「あのね」
 総司は膝をすすめ、一生懸命話しはじめた。
「土方さんと接吻したら、私、ひっくり返っちゃったでしょう? でも、それって他の人としても同じなのかなぁって。私、土方さんに恋しているから、どきどきしてひっくり返ったかもしれないのです。でも、他の人としても気絶したらそれは違うってことで……」
「ちょっと待て!」
 慌てて、土方は総司の言葉を遮った。このウサギはとんでもない提案をしてくるというか、相変わらず人の考えの上を大きくすっ飛んでいく性格だ。
「何で、そういう展開になるんだよ。だいたい、おまえ、俺に恋しているかもって考えているんだろ?」
「はい」
 総司はこっくりと頷いた。
「昨日、斎藤さんに言われたんです。格好いい土方さんに一目惚れしたんじゃないかって」
「ほう」
「でも、私、一目惚れって、なんかなーと思うのです」
「どうして」
「見た目だけじゃないですか。一目で性格とかわかる訳じゃないし」
「確かに、一目で性格がわかりゃあ苦労しねぇよな」
 土方はしみじみと頷いた。


 今まで、これはサバサバした性格だろうとつきあってみたら、めちゃめちゃべたついた女だったりと、色々苦労してきたのだ。
 だが、しかし、それに共感している場合ではない。
 提議されているのは、彼の性格なのだ。彼の性格いかんでは、つきあわないと言われているも同然だった。
 正直な話、自分がそんないい性格ではない事は、ちょっとは自覚がある。結構自分勝手だし(結構?)、いい加減なところもあるし
 。だが、ここで「一目惚れだから駄目だよねー」なんてノリで、かるく却下されてはたまったものではなかった。
 それでは、長年の苦労はどうなるのだ!


 土方は懸命に抗弁した。
「でもさ、一目惚れして、それで性格があったらつきあう事になるだろうし、あわなければ熱も冷める。恋って、そういうもんじゃねぇ?」
「え」
「きっかけが何であれ、それだけ相手に惹かれるってことが大事だろ」
「……」
 土方の言葉に、総司は目を大きく見開いた。何をそんなに驚いているんだと見返せば、言われる。
「なんか、斎藤さんと同じことを言うんですね」
「同じ?」
「そうです。ほとんど同じですよ、土方さんと斎藤さんって思考が似ているのかなぁ」
「……」(あまり嬉しくはない)
 総司は大きな瞳で、土方をじっと見つめた。それに気づいて見返せば、ぽっと頬を染める。
「……やっぱり、土方さんって格好いいですね」
「それはどうも」
「今の状態を維持しつづけてくれる事が、一番大事なんだと思うってことは、やっぱり見た目だけなのかなぁ」
「じゃあ、おまえは、俺の性格や言動は嫌いなのか」
「まさか」
 無邪気に笑った。
「嫌いなら、一緒にいませんよ、こんなに長く。昔から、私にとって、歳三さんは大好きな兄さんだもの」
「大好きな兄、か」
 ちょっと微妙な気分で、土方は呟いた。
 なんだかなーと、がっくり項垂れたくなってくる。


 総司が自分を男として見てくれる日なんて、本当に来るのだろうか?
 惚れさせりゃあいいのさと思いはしたものの、このウサギはとんでもない難攻不落だ。
 攻めても攻めても攻めても、あの手この手でサッサッと身をかわしてくる。
 それをまた、無意識にやっているのだから始末におけなかった。


「大好きな兄から昇格するってことはねぇのか」
 そう聞いてみると、総司はきょとんとした顔になった。
「昇格って、もっと好きになるってこと?」
「違う意味で」
「あ」
 珍しく、総司は彼の言葉の意味に気づいたようだった。ぱっと顔を赤くすると、俯いてしまう。
 その白い項に柔らかな髪がかかっているところなど、もう色っぽくて可愛くて初々しくて、今すぐ抱きしめて口づけたいぐらいなのだが、本人はまったく無自覚だ。
「えっと……その、念兄として好きになるってこと?」
「あぁ」
 土方は頷くと、総司の細い身体に手をのばした。え? とびっくりしている総司を引き寄せ、ゆるくだが、抱きすくめてしまう。
 顔を近づけ、耳もとに唇を寄せた。そっと、甘く掠れた声で囁きかけてやる。
「な? 俺に惚れろよ」
「ひ、土方さ……」
「すげぇ愛してやるから、俺のものになっちまえ」
 ちょっと強引かな? と思いはしたが、これぐらい言わないとわからないだろう、このウサギは! という気持ちで、土方はぐいぐい攻めてみた。すると、総司は頬を紅潮させたまま、彼を大きな瞳で見上げている。
 そして、そして……頷いた!
「──」
 一瞬、我が目が信じられなかった。夢幻、妄想を見てしまったのかと思った程だ。
 呆然と見下ろしていると、小さな声が答えた。
「はい」
「…………え? えぇぇっ!?」
 思わず、素っ頓狂な声をあげてしまった。
 というか、今までの難攻不落ぶりからは考えられないほどの、あっさりとした答えに唖然としてしまったのだ。
 意味、わかっているのかという思いが頭をよぎり、慌てて訊ねてみる。
「おまえ、俺が言った意味、わかっている?」
「はい」
 総司はこくりと頷いてから、ちょっと潤んだ瞳で彼を見つめた。
「土方さんに惚れるってことでしょ? あなたのものになるってことでしょ?」
「いや、だから、それって、おまえがすげぇ嫌がっている契りとか、接吻とか、するってことなんだぞ」
「うん」
 ちょっと小首をかしげてから、総司は言った。
「いい……と思います。というか、土方さんとだったら、大丈夫かな」
「何で、いきなりそうなったんだ」
「それは……秘密です」
 可愛らしく笑う総司に、ちょっと眉を顰めたが、追求しても仕方がないと思った。


 なにはともあれ、恋人になるだけでなく接吻や契りもいいよと言ってくれた事が、とてもとても大切なのだ。
 本当なのか? 大丈夫なのか?
 という疑問は未だグルグル渦巻いているが、それはこれから判明していく事だろう。


 その手始めとして、土方は総司の頬を手のひらで包みこんだ。そっと顔を近づける。
 何をされるか察したのだろう、総司が頬を赤くした。だが、目をばっちり大きく開いて、彼を見上げている。
「……総司」
「はい」
「こういう時は、目を閉じるものだ」
「えっ、そうなの?」
「あぁ」
「じゃあ、目を閉じますね」
 総司は素直に彼の言葉どおり目を閉じた。
 だが、しかし。
「目を閉じました。はい、どうぞ!」
「……」
 気がそがれるというか、萎えるというか。
 だが、ここでチャンスを逃せば、いつまた巡ってくるかわからない。


 据え膳食わぬは男の恥!


 土方は総司の頬を手のひらで包みこみ、あらためて顔を近づけた。さぁ、口づけるぞ! と思った。
 だが、しかし。
「歳―! 歳、どこにいるんだーっ!?」
 大声が屯所の彼方から聞こえてきた。
「……」
 どう考えても自分を呼んでいる。


 というか、あれは近藤さんだ。
 あの人、なんか俺に恨みでもあるのかよっ。
 もういい、無視していっちまえ!


 土方は眉間に皺を寄せつつ、接吻を続行しようとしたが、相手の総司がぱちっと目を開いてしまった。まじまじと彼を見上げてくる。
「……呼ばれていますよ」
「あぁ」
「いかないでいいのですか?」
「……」
 土方は無言のまま、総司の顔から手を放した。すると、総司の方がぱっと立ち上がった。
 障子を開き、たたたっと走り出てしまう。しかも、縁側を走っていって、「近藤先生、ここです! ここでーす、土方さん、ここにいますよー!」なんて呼びかけているのだ。
 その姿に、(よかったぁ、助かっちゃった)的な安心感を見てしまう自分は、心が狭いのか。
 前途多難な恋に、土方は、深々とため息をついたのだった。













「めでたく恋人になりましたー」
 そう言った総司に、斎藤は「は?」と目を見開いた。
 翌日のことである。
 二人で稽古の後、縁側で話している最中、突然、総司が言い出したのだ。
 それに、斎藤はちょっと考えてから、おそるおそる訊ねた。
「確か、そうなったって前に聞いた気がしたんだけど」
「前は中途半端だったんです。でも、今度はしっかり愛しあった上で恋人同士になりました」
「ってことは……おまえも恋を自覚したってこと?」
「まぁ、そうなりますね」
 こっくり頷いた総司に、斎藤は、ちぇーっと叫びたい気分になった。


 そりゃ、可愛い総司が幸せになるのはいいが、それと一緒に、あのいけ好かない、顔だけいい副長も幸せになるってのは、納得できなかった。
 だいたい、なんなんだろう。
 どうして、こんな聞きたくもないことを毎回報告されなければいけないのか。
 しっかり愛し合った上でって、めちゃめちゃ聞きたくない台詞なんですけど!


 そんな斎藤の心の叫びも知らぬまま、総司はにっこり笑った。
「だから、斎藤さん、土方さんに手をだしちゃ駄目ですよ」
「手をだすって、ものすっごい誤解があるんだが」
「え、だって、斎藤さん、土方さんのこと好きでしょ? 前も言ったけど、恋敵! 絶対、許しませんからね」
「恋敵……」
 ものがなしい気持ちで、斎藤は呟いた。
 恋しく思っている相手から恋敵認定されている自分って、いったい何なのか。当て馬か。いや、違うか。
「でもさ」
 斎藤はもはや誤解をとくことを諦め、訊ねた。
「何で、急に自覚に至った訳? あれだけ悩んでいたのに」
「うーん、難しいんですけど」
 総司はちょっと小首をかしげた。
「土方さんといろいろと話している時に、言われたんです。俺に惚れろよって」
「……あの人らしい俺様な言い方だな。で、それにほだされたと」
「それとも違うんです。なんというか、顔なんです」
「男前の?」
「あ、そうじゃなくて、目かな。あの言葉を口にした時、土方さん、言葉と裏腹にすっごく不安そうな目をしていたのです。頼むから! みたいな?」
「なんか、想像できないんだけど」
「想像できなくていいんです。あんな土方さん、誰にも見せたくないから」
 総司は、それはそれは楽しそうに嬉しそうに続けた。
「すっごく不安そうな男の子みたいで、なんかもう胸がめちゃめちゃ高鳴ったのです。一緒にいてあげたいって思った訳です。……それにね」
 ちょっと小首をかしげた。
 短い沈黙の後、にっこりと笑った。それもう花みたいな可愛い笑顔で。
「他の誰といるより、土方さんと一緒にいると幸せだから」
「……」
「だから、恋しているんだってわかったのです。ずっと一緒にいたいと思ったのです」
 これを聞いたら土方さん、絶対喜ぶだろうなぁと、斎藤はしみじみ思った。だから、絶対言ってやらねーと思ってしまう。


 だが、ある意味。
 総司の言葉が恋の真実なのかもしれないのだ。
 他の誰よりも一緒にいることが幸せ! と思える相手。
 それが恋人なのだ。
 一目惚れだ恋って何だと色々悩んだ末に、その境地に至ったという事だろう。


「あ、そろそろ行かなくちゃ」
 総司はいきなり立ち上がった。それに、斎藤は小首をかしげる。
「行くって、どこに?」
「土方さんとの待ち合わせです。今日も道行きなんですよー」
「それは仲の良ろしいことで」
「恋人ですから」
 にっこり笑った総司は、ぱたぱたと駆け去っていった。それを見送り、斎藤は仕方ないなーと肩をすくめた。
 なにはともあれ、総司がにこにこ笑っている事が、大切なのだ。一番なのだ。なら、その幸せを見守っていけたら、それはそれで幸せって事になるだろう。
「幸せって色々だよなぁ」
 と呟き、斎藤は頭上に広がる青空を見上げたのだった。













「お待たせしました!」
 走っていったが、待たせてしまったらしい。
 神社の鳥居前ではとっくの昔に、土方が来ていて総司を待ってくれていた。
「ごめんなさい、かなり待ちました?」
「いや、それほど待っていねぇよ」
 そう言って土方は微笑んだが、かなり待ったのだろうと思った。
 昔から、いつも彼は総司に怒るような事は全くなかったのだ。優しくて甘くて、本当に甘甘すぎるぐらいの兄がわりだった。
 それが、今や、甘くて優しい恋人になったのだから、幸せじゃないはずがないよねと思った。
 にっこり笑いかえすと、土方がちょっと目を見開いた。どこか眩しそうな表情になる。
 そのまま突然、手をのばし、総司の手を握りしめた。すごい勢いで手をひいて歩きだす。
「土方さん?」
 慌ててついてゆきながらも、思わず呼びかけてしまった。
「どうしたんですか?」
「いや、ちょっと……たまらなくなっちまった」
「???」
 きょとんとしていると、土方は周囲を素早く見回してから、傍らの木陰に総司を連れ込んだ。そのまま、ぎゅっと抱きしめてくる。
 いきなり男の胸もとに抱きすくめられ、総司は目を瞬いた。
「ど、どうしたのです」
「すげぇ可愛い」
「え」
「さっきの笑顔、可愛くて可愛くてたまらねぇよ。今すぐ喰っちまいたいぐらいだ」
「食べちゃうの?」
 不思議そうに訊ねた総司に、土方はくすっと笑った。そっと頬に口づけてやりながら、囁きかける。
「本当に食うんじゃねぇ。そうじゃなくて……抱きたいってことだ」
「え、ええっ?」  
 総司は目を丸くしてから、不意に、かぁぁぁーっと真っ赤になってしまった。耳朶まで赤くして、男の腕の中で俯いている。
 だが、そのまま彼の胸もとに身体を押しつけると、小さな小さな声で言った。
「い…い、いいですよ」
「……え」
「土方さんになら、食べられちゃっても……いいかな?」
「総司ッ!!」
 思わず大声でその名を呼んでしまった。それに、びっくりした総司が元気よく「はい!」と答える。
「本当か、それ。その気持、本当なのか?」
「はい」
 こっくり頷いた総司を、土方は信じられない思いで見つめた。


 接吻でさえ気絶するような箱入り娘(?)の総司なのに、一気に契りまで突っ走るなんて本当に出来るのだろうか。
 いや、もちろん、出来るならしたいが、めちゃめちゃ欲しいが、けど、しかし、無茶した挙句、二度とおさわり禁止なんてなった日には……。


 などなど、あれこれ考えてしまった。
 いくら前向きな彼であっても、今まで経験上、慎重にならざるをえないのだ。
「……とりあえず」
 自分を落ち着かせるため、こほんと咳払した。
「今日は道行きだ。その、また今度な」
 そう言った土方に、総司はちょっと小首をかしげたが、素直に頷いた。
「はい」
 返事してから、大きな瞳で土方を見上げた。にこっと笑い、両手をのばす。
「?」
 訝しげに見下ろしていると、総司は彼の肩に手をかけた。つま先立ちになる。
 そして。
「!!!!!」
 ちゅっと、総司が口づけたのだ。
 一瞬だけの接吻だったが、それでも、接吻は接吻!
 総司からの口づけに、土方は呆然となった。
 ぱぱぱーっときれいなチョウチョひらひらのお花畑まで見えてしまったぐらいだ。
 目を見開いたまま呆然と突っ立っている土方に、総司はにっこりと微笑んでみせた。


 これから、頑張らなくちゃ。
 土方さんって、こう見えても結構子供だし、いい加減だし、遊び好きだし。
 放っておくとすぐに、格好よくない男の人に逆戻りしそうだし。
 でも、大丈夫。
 この私がついているから、ね?


「道行き、行きましょう?」
 にこにこ笑いながら手をさしだした総司に、まだ呆然としたまま、土方は頷いた。
 もちろん、そーんな事を可愛い総司が考えているなんて、想像だにしない。
 彼にとって、あくまで可愛くて幼い恋人なのだ。
 口づけで気絶するぐらいの。


(って、今、俺、総司に接吻されたよな? 現にあった事だよな? 夢じゃねぇよなっ?)


 何度も何度も自分に念押している土方の手を、総司はぎゅっと握りしめた。
 そして。
 とどめの一発!
 可愛い花のような笑顔で、告げたのだった。


「土方さん、大好き! 愛しています」





 ……長い長いデコボコ道のりの末、ようやく恋が成就した男の未来はバラ色なのか?
 それは、また別のお話ということで。
 とりあえず。
 ふたり一緒にいられるのなら。


 幸せいっぱいHappy life!なのである。