん、そんな総司の思考を、土方は知らない。
土方にすれば、それこそ、彼の方こそ、どうすれば総司とひっつけるか、べたべたさわれるか、そして、そして! どうすれば夢の一夜へなだれこめるのか!? ばかり考えていたのである。
頭の中は、それだけでいっぱいだった。
宿のことも調べた、二人だけで旅するための準備も整えた。後はもう、夢の一夜をかなえるだけなのである。
だが、しかし。
いくら以前「いいですよ?」なんて承諾していても、あの天然で初な総司のことだ、直前になって「やだやだやだー」と拒否られることは十分考えられた。
そんな寸止めみたいな苦悩は味わいたくない。今まで耐えて耐えて耐え抜いてきた彼にだって、限界というものがあるのだ。一気にオオカミさんになっちゃうかもしれないのだ。
もちろん、そーんな事をすれば、とんでもない事になるのは目に見えていた。それこそ、夢の一夜が悪夢の一夜になって、翌朝には速攻で三行半を叩きつけられるに違いない。いや、夫婦じゃねぇが。
しかし、とにもかくにも、総司に嫌がられないよう上手く事を運ばなければならないのだ。でなければ、この百戦錬磨の男の名がすたる! い、いや、別にそれはどうでもいいが、今まで得た経験を十分に役立て、頑張る他なかった。
「頑張れ、俺!」
土方は自室で、握りこぶしを固め、己を鼓舞した。
彼の可愛い恋人である総司が、どうやって彼にさわりまくろうか、悩んでいるなどとは知らぬままに。
そして、いよいよ出立の朝である。
土方は総司と二人でさっさと出かけようと思っていたのだが、何故か、近藤やら原田やら斎藤やらがぞろぞろと出てきて、総出での見送りになってしまった。
「……何で、こんな朝から起きてくるんだよ」
「朝だからな」
うむと頷いた近藤に半目になりつつ、土方は草履の紐を結んだ。むろん、彼らの思惑はわかっている。近藤は土方を見送るのではなく総司を見送るためだし、斎藤も同じくだし、原田はそれらを見て面白がるためだろう。
おまえら、そんなに暇か! と怒鳴りつけたい気持ちをおさえ、立ち上がった。総司は傍でしっかりと旅支度に身をかため、にこにこと笑顔をふりまいている。
「じゃあ、行ってきますね」
「総司、気をつけてな」
「はい。近藤先生もお気をつけて」
可愛らしく挨拶する総司に、近藤はたまらなくなったらしい。がしっとその小さな手をつかもうとしたが、寸前で、土方に払いのけられた。それに恨めしそうな顔で土方を見てから、総司にむかって言う。
「すぐにおれも出発するからな、ちゃんと追いつくからな」
「追いつかんでいい」
言ったのは、土方である。腕組みをし、近藤を見下ろした。
「だいたい、大坂までの旅だぜ? どう追いつくって言うんだ。まさか、あんた、今日出発する気かよ」
「……」
「明後日出発って話だっただろうが。とにかく、予定どおり遂行ってことで宜しく」
きっぱり言い切って背をむけた土方は、もはやここには用はないとばかりに、さっさと歩き出した。当然、さり気なく総司の背に手をあてて、促している。
総司は慌てて歩き出しながら、ふり返った。元気よく手をふる。
「行ってきまーす!」
「総司!」
まるで今生の別れの如く、近藤が叫んだ。
「すぐに行くからな! 追いつくからなーっ」
「……一生、来なくて構わねぇよ」
低い声で呟いた土方を、総司が不思議そうに見上げた。それに気づき、微笑みかけてやる。
とたん、総司がぽっと頬を紅潮させた。角を曲がり、皆の姿が見えなくなってから、恥ずかしそうに小さな声で言ってくる。
「二人だけの旅、ですね」
「あ、あぁ」
「いよいよ、ですね」
「うん」
「よろしくお願いします、土方さん」
ぺこりと頭を下げた総司は、可愛くて可愛くて可憐で。
今すぐ、ぎゅーっと抱きしめたいぐらいだったが、ここは往来だ。屯所のある壬生だ。
土方はその衝動をぐぐっと堪え、かわりに、もう一度笑いかけた。
「あぁ。こっちこそ、よろしくな」
「はい」
そして、二人は旅だったのだった。
一泊二日の大坂への旅。
それはある意味、嬉し恥ずかしの、新婚旅行! なのである。
文字通り、山あり谷ありの…………