さて、すったもんだの末に、一緒になった二人である。
 恋人同士となって、無事(?)、総司からのキッスも貰えて、契りまで「いいですよ~」のお墨付きまでもらった土方は、文字通り幸せいっぱいの日々だった。
 これからは、今まで出来なかった分、さんざん振り回されお預けをくらっていた分、たっぷり頂かせてもらいましょう! と、意気込んでいたのだ。
 だが、しかし。
 そうは問屋がおろさないのが世の中である。
 恋に障害はつきもの。
 事が起こったのは、この二人が恋人同士になってから数日後のことだった。












「はぁあっ!?」
 思わず、土方は叫んでしまった。
 ふざけているのか、この野郎! と目の前の男を見たが、近藤はどこ吹く風だ。
 場所は局長室である。昼の日中から、仕事を適当に終えて総司と出かけようとしていたところに、近藤から呼び出しがかかったのだ。それだけでもムカつくのに、追い打ちをかけるように、のたまったのである。


「歳、おまえ、大坂出張な」
 と。


「何で、俺が大坂出張なんだよ! なんで、そんな所に行かなきゃならねぇんだ」
「仕事だからに決まっておるだろう」
 近藤はちょっと呆れたように、土方を眺めやった。
「他にどんな理由がある」
「いや、そうじゃなくて、何で俺なんだよ。あんたが行けばいいだろう」
「おれは暫くここを離れられん。いろいろと忙しくてな」
「俺以外には誰が行くんだ」
「上様の警護だからな、ほとんどが行くだろう」
「……」
 それを先に言えよと思ったが、とりあえず大半が行くなら総司も行くのだろうと、自分を納得させかけた。
 が、しかし。
「総司は留守番組だ」
「は!?」
 目が点になった。
 何だ、それ! である。
「おれも一人で留守番は淋しいからな、総司にいてもらうことにした」
「何言ってんだ、淋しいとか抜かすなら、あんたが大坂へ行けよ。俺がここに残ってやる」
「そうか、歳は京に残って、おれを大坂へ行かせたいのか。じゃあ、総司は連れていくぞ」
「だーかーら、何で、あんたと総司がいつも一緒なんだよ! 俺と総司が一緒のはずだろう?」
「それがおかしいのだ、歳」
 近藤は重々しく頷いた。
「おまえは総司と念兄弟になったのだろう。なら、いつも一緒にいるではないか。たまには、離れてみるのもいいと思うが」
「よくなんかねぇよ! っていうか、何で、あんたが俺たちのこと決めるんだ。だいたいな、こっちはやっと一緒になれた処なんだ、わざわざ引き離すのはやめてくれ」
「ほほうー」
 近藤は物珍しい動物でも見るような表情になった。
「おまえがそんな事を言うとは。どんな美女に言い寄られても冷たくあしらっていたおまえが、変わったものだなぁ」
「本気と遊びの違いだよ。とにかく、出張へ行くなら総司を連れていく、留守なら総司と残る。それしか、俺には選択肢がねぇ」
「仕方あるまい」
 うむと一人頷いてから、言った。
「なら、皆で行くか」
「……は? なんで、あんたがついてくるんだ」
「そんな淋しいことを言うなよ、歳」
 恨めしそうな顔で見られ、土方はうんざりしてしまった。が、何をどう言っても、ダメだ。絶対についてくるだろうし、皆で行くことになるに違いない。
 大坂へ出張するなら、総司と二人きりの方がよかったのに。
 上様の警護とやらを適当にすませたら(どうせ、あまり出番ないだろうし)、後は二人で大坂を楽しもうと思ったりしたのだ。


(……いや、待てよ)


 土方は近藤の部屋を出て廊下を歩きながら、ふむと考えた。
 皆で大坂出張は、あの近藤の様子では避けられないことだろう。
 だが、しかし、何も道中も一緒とは言っていない。到着してからは仕方がないが、大坂へ行くまでの道のりぐらいは二人きりでしっぽり楽しむことぐらい、許されるだろう。
 いや、必ずそうしてみせる!


(俺は、総司との二人旅を獲得してみせるぞ!)


 一人、拳を固めて誓っていると、向こうから、当の想い人である総司が走り寄ってきた。後ろで結わえた柔らかな髪がふわふわ揺れて、とても可愛らしい。
「土方さん」
 甘く澄んだ声で呼んでから、大きな瞳で見上げた。
「近藤先生のお話、何だったんですか」
「総司」
「何か、大変なこと? 怖い顔をして天井を睨んでいたけど、大丈夫?」
「い、いや、何でもねぇよ」
 慌てて首をふってから、総司の細い肩をそっと抱いた。そうして歩き出しながら、微笑みかける。
「悪かったな、出かけようとしている処だったのに」
「ううん、いいのです」
「総司、その……大坂へ行きたくねぇか?」
「え?」
 唐突の問いかけに、総司はきょとんとした。目を丸くしている。
 それに、ゆっくりと話した。
「今度、大坂へ出張することになったんだ。上様の警護ってことらしいが、とにかく皆で行くらしい」
「皆で?」
「あぁ」
「楽しそうですね!」
 ぱっと総司の顔が輝いた。うきうきした口調で言う。
「私、大坂って行ったことないんです。どんな処かなぁって思っていたし」
「色々な店があるらしいぞ」
「京とはまた違うんですよね。それに、皆で行くというのがいいです。大勢で行った方が楽しいですし」
「……」
 土方は慌てて立ち止まり、総司の顔を覗き込んだ。じっと見つめれば、たちまち、総司の頬がぽっと赤くなる。それに、よしよしと思いながら言葉をつづけた。
「俺は……おまえと二人きりで行きたいな」
「……そ、そんなの無理ですよ」
 総司はもごもごと口ごもった。
「皆でって決まっちゃっているんでしょう?」
「いや、だから、大坂へ到着した後じゃなくてさ、そこへ行くまでの旅だよ。おまえと二人で行かねぇか?」
「え」
 ちょっと戸惑ってしまったようだった。大きな目を見開いて、彼を見上げている。
「二人で?」
「そう、二人だけで」
「土方さんと二人……」
 小さく呟いて考え込んでしまった総司に、土方は危惧を覚えた。


 この子ウサギは普段はのほほーんと天然しているくせに、妙なところで色々と考え込んでしまう癖があるのだ。
 挙句、とんでもない提案をしてきたりして、どれだけ振り回されたことか。
 それへの対処方法は、あれこれ考え込ませない事に限る。


「二人で行った方が楽しいぞ! おまえが入りたいと思う茶店にも行けるし、今の季節だ、色々な花とかも見物することが出来る。隊全体で行ったら、そんな個人的な事できる訳ねぇだろ?」
 立板に水の如く、ぺらぺらと力説する土方に、総司はびっくりしたようだった。だが、すぐに、こくりと頷いてくる。
「そう、ですよね。土方さんと一緒なら、色々な処にも連れていってもらえるだろうし……はい、二人きりで行きます」
「……(やった!)」
 心の中でガッツポーズをしたが、それを表に出さぬまま、土方はにっこりと微笑みかけた。念押しとばかりに、総司の華奢な身体を抱きよせ、なめらかな低い声で囁きかける。
「すげぇ嬉しいよ……総司」
「わ、私もですっ……」
「いっぱい楽しもうな?」
「はい」
 恥ずかしそうに、こくりと頷いた総司は、もうめちゃめちゃ可愛くて可憐で!
 土方は幸せいっぱいの気持ちで、愛する恋人をぎゅっと抱きしめたのだった。














 総司の了承は取り付けた。
 だが、しかし、二人きりの旅を獲得するためには、まだまだ突破しなければならない難題が山積しているのだ。


 まずは近藤さんをうまく言いくるめなければいけないし、あの目障りな小僧……なんて言ったか、あぁ、斎藤だ、あの野郎が万一にもついてくる事にならねぇよう、画策しなきゃならねぇし、それに、原田にあれこれ聞いて大坂までの店や見どころを調べておかなきゃならねぇし、それに……云々云々。


 やる事が山積みだったが、土方は、総司との旅のため頑張るぞ! と思った。
 総司には怖い顔なーんて言われてしまったが、希望を叶えるためには決意が大事だ。なんとしても勝ち取る不動の決意というものが必要になってくるだろう。
 土方は重々しく考え、うむと頷いた。
 こう言えば、いかにも大事で重大なことのように感じられるが、その実、可愛い恋人との二人きりの旅路を獲得するための決意、というだけのことである。
 原田などが聞けば、土方さん、あんたも暇だねぇ~と言われそうだが、(おまえには言われたくねぇよ!)、今の彼にとって何をおいても大事なのは、総司と二人きりの旅路だったのだ。
 しかも、この微妙な時期。ようやく恋人同士になれて。総司から口づけまでもらえて、食べてもいいですよ? なーんて感涙もののお許しまでもらっているところに、二人きりの旅!
 これが盛り上がらずにいられようか! 何が何でも叶えたいと思わぬ男が、どこにいるだろう! いや、いない(反語)。
 さっそく、土方は行動を開始した。











 翌日、土方は近藤の部屋で打ち合わせがあったついでに(どっちが本題かわからないが)、宣言した。
「俺、先に行くからな」
「?」
 近藤は訝しげに、土方を見た。のほほんと茶をすすっていた湯呑みを置き、訊ねてくる。
「先にって、何が」
「大坂出張だよ。先に行って色々と手配しておく」
「……えらく張り切っているのだな」
 不審げに呟いた近藤に、土方はうむと頷いた。
「上様の警護だ、当然だろう」
「ま、そうだな」
「それで、護衛に一人隊士を連れていこうと思うんだが」
「あぁ、なら、斎藤はどうだ」
「駄目だ」
「何で」
「あいつは嫌いだ」
 きっぱり言い切った土方に、近藤は子供をなだめるような口調になった。
「歳―、好き嫌いはよくないぞ」
「人の好みなんざ、俺の勝手だろうが。とにかく、斎藤は却下」
「なら、原田は……いや、あれは一人勝手に行きそうだな。永倉はちょっと色々仕事がつまっているし」
「そういうのより、適任がいるだろう」
「誰だ」
「総司だよ」
「いや、総司はおれの護衛についてもらうんだ」
 うきうきとした口調で言ってのける近藤に、土方は半目になった。
「ダメだ。総司は俺の護衛だ」
「何を言っている。総司は助勤筆頭じゃないか。なら、局長の護衛が当然だろ?」
「はぁ? どういう論理だよ。とにかく、総司は俺と行くんだ、そう決めたんだよ」
「おまえが決めても、総司自身の気持ちは……」
「残念でした。総司は、俺と一緒に行くって言ってくれたぜ?」
 にやりと笑ってみせた土方に、近藤は心底悔しそうな表情になった。いじけた顔で茶をすすっているが、知ったこっちゃない。とにかく、先手必勝なのだ。
「予定としては、明後日あたりに出発するからな」
 そう言った土方に、近藤は渋々ながら頷いた。だが、まだ未練があるらしく訊ねてくる。
「本当に二人だけで行くのか? 皆で行った方が楽しいぞ」
 あんたは幼稚園児か! ではないが、とにかく、その手の台詞が喉元まで出かかったが、ここであれこれ言うより、さっさと支度をして総司を連れて(掻っ攫って?)出発した方が早い。善は急げだ。
「……」
 無言で近藤のしつこい誘いを払いのけ、土方は立ち上がった。さっさと部屋を出て、次の目的に取り掛かる。
 例によって、原田は部屋で永倉とげらげら笑いながら、春画本をめくっていた。相変わらず暇そうな男だ。が、この場合は利用し甲斐があるとも言えよう。
「え? 大坂?」
 聞き返した原田の傍で、永倉が首をかしげた。不思議そうに土方を見る。
「確か、それって、皆で出張って事じゃなかった?」
「あぁ」
「なら、何も二人だけで先に行くことないんじゃないの」
「新八ちゃーん、わかってないなぁ」
 原田がにやにやしながら言った。
「土方さんは、総司と二人きりの旅を楽しみたいんだよ」
「何で」
「めでたく念兄弟になったからさ。だろ?」
「へぇー!」
 感心したように、永倉が言った。ちょっと今までとは違う目で土方を上から下まで眺めまわしてから、しみじみと呟く。
「総司も又、物好きな……」
 聞き捨てならない無礼ぶりだったが、今はそれどころではない。とにかく、大坂までの旅路を楽しくするためのノウハウを、原田から聞き取らなければならないのだ。
「原田、おまえ、知らねぇか」
「うーん、大坂までかぁ」
 さすがの原田もしばし考えこんでしまった。京に来てからはさんざん遊んでいるが、さすがに大坂方面は未知の領域なのだ。
「街道で行くのかい? それとも、船?」
「楽をするなら、船だろうな」
「なら、伏見を通るってことになるね。けど、それなら、半日でついちまうぜ? 先に行くも何もあったもんじゃ」
「……伏見で一泊してというのもいいな」
「あんた、伏見なんて目の前じゃん」
「それでも、俺は総司とゆっくり旅したいんだよ」
「成程ねぇ……」
 何が何でも総司と二人きりの旅(日帰りでは困るのだ)を実現しようとする男の熱意に、原田はやれやれと首をふった。
「伏見ならいい宿もあるし、いろいろと景色のいい処があるぜ。伏見稲荷や東福寺なんてのも、綺麗なところだし。紅葉の方がいいんだけどね」
「紅葉はまだ早いな。とりあえず、そのいい宿とやらを教えてくれ」
「えーと……」
 原田はちょっと考えてから、幾つかオススメの宿を教えてくれた。
 京にのぼって会津藩お預かりになったとはいえ、まだまだ懐は寒い状況だ。コスパ重視になるのは当然のことだった。二人でのんびり出来て、いい宿で、尚且つリーズナブルでなければならないのだ。
 それらをせっせと書き込んでいると、廊下をたまたまだろうが、一人の隊士が通りかかった。何気なく部屋の中を見て、土方の姿にギクリとする。慌てて背を向けた。
 どう見ても逃げ出そうとしている隊士に、原田がのんびりと声をかけた。
「はじめちゃーん、何してんの?」